恋愛短編集

ちよこ

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キミを乗せた銀河鉄道

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ーーーかたたん、とたとん。
静かな夜に響くわだちの音。


年季の入ったミニロビーのソファーに体をもたせて首をそらし、窓ガラス越しに夜空を仰いでみれば、プラネタリウムかと思うほどの満点の星空。

メガネを外して読んでいた小説と一緒に膝の上に置き、次々流れる星を瞳に映した。

こんな夜を過ごしたのはいつぶりだろう。
息をつく暇もないほど忙しない東京では味わえない。

この列車の中は切り離されたみたいにゆったりとした時間が流れていて、ようやくゆっくりキミのことを思える。

まるで本当に銀河鉄道に乗っているみたいだ。
このままイーハトーブに身を埋めてしまおうか。

あぁ、片道切符にしておけばよかった。

ようやく訪れた夏休み休暇。
どこに行こうかと考えたとき思い浮かんだのはイーハトーブの呼び名もある岩手だった。

キミの故郷、イーハトーブ。
約束の、場所。


ーーーかたたん、とたとん、
流れ、流れて。


「ーーー隣、いいですか?」


そう声をかけてくる聞き覚えのある声。
だけど、久しく聞いていなかった声。

バッと星空から視線を移して声の主を確かめた。
いるはずのない、その人を。

光沢のある紺色に銀糸の織りが入ったネクタイ。
若いくせにこだわって集めていた一つ一つ手織りで作られるそれは、同じように見えても少しずつ表情が違うのだと言っていたはずだ。

だけど、目の前で締められているそれは間違いなく同じもので。

見間違えるはずはないのに。
キミが一番好きだと言ったネクタイを。

あの時確かに星屑のように形をなくしたはずなのに。
私が一番好きだったキミのネクタイは。

……どうしてここに存在してるのだろう。
狐につままれた気分になり、ネクタイの少し上にある顔を見た。


「どうしたんですか、変な顔をして」


ぼやける視界の中で愛しい顔がほころぶ。
だけどもハッキリとは見えなかった。


「本当に、キミ……なの……?」

「はい。
佐和子さん、メガネかけてないからわからないんですか?」


クスクスと笑い、古びたイスをきし、と鳴らせて私の膝の上に手をのせた。


「ほら、ちゃんと見てください」


ひんやりとしたメガネのつるが髪と肌の間に差し込まれると、途端に視界がクリアになって、余計に目の前にいる存在が信じられなくなる。

柔らかく後ろに流した髪、肉厚の耳たぶ、涼やかな目元と口元、スッキリした顔立ちに幼さを添えるいつもほんのりと色づいている頬まで、全てが会いたくてたまらない、キミだった。


「どうして……いるの?」

「ひどいなぁ、佐和子さん。
約束したでしょう?
夏休みになったらイーハトーブに一緒に行くって」


約束は、した。
だけど、それは叶わないはずなのに。


「僕と佐和子さんのたったひとつの約束ですから。
途中までなのが残念なんですけど。
それでも、少しでもあなたとの約束を守りたかったんです」


そう言うキミのスーツを見れば、今の季節には暑過ぎる厚手のもので、息が詰まる。


「守るんなら、きちんと守りなさいよ……。
中途半端なことはするなっていつも言ってるでしょう?」


「はは、佐和子さん相変わらずですね。
でも、来たんだからいいじゃないですか」


いつも片眉を下げて少し困ったように笑う顔。
髪をすく手首から香る香りも変わらない。
確かに今、キミはここにいる。


「佐和子さん」


体を抱き寄せて耳元で私の名前を呼んだ。


「舟っこ流し、行くんでしょう?」

「…………うん」

「ホントにね、すっごくキレイなんですよ。
北上川の一面に炎の光が揺らめいて」

「…………うん」

「ちゃんと流してきてくださいね」

「…………嫌よ」

「流してきてください」

「……嫌」

「聞き分けのない人だなぁ。
たまには僕の言うことも聞いてくださいよ」

「……ずっと聞いてたじゃない。
キミはいつも私のこと振り回して」

「そうでしたっけ?」

「そうよ、最期までずっと振り回され続けたわ」


ぽろ、ぽろ、メガネの縁からこぼれ落ちた涙で キミのスーツが染まった。


「じゃあやっぱり最後まで言うこと聞いてください。
……中途半端なことは?」

「……しない」

「そうそう、よく新人の時に言われたなぁ」


だけどこんなのおかしい。


「佐和子さんが笑ってくれないと、僕は安心できないから。
だから言うこときいてくださいよ」

「…………本当にキミは意地悪」

「意地悪でもなんでもいいです。
それで佐和子さんが前を向けるなら」


きゅ、と私の体に回された腕に力が込められた。


「前を向いてよ、佐和子さん。
思いも思い出も全部、……全部イーハトーブに置いてきて。
舟と一緒に流してください」


伝わってくるはずの温もりはそこにはなくて冷たすぎる指が私のあごをすくった。


「佐和子さん。
僕は笑ってる佐和子さんが好きなんです」

「……っそ……、」


微笑んだキミがやさしく私の唇を塞いだ。


「……思いが残るから僕の名前は呼ばないで。
いつもみたいにキミ、でいいですよ」


触れた唇も、冷たい。


「佐和子さんのキミって呼ぶ声可愛くて、好きだったなぁ」


くすくす笑いながらあどけなく言うキミ。
本当にキミは、私の言うことをちっとも聞いてはくれない。
名前くらい、好きに呼ばせてよ。


「…………っ、ふ……」


ぽた、ぽた、とめどなく落ちる涙が染めていたはずのスーツはもうどこにもなかった。
キミの声の代わりに聞こえるのは静かな轍の音ばかり。


ーーーかたたん、とたとん、

満点の星空の中を行く北斗星。
キミを乗せた銀河鉄道の切符を私は持っていない。


「……わかった。
わかったわよ…………」


言うこと聞けばいいんでしょう?


「後で悔しがってまた化けて出てきたって遅いんだからね。
全部、イーハトーブに置いてきてやる」


絶対キミよりずっと大人でいい男捕まえて鼻で笑ってやるんだから。
必ず笑うって、約束するから。


「…………」


音には出さず、キミの名を呼ぶ。
ぱた、とまたひとつ涙が落ちた。

だから、片道だけはキミを思って思いの限り泣かせて。


ーーーかたたん、とたとん、

轍を軋ませ夜行列車は星空抜けて、思いをのせるは、片道運行。
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