恋愛短編集

ちよこ

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三度目の衝撃

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祥徳学園高校のエントランスホールに飾られている花。

大きな花器に生けられた私の背丈を超えるそれに、毎回毎回目を奪われた。

花になんか全然興味がなかったのに、私にもあんな作品がいつか作れるかもしれない、そう思って私は3年間華道部に通い続けた。

それでも素人に毛が生えたようなレベルにしかならなかったけど。


……これを見るのも最後かぁ。


「今回のもまた繊細でいいな……。
なのに華やかさと力強さを表現できるって……。
コレ持って帰りたいなぁ……」


一体どんな女性が作ってるんだろう?
きっと本人もすごい美人に違いない。


「……そんな風に言われると光栄です。
後で包んであげましょうか?」


そう呟きながらうっとりと眺めていると後ろからスっと手が伸びてきた。
びっくりして飛び退き距離をあけて声の主を頭から足先まで見た。


「え、嘘……」


花を一本抜き取り私の方に差し出すその人は綺麗な女性なんかじゃなくて。


「今は一本だけ。
胸ポケットにさしたらそのコサージュとも合ってすごく素敵だと思いますよ?」


そう柔らかな声色で言うその人は確かにすごく綺麗な人だったけど……。


「お、お、お、お、……おと、こ?」

「え?」


壮絶にどもり、指を差しながら言う私に目を丸くして頭からはてなマークを飛ばす目の前の人。 


「むっ……!」

「え? むっ、て? え?」

「無理ーーっッ!!!!」


私はその場を全速力で逃げ出した。
まさか、あの花を作ってるのが男だったなんて!

晴れ晴れしいはずの卒業式も全く晴れ晴れしくなんてない。
ショックが大きすぎて記憶がない。


「男とか……ホント有り得ないですよね。
花の雰囲気から絶対女性だって信じてたのに裏切られました」


コテで髪をゆるく巻かれ、リップを塗ってもらいながらぼやいた。
目の前にいるのは沙耶香さん。

祥徳の卒業生で男ウケメイクに定評のある、売れっ子のヘアメイクさん。

たまたま祥徳に遊びに来た時に私に目を止め、今の世界に引きずり込んだ張本人。 


「相変わらず紗羅は男嫌いだねー。
男ウケ狙うならコレ、っていう雑誌の看板モデルとは思えないわ。
読者が知ったら泣いちゃうよ?」

「いーんです、ソコは紙面には出ないから。
ホント男って嫌い!」

「あんたさぁ、一生独り身で暮らす気?
憧れの花の人が男だったら普通キュン!ってこない?」

「……全く。
あぁ、でも花後でくれるって言ってたからそれだけはもらってくれば良かったかなぁ」

「それはいいんだ?」

「だってホントに素敵なんですよ」

「あ、そ。 ハイ、OKー。
撮影頑張っといでー」


最後に髪をチェックして沙耶香さんが私の肩を叩いた。

撮影スタジオに入り、挨拶をする。
私は卒業と同時に少し年齢層が上の雑誌に移籍することになっていた。

記念すべきその撮影スタジオには床一面に花びらが敷き詰められていた。
その中央に見飽きるほど眺め続けたものと同じ雰囲気で生けられた花。


驚いてスタジオを見渡すと、……いた。
メイク室に引き返し、片付けをしていた沙耶香さんを引っ張りもう一度スタジオに入る。


「沙耶香さん、アレです、アレ。
私の幻想を打ち砕いた花の人」


そう言って指差すと沙耶香さんは意外そうな声を上げた。


「キョン? え、何、祥徳に花入れてたのってキョンだったの?」


え、キョン? というか知り合い? 


キョンと呼ばれたその人は足取り軽やかにやってきた。


「何、沙耶姉今日ここの仕事だったの?」

「うん、紗羅の卒業撮影だからねー、私がやらなくて誰がやるんだって話よ」


そこで沙耶香さんの影に隠れていた私を見た。


「こんにちは、この間はどうも」

「……………ど、ど、どうも」


グッと沙耶香さんの腕を握りつぶしそうな勢いで掴む。


「ちょっと紗羅、痛いから!
ごめんね、キョン、この子筋金入りの男嫌いなの」

「あ、なるほどね。 だから無理ッ!なのね」


口元に手を当て、観察でもするように見たあと、笑った。
沙耶香さんも笑って私を背中から引きずり出した。


「紗羅、安心して。
あんたの勘、あながち間違ってないから」


「な、何がですか……」


男ってだけで安心できない。
小学校の頃からの苦い記憶が蘇る。


「キョン、カミングアウトはしてないけどこっち系なの」


そう言って沙耶香さんはしなを作った手を頬に当てた。


「それってつまり……?」

「肉体改造はしてないけど心は女ってこと」


驚いて目の前のその人を見ると指先を可愛らしくひらひらとさせて笑った。


「よろしくね、紗羅ちゃん。
私のことはキョンって呼んでくれて構わないからね」


細身の長身に綺麗目の格好ではあるけれど、100%男にしか見えない姿と低い声なのにオネェ。
あまりのギャップにめまいと動悸がおさまらない。

……この人は私の大事なシーンに二度も衝撃を与えた。
もちろん、卒業撮影の記憶なんて全くない。 

そんな衝撃的な出会いだった私たちは外見さえ気にしなければすごく息が合った。

趣味嗜好も一緒、キョンは私よりも、いや、そこらの女の子よりも美容やファッションに詳しかった。
綺麗なものが好きなの、とキョンは言う。
自然と私がキョンの部屋に転がり込む形でルームメイトになっていた。


