オトナになれないみづきと凜霞の4日間逃亡生活

らんでる

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第6章 帰郷

引き止めた理由

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 ペンションの駐車場ではわずかな軋みと共にエンジン音が鳴り響いている。 
 その音を奏でる黄色い軽自動車の前で、全員が集合して立ち話をしていた。 

「忘れ物はないか? あとから連絡してくれれば何とかするが、すぐには持って行けねぇぞ」 
「まさか三原先生の所まで送って頂けるとは思いませんでした。ありがとうございます」 
「んー。ていうか、あたいができるのはそこまでだ。あとは2人で何とかするんだぞ」 
「あとは、みづきに任せて」 
「いや、お前が一番心配なんだが……ま、何とかなるだろ。乗れ、約束の時間までに間に合わねぇ」 

 皆が車に乗り込もうとするなかで、凜霞が立ち止まって亜紀に問いかける。 

「すみません、最後にお伺いしたいのですが。オーナーさん……亜紀さんのご両親にお礼を言わなくてはいけないのです」 
「それはまた今度な。お前の問題にケリがついてから、改めて挨拶に来い。今は自分のことに全力を尽くせ」 
「わかりました、申し訳ありません。あと、太郎丸さんも」 
「合わせてやりてーけどもう時間がねぇ。また今度、何が何でも合わせてやるから」 

 凜霞は車に乗りかけて立ち止まり、息を吸い、声を震わせて叫ぶ。 

「……太郎丸さん! ……っっ、ま。また、来ますからぁ、っ!」 

 凜霞のよじれて頼りない声が、山々に吸い込まれ消えていく。 

 その直後、おん、と。
 太郎丸の吠え声が、凜霞の元へと返ってきた。 

 改めて全員が車に乗り込む。蛍は助手席に、みづきと凜霞が後部座席に。 
 そして軽自動車は動き出し、小高い山の上のペンションを離れてうねる道を下り、小さな集落に辿り着く。 

「海だね。覚えてる? ここが凜霞ちゃんのゴールだったんだよ」 
「はい。海はとても綺麗で、本当に来られてよかったです。でも、もうここで終わろうとは思いません。不思議な感じです」 
「いつか、泳ぎに来れるといいね。そのときは、一緒に水着を着ようね」 
「はい。いつか、必ず」 

 車は2人が倒れていた浜辺を越えて、浅いトンネルを越える。 

 2車線のさほど広くもない幹線道路を一直線に駆け抜けて、やがて田園風景を抜けると寂れた商店街が現れる。 

「この辺が駅前だね」 
「そうですね。みづき先輩と初めで出会って、ここで降りました。つい先日のことなのに、とても昔の出来事のように感じます」 

 そして曲がれば駅に辿り着く交差点を直進して幹線道路を進んでいくと、左手に単線の自動車専用道が現れて、その先には車用のゲート――高速のインターチェンジが現れた。 

「さて、時間がないから一気に行くぜ。乗り心地は最悪だけど我慢しろ!」 

 軽自動車で高速道路を駆け抜ける。 

 少しの段差にも耐えきれずに車体が揺れながら浮き上がり、ゆるい上り坂でもエンジンが甲高い悲鳴を上げながらじりじりと減速していく。 
 3人の表情に緊張が走るが、亜紀は慣れているのかアクセルの足を緩めない。 
 そしてゆるくて長い坂を昇って行くと、少しずつ見晴らしがよくなっていき、横には別の一直線に並ぶ鈍く光るレールが現れる。 

「線路ですね。覚えていますか? 電車の中で、私が旅に出た理由についてにお話をしたことを」 
「うん、覚えてる。私が手を握って引き止めたんだよね」 
「どうしてあの時、私を引き止めてくれたのでしょうか」 
「え? だって、とっても困ってたよ? それに……あ、の」 
「それに、何ですか?」 
「え……っと」 

