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声劇用台本 寒空の下で君と
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アガサ(女)…クールな声をしているが、感情豊かな女性、20代前半
バルテル(男)…常に落ち着いているロマンチスト、20代後半
ナレーション(N)
~配役表~
男:
女:
N:
N:一九四五年ドイツはヤルタ会談によってアメリカとソ連に分割管理されることとなった。しかし、東西の主義等の違い、そして「冷たい戦争」によってドイツは分裂してしまったのだった…
女:えーっと、これが新しい任務ね…ん?ちょっと待ってどういう事!?
N:彼女の元に届いたその任務はとても異質な物だった。手紙には、名前、目標、期間が記されていた。
女:名前はバルテル、目標は殺害、期間が2ヶ月…それにしても、2ヶ月ねぇ…普通なら長くて2週間程度なのに…何故かしら…ま、兎に角探してみようかな。
N:やはり、街一番の大通りなだけあり、人も多い。彼女は、忙しなく走る馬車、人、自転車に乗る人々を見ながら、目標の男を探した。
女:うーん、全身の写真があればもうちょっと見つけやすいのになぁ…あ、でも見つかったら見つかったで、なんて声をかければいいんだろ…
N:そう彼女が考えていると、肩を叩く男がいた。
男:ねぇ、お姉さん。今、暇?よかったら一緒にお茶しない?
N:彼女は驚いて、ただ立ち尽くしていた。そこに居たのは、高身長で、顔立ちの良い……目標の男だった。
女:え、あ……はい……良いですよ……?
N:彼女は促されるままにとあるパブに入った。
男:君、名前は?僕はアーベル。ガラス細工を作ってるんだ。
女:(嘘ばっか言って…)私はイーナ、パブでウェイターしてるわ。
男:いやー、この街は素敵だねぇ、ビールは旨いし、街並みも綺麗だし…君みたいに可愛い子もいるしね
女:ああ…ありがとうございます…?ところで、なぜこの街へ?
男:うん、実は元々ここの生まれなんだけど、父が危篤状態だと聞いて帰ってきたんだ。まあ、間に合わなかったんだけどね。
N:テーブルに、ビールと細々とした料理が出される。2人の席は、香辛料の香りで包まれる。
男:君こそ、あんな所で何を?
女:(痛いとこ突かれたな…)仕事を早めに終わったから、ぼーっと人の流れを眺めてたのよ。
男:そしたら、僕に話しかけられた…と……
女:そういうこと。だから、余計な心配はいらないわ。
男:これも何かの縁だしさ、また一緒に会わない?君といるとなにか落ち着くんだ。
女:あら、偶然ね、私も思っていた所よ。私達はきっと何かで結ばれてるのよ。また、明後日にでも出会った通りで会いましょ。
男:わかった、明後日の夕方からでもいいかい?
女:?ええ、良いわよ。
男:あ、何も食べてこないでね。ご馳走するから。
女:あら、それは楽しみだわ、予定もお腹も空けておくわねw
N:すっかり日が暮れ、賑やかになったパブを出ると、2人はわかれた。そして、その2日後…
男:やあ、待ったかい?
女:いいえ、ちょうど来たところよ。
男:じゃあ、付いてきて!
N:男は彼女の手を引いて、路地を抜け、橋を渡り、1件の家にたどり着いた。
男:さあ、入って入って
女:お邪魔します…わぁ……なんて綺麗なの…
N:古臭い外観とは異なり、中はオレンジの少しくらい光が灯す、静かでミステリアスな雰囲気だった。
男:さ、そこに座ってて、今料理を出すから。
N:男は熱していたフライパンの中から、ソーセージを取り出し、机の上に置いた。
男:ほら、そこにパンがあるだろ?焼き立てだから柔らかいし、そのバターを塗ってソーセージと食べても絶品さ、きっとビールにも合うよ。
女:じゃあ、頂こうかしら、いただきます。…ん!!このソーセージ、とっても美味しい!パンも芳ばしくて、バターの香りも食欲そそるわ!それになにより…ビールに合う!
