奥州あおば学園~戦だ!祭りだ!色恋だ!~

あおい たまき

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三章 片倉小十郎景綱

第五話 出逢いと想い

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 校門辺りは初々しい中学生でごった返していた。在校生は休みだったが、前日持ち帰ろうと思いまとめておいた胴着一式を道場に忘れてきてしまったのだ。

 小十郎はそれを取りに裏門から道場へとまわった。入試日に在校生が、学園内に入り込んだことがばれたら、大目玉だ。

 道場への一番の近道を選んだ。並木通りを外れて、運動部の部室が建ち並ぶ、通称部室街を通り抜ける。裏庭から校舎と校舎の間の狭い空間を渡ると見えてくるのが、道場だ。




「ここここここここここ、どこおおおお」





 道場間際で、声が聞こえた。はて。女の泣き声のようだが。小十郎はいぶかしげに校舎の間から顔を出す。

 一人の中学生の少女が左右を見回して、慌てふためいていた。それが理子だったのだ。


 試験会場がわからなくなったのか。遅刻でもしたら、中学三年間の勉学努力が、全て水の泡だろう。根の優しい小十郎は助け船でも出してやろうと、理子に声をかけた。



「おい、どうした」
 びくっと肩を震わせて、中学生は小十郎を振り返った。その瞬間、小十郎の周りの世界だけ時がかっちりと止まった。


 理子の艶やかな黒髪。ショートカットでも、よく手入れされていることがわかる。天使の輪っかが出来ていた。

 クルミボタンの髪留めピンは、赤のフェルトで作られていて、とても愛らしい。和紙のように色白で、よもや向こう側が透けて見えるのではないかと思うほどの肌だ。

 目はぱっちりと、潤みを帯びて、鼻は小さく人形の様で。だのに唇は紅を挿したように赤い。スカートの裾からはレースがのぞき、セーラー服の胸元には大きなリボンがつけられている。


 一瞬で射ぬかれた。小十郎は理子が、本の中から飛び出してきたと本気でそう思ったのだ。


 理子はよほど不安だったのだろう。声をかけた小十郎の胸にすがるように飛び込んできた。一心不乱に飛び込んできたものだから、こつん、と、小十郎の胸に理子の額が当たる。


「いっ!?ちょ」
 姉の喜多以外の女と体を触れ合わせたことなんてない。身体中を血液が駆け巡っていく。上気する頬……小十郎は直立不動のまま、理子に強張った声をかけた。


「どうし、たん、だ」
「あ、あああああああ、あのっ、ふ、双子のいいいいい妹が見つからないんです。入試なのにあの子ってばままままままままいごになっちゃって」


 迷子になったのは、本当に妹か。こんなところで一人でさ迷う理子の方がよほど放浪人だ。小十郎は息を整えて、錯乱しかけた頭の中を整理する。

「こ、ここで探すより試験会場に行った方がいい。きっとそこにいるから」
 我ながら言葉が下手だ。つたない言葉に理子は涙目で小十郎を見上げた。


「で、ででででででででも、ここどこですか。試験会場ってどこですか」
 もはや理子の頭の中はパニック状態。今にも泣き出しそうな顔だ。小十郎の心臓は、とって捨てたいほどにうるさい。


 小十郎は理子のすがるような眼差しを直視できず、たまらず青い空に視線を流した。二人の吐く息が白く、立ち上っていく。やがてひとつになって空に溶けていった。


「……試験会場まで、連れていってやる」
「ほ、ほほほほほほほほほんとうですか!」
 理子の顔を盗み見ると、ほっとしたような、嬉しそうな。やがて理子が目を細めると、たまった涙がこぼれ落ちた。


 小十郎は理子をぎこちなく励ましながら、正門側のシューズロッカーが見える場所まで連れていった。シューズロッカー前まで来るとさすがに中学生がわんさか、耳を塞ぎたくなるほどの喧騒けんそうだ。

「あああああ……たどりついたああああ、よかったあああああ」
 理子は大袈裟なほど喜んだあと、小十郎を見上げ、笑う。
「せ、せせせせせ先輩っあああありがとうございます」

 時間もないだろうに深々と丁寧におじぎをして、走り去っていく。呆気あっけにとられて後ろ姿を見つめていた片倉だったが、
「ちょっと待て」
知らず知らずに理子を呼び止めていた。


 理子は、くるんとした目で振り返り、首をかしげる。息も出来ないほどのときめきを感じながら、小十郎はひとつ。
「……試験、頑張れよ」
 そう言うことで精一杯だった。


 理子は小十郎が十六年生きてきて一度も見たこともないような、可愛らしい笑顔を向けると、やがて人混みの中に消えていった。



 ほんの十五分程度の時を共にしただけだ。しかし小十郎の心はそのわずかな時間で理子に縛られた。


 小十郎は、理子の名も、中学も聞けなかった己を心底、情けなく思った。



 会いたい。会いたい。また会いたい。願うように想い続けて、入学式。

「小十郎ー!」
 真新しい制服に身を包んだ政宗が抱きついてくる。その後ろからゆっくりと歩み寄るのは苦笑した成実だった。


「やっと同じ高校だなあ一年長かった」
「お二人とも、入学おめでとうございます」
「いやあ、正直やばかった。絶対落ちたと思ったもん、な、成」
「いや、それぼんだけ。俺、結構余裕だったぜ」
 いつもの調子で政宗をからかい、頬を膨らめた政宗は成実を追いかける。その様子を腕組みをしながら、やれやれと眺める小十郎の目にとまる……

 あの時の、少女の姿。理子と麻美だった。一卵性の二人は時に親でも間違うほど瓜二つだった。だのに、わずかに風の強い春の日、風に揺られて宙に舞う桜吹雪の中。小十郎は一発であの日、言葉を交わした子が理子だと解す。


 待ち焦がれた女の子。同じ学園に通えると知った日。小十郎の心臓はがらにもなく踊りっぱなしだった。



 それから、ずっと追いかけてきた。
理子はとにもかくにも、困った顔や、泣き顔の多い子だった。

 体育が苦手らしく、はじめのランニングではいつも集団からひとり遅れて歩くように走っていた。

 国語は得意らしい。学園から募集された作文コンクールに、何度も入選していた。

 音楽室で歌のテストに遭遇したときは、透き通るようなキレイな声を耳にした。目を……離せなかった。


 移動教室で渡り廊下に差し掛かったとき。すりむいた膝っ小僧。悔しそうに泣きながら水道で傷口を洗う理子を見かけた。

 涙を拭ってやりたい。
先走った衝動を体があとから追いかける。無意識の小十郎が上靴のまま、裏庭に出たところで、理子の側に麻美がいることに気がついた。
足を止める。


「理子ぉ、元気出しなって。得手不得手えてふえては誰にだってあるよ」
「うううー。で、ででででででででもお、麻美ちゃんには出来るのにい」
「双子だって全部同じとは限らないよ」
「でも、だって、わたしだってえええ」
 声にならない泣き声をヒーンとあげて、泣きじゃくる理子の背をゆっくりと撫でて息をつく麻美がいた。



 助けたい。守りたい。この手で。いつか必ず想いを告げよう。それまでは、この胸で想いを温めて……と、思っていた。



「大好きです、付き合ってくださいっ」
 まさかその理子が、政宗を思っていたなんて。河川敷での告白を目にしたとき、奈落に突き落とされた気がした。青天の霹靂とはこの事なのだろうと……。

 よく目が合ったのは、いつも政宗と一緒にいたからだったのだ。思い違いも甚だしい。浅はかな自分に呆れた。

 その上、そのまま放っておけばうまくいくだろう二人に、気がつけば小十郎は「諦めろ」と言っていた。

 理子の涙をたくさん見ていた片倉だからこそ、理子に政宗を、そしてその病を受け止めることは出来ないと思い込んだ。

 政宗も理子も幸せにならなければならない。笑顔でいなければならない。その為に二人は一緒にいるべきではないと、そう思った。


 しかしそれはもしかしたら欺瞞に過ぎない。ただ単純な嫉妬かもしれないことが一番、辛かった。諦めなければいけないのが自分であることなどうにわかっている。



 大切なふたりを裏切った。そんな想いが心に染みて、ざらつく。二人が一緒になればなったで、どう身を振っていいかすらわからない。小十郎は己の小ささに嫌気がさした。



 数字の羅列など耳から耳へとすり抜けていく。何一つ身になるものなどない。色恋はとても厄介だ。夢中になると他のどんな大事なことも本分を忘れてしまう。それしか見えない。



「今度の試験……先が思いやられる」
 センター試験までもう、一年を切ったというのに。小十郎は眉をひそめて、かったるい午後の授業の終わりを待った。


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