「じゃ、キョン行ってくるねー」


ノースリーブのワンピースに着替え、キッチンに立つキョンに声をかけた。
キョンはコンロの火を消し、私のクローゼットからカーディガンを取ってやってきた。


「さっちゃん、これ着てって。
いくら今日は暖かいからってノースリーブじゃ寒いわ。
それに、男が勘違いしちゃうでしょ?」


そう言って私にカーディガンを羽織らせる。


「キョン、おかあさんみたい」

「さっちゃん見た目と違って抜けてるから心配なのよ。
今日はビーフシチュー煮込んで待ってるからね。
撮影、頑張ってきて」


お花を扱う仕事なのにささくれ一つない指先がカーディガンの内側に入ってしまった髪の毛をするりと引き出す。
キョンは、花の香りがいつでもする。 


「キョンは今日何のお仕事?」

「今日はね、祥徳に入れる花と、こんどやる展示会の作品作り。
余ったら花束作ってきてあげるわね」

「うん、キョンの作る花好きだから楽しみにしてる」

「……楽しみにしてて。
さっちゃんが飛び上がるほど素敵なもの作ってきてあげるから」

「ふふ、じゃあ行ってきまーす」


キョンはすごく優しい。
一緒にいて楽しい。
最初こそ少し気になっていた外見も今では別に気にならなくなっていた。

ずっとこのまま一緒にいられればいいのに。 


「ねー、キョン?」

「なぁに、さっちゃん」


膝枕をしてもらっているキョンの顔を見上げる。
キョンは私の髪を撫でていた手を止めた。


「私、一生男の人と結婚しないからさ、ずっと一緒にいようよ」

「……さっちゃんは結婚しないの?」

「うん、男は嫌い。 キョンと一緒にいるほうがいい。
ねーキョン、お願いー」

「……それは喜んでいいのかしら」

「え、喜んでよー、キョンは私とずっと一緒じゃ嫌?」


「…………さっちゃんってギャップがすごいわよね」


私の質問には答えず、キョンがしばらく黙ったあと180度違う話を振ってきた。


「今や大学生からOLまで見る雑誌の一番人気の看板モデルなのに、家じゃスエットですっぴんだし。
実は男嫌いの人見知り。
花の名前なんか知らなさそうなのに華道部だったし。
猫顔なのに、完全な犬体質。
色んな顔を持ってる」

「……キョン?」

「私もね、色んな顔があるの」


「新進気鋭の華道家でしょ、あるときはスタジオのお花屋さんでしょ、いっつも優しくて、穏やかで、料理上手……。
あ、私怒ったキョン見たことないかも!」


そう答えると、眉を少し下げた後にキョンは微笑った。


「……私が怒ったらすごく怖いわよ?」

「きゃー、怒らせないようにしなくちゃ!
キョン様大好きだから怒らないでー」


ぐりぐりとキョンの服に鼻をすり寄せる。
もう私の一部みたいなキョン。
もっと色んな顔を見たいな。


「おつかれさまでーす」


夏なのに、コートを着なきゃいけないのはいつになっても辛い。
真冬に半袖で海に入るよりマシかな。


メイクを直してもらいに沙耶香さんの所へと行く。


「相変わらずキョンと仲良くやってんの?」

「やってますよー。
今日朝早いのに昨日も遅くまで喋っちゃいました。
今度個展やるじゃないですか、その話とかしてて」

「あ、個展といえばさぁ、キョン大丈夫なの?
今スランプでメインのが全然アイデア出てないっていう噂聞いたんだけど」

「え?」


そんなの、昨日一言も言わなかったけど。
どんな花が好き? とかそんな他愛ない話で。


モヤモヤしたまま家に帰ると、キョンはまだ帰ってなくて、真っ暗なキョンの部屋を覗き電気をつけた。
アトリエも兼ねたキョンの部屋には花の香りが染み付いている。


奥のテーブルの上にある大きな作品。
ハナミズキを使ったもの、真っ白なバラを使ったもの、リナリスを使ったもの、どれもテイストがバラバラだった。
どれもまとまっていてよく出来ているとは思うけど、キョンらしい雰囲気が全くない。


