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61.そっちじゃない縁
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公太郎は月子に事の顛末を話した。
「月子先生・・・とにかくクリスティーヌ・・・マルオは返してやりましょう。このままじゃ、衰弱してしまうから」
月子は黙ったままだった。
「長谷川くんのお母さんがマルオを実家で待ってるらしいし。お父さんも、猫が居たらリハビリのいい助けになるだろうからって。長谷川君、逞しくなっていましたよ。何か作る仕事をしてる人間ってはすごいねえ。せっかく引き受けてくれた猫だから心配でしょうが、大丈夫ですよ、なんの心配しなくても・・・」
公太郎は、なんで自分はいつもこうして猫を引き剥がす役ばっかりなんだと身の上を呪った。
桃を説得した事を思い出す。
あの時も桃は泣いて、恨めしそうだった。
けれど、まあ、最後はみりんちゃんの幸せのためにと言って、山のようなエサと共に自分に引き渡した訳だけど。
だからきっと、月子も納得してくれるだろう。
何より、月子は桃よりも分別もある。
桃は普段は呑気だが、こうだとなったら頑固だ。
結局、祖父母も桃に甘いから最終的に好きにさせるし、母親なんて自分の娘がそれで何が悪いのかさっぱりわかっていなかった。むしろそれって長所じゃないのかと思っていた程。
「・・・そうやって、桃さんも説得したんですか?」
「・・・はい。・・・だってそうでもしないと、納得はしてくれないからね。・・・いや、でも本当に、安心材料は多いので・・・」
「・・・わかりました」
月子がそう言ったのに公太郎はほっとした。
「・・・そうか、良かった・・・」
「と言うか、どうでもいい・・・。そもそも、猫なんて、私、どうでもいいもの。・・・この猫達だけ残されても困るし」
は?と公太郎は不思議に思って顔を上げた。
「出て行くでしょう?・・・そうなの、この猫、あなたを呼ぶ理由の為に引き取っただけだし。この部屋もね、ずっと住んでると言ったけど、嘘。最近引っ越したの。・・・でも猫も居ないしあなたも居ないなら、必要ないから私も引っ越します。・・・それで、あなたはまた桃さん待ってるの?やめた方がいいと思うけど。まあ、そんなの人の自由だけど。・・・戻って来るかもしれないしね・・・。でもバカみたいね。私もだけど」
月子は一気に喋って、ため息をついた。
公太郎は改めて、目の前の月子を見た。
こんなにつっけんどんでこんなに悲しそうな月子を見た事はない。
「・・・その方がいい?」
公太郎が静かに聞いた。
「・・・え?」
「いや、別れるつもりはなかったけど。月子先生がその方がいいならそうするよ」
「・・・・それは嫌!・・・でも・・・私、あなたに嘘ばかりついて・・・。過去だって・・・褒められたものじゃないでしょ・・・?」
「・・・まあ、それだけ、お互い、浅知恵を使うし、脛に傷ある年齢という事、ではダメかな・・・?」
月子は、救われたように頷いた。
「いいです。それでもいい。・・・それでいい」
「・・・じゃあね、まあ。・・・とりあえず、お互い人生に今後、お互いの事で迷惑かけるかもしれないってのは含み損で」
自分でも、なんて言い草だろうと公太郎はおかしくなった
「・・・ええ、はい」
「金銭的な問題とか、精神的な問題とか。・・・精算しなきゃいけないものはなるだけ清算してしまいましょう。今後のためにね。協力しますし。それから、ご両親に挨拶するとかね。自分たちの為にやっちまいましょう。・・・今のところ、こっちは特に問題無い訳ですけど。月子先生は?」
「・・・・あの、じゃあ、一箇所だけ・・・」
「はい」
「・・・あの、三日月庵なんですけど」
「はあ、あの店。ご親族ですか?ああ、もしかして、ご実家?」
「いえ、ではなく・・・」
月子が口籠った。
切れる切れなかった仲の男がいたという話を以前聞いたが、あそこか。
知らず何年も通っていたではないか。
・・・気まずい。
しかし、ならば余計はっきりすっきりさせなくてはならない。
「・・・わかりました。・・・あそこのご店主なんですか・・・。じゃ、ご挨拶行くか・・・」
「あの、私も!・・・もし、桃さんに慰謝料払ってるとか・・・前の奥様がなにか金銭的に困ってらっしゃるとか・・・お子さんの教育費とか・・・もし必要ならば、私全部出しますから!」
「・・・え!?・・・いやいや。そんな事全く必要ないですよ・・・。桃なんかお前に責任なんか取って貰わなくて結構って態度でしたから。こっちが言い訳にしてたのはわかっているでしょう?前の妻はね、俺より年収高いし、もう再婚してますよ?それに、別に子供いないし・・・。そんな心配しないで、大丈夫」