男:あはは、喜んで貰えて嬉しいよ。でも、腹八分程度にしといてね、もう1品あるから。
N:2人は机の上の料理を食べ、息をついた。すると男は、もう一度キッチンに立ち、何かを作り始めた。家中に、甘い匂いが広まった。
女:とってもいい香り…何かしら……
男:さ、お待たせ、特製のパンケーキだよ。
N:男は、彼女が美味しそうに食べる姿をニコニコと見ていた。そんな目線を彼女は気にしようともしなかった。
女:今日はご馳走になったわ。ありがとう。
男:いやいや、良いんだよ。また、食べて欲しいな。あ、そうだ、今日はもう遅いから送って行くよ。
女:あら、さすがにそれは…って思ったけど、ここが何処だか分からないから、お願いするわ。
男:うん、それに、今日家を教えて貰えば、会いたい時に君の家に行けば会えるしね。
女:わかった。じゃあ、私が家にいる時は、外に花を飾っておくわ。
N:2人は、暗い夜道を歩きながら、色んな話をした。彼女は、のちに男を殺さなければならない事を忘れていた。
女:うーん、なんの花がいいかなぁ…あっ、この花綺麗!これにしよ!!…ふーん、「オオアマナ」って言うんだ…花言葉は、潔白………そうだった…私は…
N:彼女は久々の休日に、部屋を掃除し、窓を拭き、家の扉にオオアマナを飾った。そして紅茶を淹れ、一息ついていた。その時だった。静寂な家の中にノック音が響いた。
女:はっ!もしかして!
男:その「もしかして」だよ。おまたせ。
N:彼女が扉を開けると、男が立っていた。
女:どうする?今日は、ウチで紅茶でも飲む?
男:今日は、2人で出かけたいかな。だから準備してくれる?
女:わかったわ!少し待ってて!
N:彼女はドタバタと階段を駆け上がり、数分もしないうちに降りてきた。
女:どう?次会う時のために買ったの!
男:…とっても素敵だ…君に似合ってるよ
女:うふふ、ありがと!さ!行きましょ!!
N:男はいつも通り彼女の手を引いて、街で1番栄えている通りへ行った。とある店主は、大声で手を叩きながら店の商品を勧めている。しかし、そんな声にも動じず、ひとつの店に入った。
男:ここは、紅茶の専門店なんだ。茶葉も買えるけど、ここで淹れてもらえる紅茶は、最高に美味しいんだ。
女:あら、紅茶好きの私にとってはとても楽しみだわ。あなたは何を飲むの?
男:ミルクティーだね。
女:え?わざわざ専門店に来たのにストレートじゃないの?
男:ミルクティーだって実は全然違うんだ。
女:そうなの?だったら、あえてミルクティーを頂こうかしら。
男:てことで、すみません、ミルクティー2つ
女:喫茶店とかでは飲むけれど、専門店では初めてだわ。
男:それにしても、今日の服、やっぱり素敵だ。
女:そう言って貰えて嬉しいわ。仕事の帰りに毎日考えて選んだのよ。
男:君にはコレも似合うんじゃないかな?
N:男はそう言って縦長の箱を取り出し、また、喋り始めた。
男:僕と…付き合ってくれないかい?
女:え…あ……
N:彼女は戸惑いながら、自身の呼吸を整えていた。
女:少し…考えさせて…
N:彼女はそう言うと、差し出されたミルクティーを一気に飲み干し、店を出ていった。
女:(ダメなのに…あの人を私は殺さなきゃダメなのに…)
N:男は、特に戸惑った様子も無く、出された紅茶を堪能すると、ゆっくりとその店を出た。
男:そういえば、そろそろかな…でも…彼女は…
N:彼女は家までの道を走り続けた。時には手を繋いだ子供を、時には困り果てた老人を押しのけ、ただ必死に走り続けた。
女:ダメ…ダメなの…今、自分の欲のまま付き合っちゃ…だって……別れが苦しくなるだけじゃない……
N:彼女はその言葉を何度も自分に言い聞かせるように、頭の中で唱え続けていた。
男:今日も…居ないのか…
N:あの日から、彼女が家の扉に花を飾ることは無かった。しかし、彼女がパブで働く姿も見ることは無かった。
男:やはり、あの日の事でか……ん?
