彼の呪は密やかに紡がれる

ちよこ

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酒呑童子⑤

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四半時ほど道を進んだところで梨花と季武が待っていた。

手頃な岩に腰掛け、足を遊ばせている。
季武は何があったのか狩衣のそこかしこに泥や草の葉が付いていた。


「遅い!
わらわは待ちくたびれた!」


梨花は声を張り上げるも、どこか覇気がない。
仄かに照らされた口許は少し歪んでいるように見えた。


「梨花殿、しぃーっ!!」


慌てて季武が梨花の口を塞ぎ、視線で先を見るよう促す。

その仕草に気付いた頼光は松明を消した。
やかましく掛け合いを続けていた貞光等も同様に。
皆の顔からは笑みが消え、睨むように暗闇の先を見ていた。

暗闇に目が慣れ、次第に見えてきたのは厳かな門構え。
組み木には雲形の細工が施してあり、中に覗く本堂らしき建物の柱は中央がふっくらとして空に向かって長く延びていた。
全ての造りが今はあまり見かけなくなった唐風になっている。



「桓武帝の時代に遡ったみたいだな」

「……ですね」


もう二百年も昔、南都から都を移した桓武帝は大陸の文化を心酔し、そっくり模倣した。
自らも唐の皇帝になぞらえて即位する日取りすら決めた。
今はその文化も咀嚼され、廃れてしまっているが。



「大江山に寺院があったなど、聞いたこともないが」


頼光が顎に手をあて、首を傾げた。
予想としては、もっと荒廃した山賊の住み処を想像していた。

だが今目の前にそびえる建物の主が京を騒がせている酒呑童子とは到底思えない。

大江山はいくつもの山からなる連山の総称だ。
もしかするとここではないのかもしれない。
けれど、寺院を建立した記録が朝廷に残ってないのはおかしい。


「当たりだったらいいが……」


寺社は独自の力を持ち、帝の使者といえども迂闊に手出しは出来ない。
決断出来ずに考え込む頼光に晴明が声をかけた。


「俺は当たりだと思うぞ」

「……なぜ、そう言い切れるのです?」

「匂いがする。
隠しきれない妖の香りが」


それ以上に人の香もするのだが。
夜毎人を拐っているのだから染み付いてしまっているのだろう。


「じゃあさー、そうと決まれば早く仕事終わらせちゃおーよ」


いつの間にか酒瓶を取り出していた貞光が門の敷居を跨いだ。
砕けた口ぶりと歩き方のわりには隙がない。

後から頼光、綱、金時、季武も続く。
晴明も最後に行こうとした時、袖をひくものがあった。
暗闇にぽっかりと浮き出たような白い小さな手。
梨花が不安気な瞳を向けていた。


「晴明、酒呑童子とはどんな鬼だ?」

「さぁな、暗闇が怖い妖か?」


ククッと笑う。


「誤魔化すな、晴明も聞こえているのだろう?」


袖を掴む力が強くなる。
強い梨花の眼差しから目をそらし、本堂の方に向けた。


「聞こえたからといってどうなる?」


尋ね返されると梨花は言葉に詰まってしまった。
櫻貝のような唇を噛み締め、俯く。


晴明は小さくため息をつき、稚児髷に結われた髪を撫でた。


「……とりあえず、頼光の後を追うぞ」


小さく頷き、手を引かれながら門をくぐった。
途端に先程から聞こえていた声が強くなる。
耳鳴りのように繰り返す、痛みを伴った訴え。


『来るな!
俺は望みを叶えてやっただけ。
何も、……何もわかってないくせに、ここを踏み荒らすな!』


あまりの声の強さに梨花は耳を抑え、うずくまってしまった。
その瞳からは涙がこぼれている。


「……梨花、お前はここで待ってろ」


梨花の涙を掬い、人形を吹いた。
たちまち浮かない顔の朱雀が現れる。


『だから言ったろ。
行かない方がいいって』

「うるさい。
過ぎたことをグダグタ言うな」


梨花と朱雀を残し、鳴り響く声を便りに灯りのない中を進んでいくと様々なものが目に入った。


いくつもの背丈と名が刻まれた柱、
くたびれた鞠、
欠けた双六盤、


至るところにありすぎて、嫌でも目につく。
歩を進める内に庭の池の前で立ち往生している四人を見つけた。
皆、狐につままれたような顔をしている。


「その様子じゃ、何も見つけられていないみたいだな」

「どの廊下を行っても、ここに戻って来ちゃうんですよー。
どーにかしてくださーい」


よほどぐるぐると廻ったのだろう、貞光が疲れきった顔を向けた。


「鬼が小細工するなんて、分不相応だし」


腕を組み、苛々した様子で金時が言う。


「分不相応かどうかはともかく、何とかなりませんか?
これでは退治どころではありません」


綱が困り果てた顔をし、晴明に寄ってきた。
季武は垣に登り、解決策を見出だそうとしている。
そういえば、頼光が見当たらない。


「お前等の主人はどうした?」

「頼光様は……」


綱が苦笑し、廊下の先を見る。
その瞬間、全く反対の方向に何かものの落ちるような音がした。


「くそ、またか……」


尻餅をついていた頼光は小さく舌打ちをし、腰をあげた。
視線の先に晴明がいる事に気付き、ばつが悪そうに会釈した。
皆がキリがないと判断した後も諦めきれずに一人繰り出したのだろう。