月子はそっと涙を拭った。
「・・・・藤枝さん・・・。私、こんな事言ってもらえるの初めてで・・・」
月子は今まで男に尽くして尽くして、別れて、結局、また三日月庵の主人のとこに行ってまた次の男を見つけてそしてまた・・・というパターンを繰り返しきた。
「だから、公太郎さん。私、桃さんもそうなのかなと思って・・・」
「・・・はあ、月子先生はマメですよね・・・。桃にはそのマメさはないですね・・・基本ズボラですからね。コンビニ大好きだし」
なぜ月子がこんなに桃を意識するのか、桃本人もさっぱり理解できないのではないだろうか。
月子が、そっと公太郎の裾を掴んだ。
「・・・藤枝さん・・・。あの・・・実家に電話してもいい?」
「・・・え?あ、はい・・・。どうぞ、よろしく・・・」
パッと月子の表情が明るくなった。
「・・・お日にちは・・・?」
「いやあ、あの、ご両親のご都合の良い、大安吉日で・・・」
「・・・そうね!」
月子はうきうきした様子で通話をする為に別室へと向かって行った。
豪華なリビングに残された公太郎は、久しぶりに飯にありつけたとガツガツとドライフードを喰らった後、爆睡している三毛猫を眺めて居た。
いや、こっちは良かったなあと思うけれど。
黒猫が足元にすり寄って来たのを抱き上げた。
「・・・・みりん・・・。お前が運んできた縁はあっちじゃなくてこっちかあ・・・?」
月子の事をきっとなかなか思い切れなかったのは、三日月庵の主人もだろう。
三日月庵なんて名前なんだもんなあ。
その店の裏手で死にかけた仔猫を拾って、桃との距離がまた昔のように近付いた時、この小さな命がまた桃との縁を運んで来たのかもしれないと思ったのだが。
「・・・さてさて。わかんないもんだなあ」
縁とは不思議ですねえ、とそう言っていたのは、桃の祖父で恩師であったなあと思い出す。
外国人の彼なのに、仏教にも造詣が深かった。
「縁とは、結果に繋がる要素の全ての事です。そうなっていく巡り合わせのなんと不思議なことか。今結果だと思っている全てが、ひたすら道程でしかないんですよ」
あの頃自分は、若くて。
何言ってんだこのじいさん、くらいにしか思って居なかったけれど。
「・・・お前も俺も、きっと何かの縁なんだろうなあ・・・」
黒猫に話しかけると、わかってるのかいないのか、程なく公太郎の膝の上で丸くなって寝息を立て始めた。
「月子先生・・・とにかくクリスティーヌ・・・マルオは返してやりましょう。このままじゃ、衰弱してしまうから」
月子は黙ったままだった。
「長谷川くんのお母さんがマルオを実家で待ってるらしいし。お父さんも、猫が居たらリハビリのいい助けになるだろうからって。長谷川君、逞しくなっていましたよ。何か作る仕事をしてる人間ってはすごいねえ。せっかく引き受けてくれた猫だから心配でしょうが、大丈夫ですよ、なんの心配しなくても・・・」
公太郎は、なんで自分はいつもこうして猫を引き剥がす役ばっかりなんだと身の上を呪った。
桃を説得した事を思い出す。
あの時も桃は泣いて、恨めしそうだった。
けれど、まあ、最後はみりんちゃんの幸せのためにと言って、山のようなエサと共に自分に引き渡した訳だけど。
だからきっと、月子も納得してくれるだろう。
何より、月子は桃よりも分別もある。
桃は普段は呑気だが、こうだとなったら頑固だ。
結局、祖父母も桃に甘いから最終的に好きにさせるし、母親なんて自分の娘がそれで何が悪いのかさっぱりわかっていなかった。むしろそれって長所じゃないのかと思っていた程。
「・・・そうやって、桃さんも説得したんですか?」
「・・・はい。・・・だってそうでもしないと、納得はしてくれないからね。・・・いや、でも本当に、安心材料は多いので・・・」
「・・・わかりました」
月子がそう言ったのに公太郎はほっとした。
「・・・そうか、良かった・・・」
「と言うか、どうでもいい・・・。そもそも、猫なんて、私、どうでもいいもの。・・・この猫達だけ残されても困るし」
は?と公太郎は不思議に思って顔を上げた。
「出て行くでしょう?・・・そうなの、この猫、あなたを呼ぶ理由の為に引き取っただけだし。この部屋もね、ずっと住んでると言ったけど、嘘。最近引っ越したの。・・・でも猫も居ないしあなたも居ないなら、必要ないから私も引っ越します。・・・それで、あなたはまた桃さん待ってるの?やめた方がいいと思うけど。まあ、そんなの人の自由だけど。・・・戻って来るかもしれないしね・・・。でもバカみたいね。私もだけど」
月子は一気に喋って、ため息をついた。
公太郎は改めて、目の前の月子を見た。
こんなにつっけんどんでこんなに悲しそうな月子を見た事はない。
「・・・その方がいい?」
公太郎が静かに聞いた。
「・・・え?」
「いや、別れるつもりはなかったけど。月子先生がその方がいいならそうするよ」
「・・・・それは嫌!・・・でも・・・私、あなたに嘘ばかりついて・・・。過去だって・・・褒められたものじゃないでしょ・・・?」
「・・・まあ、それだけ、お互い、浅知恵を使うし、脛に傷ある年齢という事、ではダメかな・・・?」
月子は、救われたように頷いた。
「いいです。それでもいい。・・・それでいい」
「・・・じゃあね、まあ。・・・とりあえず、お互い人生に今後、お互いの事で迷惑かけるかもしれないってのは含み損で」
自分でも、なんて言い草だろうと公太郎はおかしくなった
「・・・ええ、はい」
「金銭的な問題とか、精神的な問題とか。・・・精算しなきゃいけないものはなるだけ清算してしまいましょう。今後のためにね。協力しますし。それから、ご両親に挨拶するとかね。自分たちの為にやっちまいましょう。・・・今のところ、こっちは特に問題無い訳ですけど。月子先生は?」
「・・・・あの、じゃあ、一箇所だけ・・・」
「はい」
「・・・あの、三日月庵なんですけど」
「はあ、あの店。ご親族ですか?ああ、もしかして、ご実家?」
「いえ、ではなく・・・」
月子が口籠った。
切れる切れなかった仲の男がいたという話を以前聞いたが、あそこか。
知らず何年も通っていたではないか。
・・・気まずい。
しかし、ならば余計はっきりすっきりさせなくてはならない。
「・・・わかりました。・・・あそこのご店主なんですか・・・。じゃ、ご挨拶行くか・・・」
「あの、私も!・・・もし、桃さんに慰謝料払ってるとか・・・前の奥様がなにか金銭的に困ってらっしゃるとか・・・お子さんの教育費とか・・・もし必要ならば、私全部出しますから!」
「・・・え!?・・・いやいや。そんな事全く必要ないですよ・・・。桃なんかお前に責任なんか取って貰わなくて結構って態度でしたから。こっちが言い訳にしてたのはわかっているでしょう?前の妻はね、俺より年収高いし、もう再婚してますよ?それに、別に子供いないし・・・。そんな心配しないで、大丈夫」
月子はそっと涙を拭った。
「・・・・藤枝さん・・・。私、こんな事言ってもらえるの初めてで・・・」
月子は今まで男に尽くして尽くして、別れて、結局、また三日月庵の主人のとこに行ってまた次の男を見つけてそしてまた・・・というパターンを繰り返しきた。
「だから、公太郎さん。私、桃さんもそうなのかなと思って・・・」
「・・・はあ、月子先生はマメですよね・・・。桃にはそのマメさはないですね・・・基本ズボラですからね。コンビニ大好きだし」
なぜ月子がこんなに桃を意識するのか、桃本人もさっぱり理解できないのではないだろうか。
月子が、そっと公太郎の裾を掴んだ。
「・・・藤枝さん・・・。あの・・・実家に電話してもいい?」
「・・・え?あ、はい・・・。どうぞ、よろしく・・・」
パッと月子の表情が明るくなった。
「・・・お日にちは・・・?」
「いやあ、あの、ご両親のご都合の良い、大安吉日で・・・」
「・・・そうね!」
月子はうきうきした様子で通話をする為に別室へと向かって行った。
豪華なリビングに残された公太郎は、久しぶりに飯にありつけたとガツガツとドライフードを喰らった後、爆睡している三毛猫を眺めて居た。
いや、こっちは良かったなあと思うけれど。
黒猫が足元にすり寄って来たのを抱き上げた。
「・・・・みりん・・・。お前が運んできた縁はあっちじゃなくてこっちかあ・・・?」
月子の事をきっとなかなか思い切れなかったのは、三日月庵の主人もだろう。
三日月庵なんて名前なんだもんなあ。
その店の裏手で死にかけた仔猫を拾って、桃との距離がまた昔のように近付いた時、この小さな命がまた桃との縁を運んで来たのかもしれないと思ったのだが。
「・・・さてさて。わかんないもんだなあ」
縁とは不思議ですねえ、とそう言っていたのは、桃の祖父で恩師であったなあと思い出す。
外国人の彼なのに、仏教にも造詣が深かった。
「縁とは、結果に繋がる要素の全ての事です。そうなっていく巡り合わせのなんと不思議なことか。今結果だと思っている全てが、ひたすら道程でしかないんですよ」
あの頃自分は、若くて。
何言ってんだこのじいさん、くらいにしか思って居なかったけれど。
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