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20.金色の犬
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桃が少し吹き出した。
「・・・悠さん、金魚ってね。バカの代名詞なのよ」
「え?」
「日本だと、ほら、鶏って三歩で忘れるって言うじゃない?フランスだとね、金魚の記憶って言うの」
忘れ物をしたり、物覚えが悪いと、お前は金魚の記憶だな!と茶化されたり叱られたりするのだ。
「・・・そんなつもりは、ないですよ」
「わかってます。・・・まぜっ返すつもりはないの」
桃は立ち上がって、キッチンに向かった。
美しい桜の皮で飾られた時計を見ると、夕方6時を回っていた。
外はもう真っ暗だ。
雪が降らないといいけれど。
関東の日本の都市は雪に弱いから、交通機関が止まってしまう事も多い。
手持ちぶたさになり、桃は立ち上がった。
「・・・キッチンお借りしてもいい?お茶とか、ある?」
それとも、父や悠の母は、自分にキッチンを使われるのを嫌がるだろうか。
「どうぞ、何でも使ってください」
言われて、キッチンのキャビネットを見ていると、確かに何でもあった。
コーヒーも紅茶も日本茶も。
ワインセラーもあり、桃でも知っている高級なワインがいくつか入っていた。
冷蔵庫にも食材があれこれ入っていた。
悠や家族が週末毎に過ごす為に用意がしてあるのだろう。
「・・・ご両親、いつ頃いらっしゃる予定ですか?」
出来たら、今日中には帰宅して、どんな結果であろうとも自分の中で一旦消化してから明日のうちに保真智に相談したかった。
桃は、どうぞと言って紅茶を置いた。
悠はそれをうまそうに飲むと、絶賛した。
ティーパックだからお湯を入れただけです、と桃は苦笑した。
「・・・来ませんよ」
桃は驚いて顔を上げた。
「来ません。・・・今日、こちらにお連れしたのは、私が話があるからです」
桃はじっと悠を見た。
桃は、思い当たってそっと目を伏せた。
ああ、この人が結婚を反対しているのか。
「・・・私には、保真智さんは相応しく無いと言う事ですか・・・?」
ずっと思っていたけれど。
家柄、というものだと言われたらそう言うものなのだろう。
確かに自分は変わり種であるだろうけれど、そもそも国籍は日本人でしかなく、日本の生活も長いし、友人知人も日本人が多い。
家とか血筋とか、そう言うものが日本では文化として習慣として根付いていて、やはり大切なものでもあるのだと知らないわけでは無い。
日本だけではなく、どこの国でもその傾向は強いはずだ。
桃が、いわゆる、婚外子、私生児である事が日本でどれだけ不利であるか心配して、祖父母は自分達の養子にしようと考えていた事もあった程だ。
体裁を整えるだけだけれども、それでもだいぶ違うのだと、まだまだ難しい時代に国際結婚をした二人は思い知っていたのだろう。
母もそれでもいいと言ったけれど。
でも、桃はそれはしなくていいと言ったのだ。
特に深い考えがあっての事では無いけれど。
どうにかこうにか、自分のままで生きていけないものかと思ったから。
いいえ、と悠《はるか》は首を振った。
まるで桃の答えが意外なものであったかのように。
「・・・桃さんが誰に相応しく無いと言うんですか。そんな事は言ってはいけません」
まるで先生のような事を言って、悠はカップをテーブルに戻した。
「・・・でも、本当だから・・・」
と言って、桃は、思い出した事があった。
子供の時、毎年夏と冬の数ヶ月だけ、祖父母の家の近くの小学校に通っていた。
祖母の美容室のお客さんに元小学校の校長先生がいて、教育委員会に掛け合ってくれたのだ。
彼にも自分と同じ年の孫娘がいて、その子とは今でも親友。
公太郎の特訓のおかげで、日本語はやっと問題なく話せるようになっていた。
あまり悪目立ちもしなかったけれど、それでも自分の目の色や、今よりもっと薄い茶色の髪の毛をからかう子はいたのだ。
「ひどいな。何て言われたんですか?」
「ゴールデンレトリバーみたいだって・・・」
桃がおかしそうに言った。
「・・・可愛いじゃないですか?」
あの美しく可愛らしい温和な金色の犬に悪いイメージを持っている人間がいるとは思えないのだが。
果たして、その悪童は桃の事が好きだったのだろうと悠は思った。
しかし、桃は、確かに、彼に会うたびに「ゴールデンレトリバーが来たぞー」とか言われて囃されていたのだ。
「言い返さなかったんですか?」
「・・・うーん。だって、本当だから」
あの時も、本当だから、と言うと、担任の女性の先生が怒ってくれた。
「・・・本当だからよ!?何でそのままだから悪く言われなきゃいけないの。先生は、あなたの目の色も髪の毛も、とてもいいと思う。それがいいと分からないのは、分からない方の未熟さと感受性の問題です!」
子供相手に何と手厳しく、難しい事を言うのか。
しかも、子供なんだからまわりの大人の教育が悪い、でもなく。
