その答えは恋文で

百川凛

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11通目:受験と思い出

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 教室に近付くに連れて、誰かの話し声が廊下に響き渡る。おそらく二者面談を終えた生徒や待っている生徒が残っているのだろう。

 がやがやがやがや、一際騒がしい話し声はどうやらうちのクラスから聞こえてくるようだった。なんだか中に入りづらい。こんな時に限って扉はしっかりと閉まっているので余計に入りづらい。

「てかさー進路相談とかぶっちゃけ早くね? 俺らまだ二年なのにさー」
「もうすぐ三年だけどな」
「いやでもさぁ!! 受験なんてまだ先じゃん? もうちょっと余裕あんじゃん?」
「うわお前それ中学ん時も言ってたじゃん全然成長してねー!」
「うっせーよ! ギリギリでもちゃんと受かったんだからいいだろ!」

 ……なんだろう。似たような会話をさっきもしたような気がする。

「受験かーなんか懐かしいなー」
「お前なんでここ受けたの?」
「俺? 家から近いから」
「適当だな!」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「女子の制服が可愛いからに決まってんだろ!」
「動機が不純!」
「そういうお前は?」
「行きたい大学への進学率が高かったから」
「真面目か!」

 彼らのツッコミスキルが無駄に高くて、私は驚きを隠せない。……いや、それはさておき。この様子を見るとまだ話は終わりそうもなかった。どうしよう、これ以上彰くんを待たせるわけにもいかないし……さっと入ってさっと出れば差し障りはないだろうか。

「そういやさぁ、平岡ってなんでこの学校に来たんだろうな?」
「あーそれ思った。頭超いいのにな」
「な。行きたいとこ選び放題じゃん。なのになんでここ? 超フツーの、しかも公立高校ですけど」

 突然、彼らの口から彰くんの名前が出てきたので私の心臓がとび跳ねた。びっくりするから不意打ちはやめてほしい。真剣に。

「推薦蹴ってきたとか噂あったけどあれマジなの? だとしたらマジ意味わかんねーんだけど」
「ああそれガチッぽいよ。本人から聞いたっつってた奴いたからたぶんガチ」
「マジ? うわーますます意味わかんねー!」
「なになに? お前ら知らねーの?」

 彼らの中の一人が、やけに得意気な口調で言った。その顔はドヤ顔なのだろうと簡単に想像がつく。誰なのかは知らないが。

「なんだよ偉そうに。お前何か知ってんの?」
「そりゃな! 俺平岡と同じ中学だし!」
「プチ自慢はいいから早く話せよ」
「はははははー! 聞いて驚くがいい!」

 周りからの早くしろよ! という野次も気にせず、彼はもったいぶるようにたっぷりと間を開けたあと、高らかに言い放った。


「平岡彰はなぁ! 好きな女の子を追っかけてわざわざこの学校に来たんだよ!!」


 一瞬の静寂ののち、呆れたような声が相次ぐ。


「……はあ? お前マジで言ってんの?」
「まっさかー。いくらなんでもそれはないだろ。勘違いじゃねーの?」

 私もまったく同感だ。普通そんな理由で進学先は変えないだろう。……だけどなんだろう。このもやもやとした嫌な感じは。言い様のない何かが引っかかる。

「いやいやいやいやガチだって!! あの時はマジで学校中大騒ぎで大変だったんだぜ? 突然進学先辞退しますじゃそりゃみんな焦るよな。学校としても信用に関わるだろうし」
「で? 好きな女追っかけてきたってのはどっからきたわけ?」
「いや俺さ、教師が平岡のこと説得してるとこたまたま目撃してさ、そん時に聞いちゃったんだよね。〝あの高校にどうしても会いたい人がいる〟って。平岡は確かにそう言ってた」

 彰くんの…………会いたい人? この学校じゃなきゃ会えない人って……それは一体誰のこと?

 私の心臓はドクドクと早鐘を鳴らす。胸が締め付けられるみたいに痛くなった。

「……会いたい人ねぇ。それだけで好きな女って判断するのは時期尚早なんじゃないか?」
「でもあの感じは絶対そうだったんだって! 雰囲気的に!」

 彰くんの、会いたい人。彰くんの、好きな人。その言葉がぐるぐると脳内を回る。

「あっ!!」

 誰かの大きな声に、私まで反応して顔を上げた。

「もしかしてあれじゃね? 三年のめっちゃ綺麗な人! ショートカットで色白くて吹奏楽部の!!」
「ああ! いたいた! そういや一時期平岡と付き合ってんじゃないかって噂になってたよな?」
「そうそう! 仲良さそうだったもんな。俺よく帰りにバス停であの二人のこと見かけたわ。最近は見なくなったけど」
「ええっと、名前なんだっけ……」
「確か……まどか先輩じゃなかった?」
「あー、そうそう! そんな感じ!」

 ショートカット……美人……まどか先輩…………吹奏楽部……バス停……。


 その瞬間、全てが繋がった気がした。


 彰くんがラブレターを貰うのを嫌がっていた理由。好きな人からじゃなければ迷惑という言葉。本当の彼女じゃなくていいという偽彼女の依頼。

 その全てが、ようやく繋がった。


 彼にはずっと、心に秘めた好きな人がいたのである。
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