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16.試合翌朝、静けさの中で
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激闘の翌朝。
目を覚ました瞬間、全身に残る重だるさがじんわりと広がった。
筋肉のひとつひとつが、昨日の試合をまだ覚えているように軋んでいる。
窓から差し込む朝日は柔らかく、部屋の空気を優しく照らしていた。
昨日の熱気が嘘のように、世界は静かで穏やかだった。
外からは鳥のさえずりが聞こえ、まるで「お疲れさま」と囁くように心地好い。
ゆっくりと体を起こすたびに、筋肉が小さく悲鳴を上げる。
それでも、胸の奥には清々しい誇りがあった。
あの試合を乗り越えた自分が、少しだけ誇らしい。
キッチンでは、母・淳子が朝食の食器を片付けていた。
食器が触れ合う軽い音が、家の朝を告げている。
「朝ごはん食べる?」
「ありがとう、母さん」
そのやり取りはいつも通りなのに、どこか昨日の余韻が混ざっていた。
リビングのソファーでは、姉の里穂がテレビを見ながら声をかけてきた。
「ぺーって、サッカー上手いんだね」
「え?来てたの?」
里穂は青葉学園高等部2年。
淳平より2歳上の姉だ。
どうやら淳子と一緒に試合を観に来ていたらしい。
「ねぇ、あの可愛い子、だれ?」
「え?誰のことかなぁ?」
淳平は耳まで真っ赤になり、とぼけるしかなかった。
「ぺーに手でボール渡してくれた子、いたじゃん」
「あぁ――白石さんね……」
「ペーの彼女?」
その瞬間、淳平は淳子が入れてくれたコーヒーを盛大に噴き出した。
「そんなわけないでしょ!……ごちそうさま」
顔を真っ赤にしたまま、淳平はそそくさと部屋へ戻っていった。
******
翌朝。
校舎に足を踏み入れた瞬間、淳平はいつもと違う空気を感じていた。
廊下を歩くたび、女子生徒たちの視線がふと自分に吸い寄せられる。
名前をひそひそと呼び合う声、何気ないふりをしながらこちらを窺う瞳。
そのどれもが、昨日までの自分とは違う“何か”を突きつけてくる。
「相沢って、よく見るとイケメンじゃない?」
「相沢先輩……カッコいい……」
「彼女って、いるのかな?」
すれ違いざまに聞こえる声。
目が合った瞬間にそらされる視線。
その一つひとつが胸に引っかかり、まるで自分が急に“透明ではなくなった”ような感覚に戸惑いを覚える。
放課後の練習場。
いつの間にか、フェンスの向こうに女子生徒たちの小さな集団ができていた。
遠くから向けられる熱っぽい視線。
ボールを蹴るたびに上がる小さな歓声。
風に乗って届く、自分の名前を呼ぶような声。
集中しようと前を向くほど、背中に突き刺さる視線の熱が強くなる。
仲間たちの笑い声が遠くで響く中、自分が少しだけ“特別な存在”になったような、不思議な高揚感が胸を満たしていく。
「おいおい、また増えてるぞ、あの子たち」
隣から聞こえた茶化す声に、淳平は思わず足を止めた。
振り向けば、健太郎がニヤリと笑いながら女子生徒たちを指差している。
「すっかり人気者だな。サイン頼まれるのも時間の問題じゃないか?」
軽口を叩きながらも、どこか楽しそうな目つき。
淳平は顔をしかめてみせるが、耳のあたりが熱くなるのを自覚していた。
「集中しようよ」
そっけなく返したものの、視線が気になって仕方ない自分に気づき、余計に意識をそらしたくなる。
少し離れた場所。
テニス部の練習帰りの流伽は、その光景をじっと見つめていた。
女子生徒たちが楽しそうに笑い、淳平に向ける熱い視線。
そのすべてが、胸の奥にじわじわと刺さるような痛みを残す。
「気にしすぎじゃない?」
隣の由香里が軽く肩をつつく。
「べ、別に……気にしてないし」
そう言いながら俯くが、、気づけばまた淳平の背中を目で追ってしまう。
昨日の試合で見せた堂々とした姿。
仲間に囲まれて笑う横顔。
そのすべてが眩しくて、誇らしくて――
でも、どこか遠い存在に感じられてしまうのが悔しかった。
握りしめた拳に力がこもる。
視線をそらそうとしても、胸のざわつきは簡単には消えてくれなかった。
「今日は終了! お疲れ様!」
