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⌘1章 雲母の水底 《きららのみなぞこ》
10.アクアリウム
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春北斗と銀星太子が、わずかに歩けるようになった頃。
宮廷は変化の時を迎えていた。
女皇帝と総家令が、議会に元老院以外のギルドの人員も参入させると言い出したのだ。
王族と限られた貴族でのみの政治を、民間にも落とし込むなど不遜と元老院は当然不服を申し立てたが、今や宮廷で権勢を振るう五位鷺はどこ吹く風。
「総家令は陛下の寵愛を嵩にどころか、丸め込んで、自分の妻の一派を宮廷に引き込むつもりだ」
「あの男、ギルドからどれ程多額の融通を受けたのか。総家令が私費で大聖堂を建設して陛下にプレゼントするらしいではないか。おかげで聖堂の坊主共もすっかり総家令になびきよった」
五位鷺が大聖堂を建設させる計画等もあり宮廷は賑やかだ。
尾白鷲が先導して、黒北風と春北風を皇帝の執務室に案内した。
「あら、これ。何の香りかしら」
部屋に入った瞬間にすうっと清涼感のある香りが鼻腔をかすめて双子の姉妹が周囲を見渡した。
「ユーカリの木だそうです、お母様方。雪が、私の為にって壁材を変えてくれましたのよ。私、喘息持ちなものですから」
現れた女皇帝に、棕梠家の双子は微笑んで礼をした。
お母様方と言うのはおかしいが、この女皇帝はやはりウチの娘と結婚したつもりなんだわ、と双子は不安と同じだけのおかしさが込み上げた。
女皇帝は、誇らしげに鈴蘭の小花模様の壁を示した。
「壁を剥がすのって大変なんですね、大きな機械で全部壁を砕いてその上にこのいい香りの木と綺麗な壁壁を貼ってくれたんです」
久しぶりに喘息の発作が起きてなかなか治らずにいたのだが、残雪が「前から思っていたんだけど、部屋が黴臭い」と言い出して蛍石の執務室と私室の壁紙を剥がしてみたら、一面に黴が生えて傷みもあった。
これでは喘息にもなるはずだ。
残雪は壁材と壁紙を調達し、自分でさっさと施工してしまった。
「・・・陛下。ご機嫌いかがでしょうか。この度は、お時間賜りまして感謝申し上げます」
「・・・まあ、お母様、そんなこと!」
どこか芝居ががった様子で女皇帝は言った。
五位鷺が少し呆れた様子で女皇帝を座らせた。
「・・・すみませんね、ちょっと陛下は興奮されていまして。貴女方にお会いできるのが嬉しいんです」
「なんてありがたいお言葉でしょう」
女皇帝と夫に娘は愛されているのだろうとほっとした。
本当のところを知られたらきっと大多数の人間には理解されないだろうが、彼ら三人はうまくやっているようだ。
「陛下、まずは我々に官位を賜り登城お許しくださいました事と、ギルドの長きのお願い事を叶えてくださってありがとう存じます」
ギルドの人間も議会に参入するのはギルド全体の悲願でもあった。
ギルド議員として数人、先に官位を賜っていた。
官位。宮城ではそれが全て。
「それが健全な事ですもの。それでもまだ足りないくらい」
「ギルド議員候補の名簿は残雪から渡されて目を通しましたが、賢明な人選だと思います。決定でよろしいでしょう」
蛍石と五位鷺が頷いた。
「良ろしゅうございました。あの名簿の叩き台は残雪が出したものです。ギルドの会合の際に、皆さんとお話して決めたんですもの」
「ギルドの子供達は大抵顔見知りですしね。その親達ともそう悪い関係ではないですから」
だから色々と融通が効く。
「・・・まあ、そうでしたか」
残雪が、実家やギルドの会合にと度々出かけて行くのを心配していたのだ。
彼女があれこれと動いていたのか、と蛍石も五位鷺も驚いた。
以前、貴方達を大切にすると、彼女は確かにそう言った。
彼女の行動の根拠がそれならば、なんと嬉しい事。
蛍石と五位鷺はそっと微笑んだ。
「・・・なら、尚、お聞きしなくちゃ」
蛍石は少し身を乗り出した。
「お母様方、ギルドはパーティのようなものはおあり?」
「パーティー?催事ですと、新年会と納涼会はありますねぇ」
「それは何をする催しでしょう?夜会の、舞踏会ですか?」
「いえ、そんな宮廷のような優雅な事はありませんよ。子供連れが多いものですから、内容の実は、餅つき大会と夏祭りで。夏は盆踊りと花火大会なんです」
「まあ、なんだか楽しそう。・・・なら良かった!」
何の話?と双子は不思議そうだ。
「陛下は、残雪がギルド方の社交の場で、新たな出会いでもあったら大変だと心配してらっしゃるわけです」
五位鷺が苦笑した。
その後、棕櫚家の双子は娘と孫と太子、それからやはり双子の家令達としばしの交流を楽しんだ。
棕櫚家の双子の姉妹は、帰り際に宮廷を振り返った。
思わぬ事ばかりで、娘は総家令の妻となり女皇帝の恋人となった。
黒北風はギルド長となり、春北風と共に議会に席を与えられる事になる。
黒北風の夫は近くギルド議長に就任する事になるだろう。
仮にも自分達がギルドという組織の一員である事実がある以上、こうなっては、全ての変化を受け入れるしかない。
そうでなければ、自分達はあの娘もまだ小さな孫娘も守る事は出来ない。
何かに所属し活動すると言うのは、他の組織から攻撃されない為、守られるためという事。
ギルドの人間には、娘が総家令の妻になった事を妬む者も、蔑む者もいた。
これはギルドにとってうまく利用せねば、とはっきり言った銀行家もいた。
けれど、あまりにも大きな影響力はどうしようもなく辛いこともあるだろう、あなた方がその中からもどうか幸福を見つけられますようにと餞の言葉をかけてくれたのは、長くギルドを導いて来た縞野家の恩師であった。
本来、ギルドと言うのはただの商工会や経済界の集まりではない。
その礎は相互助組織、精神的集合体でもある。
まだ少女の頃に両親に連れられて宮城を訪れた時はこんな未来等、予想も願いもしなかった。
あの時、自分達は宮廷の感想をなんと思ったのだったか。
ああ、そうだ。
お城って水族館の水槽みたいね。
大きなガラスの箱があって、その中できれいな魚や不思議な生き物、不気味な何かが潜んでいそうで。
ああ、娘の幸せな行く末を、願ってやまない。
宮廷は変化の時を迎えていた。
女皇帝と総家令が、議会に元老院以外のギルドの人員も参入させると言い出したのだ。
王族と限られた貴族でのみの政治を、民間にも落とし込むなど不遜と元老院は当然不服を申し立てたが、今や宮廷で権勢を振るう五位鷺はどこ吹く風。
「総家令は陛下の寵愛を嵩にどころか、丸め込んで、自分の妻の一派を宮廷に引き込むつもりだ」
「あの男、ギルドからどれ程多額の融通を受けたのか。総家令が私費で大聖堂を建設して陛下にプレゼントするらしいではないか。おかげで聖堂の坊主共もすっかり総家令になびきよった」
五位鷺が大聖堂を建設させる計画等もあり宮廷は賑やかだ。
尾白鷲が先導して、黒北風と春北風を皇帝の執務室に案内した。
「あら、これ。何の香りかしら」
部屋に入った瞬間にすうっと清涼感のある香りが鼻腔をかすめて双子の姉妹が周囲を見渡した。
「ユーカリの木だそうです、お母様方。雪が、私の為にって壁材を変えてくれましたのよ。私、喘息持ちなものですから」
現れた女皇帝に、棕梠家の双子は微笑んで礼をした。
お母様方と言うのはおかしいが、この女皇帝はやはりウチの娘と結婚したつもりなんだわ、と双子は不安と同じだけのおかしさが込み上げた。
女皇帝は、誇らしげに鈴蘭の小花模様の壁を示した。
「壁を剥がすのって大変なんですね、大きな機械で全部壁を砕いてその上にこのいい香りの木と綺麗な壁壁を貼ってくれたんです」
久しぶりに喘息の発作が起きてなかなか治らずにいたのだが、残雪が「前から思っていたんだけど、部屋が黴臭い」と言い出して蛍石の執務室と私室の壁紙を剥がしてみたら、一面に黴が生えて傷みもあった。
これでは喘息にもなるはずだ。
残雪は壁材と壁紙を調達し、自分でさっさと施工してしまった。
「・・・陛下。ご機嫌いかがでしょうか。この度は、お時間賜りまして感謝申し上げます」
「・・・まあ、お母様、そんなこと!」