N:一方、薄暗い家の中では、彼女が1人毛布に包まれ、震えていた。
女:嫌よ…嫌……
N:最後に会った日の翌日、彼女の元にひとつの贈り物が届いた。その中には、ずっしりと重い口紅と、一通の手紙が入っていた。
女:"kiss of death"…つまり私はこれで殺さないとならないの…?
N:kiss of death、それは「死のキス」と言われる口紅型の拳銃であった。
女:私は、彼を殺さないとなのに…ホントは彼と関係なんて作っちゃダメだったのに…
N:息を整えるため、黙り込んだその時だった。静寂な家の中に、ノック音が響いた。
女:もしかして…でも…
男:その「もしかして」だよ。久しぶり。
女:どうして…?扉の前には花を飾ってなかったはずよ?
男:男の勘…ってやつかな…ところで、今日は君に話があるんだ、家まで来てくれ。
N:そう言って、男は先に行ってしまった。少し彼女は考え、ついに決心した。彼女は男の家へと向かった。
男:ようこそ。待ってたよ。
女:はい…お邪魔します…
N:家の扉が重く閉まる
男:今日は、大事な話があるんだ。まあ、座ってて、今紅茶を出すから。
N:暫くして、男はティーポット・ティーカップ・ジャムを持ってきた。
女:実は…私も話があるの…
男:取り敢えず、本題を話すよ。
女:実は!!……実は…私……
男:実は俺、西ドイツのスパイなんだ。
女:え…え?つ、つ、つまり…?
男:俺は、君を殺すために東ドイツに来た
女:それじゃあ、今日呼び出したのは、私を殺すため…?
男:違う!断じて違う!…俺は…君を…殺したくない…君を好きになってしまっていたんだ…
女:…実はね……私もスパイなの…私も、同じようにあなたを殺すように言われて…でも!私だってあなたを殺せない…
男:そうか…そうだったのか…なら…
女:え……?
男:君が俺を殺せば、君は無事任務を達成できる。ならば、俺は君の幸せのために君に殺されるよ。
女:だめ!絶対に嫌!!あなたを殺すことなんてできない!!
N:2人は涙を流しながら、言い争った。目の前の紅茶には目もくれず。
男:兎に角、俺を殺せ。どうせ俺は君を殺す気は無い。
女:……わかった…じ、じゃあ、最後にさ……キス…しない……?
男:人生最後のキスが、君のように美しい女性で、光栄だよ。本当はもっと、いつまでも君と一緒に居たかったけどね。
女:じゃあ…待ってね…今…口紅を……塗るから………
男:ああ、…ん?ちょっと待て!!
N:家中に銃声が響いた。まるで彼女から花が溢れ出たかのような「紅」が部屋中に広がった。
男:アガサ……嘘だろ………
N:男はただ、立ち尽くしていた。……いや、
男:俺はただ、立ち尽くしていた。蒸らしすぎた紅茶はこの部屋のように暗褐色となり、机の上のジャムは君の香りと混ざり合い、異臭へと変わってしまった。君の頭を抱え上げ、この世をただただ恨み続けた。8月3日。時計は丁度12時を指していた。君の指先はもう、冷たくなっていた。
N:1990年10月3日、東ドイツは西ドイツに呑まれるように統一した。この統一の引き金となったのは、ある男女の生死による国絡みの「賭け」であった。男が死ねば西に、女が死ねば東に、もう一方が複合されるというものだった。そう、男と女に来た任務は全て両国が組んだものなのだ。その後、女の死体は国が始末し、男には勲章と大量の資産が与えられた。世間にその話が出ることは無かった。
男:君の居ないこの世なら、名誉も権力もお金もいらない。……今行くよ。また会ったら、ゆっくり紅茶を飲もう。もちろんビールもね。
N:…男はそっと口紅をつけた。
バルテル(男)…常に落ち着いているロマンチスト、20代後半
ナレーション(N)
~配役表~
男:
女:
N:
N:一九四五年ドイツはヤルタ会談によってアメリカとソ連に分割管理されることとなった。しかし、東西の主義等の違い、そして「冷たい戦争」によってドイツは分裂してしまったのだった…
女:えーっと、これが新しい任務ね…ん?ちょっと待ってどういう事!?
