八神探偵の顔色は今日も青白い

百川凛

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1.小説家もカフェにいる

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 申し遅れたが、俺の名前は佐藤さとう賢斗けんと

 緑ヶ丘みどりがおか高校に通う思春期真っ只中の十七歳だ。実家は代々、所有する雑居ビルの一階で「喫茶カサブランカ」という見た目も名前も昭和レトロな喫茶店を経営している。二階は貸店舗、三階は居住スペースになっていて、俺はその三階で父と姉と家族三人仲良く暮らしている。

 母は、俺が小学生の頃に病気で亡くなった。

 そのため、俺の世話は七つ年の離れた姉がしてくれた。母が亡くなったショックからすっかり気力をなくし、仕事がまったく手に付かなくなってしまった父を叱咤激励しながら支え、手のかかる俺の面倒を一人で見ていた姉の苦労は計り知れない。

 今年二十四歳になった姉は、喫茶店の看板娘として父の仕事を手伝っている。……というか、いつも仕入れやらなんやらで現地に飛んで行ってしまう父に代わって店の全般を任されているというのが実情だが。
 
「はいこれ。姉ちゃんから」
「いつもありがとう……助かるよ」

 水色のマグボトルを手渡すと、八神さんはそれを両手に持ってちびちびと飲み始めた。ちなみに中身は八神さん用にうちの姉が作った鉄分・栄養たっぷりのスペシャルドリンクである。

「あー……鉄分が身体に染み渡っていくぅ」

 温泉に浸かって癒されたじーさんのようにほぅっと息をつきながら言った八神さんを、俺はキッと睨みつけた。

「ところで八神さん。この二日間何してました?」

 すると、幸せそうに栄養満点ドリンクを啜っていた顔色の悪い彼はギクリ、と分かりやすい反応を見せた。もごもごと口を動かして、歯切れ悪く質問に答える。

「えっと……その。ど、読書を少々……」
「ちゃんとご飯食べてました?」
「え? えーっと……」

 俺は呆れ混じりに溜息をついてから言った。

「質問を変えます。昨日なに食べました?」
「……き、記憶にございません」

 いやいやなんだその答え。悪い事した政治家の決まり文句じゃあるまいし。

「一昨日は?」
「……記憶にございません」
「じゃあ、最後に食べた食べ物は?」
「えっと……確か、肉じゃがだったかな? 萌加もかちゃんが作ってくれたやつ」

 にへらと笑いながら言った八神さんに我慢が出来なくなった俺は青筋を立てて叫ぶように言った。

「あのねぇ八神さん、あんた自分がなのわかってます!? わかってますよね!?」
「……まぁ」
「じゃあ丸二日も飲まず食わずで小説なんて読んでたらどうなるかぐらい分かるでしょ!? 四十八時間不眠不休とか逆に尊敬するわバカじゃねーの!? なに? 一人二十四時間テレビでもやるつもりですか? 愛は地球を救っちゃう感じですか? あんたの場合誰も救えてねーから! むしろ迷惑かけてっから!! てかそれ普通に健康な奴でも倒れるっつーの!!」

 八神さんは唇をつんと尖らせる。全然可愛くない。

「だって……続きが気になって何も手に付かなかったんだもん」
「だもんじゃねーよ! 活字中毒も大概にしろよこのアラサーが!!」
「アラサーなんて酷いなー。僕まだ二十八歳だよ?」
「四捨五入したら三十だろーが!! いい歳した大人なんだから体調管理ぐらいちゃんとしろ!!」
「ハイハイ次からは気をつけまーす」

 羽毛よりも軽い調子で答えた八神さんはテーブルに置いたおにぎりに手を伸ばす。心なしか顔色が少し良くなったみたいだ。まぁ、良くなったって言っても元々白いからあんま変わんないんだけど。

 そんな彼を見ながら、俺は盛大な溜息をついた。



 ──八神やがみあおい。職業、探偵。



 彼はうちの雑居ビル二階に「八神探偵事務所」という胡散臭い探偵事務所を構える胡散臭い探偵だ。人呼んで「蒼白の貧血探偵」。言っておくが、これは彼の透き通るような白い肌と、仕事中によく貧血や栄養不足で倒れることからついた不名誉な二つ名である。

 探偵事務所と言っても警察から頼られるような大きな事件を取り扱っているわけではなく、浮気調査やペット探しといった身近な困り事を解決していくのが専門らしい。探偵というより便利屋と言った方がいいのかもしれないが、本人が頑なに探偵と言い張るので探偵ということにしておいている。

 まぁ、アニメやドラマのような殺人事件の調査依頼なんて現実にはそうそうないだろう。というか、もし来たとしても八神さんは間違いなく現場に着く前に倒れて使い物にならなくなる。

 体力がなく、貧血持ち。そのくせ下手すれば三日三晩飲まず食わずで過ごしてしまうという生活能力の無さ。加えて、一度集中しだすと周りが見えなくなってしまうほどの活字中毒。人間として生きるために必要な基本的概念を母親のお腹の中にすっぽりと忘れてきたかのような残念男子が、八神碧という人間なのである。

 そもそも俺たちは出会い方からしておかしいのだ。八神さんとの出会いはおよそ三年前。

 珈琲豆の仕入れに行った親父が、背中に黒い塊を背負って帰ってきたのが初対面ファーストコンタクトだった。
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