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⌘2章 高貴なる人質 《こうきなるひとじち》
42.合わせ鏡
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夕方になり、空に細く三日月が浮かぶ頃、残雪が帰宅した。
出迎えの中に懐かしい顔があるのに気付いて、歓声を上げた。
「久しぶり!なんて嬉しいの」
久々に会う女家令はより美しくなって、これは女皇帝が嫉妬するというのも頷ける。
「雪様!お変わりありませんこと!私もずっとお会いしたくて。・・・この子たちはお役立ち出来ているでしょうか?」
「えぇ。とってもお利口さんで助かっているのよ。こちらの皆さんからも大人気なの」
「そうでしたか。よかった。やっぱり私の適切な指導がいいものですから」
ぎゅうぎゅうに押さえつけられ怒鳴りつけられた記憶はあるが、適切な指導かは怪しいところだと蜂鳥と駒鳥は顔を見合わせた。
「・・・あら、雪様。こちらは?」
残雪の背後の男に微笑みかける。
「あ、そうだった。ファーガソンさんよ。公邸の昼食会に送迎してくださったの。コリン、この可愛らしい子は、蜂鳥と駒鳥の姉弟子なのよ」
日雀が目をパチパチさせながら微笑み、しなしなとコリンに近づき礼をした。
「ファーガソン様。・・・私先ほど、お手製とお伺いしましたお菓子を頂きましたの。まあ、殿方でらしたんですのね。・・・ご紹介預かりました家令の日雀と申します。こちらでは炭色の尾という意味の小鳥の事でございますね。私、この度は公式の出向ではございませんので、どうぞ不調法お許しくださいませ」
コリンは新たに現れた美女に少々ドギマギしながらも愛想良く挨拶をした。
「これはようこそ。ああ、針葉樹の森にいる小鳥ですね。子供の時によく見かけました」
「まあ、その頃に貴方にお目にかかっておりました小鳥が羨ましいですこと」
出た、これ。と蜂鳥と駒鳥がまた顔を見合わせた。
宮廷でもこの姉弟子はこんなわかり切った色目を使ってよく紳士を誑していたものだ。
そして彼らは面白いようにコロコロと転がされていた。
しかし、コリンは意味を分かりかねている様子で他にも子供の頃に見かけた鳥や蛙がどうのこうのと話を始めた。
そのうち、日雀が呆気にとられているのが面白いと残雪が吹き出した。
コリンが帰り、残雪と家令達が改めて顔を合わせた。
「もう!雪様、なんですか、あの男!鈍いったら無いわ!この国はあんなのが本当に宮廷にお仕えしているんですか?」
自分の魅力、つまり色目が通用しなかったと女家令はご立腹だ。
「そうですよ?信じられないでしょう?だって、貴女みたいな社交界慣れした女性もいないんだもの。こないだなんて、駒ちゃんがある女性を詩の引用をして褒めたら、その方、感激して泣き出してしまったのよ。なんてピュアで可愛らしいの」
「・・・その女性、何の詩かもわからない程の無教養ぶりでしたけどね。自分に捧げられた詩だと勘違いしたのよ。駒がパクっただけなのに」
「パクリじゃなくて、それが引用だろうよ」
「雅や粋を解さない、なんて粗野な連中の社交界でしょう!」
日雀が大袈裟に空を仰いだ。
宮廷育ちからしたら、信じられない野蛮さだ。
「・・・昔はもう少しは気が利いたものでしたけど。そんな方は皆、死んじゃったのね。朴念仁のカスやクズしか残らないなんて国の不幸だわ!・・・え?嘘・・・。アンタ、お茶なんかいれられるの?」
「姉上、今時、嗜みとして当然ですよ」
テーブルにカップを置いた駒鳥が気取って言った。
女家令は、自分が何年もやって、ついぞ習得出来なかったのに、と悔しそうに弟弟子を睨んだ。
日雀は残雪が出した焼き菓子を平らげているうちに、興奮して逆立った毛が落ちついてきた猫のように穏やかになってきた。
