高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳

文字の大きさ
29 / 62
⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》

29.青藍の旅立ち

しおりを挟む
 自国の空港で残雪ざんせつはA国側に引き渡される事になっていた。
用意されていた部屋は、貴賓室の中でも密閉性の高い場所。
高貴なる人質が決して名誉なだけの立場でない事を表していた。
「宮廷家令の慈悲心鳥じひしんちょうでございます」
十一じゅういちが挨拶と謝意を伝えた。
その後に長々と続く、形容詞の派手な口上は、宮廷の慣習であり文化。
王家筋の家令だと知られているらしく、A国の人間達も幾分納得したようで、少し安堵した様子が伝わってきた。
それもそのはず。
この場で友好のために交換されるA国の人質は、13歳の少年なのだ。
まだ柔らかな頬を緊張した面持ちで引き締めていた。
残雪ざんせつが二人随伴を認められるのに対して、彼はたった一人で引き渡される。
友好とは言え、こちらがだいぶ有利な立場を表していた。
A国は動乱がやっと過ぎたばかり。
倒れた前国体の時代とは言え、こちらは前皇帝と総家令を殺されているのだ。
その次の知識階級の体制は、各々を糾弾し合い、最後のひとりまで断頭台に送り込む程の激しさのその後に踏み止まったわずかな人間達が興した政府。
彼等は最期の良心とも、臆病者とも呼ばれているそうだ。
しかし、侍従であろう男のかたわらで、ぎゅっと唇をひき結んで正面を見据えている少年は最期の良心、と表現するのが正しいだろうと残雪ざんせつは思った。
彼はこれから一人きりで、外国の宮廷で生きていかなければならない。
まさに、人質。
非情な事だわ、と残雪ざんせつはそっと十一じゅういちを見た。
「・・・お一人では心細いわ。今、お城はあの子にとって居心地がいい環境?」
まさか、と十一じゅういちが首を振った。
あの宮廷が、誰にとっても居心地のいい場所であった試しなどありはしない。
橄欖かんらん様は、貴族筋のご友人しか近付けないから、その中で居場所を見つけるのは大変だろう」
正直な感想だった。
総家令である海燕うみつばめが、気を回してくれるあろうが、やはり年が離れている。
誰か友人になれるような人間が身近にいればいいのだが。
「・・・花鶏あとりちゃんは?少し下だけど、同じくらいの年頃よね」
「今、神殿オリュンポスに行ってる。・・・そうだな、宮城に呼び戻そう」
残雪ざんせつはほっとした。
あの傷ついた小さな雛鳥も今では一丁前になっているのか、と嬉しくなる。
蜂鳥はちどり駒鳥こまどりが、飛行機と車の用意が済んだと伝えた。
十一じゅういち残雪ざんせつの手を取った。
部屋の中央で、胸にいくつか勲章のある侍従の将校に連れられた少年と対峙する。
人質交換だ。
青藍せいらんの衣装の残雪ざんせつが、家令である十一じゅういちの手を離れ、将校に手を取られた。
少年は、十一じゅういち側へと。
人質交換が無事済んだという宣言がなされ、拍手が起きて彼らに礼が送られた。
簡易的なものだが、これで儀礼は終了となる。
もはや、お互いが両国に引き渡された状態で、自国には存在しない事になった。
いよいよそれぞれが出発となる時、残雪ざんせつが「ちょっとだけ」と言って、少年に近づいた。
残雪ざんせつのふいの行動に少し動揺が走った。
十一じゅういちが周囲を制し、残雪ざんせつに少年を引き合わせるように少し身を引いた。
「・・・こんにちは。小さな紳士さん。私は雪」
彼は母国語で話しかけられて驚き、さっと頬を染めた。
「・・・まあ、なんて可愛いんでしょう。私、あなたのパパとママにお会いしたら、あなたとお話ししたと必ずお伝えするわね」
少年が、戸惑いながらも、ほっとしたように頷いた。
「困ったことがあったら、このおじさんに何でも言うのよ。何とかしてくれるから」
残雪ざんせつ十一じゅういちを見上げて、「ね!?」と念を押した。
勝手な言い草に十一じゅういちは苦笑した。
「・・・どうぞ何なりと。特使殿」
十一じゅういちが少年にそう言ったのに、残雪ざんせつは安堵した。
「・・・お友達もきっと出来るわ。大丈夫。いつかまたお会いしましょうね」
そう言うと残雪ざんせつは少年を抱きしめた。
「・・・ありがとう、雪。僕はフィン。・・・またあなたとお会いできるのを楽しみにしています」
今、彼が出来る精一杯の気持ちを込めた言葉に、「まあ、いい子ね!」と、残雪ざんせつが、家令や将校に微笑みかけた。
また会う。それがいつになるのか、わからないけれど。
でもどうか、いつか無事に彼を国に返してやりたいと思う。
短い会話の後、二人は逆方向へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...