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第6章 帰郷
鈴羽
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凜霞はバスの停留所まで歩くかどうか迷ったが、結局は蛍に甘える形でタクシーを呼ぶことにした。
時間がないのもあったが、何よりも焦がされるような夏の日差しにいつまで耐えられるのか、自信が持てなかったからだ。
訪れたタクシーに乗って、運転手に三原に渡された住所のメモを渡すと、いくつかの信号と曲がり角を超えて、その先でタクシーが再び停止した。
この辺りの住宅街は道路も狭くて街灯も少なく、少し古くて小さめの一軒家がひしめいている。
メモが正しければここに凜霞の生家があって、父親が住んでいるに違いない。
凜霞は真実を求めて歩き出そうとする。
だが、みづきが横から腰に腕を回してしがみつき、離れない。
「みづき先輩、これでは歩きにくいです」
「うん……でも」
凜霞はみづきに向き直り、穏やかに話しかける。
「みづき先輩、どうかしましたか」
みづきは問いかけられると目を伏せてため息を付きながら答え始める。
「だって……」
「どうしたのですか? 言ってみて下さい」
「これが、最後だから」
「私の旅が、ですか」
「うん」
「そうですね。結果が何にせよ、ここで終わりになるはずです。みづき先輩、付き合ってくれてありがとうございました」
「ううん、そんなことないよ。私は、もっと、凜霞ちゃんと……」
「私も同じです。みづき先輩とずっと一緒にいられたら、と思います」
「うん、そうだよね。……ごめんなさい」
みづきはしがみついていた手をようやく離し、凜霞と手を繋いで歩き出す。
メモによれば、次の十字路を曲がった先に凜霞の親が暮らしていた家があるらしい。
そしてその通りに角を曲がると、その先には2階建てで1台の乗用車が停まった普通の一軒家がある。
その家の門柱には表札があり、そこには『鈴羽』と刻まれていた。
表札の下には呼び鈴がある。
それを押せば恐らく何かしらの反応はあるのだろうが、凜霞は腕を上げて呼び鈴のボタンに指をかける。
凜霞は肩をふるわせて、指先でカリカリとボタンを引っ掻くようにしているが、その指にわずかな力を込めることができずに表札の前に立ち尽くしていた。
突然、まだボタンを押していないのに玄関の奥からバタバタと人の動く雑音が響き、凜霞達は慌てて呼び鈴から指を離し、道路の真ん中まで引き下がる。
やがて扉が勢いよく押し開かれ、中学生位の元気そうな男子が飛び出して行く。
それに続いて中年の男女が玄関から顔を出し、少年を注意するように声をかけながらその後に続いていく。
その男性――焦げ茶色に髪を染めた、背の高い人はみづきと凜霞の存在に気がついて目配せをしたものの、何の表情の変化もなく軽い会釈を交わしてそのまま歩き去って行った。
その家族は道路に佇む2人を背に、手を繋いで歩いていく。
その姿はまさしく普通の家族そのもので、凜霞達は一言も発することができないままに、ただそこに立ち尽くしていた。
「……私の前に姿を現さないのであれば、多分亡くなっているのか、それとも……私には興味がないのか。そんな気はしていました」
「りん――」
「名前を言わないでください。気づかれて、余計な気を使わせたくないのです」
「でも、」
「いいえ。もしかしたら、なんてことはあり得ません。一度も連絡さえありませんでした。お母さんも三原先生も父については何も言いませんでした。そしてこんなに似ているのに、私を見ても気づいてさえもらえませんでした。そして……お子さんがいました」
「再婚、なのかな」
「あの子は、父によく似ていましたね。……私に年齢の近い、お子さんが」
「それでも、ここは凜霞ちゃんのお父さんとお母さんのお家で……凜霞、ちゃん……?」
凜霞が苦しげな声を上げる。
みづきが見上げると、そこには左胸を押さえて顔を伏せ、肌は今までにないくらいに青白く、頬には冷や汗が滲み出していた。
そしてふらついて体制を崩しながらも息をつきながらうわ言のように言葉を続ける。
「私には、初めから帰る場所などなかったのです。それも、薄々は気づいていました」
「どうして、ですか」
「だって私がいる病棟は、ほかに帰る場所がない患者を留めておく所なのですから」
「あ……」
みづきは、どこかでその話を聞いたことがあるような気がした。
凜霞は立っていることも出来ず、態勢を崩してみづきによりかかり、みづきがそれを背中に受けて支える。
「救急車、呼ばないと」
「そうですね……でも、呼びたくないのです。父には、気づかれたくないから」
「でも、でも、みづきは、どうしたら」
凜霞は息をするのが精一杯で、もはや何の返答も返さない。
そしてみづきの小柄な体では、力のない凜霞を支えることが出来ない。
だけどそんな弱音を吐くわけにも行かず、背中と両腕で凜霞の体を必死に押し上げる。
凜霞の荒い息を、苦しげなため息を耳元に受けながら。
