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1st GAME
12th inning : YoU arE liKe a ScaRed aNd BlufFing cHilD.
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【さァ、全員が守備位置に戻ってようやく試合再開だァ! あの白クマ野郎、よりによって俺らのドビーに手ェ上げやがって、もう許さねェ! もし打たれたらスタッフ全員でグラウンドになだれ込んでやっからな、コンチクショー!】
「よう、さっきは悪かったな」
戻ってきたバズワルドが、ドビーに声をかけてきた。
それなりに落ち着きを取り戻したのか、一転して笑顔である。
「俺としたことが、黒人とジャップのバッテリー相手に大人げなかったぜ。クズが集まっても勝てねぇとなりゃあ、敬遠しかねぇもんなァ……下等人種の気持ちを分かってやれなかった俺を許してくれよ? クックックッ」
そう言って笑うバズワルドは、やはり何一つ反省していないようだった。
ドビーはシカトを決め込んだ。
腹わたは煮えくり返っているが、相手にするだけ時間のムダというものだ。
「プレイッ!」
マウンドの珠姫がセットポジションをとる。
これだけの騒ぎの後だというのに、その表情はまるで変わらない。
我関せずというやつだ。
そりゃそうだよなァ、とドビーは心中苦笑いした。
海の向こうからやってきた彼女にすれば、アメリカ人同士のいざこざなど知ったことではなかろう。
ましてや今日がデビュー戦だというのに、初めて組んだキャッチャーのことまで気にかけられるほうがどうかしている。
珠姫の左足が、二球目に向けて持ち上げられる。
「あん?」
バズワルドが眉をひそめたのは、ボールが光らないためだ。
フォームも例の豪快なものではなく、オーソドックスなものに戻っていた。
十貫球ではない。
「ハッハー! 観念したかァ、メスザル!」
バズワルドが嘲笑を浴びせた、次の瞬間だった。
白球が彼の胸元にうなりかかった。
「うおおおおおおおおおおっ!」
間一髪、というしかない。
ボールは身をよじってひっくり返るバズワルドの胸のロゴをかすめ、反射的に伸ばしたドビーのミットに収まった。
どよめくスタンド。突っ込みかけた三塁走者が、慌てて帰塁する。
「パ、パールハーバー……!」
砂埃の中から、バズワルドの赤ら顔が持ちあがった。
球速こそ出ていなかったが、ホームベースにかぶさるような構えのところへ、予想だにしないブラッシュボールが飛んできたのだ。
胸のボタンはボールによって弾き飛ばされていた。
「てめぇ! 勝てねぇと思ったら今度はビーンボールか! モンキーのやることは半世紀前からちっとも変わらねぇ! 降りて来い、ブッ殺してやる!」
と、暴君が立ち上がった瞬間、
「ス、ストライーク!!」
「何ィ?」
バズワルドが鬼の形相で振り向く。
主審の手が上がっていた。
「おい! どこに目ェつけてんだ! ボタンが飛んだんだぞ! 死球に決まってんだろうが!」
バズワルドの剣幕は噛み殺さんばかりだった。
だが、確かにルール上、ボールがユニフォームをかすめたなら、死球扱いのはずだ。
それでも、主審は怒号におびえつつも判定を変えようとはしない。
逆上した白熊がいよいよ主審につかみかかろうとしたそのとき、
「ストライク、であルますよ」
マウンドから声が落ちてきた。
バズワルドは、ゆっくりとそちらへ顔を向けた。
ルビーの瞳が、彼を強く射抜いていた。
「ボタンが飛ぼうが身体に当たろうが、ストライクゾーンを通過していれば、それはストライクであルます。望み通り勝負してあげたのに、何が不満なのであルますか」
「なんだと……?」
「そうやってベースにかぶさるのは、外角しか打てないからであルましょう。自分の欠点を威嚇で補おうなど、下劣の一言であルます。内に投げれば怒鳴りちらし、外に投げても怒鳴りちらし、あげくの果てに白だ黒だサルだと、愚にもつかない理屈をまきちらす。やることなすこと、自分に自信がないことの裏返しであルます」
珠姫の声には、一切の容赦がなかった。
「アナタはまるで、おびえて強がる子供であルます。そこにいるだけで迷惑千万であルます。そんなに白いのが好きなら、帰ってママのミルクでもしゃぶっているがいいであルます」
ポーラベアの体は、クマの彫像のように動かなかった。
珠姫の言葉に猛反省している……のではなく、怒りのあまり体が硬直しているのだ。
まさに嵐の前の静けさ――ダイヤモンドが凍えつく。
が、ただ一人、当の珠姫だけは彼の硬直を違う方向にとらえたらしい。
おや、と小首をかしげ、
「……あ、すムません。英語がヘタなので、伝わらなかったであルますね……。では、簡単な言葉に言い直すであルます」
ぺこりと頭を下げ、深く息を吸う。
次いで口にしたのは、おそらくそのへんの映画でおぼえた――そして今日アメリカ社会において、最上級の禁句とされる言葉だった。
「F●CK YOU!!」
ドビーが止めに入ったときには、バズワルドは燃える弾丸となってボックスを飛びだしていた。
すがりついた腰はまるでダンプカーの勢いで、二百ポンドのドビーの体が結婚式の車につけた空き缶のごとく引きずられてしまう。
それでも気休め程度にはなったらしい。
マウンドから一歩たりとも退がらない珠姫と、悪鬼の形相のバズワルドが衝突する寸前に、どうにかベンチからの援軍が間に合った。
「待てやコラァ! 俺が相手だクラアァ!」
「どけクソが! 死にたいかァ!」
遅れて相手ベンチとバックスクリーン横にあるブルペンからも人波が押し寄せ、たちまち両軍入り乱れてのもみ合いになる。
バズワルドは完全に理性をなくしており、味方三人に取り押さえられながらひどいアラバマ訛りでわけのわからない罵倒を浴びせていて、それに反応した同郷の人間が大声で言い返すのだが、どう考えても火に油だ。
そのうち興奮した観客たちが内野フェンスを飛び越えて乱入し、血相を変えた警備員とごっちゃになって、もうグラウンドの上は何が何だか分からず審判にさえ収拾がつけられず、
パン!
と乾いた音が鳴り、人々はいっせいにその場に打ち伏した。
残ったのは、拳銃の音を知らない珠姫と――そして、破裂したポップコーン袋を手にした赤ら顔の男。
鳥の巣のごとく崩れたパンチパーマに、ずり落ちたサングラス。
「ウィ~~~っ。な~ぁんだぁ、こぉの騒ぎはよぉ~~~~っ」
ベンチの奥で死んでいたはずの、ピネイロ監督だった。
「よう、さっきは悪かったな」
戻ってきたバズワルドが、ドビーに声をかけてきた。
それなりに落ち着きを取り戻したのか、一転して笑顔である。
「俺としたことが、黒人とジャップのバッテリー相手に大人げなかったぜ。クズが集まっても勝てねぇとなりゃあ、敬遠しかねぇもんなァ……下等人種の気持ちを分かってやれなかった俺を許してくれよ? クックックッ」
そう言って笑うバズワルドは、やはり何一つ反省していないようだった。
ドビーはシカトを決め込んだ。
腹わたは煮えくり返っているが、相手にするだけ時間のムダというものだ。
「プレイッ!」
マウンドの珠姫がセットポジションをとる。
これだけの騒ぎの後だというのに、その表情はまるで変わらない。
我関せずというやつだ。
そりゃそうだよなァ、とドビーは心中苦笑いした。
海の向こうからやってきた彼女にすれば、アメリカ人同士のいざこざなど知ったことではなかろう。
ましてや今日がデビュー戦だというのに、初めて組んだキャッチャーのことまで気にかけられるほうがどうかしている。
珠姫の左足が、二球目に向けて持ち上げられる。
「あん?」
バズワルドが眉をひそめたのは、ボールが光らないためだ。
フォームも例の豪快なものではなく、オーソドックスなものに戻っていた。
十貫球ではない。
「ハッハー! 観念したかァ、メスザル!」
バズワルドが嘲笑を浴びせた、次の瞬間だった。
白球が彼の胸元にうなりかかった。
「うおおおおおおおおおおっ!」
間一髪、というしかない。
ボールは身をよじってひっくり返るバズワルドの胸のロゴをかすめ、反射的に伸ばしたドビーのミットに収まった。
どよめくスタンド。突っ込みかけた三塁走者が、慌てて帰塁する。
「パ、パールハーバー……!」
砂埃の中から、バズワルドの赤ら顔が持ちあがった。
