―海神様伝説―

あおい たまき

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三章 宿命と自由

潮騒

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 *共して……一緒に
 *め……お前
 *わがっさ……わかるさ
 *ちとばり……すこしだけ

 突然、幹太に声をかけられた男衆は、あっけにとられて、顔を見合せた。
「なんだ、佐々木んとこのせがれでねえか」
「んだ、なにしさ来ただ、父ちゃんの共して来たんかい」
「んだども、佐々木の若けえの今日は見てねえど」
 男衆が話し込むのを幹太は遮る。

「父ちゃんは後から来るわい。俺は、紗英の事が気になったから、来たんだっちゃ」
「なんだ、め、紗英ちゃんに惚れてんのか」
 男衆の一人が、下品に笑いながら、のたまう。ぴくっと眉をひそめた幹太は、ため息をつきながら言った。

「惚れた惚れてねえの問題でねえ。紗英はバッチャン亡くしたばりだ。幼なじみなら側にいてやりてえと思うのは当然でねえの?おんちゃんらが海神様のこと、気になんのは、わがっさ。んだけども紗英の気持ちも、ちとばり考えっぺし。死んだのは紗英の大ババ様だべよ」

 幹太にぴしゃりと言われて、さすがにばつが悪くなったか、男衆は押し黙る。頃合いを見計らって、幹太は紗英の手をとり、防波堤へと連れ出した。



  ***
 漆黒の闇夜に、月だけが白く輝いている。
 ざざーん。ざざーん。潮騒しおさいと海鳴りが紗英には、まるで協奏曲のように聴こえた。幼い頃から聴いた音に、心なしか紗英は落ち着きを取り戻していく。


 海を照らし出す月明かりは、幾重の波に反射して揺らぐ光の道のように見えた。


 手のひらを握ったままの幹太に、紗英は何故だか「離して」と言えない。その手はもはや、小さな頃の頼りないものではなく、ごつごつとして大きな男の手であった。

 幼なじみとしてうまくやってきたのに、急くように鼓動が速いのはきっと……幹太によく似た勘助と、イチの口づけを見てしまったからだ。

「かんちゃんは……」
 ようやく口にした言葉に、幹太がそっと紗英の様子をうかがう。見つめられている。紗英の顔は高揚していく。月をまっすぐに見つめて、紗英は上擦うわずった声で言った。

「かんちゃんはさ、やっぱし海の男になんの?」

 幹太は、頬のあたりをひとかきして答える。
「ん、まあ。オレんちはずっと漁師だからな。父ちゃんが必死こいて網修理教えてくんのも、オレが後継ぐって思ってるからだべ。流れに逆らうきがいきがいはオレにはねえよ。こんまま、船継ぐと思う」
 幹太の言葉を聞いているうちに、紗英の目尻には涙がたまった。
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