黄昏のシャルロット

雨宮未栞

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06.交易都市メイゼン

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 メイゼンに到着した僕達は、部屋を取った宿屋に馬車を預けて街に繰り出していた。
 今日はもう駅馬車の運行が終わっているから、ここで一泊して明日から移動を再開する。馭者をしてくれた使用人のルシオとも明日でお別れだ。けれど、その前のもうひと仕事。

「さあて、お使いと行きますか」

 メイゼンは隣国システィア公国とフォーラント王国を繋ぐ最初の都市だ。東部の港町が近いこともあって、国内外から多くの品物や人が行き交う。となれば、辺境のラクリエでは手に入らないものも多くある。一応、それを実感しているラクリエ出身の商人が年に何度か来てくれるが、その程度で揃えられる品数には限りがある。それに商人である以上、商売で来るのだから輸送費やなんやが上乗せされてどうしても高価になってしまう。そのため、年に何度か伯爵家が取り纏めて諸々の買い出しに来ているのだ。今回は、メイゼンに僕等二人を送り届けるついでで運行の決まった臨時便だ。
 合理的と言えば聞こえは良いけれど、もののついでで色々任されてるなあ、なんて思いながら頼まれた品物のメモを確認する。

「ええと? 伯爵家うちのは塩と胡椒に、紅茶……それとお酒」
「エルザのところは、買い付けた生地と糸の受け取り……」

 僕の手にあるメモを横から覗き込んだロイが続きを読み上げた。他にも家ごとに細々とした雑貨や日用品がリストアップされている。

「改めて見ると、結構な量だな」
「そうだね。店が閉まる前に揃えられるかな?」

 物流の拠点となる交易都市という性質上、夜も商いをしている店は多いが、店に依っては暗くなった時点で閉められてしまう。もう夕方だから、あまり猶予がない。何より、夜半は少々治安が悪化する。

「坊ちゃん、ロイ様も。買い出しは俺がやりますから。王都はまだ先ですし、今日はゆっくりなさったらどうですか?」

 ルシオがそんな提案と共に遠慮するけど、これを一人でさせるのは常識的に考えて気が引ける。

「そんな水臭いこと言わないでさ」
「そうだぞ。一人じゃ何往復も必要になるだろう?」
「僕とロイを荷物持ちに使えるのは今日だけなんだし、有効に活用しないと」

 二人で流れるように連携を組む。気心の知れた幼馴染みの為せる技だ。ここでもうひとつ。

「特にロイをね」
「そうそ……っておい」
「ふふ。ま、それは半分冗談として」

 何をどう半分にするのかは明言しない。僕はメモをひらひらと振って、それに、と続ける。

「僕はこれとは別にセラム婆から頼まれてる物があるし、そのついでだよ」

 これ以上の異論は認めないよ、と笑顔に込めれば、ルシオは降参とばかりに苦笑して肩を竦めた。

「……相変わらず押しの強い方々ですね」
「それでよし。さ、手分けして効率良く行こうか」

 時間もないことだし、三人でざっくりと担当を振り分けていく。

「じゃ、ルシオはうちのをお願い」
「畏まりました」
「ロイはエルザに頼まれた品物の受け取り。多分嵩張るものだから、受け取ったら宿屋に置いて来て。で、僕は残りの細々したもの」
「わかった」

 それぞれにメモと、ロイには一緒に預かっていた注文書と宿の鍵を手渡す。

「これが済んだらシエルに合流すればいいな?」
「うん、それでよろしく」
「あんまりうろちょろするなよ?」

 子供に言い含めるような物言いに思わず反駁してしまう。

「そろそろ、僕を子供扱いするのはやめてくれるかな」
「騎士団の募集要項満たしていようが十三歳はまだ子供だ。というか、そういう心配をしてるんじゃない」
「わかってるって。メイゼンは初めてじゃないし、大雑把な地理くらい把握してるから」

 自信を持って答えたのに、あろうことか溜め息を吐かれた。

「……俺がさっさと合流すりゃいいだけの話か」
「信用ないなぁ。ま、いいや。それじゃ、時間切れか担当分が揃えられたらまたここに集合しよう」
「はい」
「わかった」

 僕達はその場で別れて行動を開始した。


***


 ドアを開けば、途端に覚えのある匂いに迎えられた。知っているものが多いけど、知らない匂いも混じっていて、つい確かめるように深呼吸していた。
 訪れたのは街の薬問屋。舶来品も取り扱っていて、フォーラント王国内でも比較的規模の大きい店らしい。セラム婆は処方専門の薬屋だけど、ここは薬草そのものも商品として扱っていて見るだけでも楽しい。これは、必要な物だけ買ってすぐに出ないとあれこれ買い込んでしまいそうだ。

「ばあちゃーん、きゃくぅー」

 カラン、と鳴ったドアベルの音を聞き付けて、店番らしい男の子が奥の部屋に声をかけた。すると、少し間を置いて嗄れた声が返ってくる。

「どんな奴だい?」
「こどもー」
「…………」

 いや、否定はしないけど、君よりは歳上だと思うな。
 多く見積もっても十を数えるかどうかといったところの男の子を、釈然としない気持ちで観察している間に、店の奥から老婆が出て来る。
 彼女は戸口近くに立つ僕をじろりと見ると鼻を鳴らした。

