未来への選択

するめ

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3.屋上に吹く風、揺れる決意

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金曜日の昼下がり。
涼やかな風が、校舎の屋上をそっと撫でていく。
新緑が陽光にきらめき、木々の葉がさらさらと音を立てていた。

昼食を終えた淳平は、ひとり屋上のベンチに腰を下ろしていた。
明日の練習試合を思うと、胸の奥がざわついて落ち着かなかった。

「……健太郎の期待に応えないと。」

ぽつりと呟いた声は、風にかき消された。
監督に自分を推薦してくれたのは、健太郎だった。
その信頼に応えられなければ、健太郎が責められてしまうかもしれない。
キャプテンとしての彼の立場を、自分の失敗で揺るがすわけにはいかない。

(僕が崩れたら、チームの結束が乱れる……それだけは絶対に避けなきゃ)

淳平は、静かに腹をくくった。
けれど、胸の奥に渦巻く不安は、簡単には消えてくれなかった。

「淳平君……」

ふいに背後から声がした。
振り向くと、制服のスカートを風に揺らしながら、流伽が立っていた。

「あ、白石さん……」

「……(いつになったら“流伽”って呼んでくれるのよ)」

「え?」

「ううん、なんでもない。最近の淳平君、難しい顔してるよ?」

その声に、なぜか心がふっと軽くなる。
流伽の声には、どこか安心感があった。
気づけば、淳平は胸の内をすべて打ち明けていた。

明日の練習試合にスタメンで出ること。
自信が持てないこと。
失敗すれば健太郎に迷惑がかかること。
そして、自分の存在がチームにとって足を引っ張るのではないかという不安――

「えっ、そうだったの?」

流伽は驚いた。
なぜ自分に話してくれなかったのかと、少し寂しくも思った。
けれど、今目の前で真剣に悩みを打ち明ける淳平を見ていると、責める気持ちは自然と消えていった。

(どうしてだろう……美咲には言えなかったことを、彼女には自然に聞けてる)

流伽は、まるで自分のことのように親身になって淳平の話を聞いた。

「そうだよね。試合前って、本当に不安だよね。」

「え?白石さんも、そう感じるの?」

「もちろん。コーチや後輩からの期待、すごいもん。でもね、私はそれを力にしてるの。」

「期待を……力に?」

「うん。私はね、自分を客観視するようにしてるの。
“あれ?流伽、すごく緊張してる。でも大丈夫。君なら乗り越えられる”って、自分に声をかけるの。
そうすると、不思議と緊張が力に変わるんだよ。……よかったら、淳平君もやってみて?」

その言葉に、淳平の胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。
流伽と話していると、不思議と力が湧いてくる。
彼女の言葉は、まるで心の奥にそっと灯る光のようだった。

「そうだ、明日の練習試合って何時から?」

「10時から。この青葉学園のグラウンドで。」

「私、お昼から部活なの。午前中は空いているから、応援に行ってもいい?」

「えっ……それは、構わないけど……僕、活躍できるかわからないよ。すぐ交代かもしれないし……」

「大丈夫。私、淳平君を応援する!」

その言葉に、淳平の胸がふわりと軽くなった。
流伽の笑顔は、どこまでもまっすぐで、温かかった。

「そうだ、ねぇ、淳平君……」

「どうしたの?何か悩んでそうだけど……お礼に僕も相談に乗るよ。」

流伽は一瞬、言葉を飲み込んだ。
巧にLINEを教えたこと、そしてその後、毎晩のように届く執拗なメッセージ。
本当は誰かに相談したかった。
けれど、今の淳平にそれを話すのは、あまりにも酷だと思った。

「ごめん、別になんでもない……」

そう言って、流伽は笑ってみせた。
けれど、その笑顔の奥にある揺らぎに、淳平は気づかずにいた。

そのとき――
屋上の隅、誰にも気づかれない場所から、ひとりの男子がふたりの様子をじっと見つめていた。

巧だった。

爪を噛みながら、じっと視線を注ぐ。

「……なんだ、あいつ。流伽とどういう関係なんだ?」

風に乗って聞こえた“練習試合”という言葉に、巧の目が鋭く光る。

「サッカー部の練習試合だと……?」

その瞬間、巧の中に黒い感情が芽生えた。
流伽が試合を見に行けないように――
彼は、静かに何かを企て始めるのだった。

******

「コーチ、お願いがあります。」

放課後のテニスコート。
男子部キャプテンの藤野巧が、真剣な表情でコーチに頭を下げていた。

「どうした、藤野。」

「明日の午前、男女合同で練習を入れたいんです。大会も近いですし、調整の意味でも……」

「ふむ、確かに時期的には悪くないな。よし、10時からにしよう。」

「ありがとうございます。」

巧は深く頭を下げた。
その表情には、どこか冷たい影が差していた。

(流伽……お前を、サッカー部の応援になんて行かせるもんか)

