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38.祝福
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教授は香港にルーツを持つ初老の男性。
中国普通話をあまり知らない桃が、普通話だと陸と読むところを、聞きかじった広東語読みで「ルック」と何かの拍子に呼んだのに、彼はとても驚き喜んだ。
香港を何度か訪れたし、子供の頃に過ごした事があると言うと、両親と妻と暮らす自宅に祖父とともに招いてくれた。
手土産にと、桃はくるみ餡の寿桃饅頭を作って持って行くと、陸の両親は歓声を上げて喜んだ。
可愛らしい桃の果実の形。甘めの広東風の生地。
あの店の味に近い!と香港の老舗の飲茶屋の名前を言われて、桃は吹き出した。
まさに、その店に通って教わったものだった。
「なんでこんなの作れるの!?」と聞かれ「それはこの国にはコンビニがないから、なんでも自作するしかない」と答えると、コンビニのある便利な暮らしを知る陸一家も同意した。
桃は陸の部屋を訪れて、入室しても良いかと尋ねると。
素晴らしい英語で許可の返事が返って来た。
「・・・こんにちは。ミス・オルソン」
「陸教授、こんにちは。ご機嫌いかがでしょう」
「とても良いですよ。ありがとう」
他の学生達があまり好まないこう言ったやりとりを厭わない桃を陸は気に入っていた。
「教授、こちら、ご両親と奥様にお渡しいただきたいんです」
桃は、小さな籠を手渡した。
「酥皮叉焼包!」」
陸は小さく歓声を上げた。
揚げパイ生地に甘い焼豚が入ったもの。
「週末、ヨハンがラーメンに乗っける焼豚作るって言い出して。だから余りで作ってみたんです。・・・週末はチキンスープを炊くのに朝から大変でした」
「それは大変だったね。でもおかげで、僕たちはとても幸運だ」
両親も妻も大喜びだろう。
陸は、迷っていたようだが、一つ摘んで食いついた。
「・・・んん・・好味・・・僕はさっきランチを食べたばかりだと言うのに全部食べてしまいそうだ」
桃は笑って、椅子に座った。
「・・・さて。ミス・オルソン。良いニュースと悪いニュースがありますよ」
「はい」
「以前から、研究室に残りたいと言っていた件」
「・・・はい」
「多分、許可されます。でも、条件付きで」
「・・・はい」
桃は小さく頷いた。
「何せ君には実績が無いでしょう。これは仕方がない。そして、大学には予算がない」
「・・・はい」
「論文は頑張ったと思います。知識と文献への参照能力と整理能力がとてもいい。けれど、組織体系能力、これはね、至らない。これは、君自身が、さばいた物量と経験が足りないから」
「・・・はい」
「そこで、教育庁が新しくプロジェクトを始めました。・・・企業に出向と言う形で研究成果を貢献すると、協賛している企業体から予算が大学に入ると言うものです。大学と企業との新しい形を模索する意欲的で革新的なプロジェクトと言う事ですが、つまりは出稼ぎです」
陸は仕方なさそうに、けれど意欲を持って言った。
「・・・でも、私・・・まともに就職活動したことも無いし。バイトの経験も怪しいです・・・」
フランスでオーベルジュ、日本では喫茶店でアルバイトをした事はあるが、それほど熱心だったとは言えない。
「そうでしたか。うん、ミス・オルソンはそんな気がしますね」
陸は桃にファイルを渡した。
「これが概要です。詳しくはネットで問い合わせてみてください」
桃は手元のファイルを開いた。
スポンサーとなっている企業は、世界的なものが多いし、各国にあるようだ。
「・・・出向する企業は、早い者勝ちの奪い合いになるでしょう。どこも潤沢に資金があるわけじゃ無いから」
残念だがそれは事実だ。
桃は、見覚えのある名前に小さく眉を寄せた。
父の会社だ。
「・・・・もし、少しでもアテがあるのなら、早めに行動をしてみなさい。意欲や自信があると思われます。・・・ミス・オルソン。君は少し、欲がなさすぎると思う。悪口では無いけれど、これまで、勉学をする上で、君は恵まれた環境にいたんだと思う。経済的にも、思想的にも、脅かされる事はなかったでしょう?・・・でもね、学んだ事を生かす事、その場所を獲得する為に努力する事も大事なんですよ」
遠回しだが、「ぬくぬくしやがって。ガツガツ行けや日本娘!」と言う、それは彼の激励でもある。
桃はお礼を言って、部屋を後にした。
という事で、桃は、日本に帰国する事になった。
研究室の友人達は、桃との別れを惜しんでくれ、桃が出稼ぎに行き実績となったら、予算が加算配分され更に自分達にもチャンスが増えると知り、激励してくれた。
父は案外すんなりと桃の願いを聞き入れた。
婚約解消の一端は自分にあるのではと負い目を感じているようだった。
問題を起こさない事、自分達の関係は周囲には伏せておく事を桃は提案し、父も合意した。
祖父は、別れを残念がったが、桃が自発的に自分の人生を取得して行くと言うことを嬉しく思ったらしい。
「幸運を祈りますよ、桃ちゃん」
そう言って、ヴィゴは桃を送り出した。
中国普通話をあまり知らない桃が、普通話だと陸と読むところを、聞きかじった広東語読みで「ルック」と何かの拍子に呼んだのに、彼はとても驚き喜んだ。
香港を何度か訪れたし、子供の頃に過ごした事があると言うと、両親と妻と暮らす自宅に祖父とともに招いてくれた。
手土産にと、桃はくるみ餡の寿桃饅頭を作って持って行くと、陸の両親は歓声を上げて喜んだ。
可愛らしい桃の果実の形。甘めの広東風の生地。
あの店の味に近い!と香港の老舗の飲茶屋の名前を言われて、桃は吹き出した。
まさに、その店に通って教わったものだった。
「なんでこんなの作れるの!?」と聞かれ「それはこの国にはコンビニがないから、なんでも自作するしかない」と答えると、コンビニのある便利な暮らしを知る陸一家も同意した。
桃は陸の部屋を訪れて、入室しても良いかと尋ねると。
素晴らしい英語で許可の返事が返って来た。
「・・・こんにちは。ミス・オルソン」
「陸教授、こんにちは。ご機嫌いかがでしょう」
「とても良いですよ。ありがとう」
他の学生達があまり好まないこう言ったやりとりを厭わない桃を陸は気に入っていた。
「教授、こちら、ご両親と奥様にお渡しいただきたいんです」
桃は、小さな籠を手渡した。
「酥皮叉焼包!」」
陸は小さく歓声を上げた。
揚げパイ生地に甘い焼豚が入ったもの。
「週末、ヨハンがラーメンに乗っける焼豚作るって言い出して。だから余りで作ってみたんです。・・・週末はチキンスープを炊くのに朝から大変でした」
「それは大変だったね。でもおかげで、僕たちはとても幸運だ」
両親も妻も大喜びだろう。
陸は、迷っていたようだが、一つ摘んで食いついた。
「・・・んん・・好味・・・僕はさっきランチを食べたばかりだと言うのに全部食べてしまいそうだ」
桃は笑って、椅子に座った。
「・・・さて。ミス・オルソン。良いニュースと悪いニュースがありますよ」
「はい」
「以前から、研究室に残りたいと言っていた件」
「・・・はい」
「多分、許可されます。でも、条件付きで」
「・・・はい」
桃は小さく頷いた。
「何せ君には実績が無いでしょう。これは仕方がない。そして、大学には予算がない」
「・・・はい」
「論文は頑張ったと思います。知識と文献への参照能力と整理能力がとてもいい。けれど、組織体系能力、これはね、至らない。これは、君自身が、さばいた物量と経験が足りないから」
「・・・はい」
「そこで、教育庁が新しくプロジェクトを始めました。・・・企業に出向と言う形で研究成果を貢献すると、協賛している企業体から予算が大学に入ると言うものです。大学と企業との新しい形を模索する意欲的で革新的なプロジェクトと言う事ですが、つまりは出稼ぎです」
陸は仕方なさそうに、けれど意欲を持って言った。
「・・・でも、私・・・まともに就職活動したことも無いし。バイトの経験も怪しいです・・・」
フランスでオーベルジュ、日本では喫茶店でアルバイトをした事はあるが、それほど熱心だったとは言えない。
「そうでしたか。うん、ミス・オルソンはそんな気がしますね」
陸は桃にファイルを渡した。
「これが概要です。詳しくはネットで問い合わせてみてください」
桃は手元のファイルを開いた。
スポンサーとなっている企業は、世界的なものが多いし、各国にあるようだ。
「・・・出向する企業は、早い者勝ちの奪い合いになるでしょう。どこも潤沢に資金があるわけじゃ無いから」
残念だがそれは事実だ。
桃は、見覚えのある名前に小さく眉を寄せた。
父の会社だ。
「・・・・もし、少しでもアテがあるのなら、早めに行動をしてみなさい。意欲や自信があると思われます。・・・ミス・オルソン。君は少し、欲がなさすぎると思う。悪口では無いけれど、これまで、勉学をする上で、君は恵まれた環境にいたんだと思う。経済的にも、思想的にも、脅かされる事はなかったでしょう?・・・でもね、学んだ事を生かす事、その場所を獲得する為に努力する事も大事なんですよ」
遠回しだが、「ぬくぬくしやがって。ガツガツ行けや日本娘!」と言う、それは彼の激励でもある。
桃はお礼を言って、部屋を後にした。
という事で、桃は、日本に帰国する事になった。
研究室の友人達は、桃との別れを惜しんでくれ、桃が出稼ぎに行き実績となったら、予算が加算配分され更に自分達にもチャンスが増えると知り、激励してくれた。
父は案外すんなりと桃の願いを聞き入れた。
婚約解消の一端は自分にあるのではと負い目を感じているようだった。
問題を起こさない事、自分達の関係は周囲には伏せておく事を桃は提案し、父も合意した。
祖父は、別れを残念がったが、桃が自発的に自分の人生を取得して行くと言うことを嬉しく思ったらしい。
「幸運を祈りますよ、桃ちゃん」
そう言って、ヴィゴは桃を送り出した。
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