健太郎の声がグラウンドに響き、練習が締めくくられた。
「もう無理……」
淳平は小さく呟き、ベンチに倒れ込むように腰を下ろした。
体力的な疲れよりも、精神的な疲労の方が圧倒的に勝っていた。
ボールを追うたびに上がる歓声。
休憩のたびに感じる、女子生徒たちの熱い視線。
さらには勇気を振り絞って駆け寄ってくる「かっこよかったです!」の声。
笑顔で返しながらも、内心ではどっと疲れが押し寄せていた。
まるで自分がアイドルにでもなったかのような状況に、心地よい疲労とは違う“クタクタ感”が全身を包んでいた。
そんな淳平の前に、別メニュー調整を終えた恭介が近づいてきた。
「いやぁ、相沢先輩の人気、すごかったっすね。俺もモテたいっす!」
いたずらっぽく笑いながら、さらに続ける。
「俺、軽くランニングしてる時、女神さまの横通りましたけど……先輩のこと、睨んでいましたよ」
「……え?」
恭介の言葉に、淳平の胸がざわつく。
(誤解だって……そんなわけ……)
そう思いながらも、心のどこかが落ち着かないままだった。
練習場を後にし、テニス部の部室前を通りかかったとき、
「相沢……」
低く鋭い声に振り向くと、そこには藤野巧が立っていた。
「都大会進出が決まったようだな。
そんなチヤホヤされて……俺に勝てるのか?」
挑発的な笑みを浮かべる巧。
「藤野だって、チヤホヤされてるじゃないか」
「俺はな、一過性のお前と違って……昔からモテるんだよ」
(なんだよ、自慢かよ……)
淳平は心の中で毒づいた。
巧は一歩近づき、低い声で言い放つ。
「いいか。俺が流伽を全国に連れていく。
お前はさっさと負けちまえ」
「僕が……サッカーで連れていくんだ」
淳平も負けじと睨み返す。
「ふん。どうだかな。
仲良しこよしでいけるほど、全国は甘くねぇよ」
ふたりの視線がぶつかり合う。
その奥には、ただのライバル心ではない、もっと深い感情が渦巻いていた。
流伽を巡る想い。
譲れない気持ち。
胸の奥に燃え上がる熱。
(他の誰にも……渡さない)
言葉にはしない。
けれど、その決意は視線に宿り、巧へとまっすぐ突き刺さった。
巧もまた、同じ熱を宿した目で淳平を見返していた。
目を覚ました瞬間、全身に残る重だるさがじんわりと広がった。
筋肉のひとつひとつが、昨日の試合をまだ覚えているように軋んでいる。
窓から差し込む朝日は柔らかく、部屋の空気を優しく照らしていた。
昨日の熱気が嘘のように、世界は静かで穏やかだった。
外からは鳥のさえずりが聞こえ、まるで「お疲れさま」と囁くように心地好い。
ゆっくりと体を起こすたびに、筋肉が小さく悲鳴を上げる。
それでも、胸の奥には清々しい誇りがあった。
あの試合を乗り越えた自分が、少しだけ誇らしい。
キッチンでは、母・淳子が朝食の食器を片付けていた。
食器が触れ合う軽い音が、家の朝を告げている。
「朝ごはん食べる?」
「ありがとう、母さん」
そのやり取りはいつも通りなのに、どこか昨日の余韻が混ざっていた。
リビングのソファーでは、姉の里穂がテレビを見ながら声をかけてきた。
「ぺーって、サッカー上手いんだね」
「え?来てたの?」
里穂は青葉学園高等部2年。
淳平より2歳上の姉だ。
どうやら淳子と一緒に試合を観に来ていたらしい。
「ねぇ、あの可愛い子、だれ?」
「え?誰のことかなぁ?」
淳平は耳まで真っ赤になり、とぼけるしかなかった。
「ぺーに手でボール渡してくれた子、いたじゃん」
「あぁ――白石さんね……」
「ペーの彼女?」
その瞬間、淳平は淳子が入れてくれたコーヒーを盛大に噴き出した。
「そんなわけないでしょ!……ごちそうさま」
顔を真っ赤にしたまま、淳平はそそくさと部屋へ戻っていった。
******
翌朝。
校舎に足を踏み入れた瞬間、淳平はいつもと違う空気を感じていた。
廊下を歩くたび、女子生徒たちの視線がふと自分に吸い寄せられる。
名前をひそひそと呼び合う声、何気ないふりをしながらこちらを窺う瞳。
そのどれもが、昨日までの自分とは違う“何か”を突きつけてくる。
「相沢って、よく見るとイケメンじゃない?」
「相沢先輩……カッコいい……」
「彼女って、いるのかな?」
すれ違いざまに聞こえる声。