 みづきが、しまった、とばかりに目を見開き、口に手を当てて硬直する。そしてしばらくそのまま視線を泳がせたあとで、上目遣いに凜霞へと尋ねる。 

「言わないと、ダメ?」 
「私に、秘密があるのでしょうか」 
「うん。そのほうがいいかな、って思ってたのに」 
「どうしても言えないことですか」 
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」 

 みづきは口を覆ったまま、挙動不審気味に凜霞を仰いでいる。 

 凜霞は不安気に息をのみながら真剣な表情でみづきを見下ろし、次の言葉を待ち続けている。 
 みづきは凜霞から押し寄せる眼差しに負けて、閉じていた口をこじ開けられるように言葉絞り出す。 

「あ……の。怒らない? 馬鹿にしたり、しない?」 
「絶対に怒りません。真面目に聞きます。教えて下さい。私に何があったのでしょうか」 

 凜霞は胸元に握った手をぎゅっと押し当てて、次の言葉を待っている。 
 みづきの手はついに顔全体まで覆い隠し、ついに細くうわずったかすれ声でぽつりと白状する。 

「綺麗な人だなぁ、って……」 

 みづきが耳まで赤く染めて、手指の隙間から凜霞を見つめていた。 

 しばらくの硬直と沈黙。 

 そのあとで凜霞は切れ長の目を開き、驚きとも呆れともつかない脱力した表情でみづきに答える。 

「あ、そ、そういう理由だったのですね」 
「そういう理由……でした」 
「すみません。想像もつきませんでした」 
「うん。ごめん、ね」 
「いいえ……気に入っていただいて、ありがとうございます」 

 凜霞は軽く咳払いをして、わずかに頬を染めながら視線を外す。 
 一方でみづきも手をぱたりと降ろして視線を外す。 
 お互いにちらちらと相手をうかがってはいるものの、直接目を合わせようとはしない。 

「でも、それを言うのなら」 

 凜霞はもう一度咳払いをして、小さな声でつぶやく。 

「みづき先輩の方が……私なんかより、ずっと、その……か、可愛らしくて、美しいな、と思います」 
「え! そう、かな? ……ぜんぜん、そんなことないよ。でも、ありがと」 

 凜霞は目を反らしたまま、躊躇うように手を少しずつ伸ばしてみづきの手に触れる。 
 みづきはそれに気づいて、思い切り腕に絡みついて凜霞を引き寄せた。 

  

 やがて車は減速して、カチ、カチと方向指示器が乾いた機械音を発して、高速道路から単線の誘導路に移り、車用のゲートがいくつも並ぶインターチェンジを抜けて一般道に降りていく。 
 そこは、みづきが見覚えのある幹線道路だった。 
 そしていくつかの交差点を曲がり、やがて閑静な住宅街で亜紀は車を停めた。 

「ここだよ」 

 亜紀の声と共に全員が車から降りる。 

 近くの一軒家の表札には『三原』の文字が刻まれていて、恐らくこの家で間違はないだろうことがわかる。 

「じゃ、あたいはこれから仕事だから、ここでお別れだ。もし緊急のときはいつでも電話を寄こせ。どっちにしても、みづきにはあとで連絡するわ。凜霞、今度勝手に押しかけるから逃げるんじゃねーぞ」 

 ニヤリと笑いながら言い放つ亜紀に対し、凜霞も涼やかにその言葉を受け止めて言い返す。 

「仕方ないですね。私は逃げる場所もないですし、みづき先輩の様子を聞かせてくれるならお相手いたします。お茶も何も出ないですが、それでよろしければ」 
「お、凜霞もちょっとは言うようになったじゃん! 今のはよかったぜ」 

 亜紀が凜霞に腕を突き出して親指を立てる。凜霞は苦笑いのような表情で、それに答えるように小さく親指を立てた。 
 そして蛍はおずおずとにじり寄るようにみづきに近づき、数枚の連なった紙片を差し出す。 