「視えないってのも不便だな。
簡単な幻術だ、今解いてやる」


ククッと薄く笑みを浮かべ、池の方へと進み指を揃え、息を吹こうとした時、動きを止めた。
何か考え込んだ後、そのままゆっくり腕を下ろして頼光等の方へ向き直った。


「……なぁ、お前等は異形のものを悪と決めつけているが、なぜだ?」

「悪は悪だからだし。
それ以外に理由なんてない」


金時が即答する。
確かに異形のものの善行の噂など聞いたことなどない。
晴明はため息をつき、頼光に矛先を向けた。


「頼光、さっきお前は言ったな?
生まれで全てが決まるのはおかしいと」

「……はい。
でもそれが何か?」

「人だけではない、って事だ」


晴明の遠回しな物言いに、頼光は眉を寄せた。
そんな頼光の様子には目もくれず、池の中央に晴明は話しかける。


「自分から出てこいよ。
俺と梨花にだけ訴えても仕方ない」


晴明が口角を上げた途端に、池から水柱が上がっり飛沫は頼光達に襲いかかった。
腕で顔を覆い、一瞬目を瞑った後には池はなかった。

代わりにそこにあったのは大広間一つ分の土蔵のような小さな庵。
窓はなく、入口の戸は分厚い樫で出来ていた。
戸の所には赤漆の鬼面をつけた稚児が胡座をかいて座っている。


『……はじめまして』


鳴り響いていた声と同一。
面で隠れているため、表情はわからないが口調は穏やかだった。

訴えていた悲痛は少なくとも今だけは身を潜めていた。


大柄で絵巻に描かれるような鬼を想像していたのだろう。
戸惑いを隠せずに童子を見ていた。
各々太刀に、弓に、手をかけながらも。


『……俺が何をした?』



隙あらば首を落とそうと構える頼光等を前に、童子は首を傾げた。
酷く緩慢な動作で。

童子は太刀も穿かずに手は袖から抜き、懐に入れている。
ここまで無防備だと、逆に仕掛けづらい。 


「あー……、なんか予想外ー……」


手に持った松明をゆらゆらと揺らし、貞光がぼやく。
当初の算段では道に迷ったふりをして根城に潜り込み、酒を飲ませた所を襲うつもりだった。
いかな大鬼とはいえ五人相手で、しかも身動きがとれない状態では一堪りもないだろうと考えて。

それがどうだ。

邸内で迷わされた挙句、どうやら目的も筒抜けだ。
おまけに目の前にいるのは、気色悪い面をつけてはいるが童にしか見えない。 


「ま、鬼は年取らないっていうし」


金時がそう言い鉞を肩にのせ、庭の砂を踏み締めた。
ジリジリと間合いを詰めていく。


「……なぁ」


酷く面倒臭そうな晴明の声。


「誰もコイツの言う事は聞かないのか?
せめて問いに答えてやれよ」


もっともな事だが、誰もが面食らってしまった。
妖と話をするなんて考えてもいなかったからだ。
妖は討伐する対象ではあっても、意思を疎通させる対象ではない。 

童子が笑った。
もっとも面で顔は隠れているため、そんな気がしただけだが。


『……感謝する。
早速だがあんたら、このまま帰ってくれないか』

「あなたは京を脅かす存在です。
見過ごすわけにはいきません」


優しげな口調はそのままに、気弱さを消した綱が頼光の後ろから飛び出て、黒い刀身の太刀を振りかぶる。
童子はすんでの所で避け、対角にある母屋の廂に飛び移った。 



『人というのはいつになっても変わらないな。
俺のような者の言葉には耳も貸さない……』


また耳鳴りがした。
少し違うのは今度はハッキリした言葉ではなく、悲しみの感情。

虚空から、小振りの太刀を取り出した童子が貞光目掛け、跳ぶ。
松明を持っていない方の手で童子の撃を受けるが、意外に重く、よろめいてしまった。 

ふ、と風もないのに灯りが消えた。
童子の姿も。
夜目のきかない頼光等は互いに背を向け合い、気配を探った。
真暗闇の中で必死に目をこらし。

光を生み出すことも容易いだろう晴明は、黙って見ていた。
先ほどからの発言や今の行動、頼光からしてみれば、味方なのか敵なのかわからない。


『……一つ、昔話をしてやろうか』


頭上から声がする。
姿が見えない今、その声を頼りに探るしか他はない。
皆、耳を傾けた。 
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