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酒呑童子②
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その晩、頼光等が土御門の屋敷を訪れた。
どうやらいち早く不穏な噂を消したいらしい。
それでなくとも、京には物騒な噂がひきもきらない。
皆、夜を恐れていた。
「晴明殿、お世話になります」
恭しく頭を垂れているのは、源頼光。
父の面差しは薄く、どちらかと言えば人を寄せ付けないような、冷ややかな雰囲気を醸し出していた。
薄い唇は笑みを讃えているが瞳は笑わず、警戒している。
「ほぉ……、噂通りの美丈夫だな」
後ろから覗き込んでいた梨花がほぅ、と感嘆のため息をついた。
切れ長の瞳に細く通った鼻筋と薄い唇、流れるような漆黒の髪、全てが冴えざえとしていて、美しい。
「……そちらの童は?」
「あぁ……、俺の弟子だ。
一緒についていくと言って聞かないのでな。
迷惑はかけない」
頼光の視線をうけ、梨花がにこりと笑った。
服装は常のそれではなく、稚児が着るような色鮮やかな水干を纏い、髪も少年のように結っていた。
どうやら粘り勝ちをしたらしい。
晴明は呆れたような表情を浮かべていた。
「そうですか。
こちらは鬼相手の討伐は初めてなもので、陰陽師が多いのはありがたいです」
そう言ってまた口角のみ上げた。
果たして、心からそう思っているのかどうか。
「そっちは五人だけか?」
頼光の後ろに控える四人に目を向ける。
「はい、下手に数を頼みにするより動きやすいですから」
頼光が促し、名のりをあげようとした時、止める者がいた。
勿論梨花である。
「わらわが名を当てて見せよう!
そうだな……、そなたが渡辺綱だ!」
そう言って、一番の優男を指差した。
「は……はぁ、あたりです」
「やはりな。
一番の美貌と聞いていたから確信していた」
あまりな物言いに他の三人が顔を歪める。
その内の一人が口を開いた。
「酷いなー、まるで俺等が醜いみたいじゃーん。
確かに綱は頼光様より顔いいけどさー」
少しも傷付いていないように軽く。
自身もかなり酷い事を言っているのには気付いてはいない。
「そなたは碓井貞光じゃな?
軽口が過ぎると聞いた」
梨花はにやりと笑い、狩衣を着崩した、髪の短い軽い口調の男を指差した。
「あたりっ!
お嬢ちゃんすごいねー」
どこまでも軽い。
ケラケラ笑う貞光を尻目に赤い直垂をきっちりと着こんだ髪を肩口で切り揃えた少年を指差した。
少年の脇には大きな鉞(斧に似たもの)がある。
「それでそなたが金太郎だ!」
「……もう金太郎じゃないし」
その柔らかそうな頬を膨らまし、むすっとしながら答えた。
どうやらあたりだったらしい。
「残るはト部季武か……。
あぁ、じゃあそなただな」
「なんか俺だけ扱いが雑なんですけどっ!?」
特に特徴のない男が言う。
強いて挙げるとすれば、頬が赤い。
「ふふん、なぁ晴明、わらわ凄いであろう?
皆当てた!」
「離れろ。
別に自慢することでもないだろうが」
嬉しそうに顔を寄せてくる梨花を引き剥がし、四人に話しかけた。
「名なんてどうでもいいんだが、少しの間よろしくな」
個性がバラバラな四人が声を揃えて返事をし、頭を垂れた。
「では、早速行きましょうか」
これ以上雑談する必要はないと践んだのか、頼光が片膝を起こした。
「今からか?
随分急だな」
「善は急げと言うでしょう?
いち早く不安は取り除いてやるべきです」
「でも頼光様ー、すれ違いにでもなったらどうするんですー?」
袂に腕を入れ、器用に足の指でもう片方の脛を掻きながら貞光が言う。
「そうですよね……。
酒呑童子は夜毎町に繰り出していると聞きますし……」
綱も考え込むようにその細い顎に手を当てた。
金時や、季武も同様の考えを示している。
山に行ったところで、肝心の鬼がいなければただの徒労に終わってしまう。
「……何かその童子についての情報はないのか?」
晴明はため息をつきながら頼光に尋ねた。
「それが、ハッキリと姿を見た者がいないんです……」
「あ、俺話聞いてきました!