球速こそ出ていなかったが、ホームベースにかぶさるような構えのところへ、予想だにしないブラッシュボールが飛んできたのだ。
胸のボタンはボールによって弾き飛ばされていた。
「てめぇ! 勝てねぇと思ったら今度はビーンボールか! モンキーのやることは半世紀前からちっとも変わらねぇ! 降りて来い、ブッ殺してやる!」
と、暴君が立ち上がった瞬間、
「ス、ストライーク!!」
「何ィ?」
バズワルドが鬼の形相で振り向く。
主審の手が上がっていた。
「おい! どこに目ェつけてんだ! ボタンが飛んだんだぞ! 死球に決まってんだろうが!」
バズワルドの剣幕は噛み殺さんばかりだった。
だが、確かにルール上、ボールがユニフォームをかすめたなら、死球扱いのはずだ。
それでも、主審は怒号におびえつつも判定を変えようとはしない。
逆上した白熊がいよいよ主審につかみかかろうとしたそのとき、
「ストライク、であルますよ」
マウンドから声が落ちてきた。
バズワルドは、ゆっくりとそちらへ顔を向けた。
ルビーの瞳が、彼を強く射抜いていた。
「ボタンが飛ぼうが身体に当たろうが、ストライクゾーンを通過していれば、それはストライクであルます。望み通り勝負してあげたのに、何が不満なのであルますか」
「なんだと……?」
「そうやってベースにかぶさるのは、外角しか打てないからであルましょう。自分の欠点を威嚇で補おうなど、下劣の一言であルます。内に投げれば怒鳴りちらし、外に投げても怒鳴りちらし、あげくの果てに白だ黒だサルだと、愚にもつかない理屈をまきちらす。やることなすこと、自分に自信がないことの裏返しであルます」
珠姫の声には、一切の容赦がなかった。
「アナタはまるで、おびえて強がる子供であルます。そこにいるだけで迷惑千万であルます。そんなに白いのが好きなら、帰ってママのミルクでもしゃぶっているがいいであルます」
ポーラベアの体は、クマの彫像のように動かなかった。
珠姫の言葉に猛反省している……のではなく、怒りのあまり体が硬直しているのだ。
まさに嵐の前の静けさ――ダイヤモンドが凍えつく。
が、ただ一人、当の珠姫だけは彼の硬直を違う方向にとらえたらしい。
おや、と小首をかしげ、
「……あ、すムません。英語がヘタなので、伝わらなかったであルますね……。では、簡単な言葉に言い直すであルます」
ぺこりと頭を下げ、深く息を吸う。
次いで口にしたのは、おそらくそのへんの映画でおぼえた――そして今日アメリカ社会において、最上級の禁句とされる言葉だった。
「F●CK YOU!!」
ドビーが止めに入ったときには、バズワルドは燃える弾丸となってボックスを飛びだしていた。
すがりついた腰はまるでダンプカーの勢いで、二百ポンドのドビーの体が結婚式の車につけた空き缶のごとく引きずられてしまう。
それでも気休め程度にはなったらしい。
マウンドから一歩たりとも退がらない珠姫と、悪鬼の形相のバズワルドが衝突する寸前に、どうにかベンチからの援軍が間に合った。
「待てやコラァ! 俺が相手だクラアァ!」
「どけクソが! 死にたいかァ!」
遅れて相手ベンチとバックスクリーン横にあるブルペンからも人波が押し寄せ、たちまち両軍入り乱れてのもみ合いになる。
バズワルドは完全に理性をなくしており、味方三人に取り押さえられながらひどいアラバマ訛りでわけのわからない罵倒を浴びせていて、それに反応した同郷の人間が大声で言い返すのだが、どう考えても火に油だ。
そのうち興奮した観客たちが内野フェンスを飛び越えて乱入し、血相を変えた警備員とごっちゃになって、もうグラウンドの上は何が何だか分からず審判にさえ収拾がつけられず、
パン!
と乾いた音が鳴り、人々はいっせいにその場に打ち伏した。
残ったのは、拳銃の音を知らない珠姫と――そして、破裂したポップコーン袋を手にした赤ら顔の男。
鳥の巣のごとく崩れたパンチパーマに、ずり落ちたサングラス。
「ウィ~~~っ。な~ぁんだぁ、こぉの騒ぎはよぉ~~~~っ」
ベンチの奥で死んでいたはずの、ピネイロ監督だった。
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