金魚の記憶

ましら佳

文字の大きさ
20 / 86
1.

20.金色の犬

しおりを挟む
桃が少し吹き出した。

「・・・はるかさん、金魚ってね。バカの代名詞なのよ」
「え?」
「日本だと、ほら、にわとりって三歩で忘れるって言うじゃない?フランスだとね、金魚の記憶って言うの」
忘れ物をしたり、物覚えが悪いと、お前は金魚の記憶だな!と茶化されたり叱られたりするのだ。

「・・・そんなつもりは、ないですよ」
「わかってます。・・・まぜっ返すつもりはないの」

桃は立ち上がって、キッチンに向かった。
美しい桜の皮で飾られた時計を見ると、夕方6時を回っていた。
外はもう真っ暗だ。
雪が降らないといいけれど。
関東の日本の都市は雪に弱いから、交通機関が止まってしまう事も多い。
手持ちぶたさになり、桃は立ち上がった。

「・・・キッチンお借りしてもいい?お茶とか、ある?」

それとも、父やはるかの母は、自分にキッチンを使われるのを嫌がるだろうか。

「どうぞ、何でも使ってください」
言われて、キッチンのキャビネットを見ていると、確かに何でもあった。
コーヒーも紅茶も日本茶も。
ワインセラーもあり、桃でも知っている高級なワインがいくつか入っていた。
冷蔵庫にも食材があれこれ入っていた。
はるかや家族が週末毎に過ごす為に用意がしてあるのだろう。

「・・・ご両親、いつ頃いらっしゃる予定ですか?」

出来たら、今日中には帰宅して、どんな結果であろうとも自分の中で一旦消化してから明日のうちに保真智ほまちに相談したかった。
桃は、どうぞと言って紅茶を置いた。
はるかはそれをうまそうに飲むと、絶賛した。
ティーパックだからお湯を入れただけです、と桃は苦笑した。

「・・・来ませんよ」
桃は驚いて顔を上げた。

「来ません。・・・今日、こちらにお連れしたのは、私が話があるからです」

桃はじっとはるかを見た。
桃は、思い当たってそっと目を伏せた。
ああ、この人が結婚を反対しているのか。

「・・・私には、保真智ほまちさんは相応しく無いと言う事ですか・・・?」

ずっと思っていたけれど。
家柄、というものだと言われたらそう言うものなのだろう。
確かに自分は変わり種であるだろうけれど、そもそも国籍は日本人でしかなく、日本の生活も長いし、友人知人も日本人が多い。

家とか血筋とか、そう言うものが日本では文化として習慣として根付いていて、やはり大切なものでもあるのだと知らないわけでは無い。
日本だけではなく、どこの国でもその傾向は強いはずだ。

桃が、いわゆる、婚外子、私生児である事が日本でどれだけ不利であるか心配して、祖父母は自分達の養子にしようと考えていた事もあった程だ。
体裁を整えるだけだけれども、それでもだいぶ違うのだと、まだまだ難しい時代に国際結婚をした二人は思い知っていたのだろう。

母もそれでもいいと言ったけれど。
でも、桃はそれはしなくていいと言ったのだ。
特に深い考えがあっての事では無いけれど。
どうにかこうにか、自分のままで生きていけないものかと思ったから。

いいえ、と悠《はるか》は首を振った。
まるで桃の答えが意外なものであったかのように。

「・・・桃さんが誰に相応しく無いと言うんですか。そんな事は言ってはいけません」

まるで先生のような事を言って、はるかはカップをテーブルに戻した。

「・・・でも、本当だから・・・」

と言って、桃は、思い出した事があった。

子供の時、毎年夏と冬の数ヶ月だけ、祖父母の家の近くの小学校に通っていた。
祖母の美容室のお客さんに元小学校の校長先生がいて、教育委員会に掛け合ってくれたのだ。
彼にも自分と同じ年の孫娘がいて、その子とは今でも親友。
公太郎の特訓のおかげで、日本語はやっと問題なく話せるようになっていた。

あまり悪目立ちもしなかったけれど、それでも自分の目の色や、今よりもっと薄い茶色の髪の毛をからかう子はいたのだ。

「ひどいな。何て言われたんですか?」
「ゴールデンレトリバーみたいだって・・・」

桃がおかしそうに言った。

「・・・可愛いじゃないですか?」

あの美しく可愛らしい温和な金色の犬に悪いイメージを持っている人間がいるとは思えないのだが。
果たして、その悪童は桃の事が好きだったのだろうとはるかは思った。

しかし、桃は、確かに、彼に会うたびに「ゴールデンレトリバーが来たぞー」とか言われてはやされていたのだ。

「言い返さなかったんですか?」
「・・・うーん。だって、本当だから」

あの時も、本当だから、と言うと、担任の女性の先生が怒ってくれた。

「・・・本当だからよ!?何でそのままだから悪く言われなきゃいけないの。先生は、あなたの目の色も髪の毛も、とてもいいと思う。それがいいと分からないのは、分からない方の未熟さと感受性の問題です!」

子供相手に何と手厳しく、難しい事を言うのか。
しかも、子供なんだからまわりの大人の教育が悪い、でもなく。
本人の素養に問題がある、と言い切った。

けれど、それは同じ子供である桃にはとても響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...