目が合った瞬間にそらされる視線。
その一つひとつが胸に引っかかり、まるで自分が急に“透明ではなくなった”ような感覚に戸惑いを覚える。
放課後の練習場。
いつの間にか、フェンスの向こうに女子生徒たちの小さな集団ができていた。
遠くから向けられる熱っぽい視線。
ボールを蹴るたびに上がる小さな歓声。
風に乗って届く、自分の名前を呼ぶような声。
集中しようと前を向くほど、背中に突き刺さる視線の熱が強くなる。
仲間たちの笑い声が遠くで響く中、自分が少しだけ“特別な存在”になったような、不思議な高揚感が胸を満たしていく。
「おいおい、また増えてるぞ、あの子たち」
隣から聞こえた茶化す声に、淳平は思わず足を止めた。
振り向けば、健太郎がニヤリと笑いながら女子生徒たちを指差している。
「すっかり人気者だな。サイン頼まれるのも時間の問題じゃないか?」
軽口を叩きながらも、どこか楽しそうな目つき。
淳平は顔をしかめてみせるが、耳のあたりが熱くなるのを自覚していた。
「集中しようよ」
そっけなく返したものの、視線が気になって仕方ない自分に気づき、余計に意識をそらしたくなる。
少し離れた場所。
テニス部の練習帰りの流伽は、その光景をじっと見つめていた。
女子生徒たちが楽しそうに笑い、淳平に向ける熱い視線。
そのすべてが、胸の奥にじわじわと刺さるような痛みを残す。
「気にしすぎじゃない?」
隣の由香里が軽く肩をつつく。
「べ、別に……気にしてないし」
そう言いながら俯くが、、気づけばまた淳平の背中を目で追ってしまう。
昨日の試合で見せた堂々とした姿。
仲間に囲まれて笑う横顔。
そのすべてが眩しくて、誇らしくて――
でも、どこか遠い存在に感じられてしまうのが悔しかった。
握りしめた拳に力がこもる。
視線をそらそうとしても、胸のざわつきは簡単には消えてくれなかった。
「今日は終了! お疲れ様!」
健太郎の声がグラウンドに響き、練習が締めくくられた。
「もう無理……」
淳平は小さく呟き、ベンチに倒れ込むように腰を下ろした。
体力的な疲れよりも、精神的な疲労の方が圧倒的に勝っていた。
ボールを追うたびに上がる歓声。
休憩のたびに感じる、女子生徒たちの熱い視線。
さらには勇気を振り絞って駆け寄ってくる「かっこよかったです!」の声。
笑顔で返しながらも、内心ではどっと疲れが押し寄せていた。
まるで自分がアイドルにでもなったかのような状況に、心地よい疲労とは違う“クタクタ感”が全身を包んでいた。
そんな淳平の前に、別メニュー調整を終えた恭介が近づいてきた。
「いやぁ、相沢先輩の人気、すごかったっすね。俺もモテたいっす!」
いたずらっぽく笑いながら、さらに続ける。
「俺、軽くランニングしてる時、女神さまの横通りましたけど……先輩のこと、睨んでいましたよ」
「……え?」
恭介の言葉に、淳平の胸がざわつく。
(誤解だって……そんなわけ……)
そう思いながらも、心のどこかが落ち着かないままだった。
練習場を後にし、テニス部の部室前を通りかかったとき、
「相沢……」
低く鋭い声に振り向くと、そこには藤野巧が立っていた。
「都大会進出が決まったようだな。
そんなチヤホヤされて……俺に勝てるのか?」
挑発的な笑みを浮かべる巧。
「藤野だって、チヤホヤされてるじゃないか」
「俺はな、一過性のお前と違って……昔からモテるんだよ」
(なんだよ、自慢かよ……)
淳平は心の中で毒づいた。
巧は一歩近づき、低い声で言い放つ。
「いいか。俺が流伽を全国に連れていく。
お前はさっさと負けちまえ」
「僕が……サッカーで連れていくんだ」
淳平も負けじと睨み返す。
「ふん。どうだかな。
仲良しこよしでいけるほど、全国は甘くねぇよ」
ふたりの視線がぶつかり合う。
その奥には、ただのライバル心ではない、もっと深い感情が渦巻いていた。
流伽を巡る想い。
譲れない気持ち。
胸の奥に燃え上がる熱。
(他の誰にも……渡さない)
言葉にはしない。
けれど、その決意は視線に宿り、巧へとまっすぐ突き刺さった。
巧もまた、同じ熱を宿した目で淳平を見返していた。
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