本人の素養に問題がある、と言い切った。
けれど、それは同じ子供である桃にはとても響いた。
「・・・悠さん、金魚ってね。バカの代名詞なのよ」
「え?」
「日本だと、ほら、鶏って三歩で忘れるって言うじゃない?フランスだとね、金魚の記憶って言うの」
忘れ物をしたり、物覚えが悪いと、お前は金魚の記憶だな!と茶化されたり叱られたりするのだ。
「・・・そんなつもりは、ないですよ」
「わかってます。・・・まぜっ返すつもりはないの」
桃は立ち上がって、キッチンに向かった。
美しい桜の皮で飾られた時計を見ると、夕方6時を回っていた。
外はもう真っ暗だ。
雪が降らないといいけれど。
関東の日本の都市は雪に弱いから、交通機関が止まってしまう事も多い。
手持ちぶたさになり、桃は立ち上がった。
「・・・キッチンお借りしてもいい?お茶とか、ある?」
それとも、父や悠の母は、自分にキッチンを使われるのを嫌がるだろうか。
「どうぞ、何でも使ってください」
言われて、キッチンのキャビネットを見ていると、確かに何でもあった。
コーヒーも紅茶も日本茶も。
ワインセラーもあり、桃でも知っている高級なワインがいくつか入っていた。
冷蔵庫にも食材があれこれ入っていた。
悠や家族が週末毎に過ごす為に用意がしてあるのだろう。
「・・・ご両親、いつ頃いらっしゃる予定ですか?」
出来たら、今日中には帰宅して、どんな結果であろうとも自分の中で一旦消化してから明日のうちに保真智に相談したかった。
桃は、どうぞと言って紅茶を置いた。
悠はそれをうまそうに飲むと、絶賛した。
ティーパックだからお湯を入れただけです、と桃は苦笑した。
「・・・来ませんよ」
桃は驚いて顔を上げた。
「来ません。・・・今日、こちらにお連れしたのは、私が話があるからです」
桃はじっと悠を見た。
桃は、思い当たってそっと目を伏せた。
ああ、この人が結婚を反対しているのか。
「・・・私には、保真智さんは相応しく無いと言う事ですか・・・?」
ずっと思っていたけれど。
家柄、というものだと言われたらそう言うものなのだろう。
確かに自分は変わり種であるだろうけれど、そもそも国籍は日本人でしかなく、日本の生活も長いし、友人知人も日本人が多い。
家とか血筋とか、そう言うものが日本では文化として習慣として根付いていて、やはり大切なものでもあるのだと知らないわけでは無い。
日本だけではなく、どこの国でもその傾向は強いはずだ。
桃が、いわゆる、婚外子、私生児である事が日本でどれだけ不利であるか心配して、祖父母は自分達の養子にしようと考えていた事もあった程だ。
体裁を整えるだけだけれども、それでもだいぶ違うのだと、まだまだ難しい時代に国際結婚をした二人は思い知っていたのだろう。
母もそれでもいいと言ったけれど。
でも、桃はそれはしなくていいと言ったのだ。
特に深い考えがあっての事では無いけれど。
どうにかこうにか、自分のままで生きていけないものかと思ったから。
いいえ、と悠《はるか》は首を振った。
まるで桃の答えが意外なものであったかのように。
「・・・桃さんが誰に相応しく無いと言うんですか。そんな事は言ってはいけません」
まるで先生のような事を言って、悠はカップをテーブルに戻した。
「・・・でも、本当だから・・・」
と言って、桃は、思い出した事があった。
子供の時、毎年夏と冬の数ヶ月だけ、祖父母の家の近くの小学校に通っていた。
祖母の美容室のお客さんに元小学校の校長先生がいて、教育委員会に掛け合ってくれたのだ。
彼にも自分と同じ年の孫娘がいて、その子とは今でも親友。
公太郎の特訓のおかげで、日本語はやっと問題なく話せるようになっていた。
あまり悪目立ちもしなかったけれど、それでも自分の目の色や、今よりもっと薄い茶色の髪の毛をからかう子はいたのだ。
「ひどいな。何て言われたんですか?」
「ゴールデンレトリバーみたいだって・・・」
桃がおかしそうに言った。
「・・・可愛いじゃないですか?」
あの美しく可愛らしい温和な金色の犬に悪いイメージを持っている人間がいるとは思えないのだが。
果たして、その悪童は桃の事が好きだったのだろうと悠は思った。
しかし、桃は、確かに、彼に会うたびに「ゴールデンレトリバーが来たぞー」とか言われて囃されていたのだ。
「言い返さなかったんですか?」
「・・・うーん。だって、本当だから」
あの時も、本当だから、と言うと、担任の女性の先生が怒ってくれた。
「・・・本当だからよ!?何でそのままだから悪く言われなきゃいけないの。先生は、あなたの目の色も髪の毛も、とてもいいと思う。それがいいと分からないのは、分からない方の未熟さと感受性の問題です!」
子供相手に何と手厳しく、難しい事を言うのか。
しかも、子供なんだからまわりの大人の教育が悪い、でもなく。
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