彼の呪は密やかに紡がれる

ちよこ

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酒呑童子⑪

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人は妖を悪と呼ぶ。

妖は人を悪と呼ぶ。



それでは悪とは何なのだろう。



いつしか太刀を握り締める手も下がり、童子の流れるような昔語りに聞き入っていた。
火を再び興すのも忘れ。



『……それから俺は、悪を粛正し続けた。
力に物言わせ、女をゴミのように扱う奴や、少しばかり腹で育ちすぎた牙と角を持つ赤子を鬼と蔑む親……、色々いたな』



カサリ、と葉の揺れる音と、地を踏む音がした。



頼光の耳元で声がする。



『噂の回るのは早かった。
皆いつしか俺を酒呑童子と呼んだ。
酒に溺れ、闇にとり憑かれた稚児だと。
酒なんか、二度しか口をつけたことなんてないのにな』



「ッ……このッ!」



童子を振り払おうと闇で頼光が体を捻ると、くすりと笑って自ら飛び退いた。
元いた場所に戻り、指を擦りあわせて燭に火を灯すと僅かな灯りでも眩しく感じた。



「……お前の言い分はわかった。
だが、人を殺していい道理はない」



目を細めながら頼光が言った。
戸惑い、躊躇いながら。



『妖はいくら殺してもいいのにか?
俺達だって生きてる。
息を潜め、闇に紛れながら。
人は、何をしても許されるのか?
あんたのいう道理からすれば、そこで傍観してる陰陽師を使って人を呪殺することこそ間違ってないか?
人が人を殺してるんだぞ?』



童子が渇いた笑いをあげた。
責める口調は強く、悲しみに満ちていた。



童子が少し顔を俯けると、それまで黙っていた晴明が口を開いた。



「……矛盾しているのが人だ。
だから、見ていて飽きない。
力もないのに足掻いて、知恵を働かせて必死に生きてる」



死に物狂いで、脅かすであろう異物を排除し、世界を守ろうとする。
守られた小さな世界で今度は君臨しようと、他人を蹴落とす。
まるで小さな童ばかりが集まったような、滑稽な世界。



『……人の味方をするっていうのか?
あんたは、こっち側だと思ってた。
化け物扱いされたのも、一度や二度じゃないはずだ』



批難するような言い方に晴明がくすりと笑った。



「味方も何も、元から俺は誰の側にもついてない。
俺は俺だ」



興味をそそられた時、

気に入った時、

たまたま気が向いた時、



そんな時、気紛れに手を貸すだけ。
善悪など、どちらでも構わない。
ただ、己の気の向くままに。



「だが、お前の思いは痛いほどわかる。
きっと、こいつらもだ」



形は違えど皆虐げられ、弾き出された事がある。
肯定を口にこそ出しはしないが、心の内では思っていた。



「……もう、このまま帰ってはダメなのか?」



不意に響いた小さな、怯えたような声。
振り向くと、瞼を腫らした梨花がいた。



「梨花、門で待っていろって……」


いつからいたのか、中庭の隅に朱雀に肩を抱えられながらこちらを見ていた。


「……なぁ晴明、帰ろう?
頼光殿も、この者に非はないと思っているのだろう?
……そっとしてやってはくれないか?
この者は……今は人を殺めてなどいない」



頼光は梨花の瞳をじっと見据えた後、構えていた手を下ろした。



「……梨花殿、あなたは随分肩入れなさるのですね」



少しの沈黙の後、頼光が呟いた。
表情は影になっていて、よくはわからない。



「この者がどうして毎夜京におりてくるのか理由を知ればそなたも──……」

「これ以上御託はいりません」



梨花の言葉を遮り、頼光は静かに言った。
手を下ろし、露になった瞳は冷たい光をたたえ、戸惑いや躊躇いは姿を消していた。

頼光は腰をぐっと落としてから飛びかかるように踏み込み、童子は踏み込まれた間合いの分だけ飛び退く。



『御託、か。
あんたらには言い訳にしか聞こえないってことなんだな』



童子も太刀を構え、頼光の太刀をいなしていく。



「……私達は、これが与えられた使命なのだ。
そこにいかなる事情があろうとも、遂行するのみ」



刃がぶつかり、耳をつくような音が響き、一瞬呆気にとられていた綱達も各々得物を固く握り直し、童子へ矛先を向けた。
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