未来への選択

するめ

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15.決着の瞬間、走り抜けた想い

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後半も終盤に差し掛かり、試合は完全に一進一退の攻防となっていた。
南中学が攻め込めば青葉学園の守備陣が跳ね返し、青葉学園が攻め込めば南中学の守備陣が立ちはだかる。
どちらも体力は限界に近いはずなのに、むしろ動きは鋭さを増し、集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。

観客席も同じだった。
誰もが立ち上がり、息を呑み、次の一瞬を見逃すまいと目を見開いていた。

その均衡を破るように、南中学が左サイドを深くえぐった。
鋭いクロスがゴール前へ放り込まれる。

ゴール前は密集地帯。
キーパーは飛び出したくても飛び出せない。
健太郎が必死に競り合うが、相手フォワードのパワーに押し負け、ヘディングシュートが放たれた。

ボールはキーパーの脇をすり抜け――

(まずい!)

間一髪、淳平がカバーリングに入り、体を投げ出すようにして大きくクリアした。

ボールはハーフウェイラインまで跳ね返り、前がかりだった南中学の守備陣は慌てて帰陣を始めた。

ボールはタッチラインを割りかけた。
だが、健太郎が全力で追いかけ、ラインぎりぎりで折り返す。

「助かった!」

南中学の選手たちは、蹴り返した方向には青葉の選手はいないと一瞬安堵した。

だが――
そこへ猛ダッシュで駆け上がってくる影があった。

淳平だった。

観客席からどよめきが起こる。

慌ててキーパーがペナルティエリアを飛び出す。
ボールは淳平とキーパーの中間地点に落ちた。

タイミングはほぼ同時。
ほんの数センチの差。

淳平は迷わず足の甲を振り抜き、キーパーの頭上を越えるループシュートを放った。

ボールは無人のゴールへ向かっていく。
南中学のディフェンス陣が必死に戻る。

観客席は静まり返った。
時計の針の音さえ聞こえそうなほどの静寂。

ボールは転々と転がり――
伸ばされたディフェンスのつま先をかすめて――

ゆっくりと、ゴールラインを越えた。

同時に、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

競技場は一瞬の静寂から解き放たれ、歓喜と涙が入り混じった大きな渦に包まれた。

淳平は涙を浮かべながら、真っ先に流伽を探した。
見つけた瞬間、満面の笑みがこぼれる。

流伽は胸が締めつけられるような痛みを覚えた。
喜びと、自分が何もできなかった悔しさが入り混じり、視線をそらして拳を握りしめる。
だが、再び淳平の笑顔を見ると、力が抜けていった。

(……よかった。ほんとうに……)

その場に立ち尽くしながら、胸の奥がじんわりと熱くなった。

優勝セレモニーが終わり、選手たちはそれぞれの想いを胸にロッカールームへ戻っていった。

「相沢、せんぱあぁぁぁい!」

恭介が涙でぐしゃぐしゃの顔で淳平に抱き付く。

「どう?先輩らしくできたかな?」

「もう、尊敬するっす!」

恭介の足は軽い捻挫で、1週間もすれば練習に復帰できると聞き、淳平は胸をなで下ろした。

「もう!心配かけて!」

美咲が泣きながら淳平の背中を思い切り叩く。

「実際、冷や汗もんだったぞ」

健太郎も、勝利の安堵で表情が緩んでいた。

監督が選手たちを見渡し、深くうなずく。

「みんな、よくやった!
10日後には都大会が始まる。明日はオフだ。ゆっくり休んで、週明けからまた練習再開だ!」

ロッカールームには歓喜の涙があふれ、仲間たちの笑顔が広がっていた。

試合後のロッカールームで着替えを終えた淳平は、スマホに届いた通知を確認した。
いくつかのメッセージの中に、ひとつだけ胸を締めつけるものがあった。

(外のベンチで待ってる)

