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九章 静香の日記
儀式
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*紅っこ……口紅
「静香は、中か」
泣き疲れてまどろみ始めた頃、清三の声で静香ははっとした。
「んだ、清三遅かったでねえか」
「おららこんな役回りもう勘弁だど」
男衆が清三に言う。
「すまんかった。用事っこ済ませて来ただ。こいって最後だ。兄ちゃんら、もう行っていいど。最中は離れには誰も近寄らせんなと、禎子様のお達しだで、よろしく頼む」
清三はやけに静かな声で、男衆に人払いを命じると、ようやく襖を開け、静香に顔を見せた。清三は、さらしに法被姿だ。年に一度の海神に感謝する祭りの際に、男衆が着込む服装だった。
「なして、祭りの格好してんだ」
清三は静香の前にあぐらをかいて、答える。
「禎子様に言い付けられただけだ」
「……ばば様がよ、清三と共寝せえって言わした」
「ん」
「そりゃあ、すぐに終わっかい?」
終われば勇のところへ充分、駆けつけられる。静香の頭の中は勇でいっぱいだ。懇願するように静香は清三を見つめる。
その問いかけに、清三はしばし無言を貫いた。そして静香を切なげに見つめて、言う。
「そん前に、めに、紅っこ、つけっぺ。してやっから来い」
来い、と、両手を広げられて、静香は思わず身を固くした。頬を張られた時の体と心の痛みが、甦ってくるようだ。清三が静香を見やれば、その顔には不安が見受けられ、清三は、やがて困ったように笑った。
「今日は殴ったりしねえよ。ほれ静香。こっちゃ来い」
その物言いはとても穏やかだ。そう言われてはじめて、静香は清三の側へ距離を詰め、座を正した。
紅の入った二枚貝を、法被の中から取り出すと、清三は静香に目を閉じるよう指図する。静香はうなずくと、清三に従って静かに目を閉じた。
眉間にひとつ。顎にもひとつ。そして、頬骨のあたりにもひとつずつ、朱の紅が挿される。それは儀式の準備のようにも窺えた。黒々と日に焼けてしまった顔に、施された朱の印は、殊更映えて見える。
「静香、目開け」
そう命じられて、目を開くと、目の前に清三の顔がぬっと現れる。驚いて身を引くと、まるで逃げることがわかっていたように、清三の大きな手のひらがその体を止めた。
「静香、逃げんな。おらと添うだ」
清三の三白眼が静香をとらえる。静香が思わず息を飲むと、あっという間に口づけ、清三は静香の口内をねぶった。
相変わらず激しく荒い接吻だ。息を継ぎながら、なんとか清三を受け入れていた静香は、やがて気がついた。
鉄の味がする。
血だ。接吻の直前に清三が自身の舌を噛んだのだろう。それは次第にその量を増していく。静香の体は、一気に逆毛立った。
「せ、いぞ……うっやめっ」
箱の鍵がカタンと音を立てて外れた気がした。
決して開けてはならない箱だ。静香は内々から沸く言い様のない感覚が恐ろしくて、拳で清三の背を何度も叩いた。
それでも清三は、接吻をやめようとはしない。そればかりか、ちゅうちゅうと自らの血を啜っては、静香の口にそれを与える。まるで親鳥が雛のくちばしに餌を食ませるように、静香はなされるがままだった。
口から溢れでんばかりに注がれた血液の生臭い匂いは、鼻を抜けていく。するとどうだろう。先程まで抵抗していた静香の目は毒でも盛られたかのようにとろんとして、背を叩く力もなくなったか、細い手はだらんと投げ出されてしまった。
「くっそ、いてえ……禎子様、おらぁあんたを恨むでな」
静香が気を失ったことを確かめてから、清三は小さく呟くと、畳に血を吐き出して、口を拭った。
そして静香を畳に敷かれた赤い布団の上に寝かせた。ワンピースのボタンをひとつ、ひとつ外していく。露になったのは、まだ勇も知らない静香の乳房だった。
「くそっ……おら、めのことが本気で……。んだのに、なしてこんなっ」