その心の声は、誰にも聞こえなかった。

夜。
流伽はお気に入りのパジャマに着替え、ベッドに横たわっていた。
部屋の明かりを落とし、カーテン越しに月明かりが差し込む。
静かな夜の中、彼女の心はざわめいていた。

(明日、淳平君……活躍できるといいな)

目を閉じても、浮かんでくるのは淳平の姿ばかりだった。
不安そうに笑っていた顔。
それでも「僕なら大丈夫だよ」と言った、あの笑顔。

(私、ちゃんと応援しなきゃ)

そのときだった。
「ピローン」
スマホが震えた。
画面を見ると、巧からのLINEが届いていた。

「まただ……」

ため息をつきながら、しぶしぶメッセージを開く。

“テニス部の大会も近いので、明日の午前10時より男女合同で練習を行います。
これは男子キャプテンの自分とコーチで決定したことです。急ですが、大会に向けて頑張りましょう。”

「……そんな」

思わず声が漏れた。
明日の午前中は空いているから、淳平の試合を応援に行けると思っていたのに。
その予定が、巧の一言で崩れてしまった。

(どうして今さら……)

胸の奥が、じんわりと痛んだ。
流伽はスマホを伏せ、ベッドから起き上がって窓辺に立った。

夜の空には、雲ひとつない満月が浮かんでいた。
その柔らかな光が、流伽の頬をそっと照らす。

(せめて……少しでも見られたらいいな)

そう願いながら、流伽は静かに目を閉じた。

その頃、淳平は軽めのランニングに出ていた。
明日の試合を前に、緊張と高揚が入り混じり、じっとしていられなかった。

(気分を変えよう)

そう思い、いつもとは違う道を選んで走っていた。
夜の住宅街は静かで、街灯の明かりがアスファルトに長い影を落としていた。

そのとき――

「あ、淳平君!」

ふいに聞こえた声に、足を止める。
見上げると、二階の窓から流伽が顔をのぞかせていた。
パジャマ姿のまま、頬をほんのり赤らめている。

「白石さん……」

「明日、応援行こうと思ってたんだけど……急に練習が入っちゃって……」

声は小さかったが、風に乗って淳平の耳に届いた。

「そっか。でも、大丈夫だよ。僕なら、やれると思う。」

そう言って、淳平はにこりと笑った。
その笑顔に、流伽の胸がじんわりと温かくなる。

「白石さんも、練習頑張ってね。」

「うん……ありがとう。」

ふたりの間に、言葉以上の想いが流れた。
そして、淳平は再び走り出した。
その背中を、流伽はしばらく見送っていた。

(たとえ応援に行けなくても……隣のグラウンドで試合してるんだもの。きっと、声は届く)

そう自分に言い聞かせながら、流伽はベッドに戻った。
月明かりの中、そっと目を閉じる。

一方、淳平もまた、帰宅後にシャワーを浴び、布団に入っていた。
明日の試合を思うと、胸が高鳴って眠れそうになかった。

(僕なら、乗り越えられる)

流伽が教えてくれた“自分を客観視する”という方法を、何度も心の中で繰り返す。
不安を力に変えるために。
誰かの期待に応えるために。
そして、自分自身のために。

そして、夜が明けた。

快晴の土曜日。
空はどこまでも青く、風は心地好く吹いていた。
まさに、試合日和だった。

「じゃあ、母さん、行ってくる!」

ユニフォームに袖を通し、玄関に立つ淳平の顔は、いつになく引き締まっていた。
その姿を見送る母・淳子は、少し驚いたように目を細めた。

(あの子も、少しずつ大人になっていくんだな……)

静かにそう思いながら、背中に「頑張ってね」と声をかけた。

淳平は振り返り、力強くうなずいた。
そして、グラウンドへと向かって走り出した。
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