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11.空色のアイリス
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悠は呼び出されて、祖母の家を訪れていた。
自分も確認したい事があったから丁度いい。
母親違いの姉である桃の話だ。
先月、祖母の依頼で通訳の仕事をしたというのは聞いていたが、その後、その話を持ってきた、英氏と親しくしているようだと聞いたのだ。
驚いて桃本人に尋ねたら、何とその提案をされて、受諾したと言う。
確認したところ、実際は特に何も起こっていないらしく、本人に自覚は薄いようだった。
「・・・お付き合いって、お食事とか行くんでしょ?・・・でも行ってないし、まだ何だかわからないです」
と、呑気なものだったのに。
祖母は、上機嫌なのが丸わかりな様子。
「・・・は?武道ですか?」
何の話だ、と悠が聞き返した。
「嫌ね、葡萄よ。・・・保真智さん、今度行こうかと考えてるって言ってたのよ。桃ちゃん、くだもの狩りをしてみたかったんですって。ほら、英さんとこ、ご実家が山梨じゃない?」
まるで自分が行くかのように、今の時期はちょっと寒いから薄手の上着が必要ね、などと服装の計画までしている。
「・・・おばあさん、保真智さん、大丈夫なんですか?」
「彼、葡萄に詳しいらしいわよ?」
「・・・違いますよ。葡萄じゃなくて」
ああ、と紫乃は頷いた。
「・・・まあ、確かに。桃ちゃんは、今まであのひとの周りには居なかったタイプよね。・・・だからかしらね。お母様から正式に打診が来たの」
交際に親を引っ張り込むなよ、断りづらいじゃないかと、悠は不愉快に思った。
紫乃は、夢見るように美しい空色のアイリスが描かれた美しいファイルを眺めていた。
「・・・見てみる?」
悠は紫乃が楽しそうに出して来た書類を何だろうと訝し気に受け取り、内容にはっとした。
「仕事の早い事。見る?あの坊ちゃんのちゃんとした経歴とか初めて見たわ。優秀ねぇ。健康診断書までつけてらして」
交際どころか、これでは縁談ではないか。
「おばあさん・・・」
何考えてるんだ、と呆れた。
「・・・これはなんとなくとか、思いつきとかではないの。あなたのお祖父さんとも話していた事なの。孫娘のことはきちんとしてあげようって」
「・・・なお悪い、それじゃ悪巧みです」
しかし、祖母は怯まない。
「・・・昔、エンマさんは、何もいらない、何も要求しないと言ってね。・・・捨てるつもりで、捨てられたのは、私達の方。あなたのお父さんはそれにも気づいてないでしょうけどね」
学生同士で子供が出来たと言われ、反対したのは確か。
なぜか。話は簡単。
当時はまだ外国人の血を引く女性を受け入れる準備がこちらに出来ていなかったのだ。
学生というのも受け入れ難い。
子供が先にできたというのが尚悪い。
勿論、不用意なのは息子だとわかった上で、それでも了承出来なかった。
夫も息子の不始末だと頭を抱えていた。
そもそも親友の娘であり、本来なら祝福してあげたかったろう。
しかし、それは、状況と、彼の立場では難しかった。
エンマに「どうか無かった事に。あなたもその方がいい」と言ったのは自分。
今でも間違っていたとは思わない。
まだ社会に出てもいない女が赤ん坊を抱えて生きて行くのは、並大抵ではない。
その点では、エンマの母親と意見が一致した。
息子も、娘も。
今、その荷物を背負わなければ、もっといい未来を望み、生きて行くことができる。
特に、そう出来るという選択肢があるという事が、女にとって、罪と同時にどれだけの福音でもあるか。
しかし、彼女は並大抵では無かったのだ。
結局、彼女は女の子を産んだ。
バカな事、バカな娘、と思ったと同時に、どうかこの母娘に幸多かれと願った。
まとまった現金、それくらいしか誠意にもならず。
それを持参した時、「あなたやあなたの娘の為ではなく、慰謝料や手切れ金と思ってくれて構わない」とこちらが言って、初めて、エンマ•オルソンはこちらの気持ちを受け止めたのだ。
善意ではなく贖罪なら受けると言うのか。
なんとプライドが高く、不遜な女だろう。
・・・ああ、これでは息子(あの子)は負ける。
その後は、エンマはスウェーデンで政府の仕事を請負い、あちこちの国で活躍をしていたわけだが。
ああ、確かに、並大抵の女では無かったという事。
あの時、結婚させなくて良かったと思った。
自分も確認したい事があったから丁度いい。
母親違いの姉である桃の話だ。
先月、祖母の依頼で通訳の仕事をしたというのは聞いていたが、その後、その話を持ってきた、英氏と親しくしているようだと聞いたのだ。
驚いて桃本人に尋ねたら、何とその提案をされて、受諾したと言う。
確認したところ、実際は特に何も起こっていないらしく、本人に自覚は薄いようだった。
「・・・お付き合いって、お食事とか行くんでしょ?・・・でも行ってないし、まだ何だかわからないです」
と、呑気なものだったのに。
祖母は、上機嫌なのが丸わかりな様子。
「・・・は?武道ですか?」
何の話だ、と悠が聞き返した。
「嫌ね、葡萄よ。・・・保真智さん、今度行こうかと考えてるって言ってたのよ。桃ちゃん、くだもの狩りをしてみたかったんですって。ほら、英さんとこ、ご実家が山梨じゃない?」
まるで自分が行くかのように、今の時期はちょっと寒いから薄手の上着が必要ね、などと服装の計画までしている。
「・・・おばあさん、保真智さん、大丈夫なんですか?」
「彼、葡萄に詳しいらしいわよ?」
「・・・違いますよ。葡萄じゃなくて」
ああ、と紫乃は頷いた。
「・・・まあ、確かに。桃ちゃんは、今まであのひとの周りには居なかったタイプよね。・・・だからかしらね。お母様から正式に打診が来たの」
交際に親を引っ張り込むなよ、断りづらいじゃないかと、悠は不愉快に思った。
紫乃は、夢見るように美しい空色のアイリスが描かれた美しいファイルを眺めていた。
「・・・見てみる?」
悠は紫乃が楽しそうに出して来た書類を何だろうと訝し気に受け取り、内容にはっとした。
「仕事の早い事。見る?あの坊ちゃんのちゃんとした経歴とか初めて見たわ。優秀ねぇ。健康診断書までつけてらして」
交際どころか、これでは縁談ではないか。
「おばあさん・・・」
何考えてるんだ、と呆れた。
「・・・これはなんとなくとか、思いつきとかではないの。あなたのお祖父さんとも話していた事なの。孫娘のことはきちんとしてあげようって」
「・・・なお悪い、それじゃ悪巧みです」
しかし、祖母は怯まない。
「・・・昔、エンマさんは、何もいらない、何も要求しないと言ってね。・・・捨てるつもりで、捨てられたのは、私達の方。あなたのお父さんはそれにも気づいてないでしょうけどね」
学生同士で子供が出来たと言われ、反対したのは確か。
なぜか。話は簡単。
当時はまだ外国人の血を引く女性を受け入れる準備がこちらに出来ていなかったのだ。
学生というのも受け入れ難い。
子供が先にできたというのが尚悪い。
勿論、不用意なのは息子だとわかった上で、それでも了承出来なかった。
夫も息子の不始末だと頭を抱えていた。
そもそも親友の娘であり、本来なら祝福してあげたかったろう。
しかし、それは、状況と、彼の立場では難しかった。
エンマに「どうか無かった事に。あなたもその方がいい」と言ったのは自分。
今でも間違っていたとは思わない。
まだ社会に出てもいない女が赤ん坊を抱えて生きて行くのは、並大抵ではない。
その点では、エンマの母親と意見が一致した。
息子も、娘も。
今、その荷物を背負わなければ、もっといい未来を望み、生きて行くことができる。
特に、そう出来るという選択肢があるという事が、女にとって、罪と同時にどれだけの福音でもあるか。
しかし、彼女は並大抵では無かったのだ。
結局、彼女は女の子を産んだ。
バカな事、バカな娘、と思ったと同時に、どうかこの母娘に幸多かれと願った。
まとまった現金、それくらいしか誠意にもならず。
それを持参した時、「あなたやあなたの娘の為ではなく、慰謝料や手切れ金と思ってくれて構わない」とこちらが言って、初めて、エンマ•オルソンはこちらの気持ちを受け止めたのだ。
善意ではなく贖罪なら受けると言うのか。
なんとプライドが高く、不遜な女だろう。
・・・ああ、これでは息子(あの子)は負ける。
その後は、エンマはスウェーデンで政府の仕事を請負い、あちこちの国で活躍をしていたわけだが。
ああ、確かに、並大抵の女では無かったという事。
あの時、結婚させなくて良かったと思った。
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