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視線に気付いて
しおりを挟む久しぶりに、見た。
栄えてないわけじゃないのに、どこかのどかな町並み。
三年間毎日通った道を歩き、懐かしさに心が浮き立つ。
エンジ色のチェックスカートを翻しながら高い声で笑い合う彼女たちを見ると顔が綻ぶ。
今から渋谷かな、それとも原宿かな。
お気に入りの制服を着て、一時間かけてどこに行こうか考えたりしたな。
楽しかった記憶を思い出しながら扉をガラリと開けた。
「たっちゃん、こんにちは!!」
講師室で一人いつものようにパソコンに向かっている、その人に大声で呼びかける。
びくっと体を跳ねさせ、弾みでずれた眼鏡をかけ直しながらこっちを向いたたっちゃん。
口があんぐりと開いている。
「君は……何でここに?」
状況が掴めないのか首を傾げると、少し野暮ったく感じる癖のある前髪が揺れた。
「……なんでか、当ててみてください」
いないのをいいことに隣の教師のイスを引き、座った。
今時見ない分厚い眼鏡に背は高いけれど猫背気味なせいでそうは感じないスタイル。
頼りない喋り方も手伝ってか学園の生徒からは笑われているたっちゃん。
「そう、ですね……担任だった水無月先生になにか相談があった、とか」
真面目にそう答える。
確かに水無月先生は生粋の姉御肌で、卒業してからも恋愛、仕事、学業まで相談しにくる友達もたくさんいるからそう思うのも不思議じゃない。
「それだったら職員室行きますから。
わざわざ職員室をスルーしてここに来た理由を考えてくださいよ」
机に肘をつき、にこりと笑って尋ねた。
たっちゃんは少し押し黙り、自分の机に向き直るとまたパソコンを打ち始めた。
「……わかりません」
小さくそう言った。
西陽が大きな窓から差し込み、眼鏡に反射する。
さっきまでうるさいくらいに聞こえていた笑い声がだんだん小さくなっていく。
……ホントは、わかってるくせに。
ふ、と小さく息を吐きたっちゃんを見つめた。
「そういえば、学校はどうですか。
楽しいですか?」
……はぐらかしたな。
「楽しいですよ。
やっぱ服飾専門だけあってみんなオシャレだし、キラキラしてます」
「片岡さんもより派手になりましたね。
在学中から目立ってはいましたが」
「そんなことないですよ。
ほかにも読モとかやってる子いたし」
カタ、カタ、キーボードの音が響く。
「たっちゃん、こっち見て」
まだ、向かない。
私はずっとたっちゃんを見てるのに。
「たっちゃん、卒業式来ました?」
「……一応、顔は出しました」
「じゃあ、水無月先生が具合悪くなっちゃって代わりに大政先生がウチのクラス読み上げたの、見てました?」
そう尋ねると、手を止めてあぁ、と言った。
「生徒たち、騒いでいましたね。
終わったあと、キャーキャー言ってるのが聞こえました。
大政先生はやっぱり格好いいですね。
ああいうことが嫌味なくさらりと出来るから生徒に人気があるのもわかります」
自嘲気味にたっちゃんが笑う。
「僕がやったら悲鳴に変わります」
そうしてまたキーボードを叩き始めた。
「確かに大政先生、すごくカッコ良かったです。
あれは世の中の女子ときめきますよ。
……でもね」
イスを近付け、こっちを見ないたっちゃんを覗き込んだ。
「私は、どうせ呼ばれるならたっちゃんがよかった」
分厚い眼鏡の奥の瞳が瞬く。
ゆっくりと私に向けられる視線。
「なにを、また……」
「全部わかってるくせに」
手を伸ばし、眼鏡の縁にそっと触れた。
「ここに来たのはたっちゃんに会いたかったから。
私が先生のことたっちゃんって呼ぶのは、……おなじように名前を呼んで欲しいから」
つい、と指を縁に沿って滑らせた。
「ついでに言うと私も全部知ってる」
「何を……ですか」
意外と長いまつ毛が震える。
ここに来てまだしらばっくれる気なんだろうか。
「午前中で授業が終わっても、やることが何もなくても必ず放課後までここにいるってこと」
もう片方の手も伸ばし、ツルに指をかける。
「その天パに見える髪だって実はパーマで、わざと学校にいる間はくしゃくしゃにセットしてるってこと」
ゆっくり、眼鏡を外し、顕になった瞳をじっと見た。
「それから、いつもこんな分厚い眼鏡かけてるけど」
射られる。
食われる。
例えるとすればきっとそんな言葉。
「レンズの奥からそうやってゾクゾクするような目で見てたこと」
