黄昏のシャルロット

雨宮未栞

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05.街道を行く

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 故郷を発って二日が過ぎた。
 この時期はあまり気候が乱れない地域のため、今のところは天気に恵まれた道中だ。宿場町などの都合で日毎の進み具合は区々まちまちではあるが、大凡順調と言えるだろう。この調子で行けば、夕暮れ前には駅馬車が出ている交易都市メイゼンに到着する。

「うん、これも大丈夫だね」

 街道灯の点検を終えた僕は、その整備扉を閉じて立ち上がった。街道灯は単純に灯りや標だけではなく、魔物避けの結界を形成する役割を持つものだ。魔物避け、と言っても大して強くない下位の魔物が嫌がって寄り付かなくなる程度の代物である。それでも、武術の心得がない民間人に取っては十分脅威だし、街道に設置するくらいならこれで事足りる。
 中には空間の魔力を吸収して発光し、結界を張る機構を備えた魔具が入っている。その魔具は長年の研究開発で小型化が進んでいるため、資金に余裕があれば普通の灯りと併せて買うように勧められる旅人の装備品のひとつだ。勿論、街道灯ほど広範囲には結界を張れない機能縮小版にはなるが。
 さて、どうして王都に向かう途中の僕が街道灯の点検をしているかと言うと、領地である以上、街道の管理も領主の仕事だからだ。となれば設置されている街道灯もその内で、丁度そろそろ点検時期だからと、父上に道中の諸々を点検するように言い付けられたのだ。
 領主によっては、お抱えの私設騎士や領内の自警団などに出資して管理を委託しているらしい。しかし、潤沢な資産を持たない我が伯爵家には、騎士を雇ったり領民に委託したりできるだけの余裕はないため、基本的に自分達で管理している。そもそも、ラクリエは他と比べて明らかに魔物の出現数が多く、領民に委託するには危険すぎるというのも理由の一因だ。
 近年では知る者も少ないが、建国記で英雄王レイが邪龍ヘクセンドラを討伐した地こそ、現アステリアム伯爵領ラクリエなのだ。
 邪龍が討伐されて四百年余り、撒き散らされた瘴気は当時より薄れていると言われるが、それでもここに漂う瘴気は他の地よりずっと濃いのは確かだ。そして、邪龍の眷族である魔物は瘴気を取り込んで己の力にできる。主を討たれたことへの恨みか、それとも邪龍自身の憎しみに当てられたのか、瘴気を取り込んでより強力になった魔物は凶暴で、街道灯が発するものより強固な結界に守られている街にすら襲い掛かることがある。それが無防備な個人相手ならば言うまでもない。

「さて、これでアステリアムうちの管轄分は終わりかな。ロイ、お待たせ。後はメイゼンまで止まらないよ」
「ああ、わかった。お疲れ」

 近くで魔物の出現を警戒してくれていたロイに声を掛けて、一緒に馬車へ戻る。

「今回は魔物に遭遇しなかったな」

 馬車に乗り込んで警戒を緩めたロイが言う。彼に道中の警戒を手伝ってもらうのは今回が初めてではない。それで襲ってくる魔物が出る確率は半々より気持ち少ない、といったところだ。

「僕としては、領民の安全のために出てきてくれた方がいいんだけど」

 周囲一帯に展開している探査術に魔物の反応がないことを確かめて、その範囲を狭めながら僕は応じる。ちなみに、この点検作業には周辺の安全確保も含まれている。近くに魔物がいれば、そのまま討伐に向かうことも少なくない。魔物が多い地域なのはわかっているのだから、領民を危険に曝すくらいなら早々に発見して仕留めた方がいい。まあ、そこまで僕が手を拡げたのは、三年前に父上の許可を得てからだけど。それまではずっと父上やガリードおじさんの仕事だった。
 僕の返しにロイは肩を竦める。

「うちの奴らが聞いたら涙目になりそうだな」
「ええ? 今も?」

 ガリードおじさんが、索敵や遭遇戦を実践できるのは良い鍛練になるし、支援系の魔術が得意な僕が一緒なら比較的安全だ、とロイに限らず道場の門下生達をよく手伝いに寄越してくれる。初めは腰が引けていた彼等も今では頼りになるし、この経験を活かして騎士になったり、近隣の大きな街で自警団に入ったりした者も少なくない。一応、僕も門下生の一人で、怪我の治療を終えて、正式にガリードおじさんの剣術道場に通うようになって五年目だ。兄弟弟子達が立派になってくれることは僕としても喜ばしいことだ。
 そんな彼等が今更魔物を恐れるだろうか。そう思って問い返したけれど、どうやら僕が思った理由とは違う理由で涙目になるらしい。

