金魚の記憶

ましら佳

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1.

13.ぶどうの吐息

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桃は感動を覚えて、宝石のようなぶどうの房を眺めた。
「日本のぶどうは、上になっているって本当なんですね・・・」
ぶどう棚を写真や映像で見た事はあったが、実際に見たのは初めてだった。
桃が見た事のあるぶどう畑は、もっと低く植えてあって、実も小さい。
「それに、すごく大きい・・・」
ビー玉どころかピンポン玉ほどもある。
桃は大切そうにハサミで切り取った。
保真智ほまちがそれをカゴに入れた。
「多分、桃ちゃんが知ってるのは、ワインのぶどう?どこの?」
「・・・はい、ええと、イタリアのアルプスの近くのピエモンテと、フリウリ。あとはフランスのボルドーとラングドックに行った時見ました」
なるほど、全部名の知れたワインの産地だ、と保真智ほまちは納得した。

母の仕事と、バカンスに付いて行ったけれど、子供だったからワインは飲めなかった。
ジュースやぶどうを使ったケーキは食べた。
どれも滋味豊かな味だった。
保真智ほまちは、紫紺色の一粒の皮を剥くと桃の口に放り込んだ。
衝撃が走る程の果実感に桃は絶句した。
日本の果物はおいしい。本当においしい。
特にこれは絶品だ。
蜂蜜みたいに甘く、香りがいい。
感激してもはや無言の桃に「お嬢ちゃん、ここ食べ放題だから、それ、持っててあっちで好きなだけ食べな」と笑顔で園主にそう言われ、桃は驚いて保真智ほまちを見た。
「・・・ぶどう狩りって、食べ放題なんですか?」
「そういうのもあるよ。まあ、思うほど食えないもんだけどね」
保真智ほまちは、ぶどうでいっぱいになった籠を掲げて見せた。
 