たっちゃんの眼鏡をカチャ、と机に眼鏡を置いた。
目を少し丸くしていたたっちゃんが長い瞬きをしたあと観念したように薄く息を吐き、手櫛で髪をかいて前髪をかきあげた。
「……やられた。
片岡さんがそんなに察しのいい生徒だったなんて」
キィ、とイスを鳴らし、口元に手を当てながら今度は真っ直ぐに私を見てくれた。
「……いつから気付いてた?」
「いつからでしょう?」
フフ、と笑うと少し悔しそうに眉を寄せた。
「私の名前、呼んでくれたら答えます」
「…………なみ」
相当悔しいのか、大分声が小さい。
「それじゃ、教えられないです」
もっと聞こえるようもう少しだけイスを近付ける。
「…………愛美」
「……もう一回」
初めて呼ばれる下の名前に体中が熱くなって指先まで痺れたようになった。
「愛美」
今度ははっきりと。
耳が聞き取るより早くあたたかいものが触れた。
ふわ、ふわ、人工的に作られた柔らかいカールが私の顔をくすぐる。
「……僕がいつも君にこうしたいと思ってたのは気付いてた?」
唇を離したあと、呆然とする私にたっちゃんは言った。
言葉がうまく出てこない。
代わりに首を小さく振った。
「そう、じゃあ今気付いたんだね」
「……っ」
手を髪に差し込み、柔らかに微笑い、さっきまで同じリズムでキーボードを叩いてた長い指先が私の顔を包む。
ゆっくりと、また唇が触れた。
「これで再確認、できたかな」
「……たっちゃん」
「何?」
吐息がかかるほど近くで聞き返される。
獰猛な瞳が私を射竦める。
「たっちゃんって、いけない先生だね……」
熱で少しぼんやりとしながら呟いた。
たっちゃんはクスリと笑う。
「それも今気付いたの?」
頷くことも出来ずに、ただ見返す。
「……愛美がいけないんだよ」
耳元で囁く声。
鼻に抜けるような優しい、柔らかい声なのに。
「視線に気付いても、気付いてないフリすればよかったのに。
それをわざわざ僕のテリトリーに入ってくるなんて」
「……そんなの、ムリ」
リラックスするどころかどんどん体が痺れていく。
「卒業するまでずっと、気付かないフリして待ってたんだから。
生徒じゃたっちゃんは相手にしてくれない。
……そうでしょ?」
「……さすが、よく分かってるね」
「…………ずっと見てたから。
たっちゃんが、入学式の日断りきれずに手伝いをしてた時から」
「……ずいぶん前からだね」
クスクスと笑う。
「じゃあ、もしかして始めから気付いてたの?
愛美の胸ポケットに花をつけたあの時、僕が君に一目惚れをしたって」
答えられず、口をつぐんだ。
新入生が胸につける花のコサージュ。
卒業式に付けるものと同じように、服飾専攻の生徒が授業で作った花。
手渡されるだけだと思っていた私は、身を屈め丁寧につけてくれるたっちゃんの髪を眺めていた。
あ、この人元々ストレートだ。
なんでわざわざこんなダサいセットしてるんだろう。
全体はゆるくカールがかかっているのに、根元が少しだけストレートなままだった。
微かなワックスの香りから、無頓着から来るものじゃなくあえてそうしているんだとわかった。
初めはそんなこと。
顔を上げたその人はこれまたオシャレとは言い難い眼鏡をしていた。
レンズの奥は綺麗なアーモンド型の瞳。
すごく整った顔をしてるのにもったいない。
私はあの時からこの瞳に囚われた。
「……どうやら僕は自分で思ってるより嘘が上手くないみたいだね。
最初からバレてたなんて思わなかった」
「そんなこと言うけど、たっちゃんこそ私があの時から目が離せなくなったこと知ってたでしょう?」
眼鏡をかけ直したたっちゃんは緩やかに口角を引き上げた。
「わかりやすかったからね。
気付いてない、気にも止めないフリをするのは大変だったな」
「お互いバレバレだったってことですかね……」
そう洩らすとたっちゃんは今気付いたようにあ、と言いそれから笑った。
「間抜けだね、僕ら」
つられて私も笑う。
「ま、でも」
ひとしきり笑うとたっちゃんがこっちを向いた。
「もうそんな滑稽な真似しなくていいんだね」
指先が、顎をすくう。
「……愛美。
もう一回、確かめてもいいかな。
君の視線が僕の勘違いじゃないって」
もう、気付かないフリなんて出来ない。
こんなに心もカラダもたっちゃんを求めているのに。
よく耐えたって高校生の私を褒めてやりたい。
目の前の瞳を見つめながらこくりと私は頷いた。
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