金魚の記憶

ましら佳

文字の大きさ
61 / 86
2.

61.そっちじゃない縁

しおりを挟む
公太郎は月子に事の顛末を話した。

「月子先生・・・とにかくクリスティーヌ・・・マルオは返してやりましょう。このままじゃ、衰弱してしまうから」

月子は黙ったままだった。

「長谷川くんのお母さんがマルオを実家で待ってるらしいし。お父さんも、猫が居たらリハビリのいい助けになるだろうからって。長谷川君、逞しくなっていましたよ。何か作る仕事をしてる人間ってはすごいねえ。せっかく引き受けてくれた猫だから心配でしょうが、大丈夫ですよ、なんの心配しなくても・・・」

公太郎は、なんで自分はいつもこうして猫を引き剥がす役ばっかりなんだと身の上を呪った。
桃を説得した事を思い出す。
あの時も桃は泣いて、恨めしそうだった。

けれど、まあ、最後はみりんちゃんの幸せのためにと言って、山のようなエサと共に自分に引き渡した訳だけど。
だからきっと、月子も納得してくれるだろう。
何より、月子は桃よりも分別もある。
桃は普段は呑気だが、こうだとなったら頑固だ。
結局、祖父母も桃に甘いから最終的に好きにさせるし、母親なんて自分の娘がそれで何が悪いのかさっぱりわかっていなかった。むしろそれって長所じゃないのかと思っていた程。


「・・・そうやって、桃さんも説得したんですか?」
「・・・はい。・・・だってそうでもしないと、納得はしてくれないからね。・・・いや、でも本当に、安心材料は多いので・・・」
「・・・わかりました」

月子がそう言ったのに公太郎はほっとした。

「・・・そうか、良かった・・・」
「と言うか、どうでもいい・・・。そもそも、猫なんて、私、どうでもいいもの。・・・この猫達だけ残されても困るし」

は?と公太郎は不思議に思って顔を上げた。

「出て行くでしょう?・・・そうなの、この猫、あなたを呼ぶ理由の為に引き取っただけだし。この部屋もね、ずっと住んでると言ったけど、嘘。最近引っ越したの。・・・でも猫も居ないしあなたも居ないなら、必要ないから私も引っ越します。・・・それで、あなたはまた桃さん待ってるの?やめた方がいいと思うけど。まあ、そんなの人の自由だけど。・・・戻って来るかもしれないしね・・・。でもバカみたいね。私もだけど」

月子は一気に喋って、ため息をついた。

公太郎は改めて、目の前の月子を見た。
こんなにつっけんどんでこんなに悲しそうな月子を見た事はない。


「・・・その方がいい?」

公太郎が静かに聞いた。


「・・・え?」
「いや、別れるつもりはなかったけど。月子先生がその方がいいならそうするよ」
「・・・・それは嫌!・・・でも・・・私、あなたに嘘ばかりついて・・・。過去だって・・・褒められたものじゃないでしょ・・・?」
「・・・まあ、それだけ、お互い、浅知恵を使うし、すねに傷ある年齢という事、ではダメかな・・・?」

月子は、救われたように頷いた。

「いいです。それでもいい。・・・それでいい」
「・・・じゃあね、まあ。・・・とりあえず、お互い人生に今後、お互いの事で迷惑かけるかもしれないってのは含み損で」

自分でも、なんて言い草だろうと公太郎はおかしくなった


「・・・ええ、はい」
「金銭的な問題とか、精神的な問題とか。・・・精算しなきゃいけないものはなるだけ清算してしまいましょう。今後のためにね。協力しますし。それから、ご両親に挨拶するとかね。自分たちの為にやっちまいましょう。・・・今のところ、こっちは特に問題無い訳ですけど。月子先生は?」
「・・・・あの、じゃあ、一箇所だけ・・・」
「はい」
「・・・あの、三日月庵なんですけど」
「はあ、あの店。ご親族ですか?ああ、もしかして、ご実家?」
「いえ、ではなく・・・」

月子が口籠った。
切れる切れなかった仲の男がいたという話を以前聞いたが、あそこか。
知らず何年も通っていたではないか。
・・・気まずい。
しかし、ならば余計はっきりすっきりさせなくてはならない。

「・・・わかりました。・・・あそこのご店主なんですか・・・。じゃ、ご挨拶行くか・・・」
「あの、私も!・・・もし、桃さんに慰謝料払ってるとか・・・前の奥様がなにか金銭的に困ってらっしゃるとか・・・お子さんの教育費とか・・・もし必要ならば、私全部出しますから!」
「・・・え!?・・・いやいや。そんな事全く必要ないですよ・・・。桃なんかお前に責任なんか取って貰わなくて結構って態度でしたから。こっちが言い訳にしてたのはわかっているでしょう?前の妻はね、俺より年収高いし、もう再婚してますよ?それに、別に子供いないし・・・。そんな心配しないで、大丈夫」

月子はそっと涙を拭った。

「・・・・藤枝さん・・・。私、こんな事言ってもらえるの初めてで・・・」

月子は今まで男に尽くして尽くして、別れて、結局、また三日月庵の主人のとこに行ってまた次の男を見つけてそしてまた・・・というパターンを繰り返しきた。

「だから、公太郎さん。私、桃さんもそうなのかなと思って・・・」
「・・・はあ、月子先生はマメですよね・・・。桃にはそのマメさはないですね・・・基本ズボラですからね。コンビニ大好きだし」

なぜ月子がこんなに桃を意識するのか、桃本人もさっぱり理解できないのではないだろうか。

月子が、そっと公太郎の裾を掴んだ。

「・・・藤枝さん・・・。あの・・・実家に電話してもいい?」
「・・・え?あ、はい・・・。どうぞ、よろしく・・・」

パッと月子の表情が明るくなった。

「・・・お日にちは・・・?」
「いやあ、あの、ご両親のご都合の良い、大安吉日で・・・」
「・・・そうね!」

月子はうきうきした様子で通話をする為に別室へと向かって行った。



豪華なリビングに残された公太郎は、久しぶりに飯にありつけたとガツガツとドライフードを喰らった後、爆睡している三毛猫を眺めて居た。
いや、こっちは良かったなあと思うけれど。


黒猫が足元にすり寄って来たのを抱き上げた。

「・・・・みりん・・・。お前が運んできた縁はあっちじゃなくてこっちかあ・・・?」

月子の事をきっとなかなか思い切れなかったのは、三日月庵の主人もだろう。
三日月庵なんて名前なんだもんなあ。

その店の裏手で死にかけた仔猫を拾って、桃との距離がまた昔のように近付いた時、この小さな命がまた桃との縁を運んで来たのかもしれないと思ったのだが。

「・・・さてさて。わかんないもんだなあ」

縁とは不思議ですねえ、とそう言っていたのは、桃の祖父で恩師であったなあと思い出す。
外国人の彼なのに、仏教にも造詣が深かった。

「縁とは、結果に繋がる要素の全ての事です。そうなっていく巡り合わせのなんと不思議なことか。今結果だと思っている全てが、ひたすら道程でしかないんですよ」

あの頃自分は、若くて。
何言ってんだこのじいさん、くらいにしか思って居なかったけれど。

「・・・お前も俺も、きっと何かの縁なんだろうなあ・・・」

黒猫に話しかけると、わかってるのかいないのか、程なく公太郎の膝の上で丸くなって寝息を立て始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

処理中です...