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第一章
第14話
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「千尋さん、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
明美がレモンケーキとハーブティーの入ったカップを千尋の手前に置く。
芳醇な香りが、ふんわりと鼻を掠めた。
ちょうど果穂と瑞穂の家庭教師が終わった頃、明美が一緒にお茶をしないかと誘ってきた。
特に用事もなかった千尋はお言葉に甘えることにしたのだが。
目の前に出されたレモンケーキを見て、思わず顔が引きつる。
明美は自分はもちろん、娘達にも一切甘いものは食べさせない。
それは徹底されていて、そのため他のところからいただいた甘味は全部千尋に回ってくる羽目になった。
さすがに果穂と瑞穂が見ている前で食べるのは気が引けた。
育ち盛りの二人からしたら、たまには甘いものだって食べたいはずだろう。
「あ、あの……」
「なにかしら?」
明美は花が咲くような美しい笑みを浮かべる。
しかしそんな自然な笑顔に、千尋は違和感を覚えた。
かすかに背筋がひやりとしたような気がした。
「このケーキ…は」
「あぁ、これいただきものなのよ。でも我が家では甘いものは食べないって言いましたでしょう。千尋さん甘いものはお好きって言ってたから、喜んでもらえるかと思って。」
「あ、ありがとうございます…で、ですが、宜しければこのケーキは持ち帰らせていただいてもよろしいですか?」
「……どうして?」
きらり、と明美の目の奥が光ったようが気がした。
千尋はちらりと果穂と瑞穂に視線を送る。
果穂は恨めしそうに千尋を見つめ、瑞穂はきゅっと唇を引き締めていた。
うぅ、そんな顔しないでほしい。
というか、目の前で自分が食べれないケーキなんて出されたら果穂と瑞穂がこんな顔になるのは明美だって分かり切っていることなのに。
これではまるで、わざと見せつけるかのようだ。
千尋は当たり障りのない言葉を頭の中で考える。
「あ、あの……実は今お腹がいっぱいで……」
我ながらしどろもどろになっていたかと思う。
明美は訝し気に千尋を見てきたが、すぐにいつもの笑顔に戻って微笑んだ。
「あら、そうだったの。気が利かなくてごめんなさいね。そしたらこちらは後でお渡しするわね。」
そう言うと、明美は何事もなかったかのようにケーキを持って台所に下がる。
明美の姿が消えたことを確認して、千尋はほっと胸を撫でおろす。
「そういえば!」
千尋は気まずくなった空気を振り払うように両手をパンっと叩き、努めて明るく言う。
「この間私の大学の前を救急車が通ってね。最初は気にしてなかったんだけど、帰りに誰かが水ノ森中学校で何かあったみたいって言ってたから二人のこと心配してたの。違かった、かな?」
なぜかびくり、と果穂の肩が震えた。
その手は膝の上でぎゅっと握りしめられていた。
瑞穂の方はいつもと変わらない表情で、ハーブティーを啜っている。
対照的な二人の反応に、千尋は戸惑う。
「……たのよ。」
「え?」
「うちの生徒が階段から落ちたのよ。幸い、命に別状はなかったんだけど。」
「そっか、それなら良かった。」
「良くないわよ!」
果穂が突然金切り声を上げる。
その声は細かく震えていて、恐怖の色が混じっていた。
「え?」
「ケガした生徒……千尋の知ってる人よ。この前、私にバッグチャームを届けに来た子いたでしょう?」
「あっ」
春華と一緒に水ノ森中学校を通った時のことを千尋は思い出して声を上げる。
果穂が冷たく当たっていた、あの女子生徒。
少しふっくらして丸みを帯びた気弱そうな顔が思い起こされた。
「階段から落とされたの、あの子なのよ。」
「え…?」
「それだけじゃないわ。聞いた話だと、その子は誰かに背中を押されたらしいの。」
「ありがとうございます。」
明美がレモンケーキとハーブティーの入ったカップを千尋の手前に置く。
芳醇な香りが、ふんわりと鼻を掠めた。
ちょうど果穂と瑞穂の家庭教師が終わった頃、明美が一緒にお茶をしないかと誘ってきた。
特に用事もなかった千尋はお言葉に甘えることにしたのだが。
目の前に出されたレモンケーキを見て、思わず顔が引きつる。
明美は自分はもちろん、娘達にも一切甘いものは食べさせない。
それは徹底されていて、そのため他のところからいただいた甘味は全部千尋に回ってくる羽目になった。
さすがに果穂と瑞穂が見ている前で食べるのは気が引けた。
育ち盛りの二人からしたら、たまには甘いものだって食べたいはずだろう。
「あ、あの……」
「なにかしら?」
明美は花が咲くような美しい笑みを浮かべる。
しかしそんな自然な笑顔に、千尋は違和感を覚えた。
かすかに背筋がひやりとしたような気がした。
「このケーキ…は」
「あぁ、これいただきものなのよ。でも我が家では甘いものは食べないって言いましたでしょう。千尋さん甘いものはお好きって言ってたから、喜んでもらえるかと思って。」
「あ、ありがとうございます…で、ですが、宜しければこのケーキは持ち帰らせていただいてもよろしいですか?」
「……どうして?」
きらり、と明美の目の奥が光ったようが気がした。
千尋はちらりと果穂と瑞穂に視線を送る。
果穂は恨めしそうに千尋を見つめ、瑞穂はきゅっと唇を引き締めていた。
うぅ、そんな顔しないでほしい。
というか、目の前で自分が食べれないケーキなんて出されたら果穂と瑞穂がこんな顔になるのは明美だって分かり切っていることなのに。
これではまるで、わざと見せつけるかのようだ。
千尋は当たり障りのない言葉を頭の中で考える。
「あ、あの……実は今お腹がいっぱいで……」
我ながらしどろもどろになっていたかと思う。
明美は訝し気に千尋を見てきたが、すぐにいつもの笑顔に戻って微笑んだ。
「あら、そうだったの。気が利かなくてごめんなさいね。そしたらこちらは後でお渡しするわね。」
そう言うと、明美は何事もなかったかのようにケーキを持って台所に下がる。
明美の姿が消えたことを確認して、千尋はほっと胸を撫でおろす。
「そういえば!」
千尋は気まずくなった空気を振り払うように両手をパンっと叩き、努めて明るく言う。
「この間私の大学の前を救急車が通ってね。最初は気にしてなかったんだけど、帰りに誰かが水ノ森中学校で何かあったみたいって言ってたから二人のこと心配してたの。違かった、かな?」
なぜかびくり、と果穂の肩が震えた。
その手は膝の上でぎゅっと握りしめられていた。
瑞穂の方はいつもと変わらない表情で、ハーブティーを啜っている。
対照的な二人の反応に、千尋は戸惑う。
「……たのよ。」
「え?」
「うちの生徒が階段から落ちたのよ。幸い、命に別状はなかったんだけど。」
「そっか、それなら良かった。」
「良くないわよ!」
果穂が突然金切り声を上げる。
その声は細かく震えていて、恐怖の色が混じっていた。
「え?」
「ケガした生徒……千尋の知ってる人よ。この前、私にバッグチャームを届けに来た子いたでしょう?」
「あっ」
春華と一緒に水ノ森中学校を通った時のことを千尋は思い出して声を上げる。
果穂が冷たく当たっていた、あの女子生徒。
少しふっくらして丸みを帯びた気弱そうな顔が思い起こされた。
「階段から落とされたの、あの子なのよ。」
「え…?」
「それだけじゃないわ。聞いた話だと、その子は誰かに背中を押されたらしいの。」
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