どこか芝居ががった様子で女皇帝は言った。
五位鷺が少し呆れた様子で女皇帝を座らせた。
「・・・すみませんね、ちょっと陛下は興奮されていまして。貴女方にお会いできるのが嬉しいんです」
「なんてありがたいお言葉でしょう」
女皇帝と夫に娘は愛されているのだろうとほっとした。
本当のところを知られたらきっと大多数の人間には理解されないだろうが、彼ら三人はうまくやっているようだ。
「陛下、まずは我々に官位を賜り登城お許しくださいました事と、ギルドの長きのお願い事を叶えてくださってありがとう存じます」
ギルドの人間も議会に参入するのはギルド全体の悲願でもあった。
ギルド議員として数人、先に官位を賜っていた。
官位。宮城ではそれが全て。
「それが健全な事ですもの。それでもまだ足りないくらい」
「ギルド議員候補の名簿は残雪から渡されて目を通しましたが、賢明な人選だと思います。決定でよろしいでしょう」
蛍石と五位鷺が頷いた。
「良ろしゅうございました。あの名簿の叩き台は残雪が出したものです。ギルドの会合の際に、皆さんとお話して決めたんですもの」
「ギルドの子供達は大抵顔見知りですしね。その親達ともそう悪い関係ではないですから」
だから色々と融通が効く。
「・・・まあ、そうでしたか」
残雪が、実家やギルドの会合にと度々出かけて行くのを心配していたのだ。
彼女があれこれと動いていたのか、と蛍石も五位鷺も驚いた。
以前、貴方達を大切にすると、彼女は確かにそう言った。
彼女の行動の根拠がそれならば、なんと嬉しい事。
蛍石と五位鷺はそっと微笑んだ。
「・・・なら、尚、お聞きしなくちゃ」
蛍石は少し身を乗り出した。
「お母様方、ギルドはパーティのようなものはおあり?」
「パーティー?催事ですと、新年会と納涼会はありますねぇ」
「それは何をする催しでしょう?夜会の、舞踏会ですか?」
「いえ、そんな宮廷のような優雅な事はありませんよ。子供連れが多いものですから、内容の実は、餅つき大会と夏祭りで。夏は盆踊りと花火大会なんです」
「まあ、なんだか楽しそう。・・・なら良かった!」
何の話?と双子は不思議そうだ。
「陛下は、残雪がギルド方の社交の場で、新たな出会いでもあったら大変だと心配してらっしゃるわけです」
五位鷺が苦笑した。
その後、棕櫚家の双子は娘と孫と太子、それからやはり双子の家令達としばしの交流を楽しんだ。
棕櫚家の双子の姉妹は、帰り際に宮廷を振り返った。
思わぬ事ばかりで、娘は総家令の妻となり女皇帝の恋人となった。
黒北風はギルド長となり、春北風と共に議会に席を与えられる事になる。
黒北風の夫は近くギルド議長に就任する事になるだろう。
仮にも自分達がギルドという組織の一員である事実がある以上、こうなっては、全ての変化を受け入れるしかない。
そうでなければ、自分達はあの娘もまだ小さな孫娘も守る事は出来ない。
何かに所属し活動すると言うのは、他の組織から攻撃されない為、守られるためという事。
ギルドの人間には、娘が総家令の妻になった事を妬む者も、蔑む者もいた。
これはギルドにとってうまく利用せねば、とはっきり言った銀行家もいた。
けれど、あまりにも大きな影響力はどうしようもなく辛いこともあるだろう、あなた方がその中からもどうか幸福を見つけられますようにと餞の言葉をかけてくれたのは、長くギルドを導いて来た縞野家の恩師であった。
本来、ギルドと言うのはただの商工会や経済界の集まりではない。
その礎は相互助組織、精神的集合体でもある。
まだ少女の頃に両親に連れられて宮城を訪れた時はこんな未来等、予想も願いもしなかった。
あの時、自分達は宮廷の感想をなんと思ったのだったか。
ああ、そうだ。
お城って水族館の水槽みたいね。
大きなガラスの箱があって、その中できれいな魚や不思議な生き物、不気味な何かが潜んでいそうで。
ああ、娘の幸せな行く末を、願ってやまない。
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