24 / 86
1.
24.波間の泡沫《あぶく》 ⌘R
しおりを挟む
雪が降り続いていた。
低気圧は予想よりも発達し、東日本全域を覆っていた。
高速鉄道や在来線の鉄道網だけではなく高速道路も混乱中のようだ。
その水槽の底のような空間で、桃と悠は二晩過ごした。
求めあったのか、何かを埋めあったのか。
桃は、それが何なのか確認したかった、と言うのに近い。
保真智との間には決して無かった関係が、こうもふいに現れて、難無く経験してしまったと言うのが不思議なくらい。
桃は浴槽のお湯に頬まで浸かっていた。
石の素材の床材も床暖房が引いてあり温かい。
なんと言うか、この邸宅は、家の中全部が大体同じ気温になっている。
それがまた水槽の中のように感じるのだ。
ちょっとスウェーデンの家に似ている、と桃は思った。
町中に引かれたヒーティングシステムが各戸にも配備されていて、
外は氷点下5℃でも屋内はとても暖かい。
お湯に溶かしたエプソムソルトの柚子のいい香りにほっとする。
柚子とコットンフラワーは、桃が一番好きな匂い。
更にエプソムソルトを入れたお風呂が好きな事も、悠は知っていたのだろう。
桃はほんの少しだけ出血していたのに気づいて、一度湯から上がってシャワーで流した。
こんな時、血が出るなんてよく聞くけれど、実際は出血したりしなかったり、半々らしい。
ちょっと痛かったけれど、病院に行って薬をつけるとか聞いた事もないし。
粘膜だから治りは早いかもしれない。
つまり口蓋垂をちょっと切ったようなものだろうか、と桃は理解した。
悠は熱っぽかったけれど、乱暴にはしなかったし、優しかった。
今はどちらかと行ったら関節が痛いくらい。
運動不足だなあと思いながら、桃はぼんやりとした気分で湯船に浸かっていた。
不思議と大変なことになってしまったとは思わなかった。
どこかで、これで予定調和な気がしていた。
問題は、これからだ。
桃は再び湯船に体を潜らせた。
悠が、桃と過ごす為に用意していたと言うのは本当らしく、桃が風呂から上がると、簡単な食事はもう用意してあった。
好物のスモークサーモンとグレープフルーツのマリネを桃は飲み込んだ。
「美味しいですか?」
聞かれて、桃は頷いた。
「桃さん、こういう冷たい料理好きですよね」
なぜ知っているのだろう。
確かに桃は、こういう冷製オードブルのようなものや、ハムやお寿司や刺身が大好き。
熱いものはあまり得意ではない。
あつあつのラーメンなんかも、ぬるくなるまで待ったり、ひどいとスープを水で薄めて食べたりするので、こだわりラーメン店には申し訳なくて行けない。
冬場、外で、アイスクリームを震えながら嬉しそうに食べているタイプだ。
悠は不思議そうな桃に誇らし気な顔をした。
「・・・いつも、ご友人と大学のカフェでこういうの食べていたでしょう。保真智さんと一緒にいるのもたまに見かけましたよ」
「学年も学部も違うから、思うほど会いませんでしたね」
「・・・僕は見てましたけどね」
そうでしたか、と桃はちょっと気まづく思った。
「他にも結構知っていますよ。・・・あとは、アイスクリームは一年中食べているし、凍ったバターをかじるのも好き」
桃は少し笑った。
我ながらなんてひどい食生活。
「それから、セーターとかの毛織物の服も好きでしょう」
桃はブランドものはたいして分からないが、祖父母や母からクリスマスや誕生日のプレゼントの時に何がいいと聞かれると、いつもウールやカシミアのセーターや手袋やコートの冬服ばかりお願いしていた。
イタリアにある、生地を生産から縫製までしていて、ブランドメーカーに生地を卸している会社が作っている素材が好きで愛用している。
もとが高価だから、アウトレットのものだけれど。
長年プレゼントはそればかりなので、結構数が集まっていて、冬場の桃はいきなり単価が高くなり、夏は適当以下の格好をしているので価格大暴落、と言うのは家族間での笑い話な程。
「・・・すごい観察」
「観察じゃないです。愛情です」
悠が本気で言うのがおかしかった。
桃はスパイスを感じるチャイ味のアイスクリーム食べていた。
温まりすぎた体でアイスクリームを口に含むと、とろけてしまったような口内がひんやりして気持ちいい。
「・・・チャイ味って初めて食べました。美味しいですね」
悠がそう言った。
冷たくて優しい甘さとスパイシーさを感じる。
