4 / 4
眠り王子
しおりを挟むーー小鳥遊凪砂は眠り王子。
凪砂がそんな風に言われるようになったのはいつからだったのか。
記憶をさかのぼっても、さかのぼっても思い出せない。
だって、記憶の中の凪砂はまぶたを閉じているか、けだるげにまぶたを持ち上げて空を見ているか。
そのどちらかだった。
今もそう。
凪砂は教室の窓際の席で頬杖をつきながら薄くまぶたを持ち上げている。
それもさっきまでは完全に閉じていた。
先生に怒られ、しょうがなくといった感じ。
どうしてそんなに眠いんだが。
あ、また寝に入るっちゃね。
凪砂の眼差しがとろんとしてきた。
くあ、とあくびをするその様子はさながらひなたで日光浴をする猫みたいだ。
長いまつげが顔に濃い影を落とす。
凪砂の意識も真っ逆さま。
また怒られるっちゃよ?
凪砂はだらず(バカ)だなー……。
そんなことを考えながら、顔の傾きと共にさらりと流れるサンドベージュの襟足の髪を眺めた。
エアコンの音だけが聞こえる中、時折さわりと揺れる髪を見続けていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
そのままHRになっても凪砂のまぶたは持ち上がらない。
ようやくその薄茶の瞳が開いたのはHR終了のチャイムが鳴った時だった。
またひとつあくびをし、ほとんど使っていないペンケースやノート、教科書をカバンに放り込むと席を立った。
そのまま教室の扉の方へと歩き、すれ違いざまにうちの頭の上にぽん、と手のひらを乗せる。
「さーや、帰るや」
そう言うとにこりともせずに先に行ってしまう。
凪砂は基本的に挨拶以外は
“帰るや”
この言葉しか学校では口にしない。
だってずっと眠ってるから。
ふ、と息を吐き凪砂のあとを追いかける。
後ろ姿でもわかる気だるそうな感じ。
「凪砂、待ってや」
そう声をかけると視線だけちらりとよこして足を止めた。
一瞬だけ交わされる視線。
その瞳は透き通っていて、吸い込まれそう。
つと見つめていると、凪砂は黙ったままその場に静止する。
隣にうちが並ぶと凪砂もまた歩きはじめる。
小さなころから変わらない。
いつもマイペースで物静かで、何を考えてるかわからなくて。
子供のころは一緒に帰るのもおかしくなかったけど、高校生になっても変わらずうちと一緒に並んで歩く。
毎日、毎日。
特に会話をするわけでも、用があるわけでもないのに。
これは……習慣化してるんかな。
ずいぶん高くなった凪砂の視線。
広くなった肩幅。
ゴツゴツした喉仏に手。
隣に並んで歩く相手はれっきとした異性だって意識してるのはうちだけなんか。
凪砂は、なにも感じんのかな。
……そもそもうちに興味とか、あるんけ?
並んで歩きながらふと視線を横にずらせば空の青にも負けない海の碧。
うちらの通う高校から5分もしないところにある海岸。
横道にそれて砂浜をローファーで踏みしめるとクックッと独特な音がする。
鳴き砂といえば、島根の琴ヶ浜や隣の井出ヶ浜が有名だけれど、この青谷も負けじと良い音を鳴らす。
見慣れた空の青、海の碧。
聞き慣れたこの音。
いくらでも見たいと思う、砂浜と同じ色をした凪砂の髪や瞳。
もっと聞きたいと思う、凪砂の声。
もっと、こっちを見てくれんかな。
もっと、話しかけてくれんかな。
ぼんやりと踏みしめながら凪砂の後を歩いていると、砂に足を取られ尻もちをついてしまった。
一際大きくクッ、と砂が鳴る。
「いたー……」
「なにしてん……」
凪砂が体をゆっくり反転させ歩み寄ると、尻もちをついたままのうちの前にしゃがみ込む。
同じ高さに並んだ薄茶の瞳。
「……こけた」
「……毎日歩いとるとこでこけるなんて。
ほんにだらずだな、さーやは」
やっぱり気だるげに。
差し伸べられた手はうちの手をすり抜けて口元へ。
「なぎ……さ?」
唇をなぞる凪砂の指先。
しゃり、と砂と皮膚が擦れる感触がする。
あぁ、砂を払ってくれてるのか。
ってか口元まで砂が飛ぶってどんだけの勢いだ、うち。
指先が擦れるたびに、体が熱を持つ。
覗きこむように体を傾ける凪砂が近い。
どうしたらいいかわからん……。
ばくん、ばくん、
心臓がたまらなくやかましい。
「……なーぁ、さーや。
俺な……」
指の動きを止めて凪砂が真面目な口ぶりで言う。
「んんっ、なに!?」
しゃった! 声裏返っちゃったが。
「ねむ……」
……なーぁ?
じぶん、今さっきまで寝てたが。
まだ寝るつもりなん?
言うや否や、凪砂は砂浜の上に直接ころん、と寝転がり、クッと鳴った砂が同じ色をした髪に溶け込んだ。
「凪砂……、砂が髪に絡んだら洗い流すの大変だや?」
そう声をかけるも凪砂の意識はとうに落ちているらしくまぶたはかたく閉じられていて、覗き込むようにしても何の反応も見せなかった。
「凪砂はほんに眠り王子だなー……」
隣に腰を下ろし、独り言のように呟く。
「じぶん、いつになったら起きるっちゃ?」
もしこのまま寝るんなら置いていくっちゃよ?
そんなこと、できるはずもないのに思うことだけはしてみる。
「……待っちょるの」
小さく聞こえた声に起きていたのかと体を凪砂の方へ傾けた。
「……何をや?」
そう聞いてみた。
「なーぁ、何ー……?」
答えようとしない凪砂に重ねて質問をする。
ちらり、とまぶたを軽く持ち上げると、さっきまで凝視していたネクタイと同じうちネクタイをくん、と引っ張る凪砂。
重心の崩れたうちの手元でクッと砂が鳴る。
潮の香りに混ざって香る凪砂の香り。
間近にあるほのかに揺らめく薄茶の瞳。
唇にかかる、吐息。
触れないギリギリの距離に詰められた凪砂の顔。
「……これで、わかるが?」
ほんの少し口角を持ち上げて凪砂が不敵に微笑む。
うちの心臓は今にも壊れそうだっていうのに。
そのまま凪砂はネクタイを引っ張る力を緩めると、またまぶたを閉じた。
これで、って…………。
これでって………………!
熱い頬、高鳴る心臓、うちの全てに反するのは安らかな寝息。
…………ほんに寝てるかどうかは怪しいっちゃけど。
明るい色の髪の隙間から覗く伏せられた長いまつげ。
ーー小鳥遊凪砂は眠り王子。
それは誰でも知っている。
深い眠りから目を覚まさせる方法も、みんな小さい頃からお伽噺で読んでいて知っている。
凪砂はお姫様じゃないけれど。
「凪砂…………起きてや」
とうとうと眠り続ける目の前の王子様。
ひたと見つめながら凪砂の襟足の髪をすく。
やっぱり砂がついていてざらりとしている。
ーー王子様に目覚めのキスをしてみようか。
手元でまた一際大きくクッと砂が鳴いた。
ーーーfin
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる