金魚の記憶

ましら佳

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19.柊木犀

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桃は助手席で温かいジャスミンティーを飲んだ。
だいぶ冷え込んで来たが、はるかの車の座席は、ヒーターが入っているようで暖かい。
積み重なった疲労と試験から解放された安心感もあり、つい眠くなりそうになるが。
しかし、今はそんな呑気な事も言っていられない。

だいぶ走った気がする。
鎌倉市とかかれた標識がみえて神奈川県であると分かった。

「来たことありますか?」
「中学校の修学旅行で、1回だけ」

慌ただしいスケジュールで、大仏の前で集合写真を撮り、移動して八幡宮の前で更に集合写真を撮り、また移動して長谷寺の前で更に更に集合写真を撮り、またまた移動して鳩のお菓子をいっぱい買って、バスでディズニーに移動、という、集合写真と移動と鳩サブレしか記憶が無い。
今でもあのお菓子は大好き。
サブレと言うよりはガレットに近いが、それより軽くて優しい味。

銀杏いちょうの葉っぱの形のサブレもあるんですよ」
「・・・知らないです」

葉っぱの形のクッキーだなんて、なんてすてき。

「あとで買いましょう」

はるかの機嫌が悪くないのが不思議だ。
この地には小松川の別邸があるらしい。
そこに、父か、もしかしたら彼の母もいるのだろう。
紫乃しのの目の無い場所で話したいと言う事か。
車は山を分け入るような道の中腹で停まった。
生垣は、冬でも青々と葉を茂らせていた。

「トゲがあるから、気をつけて」

言われてみれば、ギザギザの葉っぱ。

柊木犀ひいらぎもくせいだそうです。秋に金木犀みたいな匂いの白い花が咲くんです」
どんな匂いなのだろう、と桃は興味を惹かれた。

「もとは、大正時代の歌人だったか、そういった方が住まいにしていたようです。そういう物件、多いんですよ、ここらへん」
それが何度か持ち主が代わり、やはり趣味人が買い求めるものだから、リフォームの度にますます趣味的な建物になっていく。

「・・・そうなんですか。大正時代というと、20世紀の初めの頃だから、100年くらい前なんですね」
ヨーロッパも100年、200年を経過している建物はザラだが、あちらは石造りだ。
改築はしているのだろうが、木造建築がこうして残っているのは驚き。

「と言っても、やはり昔の造りは暮らしづらいから、天井を高くしたり、入り口を広くしたり。中は大分現代的ですよ」

招かれてみると、確かに、天井が高く、明るい。
日本建築と言うのは薄暗いと思っていたから意外だった。
古民家ではなく、趣のある古い邸宅と言う感じのまま改装され、高級旅館のような雰囲気だった。
はるかは暖房を入れると、桃にソファに座るように言った。

「・・・ここは、おじいさんが買ったものなんです。桃さんのおじいさんも何度か来たことがあるようですよ」
そう言えば、祖父もヒイラギが好きだっけ、と思い出した。
植物学にも興味がある祖父は、西洋柊と日本の柊は種類が違うとか言ってた気がする。
桃は今まで、節分の時に鰯の骨をくっつけるトゲトゲの木、くらいに思っていたけど。

夕方に差し掛かり、更に冷えてきた。

はるかさん、・・・お父様・・・ご両親は、いついらっしゃるんですか?」
「・・・何と言うつもりですか?」
「私が、何か意見とか、そういうのではなくて。お願いをするしかないと思うので・・・出席を控えて頂けないかってお願いしてみようと思います」

自分のせいで、父の、はるかの家族に波風が立つのは嫌だった。
もちろん、保真智ほまちにも、彼の家族にも迷惑をかけたくはない。

「桃さんて、特定の信教ってあるんですか?おじいさんは?」
「・・・いいえ?おじいちゃんも特に・・・。あ、でも、実家に普通に仏壇があるから、仏教徒なんでしょうけれど・・・。誰もお経の一つもわかりませんけど」
「日本人は大概そんなものですよ。はなぶささんのところは神道ですからね。でも、たいして気にもしないご家族だし、何せホテル婚を企画している方ですから、チャペル婚でも構わないのでしょうけど。神道の場合は結婚式は血縁のある近親者しか参加できません」

そういうものなのか、と桃は感心して頷いた。

「祖母は、まさか結婚式は無理だから、保真智ほまちさんのお母さんの友人という名目で披露宴に出席したいと言っていましたけど。・・・私は?桃さんの弟では出席できませんね。桃さんか保真智ほまちさんの友人枠かな?」

そんなに出席したいのだろうか。
それはありがたい話なのだろうけれど、どちらかと言ったら、嫌われていると思っていたのに。
何となく、父方の祖母と再会のきっかけとなってくれた存在でもあり、彼には感謝もしている。
誰かに姉弟と名乗のれない寂しさはあった。
仕方ないことだとしても。

「桃さん、子供の時、初めて会った事を覚えていますか?」
話が変わり、桃は少し戸惑ったが素直に首を振った。

「・・・すみません。あんまり覚えていないの。・・・でも、お祭りで金魚を貰ったのは覚えています」
その赤い金魚はその後、水槽で5年生きて、小鯛のように大きく育った。

「すごいな。僕は、赤いのと出目金を、金魚鉢で飼ってたけど、冬になったら死んでしまって・・・。・・・桃さん、何言ってるか分からなくて。あの時は困りました」

当時の桃は、言語が混ざっていて、きっとどこの国の人間も意味不明だったのではないだろうか。
それでも物分かりと愛嬌がいいのと順応性が高いので、自分も周りの大人も特に問題と感じないまま過ごしていた。
気恥ずかしくなり、桃も笑みこぼれた。

「・・・おじいちゃん、頭を抱えたそうなの。お母さんには厳しく日本語とスウェーデン語と英語を教え込んだのにって」

母は学校に入ればそこの国の言葉をちゃんと覚えるだろうからとあまり気にしていなかった。
だからこそお構いなしであちこち連れ回したのだろう。

「金魚すくいなんて初めて見たから、感激しちゃったのね」
「私も今でも覚えていますよ」

コロンコロンと不思議な音のする小さな鈴のついたかんざしを楽しそうにして頭を何度も振っていた

「・・・可愛かったな。・・・何言ってるかは全然分からなかったけど・・・。赤い浴衣で、桃さんの方が金魚みたいだった」

赤い浴衣に、ふわふわした不思議な素材の帯が、水の中で揺れる尻尾のようにひらひらしていていた。
はるかはそう言って微笑んだ。
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