 木陰の四阿パゴラで、桃は一粒つづぶどうを食べていた。
どんどん無言になっていく。
ああ、この子は蟹もとうもろこしも黙って食うタイプだな、と保真智ほまちは面白く思って見ていた。
結局、桃は黙々とそのまま7房ぶどうを食べた。
なかなかの快挙、と保真智ほまちは健闘を称えた。
「7房食べたの?熊の子みたいねえ」と園主の妻も笑っていた。
満足したのか、桃は眩しそうにぶどう棚を見上げていた。
「・・・桃ちゃんは別にかなり日本人だと思うから余計なお世話だとは思うけど。生活していて、何か困ってる事とか、心配な事は、ない?」
桃は、突然尋ねられて少し考えていたが、これ、とぶどうを指指した。
「私、日本にいる以上、果物アレルギーにだけはならないといいなあと思っていいたんですけど・・・。本当に、今日、思いました・・・」
保真智ほまちは吹き出した。
この娘は、他に心配事は無いのか。
「・・・そっか。良かった。・・・じゃあ、他の狩りも行ってみよう。・・・有名なところだと、さくらんぼとか、苺とか、桃とか、梨とか、りんごとか、みかんとか・・・?」
そんなにあるのか、と桃は驚いた。
「単品だし、思うほどね、食えないもんだけど・・・。桃ちゃんはいけるかもなあ・・・」
「そうでしょうか・・・!?」
何か大きな才能を見出され評価されたかのように桃は喜んだ。
「・・・この前、書いてもらったメモね。お客さんがすごく喜んでたよ。その後もお菓子屋さんや雑貨屋さんと何回かやりとりして、ホテルに出店して貰うことになってね。何だか久々に全方位が満足な取引だったなぁ」
保真智ほまちがそう言った。
「・・・私、お仕事の事とか、よくわからないんですけど。・・・喜んで貰えたなら良かった」
そもそもあまり社会のことがよくわかっていないんだと思うと桃は悲しそうに言った。
いろんな国を転々として来たからか、それともまだ学生だからかはわからないけれど。
「桃ちゃんは、大学卒業したらどうするの?」
う、と桃の言葉が詰まった。
「・・・全然・・・。大学でも、教授からよく聞かれるんですけど・・・」
聞かれると言うか、進路指導だろう。
「まあ、まだ2年生だしね」
まだ、とも、もう、とも言えるけれど。
「でも、友達とかははっきりしてるんです。就職活動は、業種くらいは決めてないとまずいよって言われてて・・・。でも、私、ピンと来なくて・・・。その、知り合いにも、それでなくても変わってるんだから、ちょっと周りに追いつけって言われ続けて・・・」
活動する前から置いて行かれている気がする。
それどころか、はて、私は何の競技に参加していたのでしたっけ、と言うような。
「・・・出来たら、院に行きたいなあと思っていて。おじいちゃんは賛成はしてくれていて。おばあちゃんには早く社会に出なさいと言われているんですけど。・・・あ、えーと、母方の、ですよ?」
「うん、知ってる」
保真智ほまちが頷いた。
ちょっと複雑な彼女の事情は、紫乃しのつてに母から聞いていた。
まあ、複雑なのは、どちらかと言ったら、小松川側だろうけど。
「・・・だからね、別に心配する事もないから。桃ちゃん、今じゃなくていいから、結婚を見据えて付き合ってくれませんか」
桃はしばし考えてから顔を上げた。
嫌とかダメとか、わからないとか、そういう返事はしたくなかった。
「・・・保真智ほまちさん。・・・私のお母さん、エンマって言うの。エマとかエミーとかと一緒で、よくある名前らしいんだけど。閻魔様みたいでしょ。・・・だから、そんな人の娘って縁起よくないかも。だからやめといた方がいいかもよ」
「そりゃ、すごいね。・・・でも俺なんて、へそくりとか臨時収入って意味だよ?」
何だかヘンテコなのはよくわかる。
「・・・・何で?あ、日本の伝統ですか?地域的なもの?プレゼント的な意味ですか?」
「違う違う。上の兄から十三歳も離れて、思わぬサプライズで生まれた子だから。ふざけてるだろ」
あけすけな物言いに、思わず桃は笑い出した。
「・・・桃ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは、両親の将来を思って桃ちゃんを無かったことにしようとしたらしいよね。・・・でも俺なんてね、父が恥かきっこだから堕ろせって母に言ったんだよ」
桃は、彼はどこまで知っているのか、とんでもない話までもが始まったと驚いて、不安を覚えた。
「・・・保真智ほまちさんのママに、パパが言ったんですか・・・?そんな・・・」
「でもね、母は大暴れして。よくも言ったな、世間に訴えてやる、一番ろくでもない雑誌に売ってやるとか大騒ぎしたらしいよ。結局、父が土下座したらしい。まあ何やかんやで無事産まれたわけだけど。・・・それに下には妹までいるんだよ?妹の時はお腹の子が女の子だと聞いて父ちゃんは大喜びしたのに。名前も宝っていうんだよ?俺と違ってすっごい祝われてる感じするよね。・・・まあ、今では笑い話。でも母ちゃんはその点では一生、アイツを許さないって言ってる。・・・だからね、母はエンマ様の話を聞いて、感心したし思うところがあったわけだね」
それは本当で、母親は当時から紫乃しのに相談されていたらしいのだ。
だから、結構いろいろ知っているらしい。
その上で、自分が桃との交際を考えていると話したら、母は、ならばきちんとしろ、正式な縁談にしろと言ったのだ。
「・・・今度ね、そんな母に会ってくれるかな?俺と同じ、死戦を越えて産まれて来た女の子に私も会いたいって言ってたから」
何だかすごい人だなあ、戦争帰りみたいに言われてると桃はまた笑ってしまった。
「・・・私も、お話してみたいです」
それは、一応了承という事。
自分の願いが受け入れられたと分かって、保真智ほまちは喜んだ。
それから宝石のように揺れるぶどうの下で、初めての口付けを交わした。
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