眉唾物ばっかでしたけど。
確かなのが……」
眉を下げた綱を差し置いて、季武がここぞとばかりに手を挙げ、懐から絵図が描かれた紙を広げた。
どうやら京の見取図らしい。
いたるところに朱でバツが付けられていた。
「これが女子供が拐われた家です」
朱を指差しながら言う。
意外な事に左京よりも右京に集中していた。
貴族が多く暮らす左京ではなく、その日暮らすのにも困るような者ばかりの右京。
普通、高貴な血を狙いそうなものなのに。
晴明は首を少しだけ傾けた。
「……お前、右と左を間違えてないか?」
「なっ、そんなことないです!」
梨花も不思議に思ったのか、食い入るように見取図を見ていた。
「……貧しい家の子を狙ってなんの得があるのかわらわにはさっぱりわからぬ」
「きっと、一人いなくなったところで騒ぎもしないからだろ?
むしろ食い扶持が減って喜んでるかもな」
可愛らしい容姿に似合わない現実的な言葉を金時が口にした。
「効率的ってやつ?
誰も右京なんて警備行かないから、よく考えれば拐い放題だよねー」
「……では、右京を巡回しましょうか?」
「……綱、一口に右京と言っても広い。
とてもこの人数では無理だ」
「……申し訳ありません」
頼光に言い切られ、綱は肩をすぼめた。
見た目通り、気が弱い方らしい。
この四人の中では一番腕がたつはずなのだが。
沈黙が続く。
皆睨むように見取図を見ながら考え込んでいる。
晴明はというと、元より考える気などない。
梨花はうつらうつらと舟を漕いでいた。
「……あ」
ふと思い出したように季武が声をもらした。
「なんか閃いたのか?」
見取図から視線を滑らし、頼光が尋ねた。
「あ、いや、閃いたっていうわけじゃないんですけど。
酒呑童子が絶対現れない夜があるんです」
「……現れない?」
皆が季武を見る。
季武は注目されたのが嬉しかったのか、赤い頬を更に赤らめた。
「はい。
朔日、つまり月のない夜は今まで一度も町に降りてきていません」
「闇夜の方がやりやすそうなのにな。
俺ならそんな機会逃さない」
「アハハッ、金時なら本気でその内やりそー」
真顔で呟く金時の背を貞光がバンバンと叩いた。
どうやら笑いどころがどこかずれているらしい。
「朔日と言えば、明日ですね」
慣れているのか、貞光の馬鹿笑いを無視して綱が言う。
言う通り、今夜は猫の爪よりも細い、蜘蛛の糸ほどの下弦の月。
明日にはその姿を隠してしまう。
「では、明日また来ます。
晴明殿、それでよろしいですか?」
「俺は別に構わん。
お前等で勝手に決めろよ」
頼光は晴明の言葉にほんの僅かながら眉を寄せる。
だがそれは一瞬で、すぐにまた口元に笑みを浮かべ、屋敷を後にしていった。
屋敷に人気がなくなった頃、すっかり眠り込んでしまった梨花の頭を膝に乗せながらか細い光を放つ月を眺めた。
月のない夜に現れないというのはどういう事なのだろう。
街灯がないこの時代、夜は真の闇になる。
油を買う余裕さえない右京なら尚更だ。
金時の言う通り、真暗闇の方が拐いやすい。
まず、顔を見られる事はない。
「なにか、訳があるのか」
人を拐い、喰らうのに訳などないのだろうが。
もう一つ、気になる事がある。
何故貧民街ばかり狙うのか。
喰らった事がないからなんとも言えないが、丸々肥った肉の方を普通は選ぶ。
骨ばかりの固い肉など、食欲をそそらない。
「酒呑童子か……」
今朝方まで名も知らなかったその鬼が、今では酷く気にかかる。
晴明は懐から人形を取り出し口にあて、ふ、と息を吹いた。
人形はひらりと宙で一回転し、朱雀が現れた。
「お前、ちょっと見てこいよ」
呼び出されるなりそう言われた朱雀は不満そうな顔をする。
とはいえ、不満が通るわけはない。
ぴょん、と一飛びし、闇に消えた。
「ん……」
梨花が寝返りを打つ。
華奢なその肩を揺すり、声をかけた。
「起きろよ、
頼光達は既に帰ったぞ?」
梨花は頼光と聞き、跳ね起きた。
誰もいない辺りを見渡す。
「……晴明、なぜ起こしてくれなかったのだ」
「お前が鼻を鳴らして寝てたからだろ。
残念だったな、そんな格好までして行く気だったのに」
拗ねる梨花の頭をポン、と叩いた。
「だが、また明晩来るぞ」
「……そうか、明日か。
では、早く寝なければならぬな」
梨花は嬉しそうに笑い、塗籠へと軽やかな足音をたてて行った。
余程頼光達が気に入ったのだろうか。
それとも初めて会う鬼か。
どちらにしろ、晴明と同じようにこの件に興味をそそられているのには違いない。
晴明はひとり、ぼんやりと空を眺めた。
厚い雲が月光を途切れさせた。
虫も鳴かない夜。
静寂の中で、時が止まったかのように思えた。
朱雀が帰ってきたのは明け方、大きなあくびをしながらまたも不満気な顔をしていた。
脇息にもたれ、寝息をたてている晴明の前に座る。
衣擦れの音もなく、声すらかけていないのに晴明はうっすらと目を開けた。
「……どうだった?」
朝靄に目を細めながらもハッキリとした口ぶりで言う。
『どうもこうもねぇよ。
……ありゃ、鬼なんかじゃねぇ』
「鬼じゃない?」
『……いや、鬼っつったら鬼か』
朱雀は耳をほじり、垢を吹き飛ばしながら歯切れ悪く言う。
「半妖って事か」
『いや、完全な妖だ』
寝起きのせいなのか、どうも話が噛み合わない。
朱雀も寝惚けているんだろうか。
「意味がわからん」
『俺もなんて言っていいかわかんねぇんだよ。
でも、巷に流れてる噂とは違う。
それだけは言える』
紅い瞳をまっすぐに向けながら言う。
『俺は…、山に行かない方がいいと思う』
結局確かな事は何も言わないまま、朱雀が一枚の人形に戻ってしまった。
つまり、用を足してはいない。
なんだか使役している式に焦らされているような気がして、気分が悪い。
こんな事なら横着せずに自ら行けば良かったと思った。
「……どういう事なんだか」
ポツリと呟き、再び脇息にもたれた。
いくら晴明といえど、全てを見透かせる訳ではない。
対峙してみないとわからない。
またうつらうつらと微睡み始めた。
どうやら今宵も傍観者で終わりそうもない。
あの時もう何もしないと決めたのに。
世の理はそう簡単に放っておいてはくれないらしい。
どうやらいち早く不穏な噂を消したいらしい。
それでなくとも、京には物騒な噂がひきもきらない。
皆、夜を恐れていた。
「晴明殿、お世話になります」
恭しく頭を垂れているのは、源頼光。
父の面差しは薄く、どちらかと言えば人を寄せ付けないような、冷ややかな雰囲気を醸し出していた。
薄い唇は笑みを讃えているが瞳は笑わず、警戒している。
「ほぉ……、噂通りの美丈夫だな」
後ろから覗き込んでいた梨花がほぅ、と感嘆のため息をついた。
切れ長の瞳に細く通った鼻筋と薄い唇、流れるような漆黒の髪、全てが冴えざえとしていて、美しい。
「……そちらの童は?」
「あぁ……、俺の弟子だ。
一緒についていくと言って聞かないのでな。
迷惑はかけない」
頼光の視線をうけ、梨花がにこりと笑った。
服装は常のそれではなく、稚児が着るような色鮮やかな水干を纏い、髪も少年のように結っていた。
どうやら粘り勝ちをしたらしい。
晴明は呆れたような表情を浮かべていた。
「そうですか。
こちらは鬼相手の討伐は初めてなもので、陰陽師が多いのはありがたいです」
そう言ってまた口角のみ上げた。
果たして、心からそう思っているのかどうか。
「そっちは五人だけか?」
頼光の後ろに控える四人に目を向ける。
「はい、下手に数を頼みにするより動きやすいですから」
頼光が促し、名のりをあげようとした時、止める者がいた。
勿論梨花である。
「わらわが名を当てて見せよう!
そうだな……、そなたが渡辺綱だ!」
そう言って、一番の優男を指差した。
「は……はぁ、あたりです」
「やはりな。
一番の美貌と聞いていたから確信していた」
あまりな物言いに他の三人が顔を歪める。
その内の一人が口を開いた。
「酷いなー、まるで俺等が醜いみたいじゃーん。
確かに綱は頼光様より顔いいけどさー」
少しも傷付いていないように軽く。
自身もかなり酷い事を言っているのには気付いてはいない。
「そなたは碓井貞光じゃな?