何だか矛盾しているけれどとても好ましい。
まるで桃のようだと思った。
「・・・悠さんは、何味が好きなんですか?」
「うーん・・・アイスは、普通にバニラとか好きです。・・・つまらないと思いましたか?」
「いいえ。バニラがやっぱりベストよね。・・・私、あとはチョコミントとか、チョコレートチリとか、ヘーゼルナッツに醤油とか、割にトリッキーな味が好きなの」
「・・・そんなのありますか・・・?」
「ある。アメリカなんて、ドラゴンとかユニコーンとか、もう味がよく分からないのあるもの・・・何でもありなんだと思う」
アイスクリームはそれだけ汎用性が高く夢のある食品なのだろう。
悠が近寄って来て、桃を抱き寄せた。
桃はそのままされるがままでアイスを黙って食べていた。
その間も、悠は桃の首筋を吸ってみたりとまだ熱が冷めないようだった。
「・・・桃さん、後悔していますか?」
桃は首を振った。
正直な気持ちだった。
だって、多分、いつか同じ状況になれば、きっとこうなったと思う。
悠はほっとして桃の唇を探って冷たい舌を吸った。
たまらなく美味い。
「・・・・来るべきでは無かったと思いますか?・・いいんですよ、全部、僕のせいで」
「・・・いいえ」
そこまで無責任では無い。
半分、丸め込まれたようなものだとしても、自分で決めて、そしてこうなった。
決して誰かせいではなく、自分の決めた結果だと納得したかった。
愚かな事だとしても。
悠はちょっと意外そうな顔をしたが、桃を抱き込んで耳元に囁いた。
「・・・桃さん、これで、保真智さんと結婚出来ませんね」
桃は一瞬息を飲んだが、そっと頷いた。
「・・・そうね」
さあ、終わりにしなくちゃ行けない。
決まりをつけなくちゃいけない。
自分がそうしたんだもの。
「悠さん、お願いがあります」
「はい」
「・・・この事、誰にも言わないで」
「もちろんです」
「それから。しばらく私に近づかないで」
悠は絶句したようだったが、何か言いかけたのに、桃はスプーンを悠の口に当てて遮った。
「・・・そうしてくださるなら・・・もう一回、してもいいです」
突き放した後にうっとりと微笑まれ誘われて、悠はたまらずに桃の頬に手を伸ばした。
低気圧は予想よりも発達し、東日本全域を覆っていた。
高速鉄道や在来線の鉄道網だけではなく高速道路も混乱中のようだ。
その水槽の底のような空間で、桃と悠は二晩過ごした。
求めあったのか、何かを埋めあったのか。
桃は、それが何なのか確認したかった、と言うのに近い。
保真智との間には決して無かった関係が、こうもふいに現れて、難無く経験してしまったと言うのが不思議なくらい。
桃は浴槽のお湯に頬まで浸かっていた。
石の素材の床材も床暖房が引いてあり温かい。
なんと言うか、この邸宅は、家の中全部が大体同じ気温になっている。
それがまた水槽の中のように感じるのだ。
ちょっとスウェーデンの家に似ている、と桃は思った。
町中に引かれたヒーティングシステムが各戸にも配備されていて、
外は氷点下5℃でも屋内はとても暖かい。
お湯に溶かしたエプソムソルトの柚子のいい香りにほっとする。
柚子とコットンフラワーは、桃が一番好きな匂い。
更にエプソムソルトを入れたお風呂が好きな事も、悠は知っていたのだろう。
桃はほんの少しだけ出血していたのに気づいて、一度湯から上がってシャワーで流した。
こんな時、血が出るなんてよく聞くけれど、実際は出血したりしなかったり、半々らしい。
ちょっと痛かったけれど、病院に行って薬をつけるとか聞いた事もないし。
粘膜だから治りは早いかもしれない。
つまり口蓋垂をちょっと切ったようなものだろうか、と桃は理解した。
悠は熱っぽかったけれど、乱暴にはしなかったし、優しかった。
今はどちらかと行ったら関節が痛いくらい。
運動不足だなあと思いながら、桃はぼんやりとした気分で湯船に浸かっていた。
不思議と大変なことになってしまったとは思わなかった。
どこかで、これで予定調和な気がしていた。
問題は、これからだ。
桃は再び湯船に体を潜らせた。
悠が、桃と過ごす為に用意していたと言うのは本当らしく、桃が風呂から上がると、簡単な食事はもう用意してあった。
好物のスモークサーモンとグレープフルーツのマリネを桃は飲み込んだ。
「美味しいですか?」
聞かれて、桃は頷いた。
「桃さん、こういう冷たい料理好きですよね」
なぜ知っているのだろう。