N:彼女の元に届いたその任務はとても異質な物だった。手紙には、名前、目標、期間が記されていた。
女:名前はバルテル、目標は殺害、期間が2ヶ月…それにしても、2ヶ月ねぇ…普通なら長くて2週間程度なのに…何故かしら…ま、兎に角探してみようかな。
N:やはり、街一番の大通りなだけあり、人も多い。彼女は、忙しなく走る馬車、人、自転車に乗る人々を見ながら、目標の男を探した。
女:うーん、全身の写真があればもうちょっと見つけやすいのになぁ…あ、でも見つかったら見つかったで、なんて声をかければいいんだろ…
N:そう彼女が考えていると、肩を叩く男がいた。
男:ねぇ、お姉さん。今、暇?よかったら一緒にお茶しない?
N:彼女は驚いて、ただ立ち尽くしていた。そこに居たのは、高身長で、顔立ちの良い……目標の男だった。
女:え、あ……はい……良いですよ……?
N:彼女は促されるままにとあるパブに入った。
男:君、名前は?僕はアーベル。ガラス細工を作ってるんだ。
女:(嘘ばっか言って…)私はイーナ、パブでウェイターしてるわ。
男:いやー、この街は素敵だねぇ、ビールは旨いし、街並みも綺麗だし…君みたいに可愛い子もいるしね
女:ああ…ありがとうございます…?ところで、なぜこの街へ?
男:うん、実は元々ここの生まれなんだけど、父が危篤状態だと聞いて帰ってきたんだ。まあ、間に合わなかったんだけどね。
N:テーブルに、ビールと細々とした料理が出される。2人の席は、香辛料の香りで包まれる。
男:君こそ、あんな所で何を?
女:(痛いとこ突かれたな…)仕事を早めに終わったから、ぼーっと人の流れを眺めてたのよ。
男:そしたら、僕に話しかけられた…と……
女:そういうこと。だから、余計な心配はいらないわ。
男:これも何かの縁だしさ、また一緒に会わない?君といるとなにか落ち着くんだ。
女:あら、偶然ね、私も思っていた所よ。私達はきっと何かで結ばれてるのよ。また、明後日にでも出会った通りで会いましょ。
男:わかった、明後日の夕方からでもいいかい?
女:?ええ、良いわよ。
男:あ、何も食べてこないでね。ご馳走するから。
女:あら、それは楽しみだわ、予定もお腹も空けておくわねw
N:すっかり日が暮れ、賑やかになったパブを出ると、2人はわかれた。そして、その2日後…
男:やあ、待ったかい?
女:いいえ、ちょうど来たところよ。
男:じゃあ、付いてきて!
N:男は彼女の手を引いて、路地を抜け、橋を渡り、1件の家にたどり着いた。
男:さあ、入って入って
女:お邪魔します…わぁ……なんて綺麗なの…
N:古臭い外観とは異なり、中はオレンジの少しくらい光が灯す、静かでミステリアスな雰囲気だった。
男:さ、そこに座ってて、今料理を出すから。
N:男は熱していたフライパンの中から、ソーセージを取り出し、机の上に置いた。
男:ほら、そこにパンがあるだろ?焼き立てだから柔らかいし、そのバターを塗ってソーセージと食べても絶品さ、きっとビールにも合うよ。
女:じゃあ、頂こうかしら、いただきます。…ん!!このソーセージ、とっても美味しい!パンも芳ばしくて、バターの香りも食欲そそるわ!それになにより…ビールに合う!