軽口が過ぎると聞いた」
梨花はにやりと笑い、狩衣を着崩した、髪の短い軽い口調の男を指差した。
「あたりっ!
お嬢ちゃんすごいねー」
どこまでも軽い。
ケラケラ笑う貞光を尻目に赤い直垂をきっちりと着こんだ髪を肩口で切り揃えた少年を指差した。
少年の脇には大きな鉞(斧に似たもの)がある。
「それでそなたが金太郎だ!」
「……もう金太郎じゃないし」
その柔らかそうな頬を膨らまし、むすっとしながら答えた。
どうやらあたりだったらしい。
「残るはト部季武か……。
あぁ、じゃあそなただな」
「なんか俺だけ扱いが雑なんですけどっ!?」
特に特徴のない男が言う。
強いて挙げるとすれば、頬が赤い。
「ふふん、なぁ晴明、わらわ凄いであろう?
皆当てた!」
「離れろ。
別に自慢することでもないだろうが」
嬉しそうに顔を寄せてくる梨花を引き剥がし、四人に話しかけた。
「名なんてどうでもいいんだが、少しの間よろしくな」
個性がバラバラな四人が声を揃えて返事をし、頭を垂れた。
「では、早速行きましょうか」
これ以上雑談する必要はないと践んだのか、頼光が片膝を起こした。
「今からか?
随分急だな」
「善は急げと言うでしょう?
いち早く不安は取り除いてやるべきです」
「でも頼光様ー、すれ違いにでもなったらどうするんですー?」
袂に腕を入れ、器用に足の指でもう片方の脛を掻きながら貞光が言う。
「そうですよね……。
酒呑童子は夜毎町に繰り出していると聞きますし……」
綱も考え込むようにその細い顎に手を当てた。
金時や、季武も同様の考えを示している。
山に行ったところで、肝心の鬼がいなければただの徒労に終わってしまう。
「……何かその童子についての情報はないのか?」
晴明はため息をつきながら頼光に尋ねた。
「それが、ハッキリと姿を見た者がいないんです……」
「あ、俺話聞いてきました!
眉唾物ばっかでしたけど。
確かなのが……」
眉を下げた綱を差し置いて、季武がここぞとばかりに手を挙げ、懐から絵図が描かれた紙を広げた。
どうやら京の見取図らしい。
いたるところに朱でバツが付けられていた。
「これが女子供が拐われた家です」
朱を指差しながら言う。
意外な事に左京よりも右京に集中していた。
貴族が多く暮らす左京ではなく、その日暮らすのにも困るような者ばかりの右京。
普通、高貴な血を狙いそうなものなのに。
晴明は首を少しだけ傾けた。
「……お前、右と左を間違えてないか?」
「なっ、そんなことないです!」
梨花も不思議に思ったのか、食い入るように見取図を見ていた。
「……貧しい家の子を狙ってなんの得があるのかわらわにはさっぱりわからぬ」
「きっと、一人いなくなったところで騒ぎもしないからだろ?
むしろ食い扶持が減って喜んでるかもな」
可愛らしい容姿に似合わない現実的な言葉を金時が口にした。
「効率的ってやつ?