「あの、みづき君。……これ、もらってくれないかな」 
「これは何ですか?」 
「タクシーチケット。お金がなくてもタクシーに乗れるんだ。使わなかったらそのまま捨ててしまっても構わないから。凜霞君を、どうかよろしく」 
「いいの? ……ありがと。また、連絡するね」 

 みづきが笑顔で蛍の手を握りしめる。 

 パーカーとサングラスで蛍の表情はわからないけれど、手を握られた瞬間に飛び跳ねるように背を伸ばし、誰が見ても狼狽えているように見えた。 
 そして蛍はぎこちない姿勢のまま凜霞に視線を向けて問いかける。 

「凜霞君。僕は駄目な人だから、君にとっては迷惑だと思うけど……できれば、嫌いにならないで……嫌いでもいいけど……こんな人もいた、くらいには覚えておいて欲しいな」 
「私は、蛍さんのことを嫌いではないです。ただ、みづき先輩に変なことを吹き込まないで下さい。私が言いたいのはそれだけです」 
「うん。それは本当に、ほんとうに努力する」 
「わかりました。……ところで、蛍さんはお友達が少ないのですか」 
「え、え? あ……うん。少ないというか……いないです。はい」 
「そうですか。実は私も、友達がいないのです。ですから」 
「え! いいの、いいの? 本当⁉」 
「そういうことです。よろしくお願いします、蛍さん」 

 涼香は髪の毛をかき上げながら横目で蛍を見下ろしている。 
 蛍は猫背で小さくなりながら、両手を頬に当てて流し目で凜霞を見上げている。 

 お互いに何かを求めつつも躊躇っている空気感に、亜紀が右手と左手でそれぞれの手を掴み、無理やりひとつに引き寄せた。 

「だりぃんだよ。さっさと握手せんかい!」 
「あっ、あっ……ぼ、僕も。よろ、しく」 
「はい。嫌いになったりはしませんよ、怒ることはあるかもしれませんが」 
「わかった。わかったよぉ! 頑張るからぁ……許して」 
「こちらこそ、みづき先輩をどうかよろしくお願いします」 

 凜霞が蛍に正面を向け、流れる黒髪が地に着きそうな程に深々とお辞儀をした。 

「わ、わっ! 待って、僕はそんなんじゃ。あ、亜紀!」 
「凜霞、相変わらず固てぇなぁ……頭起こせって」 
「いいえ。亜紀さんもどうか、よろしくお願いします」 
「わかってる。まぁ、なんとか面倒は見てやるから安心しろ」 
「すみません。本当にありがとうございます」 
「……凜霞ちゃん、どうしたの?」 
「はい。すみません。それでは亜紀さん、蛍さん。また、いつか」 

 みづきの問いかけに、凜霞は何気ない表情でさっと頭を起こす。 
 亜紀と蛍は凜霞と視線を交わしあったあとで車に乗り、窓から手を振りながら走り去っていった。 

  

 じりじりと照りつける日差しの元、白と黒の対照的なワンピースを纏う2人は風に揺られ、歩道の木陰でお互いを見つめ合ったまま立ち尽くす。 

「凜霞ちゃん」 
「はい、なんでしょうか」 
「あの。2人になっちゃった……ね」 
「水族館に行ったときのことを思い出します。あの頃はまだ、私達は他人のようでした」 
「うん。ちょっと前の話だよね? まるでずっと、ずーっと昔のことみたい」 
「そうですね。諦めないで、思い切って飛び出してきて本当によかったです。……もう少しだけ、私のわがままに付き合って下さいますか」 
「もちろんだよ! ね。私も一緒に行きたいから」 
「ありがとうございます。では、そろそろお話を伺いに行きましょうか」 

 凜霞は暖かな表情でみづきに手を差し出し、みづきは何も言わずにその手を握り返す。 
 2人で一歩一歩確かめ合うように三原宅へと歩み寄り、表札のすぐ下に設置している呼び出し用のボタンを押した。 
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