男:あはは、喜んで貰えて嬉しいよ。でも、腹八分程度にしといてね、もう1品あるから。
N:2人は机の上の料理を食べ、息をついた。すると男は、もう一度キッチンに立ち、何かを作り始めた。家中に、甘い匂いが広まった。
女:とってもいい香り…何かしら……
男:さ、お待たせ、特製のパンケーキだよ。
N:男は、彼女が美味しそうに食べる姿をニコニコと見ていた。そんな目線を彼女は気にしようともしなかった。
女:今日はご馳走になったわ。ありがとう。
男:いやいや、良いんだよ。また、食べて欲しいな。あ、そうだ、今日はもう遅いから送って行くよ。
女:あら、さすがにそれは…って思ったけど、ここが何処だか分からないから、お願いするわ。
男:うん、それに、今日家を教えて貰えば、会いたい時に君の家に行けば会えるしね。
女:わかった。じゃあ、私が家にいる時は、外に花を飾っておくわ。
N:2人は、暗い夜道を歩きながら、色んな話をした。彼女は、のちに男を殺さなければならない事を忘れていた。
女:うーん、なんの花がいいかなぁ…あっ、この花綺麗!これにしよ!!…ふーん、「オオアマナ」って言うんだ…花言葉は、潔白………そうだった…私は…
N:彼女は久々の休日に、部屋を掃除し、窓を拭き、家の扉にオオアマナを飾った。そして紅茶を淹れ、一息ついていた。その時だった。静寂な家の中にノック音が響いた。
女:はっ!もしかして!
男:その「もしかして」だよ。おまたせ。
N:彼女が扉を開けると、男が立っていた。
女:どうする?今日は、ウチで紅茶でも飲む?
男:今日は、2人で出かけたいかな。だから準備してくれる?
女:わかったわ!少し待ってて!
N:彼女はドタバタと階段を駆け上がり、数分もしないうちに降りてきた。
女:どう?次会う時のために買ったの!
男:…とっても素敵だ…君に似合ってるよ
女:うふふ、ありがと!さ!行きましょ!!
N:男はいつも通り彼女の手を引いて、街で1番栄えている通りへ行った。とある店主は、大声で手を叩きながら店の商品を勧めている。しかし、そんな声にも動じず、ひとつの店に入った。
男:ここは、紅茶の専門店なんだ。茶葉も買えるけど、ここで淹れてもらえる紅茶は、最高に美味しいんだ。
女:あら、紅茶好きの私にとってはとても楽しみだわ。あなたは何を飲むの?
男:ミルクティーだね。
女:え?わざわざ専門店に来たのにストレートじゃないの?
男:ミルクティーだって実は全然違うんだ。
女:そうなの?だったら、あえてミルクティーを頂こうかしら。
男:てことで、すみません、ミルクティー2つ
女:喫茶店とかでは飲むけれど、専門店では初めてだわ。
男:それにしても、今日の服、やっぱり素敵だ。
女:そう言って貰えて嬉しいわ。仕事の帰りに毎日考えて選んだのよ。
男:君にはコレも似合うんじゃないかな?
N:男はそう言って縦長の箱を取り出し、また、喋り始めた。
男:僕と…付き合ってくれないかい?
女:え…あ……
N:彼女は戸惑いながら、自身の呼吸を整えていた。
女:少し…考えさせて…
N:彼女はそう言うと、差し出されたミルクティーを一気に飲み干し、店を出ていった。
女:(ダメなのに…あの人を私は殺さなきゃダメなのに…)
N:男は、特に戸惑った様子も無く、出された紅茶を堪能すると、ゆっくりとその店を出た。
男:そういえば、そろそろかな…でも…彼女は…
N:彼女は家までの道を走り続けた。時には手を繋いだ子供を、時には困り果てた老人を押しのけ、ただ必死に走り続けた。
女:ダメ…ダメなの…今、自分の欲のまま付き合っちゃ…だって……別れが苦しくなるだけじゃない……
N:彼女はその言葉を何度も自分に言い聞かせるように、頭の中で唱え続けていた。
男:今日も…居ないのか…
N:あの日から、彼女が家の扉に花を飾ることは無かった。しかし、彼女がパブで働く姿も見ることは無かった。
男:やはり、あの日の事でか……ん?