確かに桃は、こういう冷製オードブルのようなものや、ハムやお寿司や刺身が大好き。
熱いものはあまり得意ではない。
あつあつのラーメンなんかも、ぬるくなるまで待ったり、ひどいとスープを水で薄めて食べたりするので、こだわりラーメン店には申し訳なくて行けない。
冬場、外で、アイスクリームを震えながら嬉しそうに食べているタイプだ。
悠は不思議そうな桃に誇らし気な顔をした。
「・・・いつも、ご友人と大学のカフェでこういうの食べていたでしょう。保真智さんと一緒にいるのもたまに見かけましたよ」
「学年も学部も違うから、思うほど会いませんでしたね」
「・・・僕は見てましたけどね」
そうでしたか、と桃はちょっと気まづく思った。
「他にも結構知っていますよ。・・・あとは、アイスクリームは一年中食べているし、凍ったバターをかじるのも好き」
桃は少し笑った。
我ながらなんてひどい食生活。
「それから、セーターとかの毛織物の服も好きでしょう」
桃はブランドものはたいして分からないが、祖父母や母からクリスマスや誕生日のプレゼントの時に何がいいと聞かれると、いつもウールやカシミアのセーターや手袋やコートの冬服ばかりお願いしていた。
イタリアにある、生地を生産から縫製までしていて、ブランドメーカーに生地を卸している会社が作っている素材が好きで愛用している。
もとが高価だから、アウトレットのものだけれど。
長年プレゼントはそればかりなので、結構数が集まっていて、冬場の桃はいきなり単価が高くなり、夏は適当以下の格好をしているので価格大暴落、と言うのは家族間での笑い話な程。
「・・・すごい観察」
「観察じゃないです。愛情です」
悠が本気で言うのがおかしかった。
桃はスパイスを感じるチャイ味のアイスクリーム食べていた。
温まりすぎた体でアイスクリームを口に含むと、とろけてしまったような口内がひんやりして気持ちいい。
「・・・チャイ味って初めて食べました。美味しいですね」
悠がそう言った。
冷たくて優しい甘さとスパイシーさを感じる。
何だか矛盾しているけれどとても好ましい。
まるで桃のようだと思った。
「・・・悠さんは、何味が好きなんですか?」
「うーん・・・アイスは、普通にバニラとか好きです。・・・つまらないと思いましたか?」
「いいえ。バニラがやっぱりベストよね。・・・私、あとはチョコミントとか、チョコレートチリとか、ヘーゼルナッツに醤油とか、割にトリッキーな味が好きなの」
「・・・そんなのありますか・・・?」
「ある。アメリカなんて、ドラゴンとかユニコーンとか、もう味がよく分からないのあるもの・・・何でもありなんだと思う」
アイスクリームはそれだけ汎用性が高く夢のある食品なのだろう。
悠が近寄って来て、桃を抱き寄せた。
桃はそのままされるがままでアイスを黙って食べていた。
その間も、悠は桃の首筋を吸ってみたりとまだ熱が冷めないようだった。
「・・・桃さん、後悔していますか?」
桃は首を振った。
正直な気持ちだった。
だって、多分、いつか同じ状況になれば、きっとこうなったと思う。
悠はほっとして桃の唇を探って冷たい舌を吸った。
たまらなく美味い。
「・・・・来るべきでは無かったと思いますか?・・いいんですよ、全部、僕のせいで」
「・・・いいえ」
そこまで無責任では無い。
半分、丸め込まれたようなものだとしても、自分で決めて、そしてこうなった。
決して誰かせいではなく、自分の決めた結果だと納得したかった。
愚かな事だとしても。
悠はちょっと意外そうな顔をしたが、桃を抱き込んで耳元に囁いた。
「・・・桃さん、これで、保真智さんと結婚出来ませんね」
桃は一瞬息を飲んだが、そっと頷いた。
「・・・そうね」
さあ、終わりにしなくちゃ行けない。
決まりをつけなくちゃいけない。
自分がそうしたんだもの。
「悠さん、お願いがあります」
「はい」
「・・・この事、誰にも言わないで」
「もちろんです」
「それから。しばらく私に近づかないで」
悠は絶句したようだったが、何か言いかけたのに、桃はスプーンを悠の口に当てて遮った。
「・・・そうしてくださるなら・・・もう一回、してもいいです」
突き放した後にうっとりと微笑まれ誘われて、悠はたまらずに桃の頬に手を伸ばした。
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる