金魚の記憶

ましら佳

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60.可愛い相棒

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結局、ゴールデンウィークの最終日に桃がスウェーデンに出発した。
その二日前に黒猫を預かり、公太郎は月子の部屋マンションへと引っ越しする事になった。

それからまた灼熱の夏を何とか過ごし、秋を迎え、半年が経とうとしていた。

月子つきこのマンションは、どこかの階は芸能人も数人借り上げているとかで、静かな環境だが豪華でセキュリティも完璧。
エントランスには24時間体制でコンシュルジュが常勤していて、小さなスーパーやクリーニング店、ジムまで完備。
そんな場所に、自分は全く相応しくない気がするのだが・・・。
しかし、みりんはすぐに慣れて、月子の作る健康的で高価な食事にも満足、新生活にも不満はないようで、安心している。

ひるがえって自分は、何だか何食っても味しねぇなーと思いながらも、ありがたく食っているわけであるが。
しかし、月子と言うのは全くマメと言うか、尽くすタイプである事が分かった。
仕事も忙しいのだから、自分の事なんて放っておけばいいのに、衣食住全てに気を回す。

食事は低カロリーで減塩低脂肪、パンやパスタは全粒粉、なるだけ白米ではなく玄米、カフェインと酒は基本禁止で、炭酸および清涼飲料水も避けるという徹底ぶり。
おかげで直近の健康診断では数値がぐんと下がり、やはり生活習慣病が気になる役員達から、お前ばかり一体どうしたんだと詰問された程。

生活は大変快適なのだが、何だかまだ慣れないというかカルチャーショックなのかなあ、これ。と心配になり、つい桃に連絡したら、彼女もまだ慣れない環境と激務でてんてこ舞いらしかった。

「・・・それの何が不満なのよ。私なんかね、忙しくて持って来た鍋の素によくわかんない野菜と冷凍の肉団子入れて食べてるし、時間無い時なんてカップ麺。でもカップ麺、500円もするんだから。あとは食パンにバターとあんこ塗って食べてるだけ。しかも小豆あずき無いから見たこともない小さい豆に砂糖入れて煮てるだけだからなんか変な味がする!」とキレられた。

「え・・・肉団子鍋とカップ麺とあんバタパン最高だな・・・。半年は食ってないや・・・」

つい、正直な感想が漏れた。

「・・・なんかそういう・・・天ぷらととかラーメンとかカツカレーとか?焼き菓子とかさ。もう半年食ってなくてさ・・・。朝な、野菜と果物が半日分取れるっていうスムージーっていうやつ作って頂いてな。・・・あのな、寝巻きもな、なんとかっていう高原に住んでるヤギの毛のパジャマとか出てくんの。・・・俺ヤギでもないのに・・・」
「・・・何それ・・・私が月子先生とお付き合いしたいくらいよ・・・」

桃はため息をついた。

「ハム太郎。・・・それってマリッジブルーみたいなものじゃない?こんなに幸せでいいのかしらみたいな情緒不安定。そんなに大事にされた事ないから体も心もびっくりしちゃってんじゃないの?」
「・・・そうかも・・・。慣れるかな・・・。・・・あんまり長引くようなら病院行くわ・・・」

そんなやりとりをした。
我ながら情けない。

すっかり大威張りでソファで寛いでいるみりんを尻目に、自分は恐縮ですと思って生活しているのだが。
しかし、もう一人、いや、もう一匹。

自分と同じように、何だか肩身が狭いような者が居て。
それが、先住である三毛猫。
クリスティーヌと言う洒落た名前の三毛猫は、いつも窓にへばりついて階下の世界を眺めているのだ。
病気ではないらしいのだが、月子の作る手作りの餌も、桃がよくみりんに食わせて居たパウチの餌にもあまり手をつけない。

「食が細いタイプみたいなんです」

と月子は言うが、みりんの食いっぷりと比べても、どうにも心配になっていた。



公太郎は、待ち合わせのドーナツ店に入った。
今日ばかりはいいだろうと周囲をうかがいながら、皿に乗るだけドーナツを乗せて、しかもコーヒーお変わり自由。

ここは天国か。

いや、月子から言わせたら地獄だろうな、と公太郎は申し訳なく思いながら、ドーナツを飲み込むように食べて居た。
半年ぶりの油脂と糖は、麻薬的美味さでちょっと涙が出そうだ。

しばらくすると、荷物を担いだ青年が店に入って来て、向かいの椅子に座った。

「・・・大丈夫・・・?何、腹減ってんの・・・?」

ドーナツを山盛りにして食っている中年男性を心配そうにしている。
三毛猫タクシーの長谷川青年である。
彼から連絡を受けて待ち合わせする事になったのだ。
場所をここに指定したのは公太郎で、それは勿論ドーナツが喰いたかったから。

「・・・いや、こういうの久しぶりで・・・・。・・・長谷川君、戻ってきたのか?俺は助かるけど・・・まあ、最近飲み会もとんと行けてないけど」

もしや、帰省の理由であった闘病中の父が亡くなったのか、とも思った。

「いやそれが、父ちゃん持ち直してさ。兄ちゃん、東京で進学塾の講師してたんだけど、農家やるって嫁と帰って来て、家で塾やりながら米作ってる。そのお嫁さんがお野菜カフェ始めてコジャレたランチが受けてさ。俺はドローン飛ばして田圃たんぼの見回りしたりとかしてる」
「へえ。最近の農家はシャレててハイテクだなあ」
「そうなんだよ。・・・ドローン面白いんだよ。・・・はいこれ、良かったら貰ってよ。ウチの米。一昨日、精米したばっかだから」

どんと、米袋を渡された。

「・・・白い米かあ!最高だなあ!・・・うっ・・・す、すごいな・・・。60キロの米って初めて持った・・・いや、持てないわ・・・腰逝くわ・・・」
「・・・なんだよ、おじさんだなあ」
「おじさんだよ・・・。いや、すごい。金払うよ。間違いない高級品だもんな。でも君、そんなマッチョなタイプだったっけ・・・?」
「一俵くらい持てないと、田圃たんぼやれねーからな。いや、金はいいの!・・・あのさ、だけどさ・・・なあ、マルオ、返してもらえないかなあって・・・」
「・・・マルオ?」
「いや、都合良すぎるとは思うんだけど。・・・ほらあの、ええと・・・女医さん」
「・・・はあ」
「・・・マルオ、先生にもらって貰ったんだけど・・・。あん時は本当、助かったんだけど・・・でも、マルオ・・・」

そう言って、彼は泣き出してしまった。
公太郎は、店員にも客にも不審な目で見られて焦った。

「・・・え?・・・どういう事・・・?・・・ちょっと・・・泣くなって・・・」
「だからさ!また飼えるようになったんだよ。一緒に帰れるように獣医さんも探しておいたんだ。先生、ちゃんと飼ってくれてるのはわかってるんだけど。でもさ・・・なあ、先生に、連絡取れなくて・・・。家行ったけど、もう違う人住んでたし・・・引っ越しちゃったみたいで・・・。藤枝さんなら知ってるかなあと思って・・・」

そう言って、ついにおんおん泣き出してしまった。
公太郎はなんとなく大体の話を察した。
あの三毛猫はもともと八一やいちの飼い猫だったのか。

「・・・その、マルオ・・・?三毛猫なんだよな?・・・元気は、元気だから、まずは安心して・・。あーもー、泣くな・・・」
「マルオ元気?良かった!あいつね、カリカリしか食わないからさ・・・。仕事でボロボロだった頃によく見かけてて、あいつも路地裏で真っ黒になってたんだ。・・・足怪我してて。とっ捕まえて獣医連れてってみたけど。二十万かかってぇ・・・。獣医さん、いいおばちゃんでまけてくれたけど。ローンで返して・・・。・・・金無い頃でカリカリしか食わせらんなくて・・・。リーマンやめてタクシー始めてやっとうまいやつ食わせられるようになったのに、もう食わなくてさ・・・。でも今ならさ、もっとうまいやつ食わせてやれるし・・・俺の実家、漁港近いから、魚もあるしさ・・・」

ドーナツを口に詰め込みながら、八一やいちは涙声でそう言った。

「・・・そっか・・・。あのさ、マルオってさ、結構そっけない感じ・・・?食も細い?」
「いや、あいつ、野良だったから最初はシャーシャー言ってたけど、慣れたらもうベタベタで、仕事行かないでって泣く程で・・・。仕方ないからタクシー始めた頃は、一緒に車乗っけてたからお客さんに可愛い相棒カノジョだな、なんて言われたくらいで・・・。カリカリもスゲー食うし・・・食わせすぎだって、獣医さんに怒られたし・・・。でもそれって野良の習性で、食える時に食っとかないと死んじゃうからだって・・・。やっと、死ななくても良くなったのに・・・俺、あいつの事、ぶん投げて実家帰って・・・。母ちゃんにマルオの事言ったら、怒鳴りつけられて・・・相棒見捨てて来るなんてどういう了見だって・・・本当、すいません、マルオ返してぇぇ・・・」

コーヒーは苦いから飲めない、と言って彼は泣きながらりんごジュースを2杯飲んだ。

「・・・うん、そっか・・・」

公太郎は頷いた。


公太郎は帰宅すると、元気に飛び出して来た黒猫を抱き上げた。

「おー、みりん・・・。お前は呑気で良かった・・・」

さて、と窓辺で外を眺めながらじっとしている三毛猫に声をかけた。

「・・・これなら食えるかい?」

そう言って、コンビニで買って来たドライフードを差し出す。
三毛猫は、驚いたような顔をしてから夢中で食べ始めた。

「・・・これ一番安いやつなんだけどなあ・・・。お前やっぱ、マルオかあ・・・」

名前を呼ばれたと分かったのか、三毛猫は、初めて聞いた程の甘い声で鳴いた。
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