彼の呪は密やかに紡がれる

ちよこ

文字の大きさ
19 / 27

酒呑童子⑥

しおりを挟む

──遠い昔



今の地に遷都してから十五、六年ほどたった時の事。

その年即位した帝の内裏入りの際、催事が行われた。
遷都してからまだそう月日は流れていないのに、既に二回代替わりしている。

全ては怨霊の仕業だと皆口を揃えて言っていた。



帝はそれを払拭するように催事を盛大に行ない、その中の一つに“鬼踊り”というものがあった。
様々な寺社から僧を三千人集め、皆鬼の面をつけて舞い、踊る。 

僧を纏めていたのは、帝の父、桓武に信頼を得ていた最澄。
独自の権勢を誇る、比叡山延暦寺を拓いた教祖である。

その最澄の傍らに常に一人の稚児がいた。
愛らしい容姿と、屈託のない性格から皆に好かれていた。

当然、その稚児も鬼踊りの一員に狩り出されていた。
舞上手と評判のその稚児は殿しんがりを務める手筈になっていた。 



「伊吹、君の面はよく出来ていますね」



最澄が柔らかに伊吹と呼ばれた稚児に笑いかける。
伊吹もまだ少年らしさを残す頬を綻ばせ、笑った。



「はい、お師匠様。
伊吹はこの日のために精魂込めて作り上げましたから」


最澄は赤漆の鬼面をまじまじと眺め、感嘆のため息をついた。
まるで生きているような妖艶さを醸し出している。
黄金に塗られた瞳は今にもギョロリと見据えてきそうな程だった。 



「君の手には不思議な力が宿っているんでしょうかね?
山の権現の御加護の力が」



冗談めかして最澄が言う。
伊吹という名は伊吹山からとった。

母の玉姫が、山の神である伊吹大明神と惹かれ合い、生まれたとされるからだった。
けれど、そんなのはただの噂に過ぎず、伊吹にはなんの力もない。
法力もなければ、なにか術を使えるわけでも、妖を見ることも出来ない。

ただ、容姿が際立っていた。

男にしては色白く、すっと筆を走らせたような涼やかな目元や小振りの鼻、紅を塗ったような唇。
宋からの絵巻物に描かれている天女が抜け出したかのようだった。
伊吹を見ると、皆天上に来たような心地になる。
中には崇め奉る者さえいた。 


「伊吹にそんな大層なものないこと、お師匠様が一番ご存知でしょう?」

「フフ、そうですね。
君はどちらかといえば出来ない子ですからね。
経を読むときには寝てる、遣いに出せば目的を忘れ町で遊び呆ける」


ちくりと釘をさされ、伊吹はばつが悪そうに肩をすくめた。
その肩を最澄はポン、と叩く。 


「ですが、手のかかる子ほど可愛いものなんですよ」


シワの寄っている目尻をさらに寄せ、最澄は帝の側に行ってしまった。

帝は清涼殿の階の遥か上、昼御座の椅子に頬杖をつき、足を軽く投げ出して座っている。
耳元で囁く最澄に、ゆったりと耳を傾け、屈託なく笑うと伊吹に向かって手招きをした。
キョロキョロと辺りを見回すが、催事の準備で他には誰もいない。

どうやら伊吹を呼んでいるらしい。
伊吹は足早に階の下に侍り、頭を垂れた。 


「畏まらなくてもいい。
早くこちらにおいで」


からんとした、通りのいい声。
快活さが滲み出ている。

こちらに、と言われても、階の上は身分のある者しか上がれない。
躊躇っていると、帝が唇に人差し指をあてながら笑った。


「今うるさく言う奴は席を外している。
黙っていれば大丈夫さ」


その言葉の引力に引き寄せられるように御前に立った。


何を言えばいいのだろう。
伊吹は汗ばむ手で面を握りしめながら言葉を必死に探った。
視線はひたすら帝の黄櫨染こうろぜんの袍の模様を凝視していた。 


「ハハ、最澄の言う通りだな。
なんとも言えない愛らしさだ」

「そうでしょう、
この伊吹は経や書は見られたものではありませんが、舞は素晴らしいのですよ」

「そうか。
伊吹、楽しみにしてるよ。
是非京の闇を払うような舞を見せてくれ」


帝が伊吹の手をとった。
触れた手はあたたかく、さくらのように健康的な赤みを射していて美しかった。
思いもかけない事に動揺してしまう。
伊吹は声が出ず、ただコクコクと頷いた。 

思えば、この時が伊吹の一番の幸福の時だったのかもしれない。
周りには、好意しかなかった。
何も考えず、笑っていられた。

あのまま時を止められたら闇に魅入られ、また、魅入ることもなかったのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...