「いや、親父が『リディの婚約者に怪我一つ負わせるな』とか言ってるから」
「……おじさんってば、そんなことを言っているの?」

 街道に出没する程度の雑魚相手に遅れを取る気はないし、今更僕が負傷することなんて気にする必要はない。

「いくら実力を知っていても、シエルが形振り構わず突っ込んで行くから気が気じゃないんだと」
「僕、そんなことしてないけど」

 形振り構わず、なんて自殺志願者じゃあるまいし。
 そりゃあ、ちょっと勢い余って皆を置いて一人で魔物を片付けちゃうことはあるけど、それで怪我をしたのなんて、初めの内に数えるくらいにあったきりだ。それだって自分で治癒術を使えばすぐに治るんだから、何の問題があるんだろう。……んん? 前にもこんな話をしたような。

「『何の問題があるの?』みたいな顔しやがって……」
「えっ」
「図星かよ……」

 今度こそ大きくため息を吐いて、ロイは茶金の髪を掻き毟った。この鈍感、とため息に混ざって聞こえたのは気の所為だろうか。

「いい機会だから、騎士団でをやらかす前にはっきり言ってやる。無闇矢鱈と突っ走って、命令違反で退団なんて笑えないからな」

 そう空恐ろしいことを言って前置きすると、ロイは一言一言置くように告げる。

「普通、誰でも、知り合いが危険な目に遭うのは嫌なんだよ」
「うん、そうだね?」

 それは当然だよね。僕は知り合いじゃなくても嫌だし。
 そんな当然なことは言わなくてもわかってるよ、という思いで返せば、ロイは僕の額に指を突き付けて、物理的に刻みつけてやるとでも言いたげな口調で言い募る。

「だからぁ! お前も! その枠の範疇に入るんだよ! お前は怪我しなければ良いどころか、怪我しても治せるから良い、っていう考えをさっさと捨てろ!!」

 そこまで勢いよく言って、ひと呼吸置いたロイは一言付け加える。

「……お前にまで何かあったら、リディが悲しむからな」
「あ……、うん。気を付ける」

 無意識のうちにリディから貰った組紐に触れて僕は頷く。彼女のことを持ち出されると弱い。これに込められた気持ちには翳りも疑いようもないから。

「ったく、やっぱりリディの方が優先なのか」
「や、別にそういうわけじゃないよ。たしかに可愛い婚約者は特別だけど」
「おい……。お前ら二人して」

 俺をなんだと思っていやがる、と続きそうな言葉を遮る。

「大丈夫、ロイが心配してくれているのもわかってるから、ありがとう」
「……わかればいい」

 話は終わりだ、と言うように座り直したロイは剣の手入れを始めた。成長に合わせて新調しているから、年数としてはそう使っていないはずだけれど、相当使い込んでいるのは見ればわかる。
 その様子を特に意味なく眺める。というか、視界にあるだけで思考には上っていない。

「…………」

 ──それなら、僕の正体を知っている人達は皆、伯爵家の後継シエルではなくて、シャルロットわたしを心配してくれているのだと、自惚れてもいいのだろうか。

 ガリードおじさんの支援も実際のところ、攻撃系の魔術が使えない僕を心配してのことなのはわかっている。
 何せ、アステリアム伯爵家の人間は実質父上と僕の二人だけで、今やお家断絶寸前だ。母さんは僕を産んですぐに亡くなったし、父上にも兄弟はいない。そんな状況で僕がをしているのは、色んな意味で危ないんだけど、そうも言っていられないのが現実だ。
 この国はあまり女性の地位が高くない。というか女性は守るべきものという気風が根強い。それが曲解されて女性を下に見る向きも少なからずある。だからこの国で前に出ることは良くも悪くも嫌厭されている。しかし、広くない領地でも父上一人で全てを回すのは物理的に難しい。そこに子供の僕が加わったところで高が知れるというものだけど、何事もないよりはましだ。それに、辺境の小さい伯爵家でも、一人娘となれば縁談は避けて通れない。父上にも後妻を娶らないかという話があるらしい。厚意とも作意とも取れないようなものや、下手に断ることのできない筋などからも。だから、それら諸々を回避して、アステリアムの務めを果たすために僕はこうしているんだ。性別すら偽っている僕に、シエルとして使える時間はもう長くない。それを過ぎれば、シエルはシャルロットに戻るだろう。

 ──けれど、一年以上使わなかったものは要らないものだとよく言う。だとしたら、五年も必要なかったシャルロットは、一体何の役に立つのだろう。

「あ……」

 そんな思考が浮かんで、僕は激しく首を振った。こんなんじゃ、リディに怒られちゃうね。あの子、怒ると怖いから。いや、怒らせる僕が悪いんだけど。

「どうした?」

 声を漏らした僕に気づいて、ロイが顔を上げる。

「ううん、なんでもない」

 メイゼンに着くまであと数刻ある。僕も本を読んで時間を潰そう。

 ──この人生ものがたりはどんな結末を迎えるだろう。

 僕の手にあるこの騎士物語も佳境を迎えつつある。そして、始まったものは、いずれ終わる。それが、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、今はまだ作者の中にしか答えはない。

「──坊ちゃん、メイゼンが見えて参りましたよ」

 馭者を務める使用人の声に窓から外を覗けば、薄緋に染まりだした街並みが見えた。
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