N:一方、薄暗い家の中では、彼女が1人毛布に包まれ、震えていた。
女:嫌よ…嫌……
N:最後に会った日の翌日、彼女の元にひとつの贈り物が届いた。その中には、ずっしりと重い口紅と、一通の手紙が入っていた。
女:"kiss of death"…つまり私はこれで殺さないとならないの…?
N:kiss of death、それは「死のキス」と言われる口紅型の拳銃であった。
女:私は、彼を殺さないとなのに…ホントは彼と関係なんて作っちゃダメだったのに…
N:息を整えるため、黙り込んだその時だった。静寂な家の中に、ノック音が響いた。
女:もしかして…でも…
男:その「もしかして」だよ。久しぶり。
女:どうして…?扉の前には花を飾ってなかったはずよ?
男:男の勘…ってやつかな…ところで、今日は君に話があるんだ、家まで来てくれ。
N:そう言って、男は先に行ってしまった。少し彼女は考え、ついに決心した。彼女は男の家へと向かった。
男:ようこそ。待ってたよ。
女:はい…お邪魔します…
N:家の扉が重く閉まる
男:今日は、大事な話があるんだ。まあ、座ってて、今紅茶を出すから。
N:暫くして、男はティーポット・ティーカップ・ジャムを持ってきた。
女:実は…私も話があるの…
男:取り敢えず、本題を話すよ。
女:実は!!……実は…私……
男:実は俺、西ドイツのスパイなんだ。
女:え…え?つ、つ、つまり…?
男:俺は、君を殺すために東ドイツに来た
女:それじゃあ、今日呼び出したのは、私を殺すため…?
男:違う!断じて違う!…俺は…君を…殺したくない…君を好きになってしまっていたんだ…
女:…実はね……私もスパイなの…私も、同じようにあなたを殺すように言われて…でも!私だってあなたを殺せない…
男:そうか…そうだったのか…なら…
女:え……?
男:君が俺を殺せば、君は無事任務を達成できる。ならば、俺は君の幸せのために君に殺されるよ。
女:だめ!絶対に嫌!!あなたを殺すことなんてできない!!
N:2人は涙を流しながら、言い争った。目の前の紅茶には目もくれず。
男:兎に角、俺を殺せ。どうせ俺は君を殺す気は無い。
女:……わかった…じ、じゃあ、最後にさ……キス…しない……?
男:人生最後のキスが、君のように美しい女性で、光栄だよ。本当はもっと、いつまでも君と一緒に居たかったけどね。
女:じゃあ…待ってね…今…口紅を……塗るから………
男:ああ、…ん?ちょっと待て!!
N:家中に銃声が響いた。まるで彼女から花が溢れ出たかのような「紅」が部屋中に広がった。
男:アガサ……嘘だろ………
N:男はただ、立ち尽くしていた。……いや、
男:俺はただ、立ち尽くしていた。蒸らしすぎた紅茶はこの部屋のように暗褐色となり、机の上のジャムは君の香りと混ざり合い、異臭へと変わってしまった。君の頭を抱え上げ、この世をただただ恨み続けた。8月3日。時計は丁度12時を指していた。君の指先はもう、冷たくなっていた。
N:1990年10月3日、東ドイツは西ドイツに呑まれるように統一した。この統一の引き金となったのは、ある男女の生死による国絡みの「賭け」であった。男が死ねば西に、女が死ねば東に、もう一方が複合されるというものだった。そう、男と女に来た任務は全て両国が組んだものなのだ。その後、女の死体は国が始末し、男には勲章と大量の資産が与えられた。世間にその話が出ることは無かった。
男:君の居ないこの世なら、名誉も権力もお金もいらない。……今行くよ。また会ったら、ゆっくり紅茶を飲もう。もちろんビールもね。
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