足が崩折れそうになりながら。
その時、先ほど2人を乗せていたタクシーが通りかかり、異変に気づいたのか車を停めてくれた。
時間がないのもあったが、何よりも焦がされるような夏の日差しにいつまで耐えられるのか、自信が持てなかったからだ。
訪れたタクシーに乗って、運転手に三原に渡された住所のメモを渡すと、いくつかの信号と曲がり角を超えて、その先でタクシーが再び停止した。
この辺りの住宅街は道路も狭くて街灯も少なく、少し古くて小さめの一軒家がひしめいている。
メモが正しければここに凜霞の生家があって、父親が住んでいるに違いない。
凜霞は真実を求めて歩き出そうとする。
だが、みづきが横から腰に腕を回してしがみつき、離れない。
「みづき先輩、これでは歩きにくいです」
「うん……でも」
凜霞はみづきに向き直り、穏やかに話しかける。
「みづき先輩、どうかしましたか」
みづきは問いかけられると目を伏せてため息を付きながら答え始める。
「だって……」
「どうしたのですか? 言ってみて下さい」
「これが、最後だから」
「私の旅が、ですか」
「うん」
「そうですね。結果が何にせよ、ここで終わりになるはずです。みづき先輩、付き合ってくれてありがとうございました」
「ううん、そんなことないよ。私は、もっと、凜霞ちゃんと……」
「私も同じです。みづき先輩とずっと一緒にいられたら、と思います」
「うん、そうだよね。……ごめんなさい」
みづきはしがみついていた手をようやく離し、凜霞と手を繋いで歩き出す。
メモによれば、次の十字路を曲がった先に凜霞の親が暮らしていた家があるらしい。
そしてその通りに角を曲がると、その先には2階建てで1台の乗用車が停まった普通の一軒家がある。
その家の門柱には表札があり、そこには『鈴羽』と刻まれていた。
表札の下には呼び鈴がある。
それを押せば恐らく何かしらの反応はあるのだろうが、凜霞は腕を上げて呼び鈴のボタンに指をかける。
凜霞は肩をふるわせて、指先でカリカリとボタンを引っ掻くようにしているが、その指にわずかな力を込めることができずに表札の前に立ち尽くしていた。
突然、まだボタンを押していないのに玄関の奥からバタバタと人の動く雑音が響き、凜霞達は慌てて呼び鈴から指を離し、道路の真ん中まで引き下がる。
やがて扉が勢いよく押し開かれ、中学生位の元気そうな男子が飛び出して行く。
それに続いて中年の男女が玄関から顔を出し、少年を注意するように声をかけながらその後に続いていく。
その男性――焦げ茶色に髪を染めた、背の高い人はみづきと凜霞の存在に気がついて目配せをしたものの、何の表情の変化もなく軽い会釈を交わしてそのまま歩き去って行った。
その家族は道路に佇む2人を背に、手を繋いで歩いていく。
その姿はまさしく普通の家族そのもので、凜霞達は一言も発することができないままに、ただそこに立ち尽くしていた。
「……私の前に姿を現さないのであれば、多分亡くなっているのか、それとも……私には興味がないのか。そんな気はしていました」
「りん――」
「名前を言わないでください。気づかれて、余計な気を使わせたくないのです」
「でも、」
「いいえ。もしかしたら、なんてことはあり得ません。一度も連絡さえありませんでした。お母さんも三原先生も父については何も言いませんでした。そしてこんなに似ているのに、私を見ても気づいてさえもらえませんでした。そして……お子さんがいました」
「再婚、なのかな」
「あの子は、父によく似ていましたね。……私に年齢の近い、お子さんが」
「それでも、ここは凜霞ちゃんのお父さんとお母さんのお家で……凜霞、ちゃん……?」
凜霞が苦しげな声を上げる。
みづきが見上げると、そこには左胸を押さえて顔を伏せ、肌は今までにないくらいに青白く、頬には冷や汗が滲み出していた。
そしてふらついて体制を崩しながらも息をつきながらうわ言のように言葉を続ける。
「私には、初めから帰る場所などなかったのです。それも、薄々は気づいていました」
「どうして、ですか」
「だって私がいる病棟は、ほかに帰る場所がない患者を留めておく所なのですから」
「あ……」
みづきは、どこかでその話を聞いたことがあるような気がした。
凜霞は立っていることも出来ず、態勢を崩してみづきによりかかり、みづきがそれを背中に受けて支える。
「救急車、呼ばないと」
「そうですね……でも、呼びたくないのです。父には、気づかれたくないから」
「でも、でも、みづきは、どうしたら」
凜霞は息をするのが精一杯で、もはや何の返答も返さない。
そしてみづきの小柄な体では、力のない凜霞を支えることが出来ない。
だけどそんな弱音を吐くわけにも行かず、背中と両腕で凜霞の体を必死に押し上げる。
凜霞の荒い息を、苦しげなため息を耳元に受けながら。
足が崩折れそうになりながら。
その時、先ほど2人を乗せていたタクシーが通りかかり、異変に気づいたのか車を停めてくれた。
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