彼の呪は密やかに紡がれる

ちよこ

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酒呑童子

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──大江山には鬼が出る



いつ、そんな風聞がたったのだろう。
噂好きな公卿はもちろんのこと、まだ年端のいかぬ童まで、日に一度はその名を出す。


『酒呑童子がまた現れた──』


皆口々に言うが、姿を見たものはいない。
ある者は、身の丈が十尺(6m)もある血のように赤い顔をした鬼だと、
またある者は類い稀なる美しさの少年だとも言う。

出処のわからぬ噂ばかりが飛び交っていた。 


酒呑童子は夜の帳が下りきった頃、山から静かに現れ、獲物を探す。
ぎょろり、ぎょろりと、舌舐めずりをしながら十六もあるという噂のある目玉で見回しながら練り歩いているのだろう。

狙われるのは決まって若い女や子供。
血の蹟、悲鳴すら残さずに忽然と消えてしまう。
親は日も昇りきった頃にようやく気付くのだ。 


「……誰だ?」


話を一通り聞いた後、梨花が調合した香を嗅ぎながら不機嫌そうな声をあげた。


「お前が」


こちらも不機嫌そうに言う。
心なしか光栄の顔はやつれ、髪も乱れている。
仕事もせずに、イキイキとしている晴明とは対照的に。
だが、晴明はそんなことは歯牙にもかけない。


「俺はもう隠居だ、隠居」


晴明はくすりと笑い、香炉を置いた。 
光栄はこめかみをひきつらせながら手近にあった書物を背を向ける晴明向かって投げつけた。
見てもいないのにそれを避ける。
それどころか、書物は軌道を変え、光栄の鼻目掛けて戻ってきた。


「ー……っ!
……ふざけんな、お前。
人が頭下げて頼みに来たっていうのに」


確かに今は頭を垂れているが、先程まではどう贔屓目に見ても、仁王立ちだった。
気持ちの上で頭を下げていても、体は正直らしい。 


「お前は何も思わないのか?
兄弟子がこんなにクマを作って寝る暇さえ惜しんで仕事してるってのに。
だだちょっと大江山に行ってくるだけだろ?
退治は頼光がやるっつってんだから」

「……だからその頼光ってのは誰だって聞いたんだよ。
馬鹿かお前は。
そもそも兄弟子は俺だ。
根本的に間違ってるぞ」

「そうだ、光栄は間抜けだな」


明らかに年下の梨花にまで笑われ、光栄の顔がさらにひきつった。 
がなりたくなるのをグッと堪える。

正直なところ、自身が出向くほどの余裕は今の光栄にはない。


「頼光は満仲の息子だ。
兼家の葬儀に来てただろ?
馬三十頭を率いて」


晴明は記憶を辿ったのか、少しだけ空を仰ぎ、あぁ、と小さく呟いた。


「あれは大したもんだったな。
なかなか三十頭も捧げられるもんじゃない。
兼家はいい番犬を見つけたもんだと感心していたんだ」


「番犬ってお前……、今源氏は出世してるんだぞ?
特に頼光は才覚溢れる棟梁だと評判だ」

「わらわも聞いたことあるぞ!
その頼光の家臣がまた逸材揃いなんだよな?」 

「梨花、お前知ってるのか?」

「晴明、恥ずかしいぞ?
今の京に住む者で酒呑童子と頼光、その四天王を知らないとは」


梨花に鼻息荒く言われ、晴明は光栄を見る。


「……まぁ、巷の噂はそればっかだな。
深窓の姫君でも名くらいは知ってるだろ。
そこの姫さんはろくに従者もいないこの屋敷でどうやって噂を聞き付けたのかは謎だが」


光栄の言葉に梨花はにんまりと笑った。
晴明は日に一度は朱雀と市に行っているのを知っている。
よほどあの喧騒が気に入ったらしい。
大方そこで耳にしたのだろう。 


「五人とも武だけではなく、美貌も備えてるらしいぞ?
なぁ、光栄、晴明が大江山に行けばわらわも──……」

「嫌だって言ってるだろ。
俺をダシに使うな」


瞳を輝かせる梨花を一刀両断するように言う。
遮られた梨花は明らかに不服そうな顔をし、


「じゃあわらわが一人で行く。
朱雀に色々教えてもらったからそこらの陰陽師にひけはとらぬぞ?
いいだろう、光栄?」


と言った。
さすがに光栄も苦笑せざるをえない。


「いや、さすがに女じゃなぁ。
……やっぱ俺が暇見つけて行くわ」 


光栄が踵を返し山のような書類や公卿からの文が待つ内裏に戻ろうとした時、晴明が声をかけた。


「俺はついていくだけでいいんだな?」

「あ……あぁ、まぁな。
ちょっと呪をかけて、妖に対等に渡り合えるようにしてやるだけだ。
……行ってくれるのか?」



人が諦めた時にこの男はいつもやる気を出す。
天邪鬼とでもいうのだろうか。


「この貸しは大きいぞ?」


ゆるく口角をあげて笑う晴明。
ため息をつきなからも光栄も笑った。


「馬に酒瓶つけて送ってやるよ。
同じように三十頭がいいか?」

「ハハ、それはいいな。
しばらく酒に困らん」

「わらわには唐菓子な」

「……お前等、最悪な夫婦だな」


来た時よりもいくらか疲れた顔をして光栄は屋敷を後にした。 
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