その答えは恋文で

百川凛

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12通目:ウソとホント

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 三日ほどたっても私の気分は下がったままだった。彰くんのことも不自然に避けてしまっているし、行動もぎこちない。おそらく本人にも気付かれているだろうけど、こればかりは仕方ない。私自身、こんな気持ちは初めてなのでどう対処すればいいのか分からないのだ。

「空前絶後のぉぉお! 超絶怒涛の博愛主義者ぁぁあ!」
「……………………」
「あれれ~? シカトかな~?」

 どこから私の居場所を嗅ぎ付けてきたのか、やけにテンションの高い塚本くんの声がして、私は読んでいた本からのそりと顔を上げる。何も考えたくない時は何かに集中するのが一番だ。読書は今の私にとって最適な時間だったのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。キラキラと輝く髪の毛さえもウザく感じる。

「…………何か用?」
「ううん。しおりんが元気ないっていうから励ましに来ただけッス」
「そう。余計なお世話ありがとう」
「いえいえ!」

 どうやら彼には嫌味も皮肉も通じないらしい。羨ましい脳をしている。

「で? どしたの?」
「……別に」
「うっそだー」
「嘘じゃないよ」
「だって栞里ちゃん、ここ数日ずーっと泣きそうな顔してたよ?」

 私は何も言えなくなった。塚本くんはふわりと笑うとひどく優しい声色を出す。

「何か悩んでるならさ、話してみれば?」

 いつもはチャラいくせにこういう時だけ優しいなんて。塚本くんはずるい男だ。

「ちょっと。それあたしにも聞かせなさいよ」

 よく通る声で堂々と登場したのは由香だった。入り口のドアに体重を預け、腕を組みながらこちらを睨むように見つめている。

「言いたくないなら別にいいって言ったけど、やっぱり気になるのよね。それにこっちから聞かないとアンタ何も話さないでしょ?」

 そう言ってこちらに向かってスタスタと歩き出した。

「あっ、由香ちゃんじゃーん! 空前絶後のぉぉお!! 超絶怒涛の博愛主義者ぁぁあ!! 女子を愛し女子に愛された男ぉぉお!」
「はい却下」
「ひどい! まだネタの途中なのに!!」
「〝超絶怒涛の女ったらし〟にしなさい。あとそのネタ古い」
「しかもダメ出し!? それただの悪口だし!」
「うるさいわね。少し黙ってなさいよ女ったらし」
「……前から思ってたんだけどさ、由香ちゃんって俺にめっちゃ厳しくない?」

 塚本くんに辛辣な突っ込みを入れつつ、由香は近くの椅子へと腰を下ろした。

「…………で?」

 ここまで来たらもう逃げ場はないだろう。私は小さく深呼吸を繰り返す。

「私……」
「うん」
「私、彰くんのこと……いつの間にか本気で好きになってたみたい、でさ」

 一瞬動きを止めた後、二人は同時に深い溜息をついた。

「はぁ? そんなことはとっくの昔に気付いてるわよ」
「なぁーんだ、やっと認めたの?」
「……え?」

 今更ながら筒抜けだった自分の気持ちに羞恥心が沸き上がる。

「アンタの気持ちはわかってるからさ、あの日何があったか話なさいよ」

 由香に促され、私は教室で聞いた会話をぽつりぽつりと語り出した。

「ああ平岡が推薦蹴った話ね。確かにうちの中学じゃ有名な話だよ」
「そう……なんだ」
「まどか先輩と付き合ってるって噂も確かにあったなぁ。……あ、まどか先輩ってのは三年の吹奏楽部の部長だった人ね。今は引退してるけど、時々吹部に顔出してるみたい。うちの中学の先輩なんだけど、昔から美人って有名でさぁ」
「そう……なんだ」
「そうそう。で、平岡が好きな女の子追いかけてここ受けたって話だけど、あながち間違ってないんじゃないかなってオレは思うよ?」
「そう……なんだ」

 覚悟はしていたが塚本くんが言うなら間違いないだろう。声のトーンが落ちたのが自分でも分かった。

「あ、違う違う! まどか先輩追いかけて来たとかじゃなくて! ていうか平岡とまどか先輩はそんな関係じゃないから! それは俺が保証するから!」

 慌てたように塚本くんが否定するも、彰くんが彼女を好きな事には変わりないじゃないか。私は小さく溜息をついた。

「……彰くんは好きな人がいるのに、どうしてニセ彼女なんて作ったのかな」
「え? ん~……。とりあえず俺的には平岡もバカだったんだなってことしか言えない。だって、」
「まぁお互いバカなのは確かね」

 今まで黙って話を聞いていた由香が私を正面から見据えた。

「で、アンタは何? 周りを騙すのが心苦しくなった? 平岡のことを好きな女に罪悪感でも感じた? そんなの今さらすぎなんですけど」
「……それは……」
「いいじゃない別に。アンタが誰を好きになろうがそれはアンタの勝手なんだから。それに、平岡に好きな人がいたからって何? 今まで通り過ごしてればアンタは彼女でいられるんだからそれでよくない? 何が不満なの?」

 私だって自分勝手で我儘なこと言ってるって気付いてる。由香の言う通り、何もなかったように振る舞えば私は彰くんの彼女でいられる。その日が来るまで、隣に居られる。──だけど、


「…………でも、それじゃ苦しいよ」


 私の口からは蚊の鳴くような弱々しい声しか出なかった。好きだって自覚した途端、隣にいるだけじゃ満足出来なくなってしまったなんて私はなんて欲張りなんだろう。

 由香は「……ほんとバカね」と溜め息混じりに呟くと、真面目な声で続けた。

「怖いんでしょ。平岡の本当の気持ちを知るのが」

 急所を突かれたように胸が痛む。そっと顔を上げると、塚本くんがどうしたらいいのかと眉尻を下げながらこっちを見ているのが視界に入った。

「平岡に好きな人がいるって知って、ニセモノの彼女っていう現状がツラくなって、他の人を思ってる平岡の隣に居続けるのもツラくなって。かと言って告白して振られるのも怖くなった。違う?」

 私は何も言えなかった。

「ま、今まで気付かないふりして逃げてたツケね」

 追い打ちをかける由香の口撃にフォローを入れたのは、困ったように笑った塚本くんだった。

「いやいやいや。まぁとりあえずさ、栞里ちゃんが自分の気持ちを認めたんだからそこは良しとしようよ。進歩じゃん、ね?」
「遅すぎるくらいだけどね」

 由香は腕組みをしながら私に向かって続ける。

「丁度良い機会なんじゃない?」
「え?」
「このままニセ彼女を続けるか、それともこんなバカみたいな関係さっさと終わらせて自分の気持ちを告げるか。ハッキリさせる良い機会なんじゃないの?」

 〝偽彼女〟の約束は一年。その日までまだ数ヶ月残っているが、由香の言う通り、そろそろ決断の時なのかもしれない。

「…………うん。そうだよね」

 私は小さく頷いた。
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