「……坊、ここは玩具屋じゃないよ」

 老婆がそう言うのは当然だろう。ここに並んでいる物は高価なものが多いし、素手で触れないような取扱いの難しいものもある。
 セラム婆の薬屋に初めて行ったときを思い出すなあ。あのときは本当に何もわからなかったけど。

「存じています。今日はお使いで来ました」
「そうかい。何が欲しいんだい?」

 見繕ってやるよ、と老婆が促すのに直接は答えず、壁に設えられた棚を見る。防犯のためか老婆の不精か、調合済みの薬剤でもない限り碌な表示がない。

「乾燥させたアンゼリカと、ホーソン。あとは……あった、ローレル」

 迷いなく目的の薬草を選んで行く僕に、老婆は感心したような声を発する。

「なんだ、よく知ってるじゃないか」
「こう見えて、ちょっとは勉強しましたから。あ、レモングラスの苗もある。手入れの手伝いできなくなるし、これも一緒に買おうかな……」

 レジの手前で虫除けになる植物を見つけて思わず手に取る。すっきりした香りだしポプリにしても良さそう。

「全く、楽しそうに見るね。珍しい坊だ」
「褒めても何も……いや、売り上げに貢献するかも」
「アハハッ、そいつぁいいね」

 茶目っぽく返せば、初めの険悪さはどこへやら。老婆は声を上げて笑った。

「品揃えも豊富だし、質の良いものばかりみたいですから」
「褒めてもまけてやらないよ」

 本音に混ぜた下心に勘付かれたのか、素気無く言われて苦笑する。

「それは残念です」

 再び愉快そうに笑う老婆と軽く雑談をしながら買い物を終えた。


***


 薬問屋から出た僕は、紙袋を抱えて露店が並ぶ通りへと歩いていた。
 結局、おばあさんに乗せられて頼まれ物以外にも色々買い込んでしまった。あの人も『まけてやらない』なんて言いながら、随分色を付けてくれた。商売気はなかったのに、また機会があれば寄ろうと思うのだから、あのおばあさんは中々商売上手なのだろう。

「よっ、と……」

 重量は身体強化の魔術でどうとでもなるけど、持ち辛いのは如何ともし難い。まあ、もうすぐロイも来てくれるだろうし大丈夫か。
 ロイを完全に荷物持ちとして当てにしながら、残りのお使いリストを思い浮かべる。

「……うん。僕の担当分はどうにか片付くかな」

 夕飯の買い出しに来ている主婦やどこかの使用人、国内外から来た旅行者で、露店街は賑わっていた。
 リストを消化しつつ、種々様々な人やものに目移りしながら通りを歩く。

「やっぱり、メイゼンはいろんなものが集まってるね」

 メイゼンに来るのは年に一度あるかないかだ。
 買い出しに向かう際の護衛に付くのは、専らガリードおじさんの剣術道場に所属する門下生達だけど、父上の仕事を優先して手伝っている僕はその中に含まれていない。
 彼等は領内で自警団と同義になりつつあるな、と他人事のように思う。
 暫く歩くと、穀物を扱っている露店を見付けた。丁度こちらに目を向けた露天商に声を掛けて歩み寄る。

「こんにちは。今の相場はどんな感じですか?」

 ラクリエは穀倉地帯にできるだけの土壌や気候条件が揃っているのだが、市壁内の農耕区くらいでしか穀物を育てていない。ただでさえ食用になる作物は普通の獣にもよく荒らされるのに、広大な農地を作ろうものなら否応なく魔物に襲われる危険が高まる。だからと言って農地の周りに防壁を作ろうものなら、工費は莫大だし、それこそ魔物に襲われることになる。よって領内の食糧生産は、強力な結界に守られた市壁の中、各家庭の小さな菜園で採れるものや家畜が主で、生産が十分とは言えない穀物はこうして仕入れることが多い。
 自らが扱う麦のようにこんがりと日焼けした露天商のおじさんが白い歯を見せる。

「おう、らっしゃい。去年の収穫は悪くなかったからな。フォーラントとしちゃ可もなく不可もなくってところか」

 おじさんはそう答えたけれど、それにしては値札に書かれている値は些か大きいようだ。今年の収穫はもう少し先だから、単純に需要と供給の問題かもしれないけど。それに、フォーラントとしてはという言葉で思い出した。

「ああ、北の方は水不足で不作だったみたいですからね」

 そう言うと、おじさんはよく知ってるな、と言いたげに片眉を持ち上げて頷いた。

「そういうこった。今年の取れ高は期待できそうだから、困ってないなら、収穫を待った方が良いな」

 希望されていた量と割り振られた予算とを天秤に掛けて考える。

「うーん、そうですね。少し買っておかないと怪しいので、大麦をひと袋、いやふた袋で──」

 と、注文しようとしたところ、後方から耳につく声がした。
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