清三は涙目でふうっと息をひとつ吐くと、三白眼の力を増して、その白く小振りな丘に、自らの顔を埋めた。
「静香は、中か」
泣き疲れてまどろみ始めた頃、清三の声で静香ははっとした。
「んだ、清三遅かったでねえか」
「おららこんな役回りもう勘弁だど」
男衆が清三に言う。
「すまんかった。用事っこ済ませて来ただ。こいって最後だ。兄ちゃんら、もう行っていいど。最中は離れには誰も近寄らせんなと、禎子様のお達しだで、よろしく頼む」
清三はやけに静かな声で、男衆に人払いを命じると、ようやく襖を開け、静香に顔を見せた。清三は、さらしに法被姿だ。年に一度の海神に感謝する祭りの際に、男衆が着込む服装だった。
「なして、祭りの格好してんだ」
清三は静香の前にあぐらをかいて、答える。
「禎子様に言い付けられただけだ」
「……ばば様がよ、清三と共寝せえって言わした」
「ん」
「そりゃあ、すぐに終わっかい?」
終われば勇のところへ充分、駆けつけられる。静香の頭の中は勇でいっぱいだ。懇願するように静香は清三を見つめる。
その問いかけに、清三はしばし無言を貫いた。そして静香を切なげに見つめて、言う。
「そん前に、めに、紅っこ、つけっぺ。してやっから来い」
来い、と、両手を広げられて、静香は思わず身を固くした。頬を張られた時の体と心の痛みが、甦ってくるようだ。清三が静香を見やれば、その顔には不安が見受けられ、清三は、やがて困ったように笑った。
「今日は殴ったりしねえよ。ほれ静香。こっちゃ来い」
その物言いはとても穏やかだ。そう言われてはじめて、静香は清三の側へ距離を詰め、座を正した。
紅の入った二枚貝を、法被の中から取り出すと、清三は静香に目を閉じるよう指図する。静香はうなずくと、清三に従って静かに目を閉じた。
眉間にひとつ。顎にもひとつ。そして、頬骨のあたりにもひとつずつ、朱の紅が挿される。それは儀式の準備のようにも窺えた。黒々と日に焼けてしまった顔に、施された朱の印は、殊更映えて見える。
「静香、目開け」
そう命じられて、目を開くと、目の前に清三の顔がぬっと現れる。驚いて身を引くと、まるで逃げることがわかっていたように、清三の大きな手のひらがその体を止めた。
「静香、逃げんな。おらと添うだ」
清三の三白眼が静香をとらえる。静香が思わず息を飲むと、あっという間に口づけ、清三は静香の口内をねぶった。
相変わらず激しく荒い接吻だ。息を継ぎながら、なんとか清三を受け入れていた静香は、やがて気がついた。
鉄の味がする。
血だ。接吻の直前に清三が自身の舌を噛んだのだろう。それは次第にその量を増していく。静香の体は、一気に逆毛立った。
「せ、いぞ……うっやめっ」
箱の鍵がカタンと音を立てて外れた気がした。
決して開けてはならない箱だ。静香は内々から沸く言い様のない感覚が恐ろしくて、拳で清三の背を何度も叩いた。
それでも清三は、接吻をやめようとはしない。そればかりか、ちゅうちゅうと自らの血を啜っては、静香の口にそれを与える。まるで親鳥が雛のくちばしに餌を食ませるように、静香はなされるがままだった。
口から溢れでんばかりに注がれた血液の生臭い匂いは、鼻を抜けていく。するとどうだろう。先程まで抵抗していた静香の目は毒でも盛られたかのようにとろんとして、背を叩く力もなくなったか、細い手はだらんと投げ出されてしまった。
「くっそ、いてえ……禎子様、おらぁあんたを恨むでな」
静香が気を失ったことを確かめてから、清三は小さく呟くと、畳に血を吐き出して、口を拭った。
そして静香を畳に敷かれた赤い布団の上に寝かせた。ワンピースのボタンをひとつ、ひとつ外していく。露になったのは、まだ勇も知らない静香の乳房だった。
「くそっ……おら、めのことが本気で……。んだのに、なしてこんなっ」
清三は涙目でふうっと息をひとつ吐くと、三白眼の力を増して、その白く小振りな丘に、自らの顔を埋めた。
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