誰も右京なんて警備行かないから、よく考えれば拐い放題だよねー」
「……では、右京を巡回しましょうか?」
「……綱、一口に右京と言っても広い。
とてもこの人数では無理だ」
「……申し訳ありません」
頼光に言い切られ、綱は肩をすぼめた。
見た目通り、気が弱い方らしい。
この四人の中では一番腕がたつはずなのだが。
沈黙が続く。
皆睨むように見取図を見ながら考え込んでいる。
晴明はというと、元より考える気などない。
梨花はうつらうつらと舟を漕いでいた。
「……あ」
ふと思い出したように季武が声をもらした。
「なんか閃いたのか?」
見取図から視線を滑らし、頼光が尋ねた。
「あ、いや、閃いたっていうわけじゃないんですけど。
酒呑童子が絶対現れない夜があるんです」
「……現れない?」
皆が季武を見る。
季武は注目されたのが嬉しかったのか、赤い頬を更に赤らめた。
「はい。
朔日、つまり月のない夜は今まで一度も町に降りてきていません」
「闇夜の方がやりやすそうなのにな。
俺ならそんな機会逃さない」
「アハハッ、金時なら本気でその内やりそー」
真顔で呟く金時の背を貞光がバンバンと叩いた。
どうやら笑いどころがどこかずれているらしい。
「朔日と言えば、明日ですね」
慣れているのか、貞光の馬鹿笑いを無視して綱が言う。
言う通り、今夜は猫の爪よりも細い、蜘蛛の糸ほどの下弦の月。
明日にはその姿を隠してしまう。
「では、明日また来ます。
晴明殿、それでよろしいですか?」
「俺は別に構わん。
お前等で勝手に決めろよ」
頼光は晴明の言葉にほんの僅かながら眉を寄せる。
だがそれは一瞬で、すぐにまた口元に笑みを浮かべ、屋敷を後にしていった。
屋敷に人気がなくなった頃、すっかり眠り込んでしまった梨花の頭を膝に乗せながらか細い光を放つ月を眺めた。
月のない夜に現れないというのはどういう事なのだろう。
街灯がないこの時代、夜は真の闇になる。
油を買う余裕さえない右京なら尚更だ。
金時の言う通り、真暗闇の方が拐いやすい。
まず、顔を見られる事はない。
「なにか、訳があるのか」
人を拐い、喰らうのに訳などないのだろうが。
もう一つ、気になる事がある。
何故貧民街ばかり狙うのか。
喰らった事がないからなんとも言えないが、丸々肥った肉の方を普通は選ぶ。
骨ばかりの固い肉など、食欲をそそらない。
「酒呑童子か……」
今朝方まで名も知らなかったその鬼が、今では酷く気にかかる。
晴明は懐から人形を取り出し口にあて、ふ、と息を吹いた。
人形はひらりと宙で一回転し、朱雀が現れた。
「お前、ちょっと見てこいよ」
呼び出されるなりそう言われた朱雀は不満そうな顔をする。
とはいえ、不満が通るわけはない。
ぴょん、と一飛びし、闇に消えた。
「ん……」
梨花が寝返りを打つ。
華奢なその肩を揺すり、声をかけた。
「起きろよ、
頼光達は既に帰ったぞ?」
梨花は頼光と聞き、跳ね起きた。
誰もいない辺りを見渡す。
「……晴明、なぜ起こしてくれなかったのだ」
「お前が鼻を鳴らして寝てたからだろ。
残念だったな、そんな格好までして行く気だったのに」
拗ねる梨花の頭をポン、と叩いた。
「だが、また明晩来るぞ」
「……そうか、明日か。
では、早く寝なければならぬな」
梨花は嬉しそうに笑い、塗籠へと軽やかな足音をたてて行った。
余程頼光達が気に入ったのだろうか。
それとも初めて会う鬼か。
どちらにしろ、晴明と同じようにこの件に興味をそそられているのには違いない。
晴明はひとり、ぼんやりと空を眺めた。
厚い雲が月光を途切れさせた。
虫も鳴かない夜。
静寂の中で、時が止まったかのように思えた。
朱雀が帰ってきたのは明け方、大きなあくびをしながらまたも不満気な顔をしていた。
脇息にもたれ、寝息をたてている晴明の前に座る。
衣擦れの音もなく、声すらかけていないのに晴明はうっすらと目を開けた。
「……どうだった?」
朝靄に目を細めながらもハッキリとした口ぶりで言う。
『どうもこうもねぇよ。
……ありゃ、鬼なんかじゃねぇ』
「鬼じゃない?」
『……いや、鬼っつったら鬼か』
朱雀は耳をほじり、垢を吹き飛ばしながら歯切れ悪く言う。
「半妖って事か」
『いや、完全な妖だ』
寝起きのせいなのか、どうも話が噛み合わない。
朱雀も寝惚けているんだろうか。
「意味がわからん」
『俺もなんて言っていいかわかんねぇんだよ。
でも、巷に流れてる噂とは違う。
それだけは言える』
紅い瞳をまっすぐに向けながら言う。
『俺は…、山に行かない方がいいと思う』
結局確かな事は何も言わないまま、朱雀が一枚の人形に戻ってしまった。
つまり、用を足してはいない。
なんだか使役している式に焦らされているような気がして、気分が悪い。
こんな事なら横着せずに自ら行けば良かったと思った。
「……どういう事なんだか」
ポツリと呟き、再び脇息にもたれた。
いくら晴明といえど、全てを見透かせる訳ではない。
対峙してみないとわからない。
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