未来への選択

するめ

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40.夕映えの告白、ふたりの記憶が重なるとき

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休日の水族館は、
夏の穏やかな陽気に包まれ、
家族連れやカップルたちの笑い声があふれていた。

入り口の前で待ち合わせたのは、
淳平、流伽、健太郎、美咲の四人。

少し緊張した面持ちの淳平と流伽に対し、
美咲はどこかはしゃいだ様子で、
明るく提案を口にした。

「それじゃあ、ここからは二組に分かれて行動ね!
流伽たちは、あっちのエリア行く?」

その言葉に、流伽は一瞬戸惑いながらも、
そっと淳平を見上げた。

「じゃあ、向こう見に行こっか」

淳平が軽く手を上げて応じると、
流伽は「うん」と小さく頷き、
二人でゆっくりと歩き出した。

水族館の中は、
青い光に包まれた幻想的な空間だった。

大きな水槽の中を、
魚たちが自由に泳ぎ回り、
まるで別世界に迷い込んだような気持ちになる。

流伽は、
大きなマンタが優雅に泳ぐ姿に目を輝かせた。

「ねぇ、淳平君! 見て! すごく大きい!」

水槽を指差す流伽の声に、
淳平は微笑みながら隣に立つ。

「確かに。けど……こいつより、流伽の方が目立ってるかもな」

ふいにこぼれたその言葉に、
流伽は一瞬、目を見開き、
頬をほんのりと染めた。

「……な、なにそれ……」

目を泳がせながらも、
どこか嬉しそうに笑う流伽。

サンゴゾーンに入ると、
色とりどりの熱帯魚と、
ライトに照らされたサンゴが広がっていた。

「見て、あの魚すごくカラフル!」

流伽がガラス越しに指をさすと、
小さな魚がサンゴの間をすいすいと泳いでいく。

「ほんとうだ、派手だね……」

「ほら、あのサンゴ。すごく綺麗じゃない?」

ピンクや紫に輝くサンゴを指差す流伽。

「確かに綺麗だな……」

そう言いながら、
淳平はしばらくその光景を見つめたあと、
小さくつぶやいた。

(……流伽の方が綺麗、だよ)

「え? なに?」

流伽が驚いたように振り返る。

けれど、淳平は視線を水槽に向けたまま、
ただ静かに微笑んでいた。

一方、美咲と健太郎は、
クラゲがゆらゆらと漂う展示エリアで足を止めていた。

「クラゲって、なんか不思議だよね。
ふわふわして、どこに行こうとしてるのか分からない」

美咲がつぶやくと、
健太郎は真剣な表情でクラゲを見つめたまま答える。

「確かにな。でも、見てると落ち着くなぁ。
なんか、美咲みたい」

「え、それってどういう意味?
適当に流されてるとかじゃないよね?」

冗談めかして返す美咲の声には、
どこか照れ隠しのような笑みが混じっていた。

健太郎は肩をすくめながら、
「まぁ、いい意味で」とだけ答えた。

ふたりの間に流れる空気は、
クラゲのようにゆっくりと、やわらかく揺れていた。

それぞれの時間を過ごしたあと、
四人はペンギンエリアで再び合流した。

水の中をすいすいと泳ぐペンギンたちの姿に、
自然と笑顔がこぼれる。

「ねぇ、せっかくだから、みんなで写真撮ろうよ!」

美咲がスマホを取り出し、
四人を並ばせる。

流伽は少し恥ずかしそうにしながらも、
カメラの前でそっと微笑んだ。

シャッターの音が響く。

青い光に包まれた水族館の中で、
四人の笑顔が一枚の写真に収められた。

その写真は、
この夏の、かけがえのない一瞬を
そっと閉じ込めていた。

******

水族館の入り口から差し込む夕陽が、
ガラス越しに柔らかなオレンジ色の光を落としていた。

大きな水槽の中を泳いでいた魚たちの姿は、
もう見えなくなっていたけれど、
その光景は、記憶の中で鮮やかに揺れていた。

「楽しかったね!」

美咲が笑顔で言うと、
その声は夕方の涼しい風に乗って、軽やかに弾んだ。

出口を抜けると、
目の前には水族館のシンボルが描かれた噴水広場が広がっていた。

水しぶきがきらめき、
小さな子どもたちが笑いながら駆け回っている。

淳平と流伽は、
健太郎と美咲から少し距離をとって歩いていた。

そのときだった。

流伽の視線が、
少し先にいる親子連れに吸い寄せられた。

おそろいのキャップをかぶった小さな女の子が、
父親の手を引きながら、
母親に楽しそうに話しかけている。

「流伽、どうしたの?」

隣で淳平が声をかけたが、
流伽はすぐには答えなかった。

ただ、親子の姿を目で追いながら、
その場に立ち止まった。

ふいに、幼い日の記憶が蘇る。

あの頃、自分もあの子のように、
父と母と手をつないで歩いていた。

水族館に来た記憶。
小さな手を包んでくれた父の大きな手。
母の笑顔。
父の背中。

それらが、心の奥から静かに浮かび上がってくる。

「私、淳平君のこと……
あの助けられた日よりも、もっと前から知ってたんだよ」

流伽がぽつりと口を開いた。

淳平は、少し驚いたように笑いながら答える。

「朝礼台……だよね……?」

「ううん、もっと前から……」

流伽は、父を亡くした日のことを語り始めた。

「わたし、すごく寂しくて……
毎日、幼稚園で泣いてたんだ」

「でもね、ずっとそばにいてくれた男の子がいて……
私の頭を、何度も何度も撫でてくれたの」

淳平は、ふと目を細めて頷いた。

「あ……うん……覚えてるかも」

流伽の瞳には、涙がにじんでいた。

「その頃からだよ……
わたし、淳平君のこと……」

言いかけた言葉を、
流伽はそっと飲み込んだ。

その続きを、
淳平の口から聞きたかった。

「中一のときに助けてくれたこと……
あれって、運命だって思えたの」

ここまで言われて、
何も言わずにいるわけにはいかなかった。

淳平は、心の奥で決意を固めた。

(大丈夫。ちゃんと練習してきた)

「流伽!」

その声に、流伽が顔を上げる。

「す、好きです。流伽のことが好きだ」

言葉はシンプルだった。
けれど、真剣なまなざしが、
その想いのすべてを物語っていた。

流伽は、涙を浮かべながら、
迷うことなく淳平に抱きついた。

淳平も、そっと両腕を流伽の背中に回す。

「嬉しい……」

流伽の大粒の涙が、
頬を伝って何度もこぼれ落ちる。

ふたりは見つめ合い、
言葉を交わす。

「待たせて、ごめん……」

「待たせすぎだよ……」

そう言って、
流伽はもう一度、淳平の胸に顔を埋めた。

少し離れた場所で、
その様子を見ていた健太郎と美咲。

ふたりの手が、
パチンと軽やかな音を立てて触れ合う。

「やっと、だね」

「うん」

微笑み合うふたりの間に、
言葉はいらなかった。

照れくさそうに駆け寄ってきた淳平と流伽。

その手は、しっかりと握られていた。

言葉よりも確かに、
その手が、ふたりの想いを伝えていた。
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