金蘭大夜総会 GoldenOrchidClub

ましら佳

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6.夢見る小休止

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 そこまで一気に喋ると、怜月は冷めた紅茶で口を潤した。
桜はじっと次の言葉を待っていたが、どうやらこれで本日分はおしまいらしい。
「・・・・おばあちゃん」
「はい、なんですか、桜子ちゃん」
まるで学校の先生のようだと思った。
「聞きたいことがあります」
「はい、質問ですね。・・・どうぞ」
ちょっとまた片言の発音になるのがおかしかった。
過去の話をするときはあんなの饒舌じょうぜつなのに。
「私のお母さんのパパは?」
「ああ、その話はこれからですね」
「おばあちゃんの子供の頃って、戦争が終わった頃でしょう?教科書やテレビで見るよりずっと贅沢というか・・・」
話の中には、毛皮とか、宝石とか、高価な陶磁器とか、チョコレートとか、ルイ・ヴィトンとか、フランス料理とか。
まるで今のセレブのような生活ではないか。
「物がなくて困っていた時代なんでしょう?」
怜月は、ふむ、と腕を組んだ。
「・・・戦争が終わって十年もすればいろんなものが手に入りましたよ。ママが言うには戦争中から、暁子がいろいろ持ってきてくれたらしいです。女優さんは舞台に立ちますから、すてきな服やアクセサリーが必要でしょう?さすがに当時はお化粧品やお衣装に苦労したらしいんです。でも、暁子がどうやってかいつも用意してきたって。もちろん買うんですけどね」
あれもそうなのよ。と、寝室の大きな鏡台を指差す。
「・・・ああ。もうこんな時間」
二時間近く話していたのか。
「・・・お腹すきましたね。厨房レストランからお食事を運んで貰いますか」
桜は買い物袋を見せた。
「おばあちゃん、おうどんは好きですか」
「おうどん・・・。ああ、烏冬ウードンですか!懐かしいです、若い時よく食べました」
ぱっと子供のように顔が輝く。
「スーパーを覗いたら、うどんがあって。どうしても食べたくなって買ってきたの。一緒に食べましょう」
「でもマリアは今日お休みなのよ・・・」
今までに見たこともない残念そうな顔。
「大丈夫!私、うどんくらい作れます。それについこの間、調理実習で鍋焼きうどん作ったんですよ」
「・・・日本の学校はすごいですね。紅茶の入れ方からうどんの作り方まで教えるんですか・・・」
桜はキッチンに向かった。
当然のように怜月もついてきて、小さな子供のようにダイニングの椅子に座って桜の様子を見ていた。
多分用途は違うのだろうけれど、土鍋を見つけた。
おうどんが煮えるまで、と簡単に作った卵焼きに怜月は歓声をあげた。
「卵焼きですね!」
「お好きですか」
「久しぶりです。・・・甘い。甘い卵焼きは初めて。お菓子みたいです」
「うち、お母さんの卵焼きがプリンみたいにすごく甘いんです」
怜月はびっくりして目を丸くした。
「あの子、お料理なんてするんですか」
「しますよ。とっても上手なの。近所のカルチャーセンターでたまに教えてるんですよ。和食」
「え?香港のお料理ではなくて?」
「それが。公民館の人も、お母さんが香港から来たお嫁さんだと期待して中華料理講座をして欲しくて声をかけたらしいんですけど。ちっとも作れないんです。でも、若い時に和食のお料理教室に通ってたらしくて。それで」
どうやら中国から来たお嫁さんということで、公民館の婦人会の料理教室の集会で、何かおいしいものを作れるに違いないと期待された母。
「奥さん、肉まん作れないの?」
「作れません」
「じゃ、エビチリは?」
「無理です」
「じゃ、普段何食べてんの?」
「クリームシチューとか。・・・あ、でも餃子なら東京の料理学校クッキングスクールで習ったから作れます」
「そんなのあたしらだって作れるわよ」
田舎のおばちゃん同士でそんな漫才のようなことを言っていたっけ。
そのうち、講座の参加者のおばちゃんのほうがお母さんに春巻とか教えてくれた。
「すごいの、桜ちゃん、春巻よ!!昔食べてた味に近い!」と母は大喜びしていた。
怜月は感心したようにため息をついた。
「・・・・あの子、ちゃんとやっているのねえ・・・。桜子ちゃんは、いじめられたりしませんでしたか?どこの国でも外国人は苦労するものです」
桜子は土鍋の様子を見ながら首を傾げた。
「うーん。それが。普通で」
「ふつう・・・」
「私、見た目が別に変わらないし。中国語も広東語も話せないし。それこそ肉まんすら作れないし」
ハーフやクォーターとしての存在価値が周囲に認められなかったせいか、逆に悪目立ちもせず、周囲に埋没しているというか。
「だから友達からも扱いが普通ですよ。ハーフとか外国人の友達もいないけど。毎日買い食いしたり、おしゃべりしたりする友達はいますし」
ああ、皆、元気だろうか。
友達の話をしたら、なんだか一気に懐かしくなってしまった。
毎日友達に会いに学校に行っていたようなものだもの。
母は、父は。飼い猫は今どうしているか。
近所に住んでいる親戚の足の悪いおばあちゃんとおばちゃんは大丈夫だろうか。
よかった、と怜月は頬笑んだ。
「日本人の言う、普通のレベルやスキルの高さは、とっても高いので、普通は、限りなくベターということです。本当に良かったわ」
感慨深げに怜月は何度も良かった良かったと繰り返した。
それから二人で、鍋焼きうどんを食べた。
スーパーで見つけた、さつま揚げのようなものやてんぷらのようなものは、想像の斜め上を行く味付けだったけれど、麺つゆの威力は絶大で、ちゃんとした和風の味付けになっていた。
「ああ。日本では生の卵が食べれますね。・・・ごはんに卵とお醤油入れたのが大好きでした」
怜月は半熟になった卵を大事そうに割った。
生物なまものは一切食べ慣れず、卵はよく加熱しないと感染症で死ぬと信じているママが怒るので、よく台所に忍び込んでメイドに頼んで食べていたのだと笑った。
「ああ。おいしい・・・」
二人でうどん三玉、全部食べきってしまった。
「おばあちゃん、お茶・・・」
食後のお茶を持ってきた桜はカップをテーブルにそっと置いた。
たくさん話して疲れたのだろうか、食べて体が温まったのか、寝てしまっていた。
寝室から、ブランケットを引っ張って来ると祖母の華奢な体にかけた。
また、明日、聞かせてもらおう。
付けっぱなしのテレビからは、広東オペラが流れていた。
演者は熱帯魚のようにくるくると舞い、不思議な節回しで歌う彼らは桜にとっては全く現実感のない存在で。
あんなことしてたのがひいおばあちゃんだったとは全くの驚きだ。
母は知っていたのだろうか。
勿論。面識だってあったはずだ。
なんにしても、また明日ね。
桜は小さく言うと、テレビの電源を落とした。
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