その短い言葉を見た瞬間、淳平は息をのみ、競技場を飛び出した。

******

公園は休日の賑わいに満ちていた。
木漏れ日の下では子どもたちが走り回り、ボールが弧を描くたびに笑い声が弾ける。
芝生の上では家族連れがシートを広げ、楽しげな会話が風に溶けていく。
噴水の周りでは水しぶきが陽光を受けてきらめき、子どもたちの歓声が空へ舞い上がっていた。

遠くからは楽器の音色が流れ、青空の下、誰もが思い思いの時間を過ごしていた。

その賑わいの中――
噴水のそばで、ひとり静かに座る流伽の姿があった。

水音と子どもたちの声が混ざり合う中、彼女だけが別の時間にいるように見えた。
生い茂る緑に囲まれたベンチは、まるで彼女のためだけに用意された静かな避難所のようだった。

淳平は、そっとその横へ歩み寄った。

「足、大丈夫?」

流伽は顔を上げ、少しだけ微笑んだ。

「淳平君……うん。お医者さんが大丈夫だって」

「よかった……」

安堵の息が漏れる。

「私がいなくて絶不調だったって……美咲さんに聞いた」

(美咲……余計なことを……)

「まぁ……確かに、いつもより足が重かったかも」

「遅くなって、ごめんね」

淳平は首を横に振った。
責める気持ちなんて、ひとつもなかった。

「白石さんの試合は……どうだったの?」

流伽は少しだけ視線を落とし、静かに答えた。

「この怪我が原因で……負けちゃった。
正確には……棄権、かな」

「そ、そうなんだ……残念だったね……」

淳平は慎重に言葉を選んだ。
彼女の心に触れないように、でも寄り添えるように。

ふたりの間に、静かな沈黙が落ちた。

その沈黙の中で、淳平は気づいた。
流伽の肩が、かすかに震えている。

「うっ……うぅ……」

押し殺した声が漏れ、次の瞬間――
大粒の涙が頬を伝って落ちた。

「く、悔しい……よ……」

その言葉は、胸の奥を刺すように響いた。

横顔には、悔しさと涙の色が混ざり合っていた。
肩が震えるたびに、淳平の胸も締めつけられる。

でも――
彼は何も言わなかった。

慰めの言葉が正しいのか、わからなかった。
励ますことが彼女を傷つけるかもしれない。
だからただ、隣に座り続けた。

涙が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静けさの中で、
淳平は流伽の息遣いを感じながら、自分の無力さを噛みしめていた。

言葉ではなく、ただ隣にいること。
それだけが、今の自分にできるすべてだった。

流伽は、頬を伝った涙を指先でそっとぬぐった。
その動きはゆっくりで、まるで自分の心の奥に触れるようだった。

深く息を吸い込み、静かに吐き出す。
その一呼吸のあいだに、さっきまで震えていた肩がすっと落ち着きを取り戻していく。

濡れた瞳にはまだ赤みが残っていた。
けれど、その奥には――
負けた悔しさを抱えながらも、前を向こうとする強い光が宿っていた。

背筋を小さく伸ばす仕草は、
「もう大丈夫」
と自分に言い聞かせるようでもあり、
ひとつの壁を越えた証のようでもあった。

涙の跡が残る横顔は、儚さと強さが同時に存在していて、
そのアンバランスが、逆に彼女の美しさを際立たせていた。

やがて、流伽は小さく笑った。
その笑みはまだ少し震えていたけれど、確かに前へ進もうとする意思があった。

「ごめん。涙は見せたくなかったんだけど……
淳平君の前だと、自然に……」

その言葉は、弱さの告白ではなく、信頼の証だった。

淳平は、そっと微笑んだ。
彼の声は、雨上がりの空に差し込む光のように柔らかく、温かかった。

「大丈夫」

ただその一言。
けれど、その一言に込められた優しさが、流伽の胸に静かに染み込んでいった。

ふたりの間に流れる空気は、もうさっきまでの沈黙とは違っていた。
涙のあとに残ったのは、痛みではなく、確かな絆の温度だった。

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