「ホントに今スランプなのかな……」


足を進めて触れようとすると玄関の鍵の開く音がした。


「ただいまー、さっちゃん帰ってるの?」


キッチンの方に声をかけたらしいキョンが部屋にやってきた。
少し眉を下げるキョン。


「ゴメン、勝手に入っちゃって……」

「別に平気よー。
ま、それ失敗作だからあんまり見られたくはないんだけどねー」

「……沙耶香さんから聞いた、今スランプってホント?
キョン、大丈夫?」

「だーいじょうぶよー。
当日までにはなんとかするわ」

「……なんか、手伝えること、ない?」

「そう……ねぇ」


そう言ってキョンは角帯に手をかけた。
たまにキョンは今日みたいに着流しで出かける。
やっぱり会合なんかだと周りは和服だから合わせなくちゃね、と笑っていたのを思い出した。

答えないままキョンがしゅるりと帯を解き、懐を緩める。
とっさに顔を手で覆った。


「ちょ、キョン! 着替えるなら言ってよ!」


急いで部屋を出ていこうとするけれど、手首を掴まれてしまう。


「別に意識することないんじゃないの?
これからずっと一緒に過ごすんだったらこんなことたくさんあるでしょう?」


「で、……でも」


上着を着せてくれたあとみたいにキョンの指が私の髪をすいていく。

いつもはこの距離でも平気なのに。
いつもと変わらないキョンなのに。
一度気付いてしまうと直視できない。


「さっちゃん、前にあなたに言ったことあるけど」


グッと力を入れた唇にキョンの滑らかな指が触れる。


「私、あなたに見せてない顔がたくさんあるの」


影が近いところに落ちてくる。
花の香りが濃くなっていき、唇に柔らかいものが触れた。


「……キョンじゃなくて恭一郎の顔だって、あるの」


思わず目を開けた私の瞳のすぐそばにあるキョンの顔。
見慣れた変わらない綺麗な顔なのに、全く別のものに見える。

…………男の、顔。

息すら出来ない中でキョンが近づいてくる。
後ずさる私の顎をすくい取り、腰に手を回した。
キョンが触れているところが、熱い。


「……き、キョン……?」


声が、うまく出てこない。
キョンが吐息と共に薄く笑った。


「……ごめんね、さっちゃん。
私、ずっとあなたを騙してた」


もう一度キョンが触れる。
指先も、柔らかく食む唇も、
全部が優しくて、穏やかで。

初めての感覚と感情。


「……会場、戻るわ。
みっともない作品なんて出せないから。
さっちゃん、しばらく帰らないから戸締まりは自分でちゃんとしてね」


力をなくし、床にへたり込む私の頭を優しく撫で帯を手に取るとキョンは部屋を出て行った。
熱を持ったままの唇に自分で触れる。

3度目の衝撃。
でも3度目は忘れるなんて、出来ない。
覚えてないなんて、言えない。

濃い、花の香り、
顎をすくい上げた指先、
壊れ物を扱うみたいに、慈しむように触れた唇。

……キョンじゃないキョンの顔や声の全てが鮮明に残ってる。

キョンは体は男だけど、心は女で、
…………でも、私にキスをした。

何で?
騙してた、って……そういうこと?
なんにもわからない。
わからないけど、ひとつだけ確かなことがある。

……私、嫌じゃない。
キョンが離れてさみしいって、
触れてくれて嬉しいって、

そう、思ってる。

外に飛び出して探したけれど、もうキョンはいなかった。
タクシーを拾ってキョンから聞いた会場名を頼りに近くまで向かう。
近くの大通りに入りタクシーを降りて会場を探しあてた。

通りの建物にポスターが何枚も貼られていて、そこには初めてメディアに露出するキョンの顔。


「……誰もこの顔でオネェ言葉だなんて思わないだろうな」


手を伸ばし、ポスターに写るキョンの顔に指を滑らせる。

ホントのキョンの顔はどんなのなんだろう。
今までのは全部嘘?
それとも全部がホントで、新しい顔を見せてくれたのかな。

ポスターから指を離し、坂を上がった。
アイビーが入口に置かれている会場から光がうっすらともれていた。
キョンには珍しく、鍵はかけられていなかった。

静かに扉を開け、奥に進んむとキョンは一心に前を見て一人花鋏を手に大きな花器に白いバラをいけていた。
パチン、パチンとハサミの音が響く。

勇気を振り絞ってキョン、そう声をかけようとしたけれど思いとどまった。
深く深呼吸をして、どもらないようにゆっくりと名前を呼ぶ。


「恭一郎」


一瞬私の声にビクッとなったキョンは目を信じられないというような顔で振り返った。


「さっちゃん……? 何でここに?
それに、呼び方……」


「キョ……恭一郎に言いたいことがあったから」


手が震える。
でも、もうキョンから逃げない。
あなたに出会って初めて知った自分。

あなたに、伝えたい。


―――fin
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