「雪様。・・・ご無事でお過ごしのようで安心致しました。まさか高貴なる人質に目をつけられるなんて・・・」
蛍石女皇帝と総家令の五位鷺が暗殺され、恋人と夫を同時に失ったこの女性が更に、高貴なる人質などという人身御供となるなんて。
「・・・大変だったのはあなた方もよ。・・・こちらに来た時にね、あの三叉路を通った時・・・やっぱり、怖かったわ」
日雀が、そっと残雪のその手を取った。
この女性があの三叉路で失ったものの大きさと重さを、自分もまた痛感して来た年月だった。
「貴女は、何より自分の一部、半分を失ったようなもの。・・・でもね、その生き方はいずれ貴女が苦しくなるわ。あなた、山雀でしょ」
え?!と蜂鳥と駒鳥が残雪を見てから姉弟子に視線を移した。
美貌の女家令はちょっと驚いた顔をしてから、頷いた。
「・・・やっぱり。うちの母と叔母も双子でしょ。ほら、以前、私は帰国出来ない、母は国を出れないで。叔母は自由な立場だったから、あの人達、ちょくちょく入れ替わってたのよ。全く都合良いんだから」
残雪と日雀改め山雀が笑った。
母と叔母は、各々の個性と権利を認めよと主張する割には、お互いを便利に使っている。
「黒北風様と春北風様も紛らわしいですもんね」
山雀は、バレちゃったと楽しそうに笑った。
「え?じゃ、亡くなったのは、日雀お姉様と言うこと?」
「そう。まあ、家令だし、どっちが死のうが国にとったら大した物損じゃないだろうけどさ。私達には問題大有りなわけよ」
姉弟はびっくり仰天のまま話を聞いていた。
「な、なんでですか?」
「鶺鴒お姉様が私達に決めたのは、日雀は十一お兄様と一度は結婚して子供を産んで家令の人口増加に貢献する事。私は、神殿で大神官になれないまでもその儀式に臨む事。つまり日雀が死んでは都合が悪いの」
「な、なんでですか?」
この姉弟子は、そんなに十一とどうにかなりたくて、大神官になる苦行が嫌だったのか。
「多分、雪様と同じ。・・・雪様、以前一度こちらに来てますね」
え?と姉弟がまた驚いた。
「・・・そうね」
残雪が静かに頷いた。
出迎えの中に懐かしい顔があるのに気付いて、歓声を上げた。
「久しぶり!なんて嬉しいの」
久々に会う女家令はより美しくなって、これは女皇帝が嫉妬するというのも頷ける。
「雪様!お変わりありませんこと!私もずっとお会いしたくて。・・・この子たちはお役立ち出来ているでしょうか?」
「えぇ。とってもお利口さんで助かっているのよ。こちらの皆さんからも大人気なの」
「そうでしたか。よかった。やっぱり私の適切な指導がいいものですから」
ぎゅうぎゅうに押さえつけられ怒鳴りつけられた記憶はあるが、適切な指導かは怪しいところだと蜂鳥と駒鳥は顔を見合わせた。
「・・・あら、雪様。こちらは?」
残雪の背後の男に微笑みかける。
「あ、そうだった。ファーガソンさんよ。公邸の昼食会に送迎してくださったの。コリン、この可愛らしい子は、蜂鳥と駒鳥の姉弟子なのよ」
日雀が目をパチパチさせながら微笑み、しなしなとコリンに近づき礼をした。
「ファーガソン様。・・・私先ほど、お手製とお伺いしましたお菓子を頂きましたの。まあ、殿方でらしたんですのね。・・・ご紹介預かりました家令の日雀と申します。こちらでは炭色の尾という意味の小鳥の事でございますね。私、この度は公式の出向ではございませんので、どうぞ不調法お許しくださいませ」
コリンは新たに現れた美女に少々ドギマギしながらも愛想良く挨拶をした。
「これはようこそ。ああ、針葉樹の森にいる小鳥ですね。子供の時によく見かけました」
「まあ、その頃に貴方にお目にかかっておりました小鳥が羨ましいですこと」
出た、これ。と蜂鳥と駒鳥がまた顔を見合わせた。
宮廷でもこの姉弟子はこんなわかり切った色目を使ってよく紳士を誑していたものだ。
そして彼らは面白いようにコロコロと転がされていた。
しかし、コリンは意味を分かりかねている様子で他にも子供の頃に見かけた鳥や蛙がどうのこうのと話を始めた。
そのうち、日雀が呆気にとられているのが面白いと残雪が吹き出した。
コリンが帰り、残雪と家令達が改めて顔を合わせた。
「もう!雪様、なんですか、あの男!鈍いったら無いわ!この国はあんなのが本当に宮廷にお仕えしているんですか?」
自分の魅力、つまり色目が通用しなかったと女家令はご立腹だ。
「そうですよ?信じられないでしょう?だって、貴女みたいな社交界慣れした女性もいないんだもの。こないだなんて、駒ちゃんがある女性を詩の引用をして褒めたら、その方、感激して泣き出してしまったのよ。なんてピュアで可愛らしいの」
「・・・その女性、何の詩かもわからない程の無教養ぶりでしたけどね。自分に捧げられた詩だと勘違いしたのよ。駒がパクっただけなのに」
「パクリじゃなくて、それが引用だろうよ」
「雅や粋を解さない、なんて粗野な連中の社交界でしょう!」
日雀が大袈裟に空を仰いだ。
宮廷育ちからしたら、信じられない野蛮さだ。
「・・・昔はもう少しは気が利いたものでしたけど。そんな方は皆、死んじゃったのね。朴念仁のカスやクズしか残らないなんて国の不幸だわ!・・・え?嘘・・・。アンタ、お茶なんかいれられるの?」
「姉上、今時、嗜みとして当然ですよ」
テーブルにカップを置いた駒鳥が気取って言った。
女家令は、自分が何年もやって、ついぞ習得出来なかったのに、と悔しそうに弟弟子を睨んだ。
日雀は残雪が出した焼き菓子を平らげているうちに、興奮して逆立った毛が落ちついてきた猫のように穏やかになってきた。
「雪様。・・・ご無事でお過ごしのようで安心致しました。まさか高貴なる人質に目をつけられるなんて・・・」
蛍石女皇帝と総家令の五位鷺が暗殺され、恋人と夫を同時に失ったこの女性が更に、高貴なる人質などという人身御供となるなんて。
「・・・大変だったのはあなた方もよ。・・・こちらに来た時にね、あの三叉路を通った時・・・やっぱり、怖かったわ」
日雀が、そっと残雪のその手を取った。
この女性があの三叉路で失ったものの大きさと重さを、自分もまた痛感して来た年月だった。
「貴女は、何より自分の一部、半分を失ったようなもの。・・・でもね、その生き方はいずれ貴女が苦しくなるわ。あなた、山雀でしょ」
え?!と蜂鳥と駒鳥が残雪を見てから姉弟子に視線を移した。
美貌の女家令はちょっと驚いた顔をしてから、頷いた。
「・・・やっぱり。うちの母と叔母も双子でしょ。ほら、以前、私は帰国出来ない、母は国を出れないで。叔母は自由な立場だったから、あの人達、ちょくちょく入れ替わってたのよ。全く都合良いんだから」
残雪と日雀改め山雀が笑った。
母と叔母は、各々の個性と権利を認めよと主張する割には、お互いを便利に使っている。
「黒北風様と春北風様も紛らわしいですもんね」
山雀は、バレちゃったと楽しそうに笑った。
「え?じゃ、亡くなったのは、日雀お姉様と言うこと?」
「そう。まあ、家令だし、どっちが死のうが国にとったら大した物損じゃないだろうけどさ。私達には問題大有りなわけよ」
姉弟はびっくり仰天のまま話を聞いていた。
「な、なんでですか?」
「鶺鴒お姉様が私達に決めたのは、日雀は十一お兄様と一度は結婚して子供を産んで家令の人口増加に貢献する事。私は、神殿で大神官になれないまでもその儀式に臨む事。つまり日雀が死んでは都合が悪いの」
「な、なんでですか?」
この姉弟子は、そんなに十一とどうにかなりたくて、大神官になる苦行が嫌だったのか。
「多分、雪様と同じ。・・・雪様、以前一度こちらに来てますね」
え?と姉弟がまた驚いた。
「・・・そうね」
残雪が静かに頷いた。
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