少女は詠い、獣は眠る

雨宮未栞

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02.お嬢様

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 軽快な足音が石畳の路上で響く。丁寧に編んだ栗毛が背中で跳ね、足首までの長さがあるお仕着せのスカートが軽やかに翻る。
 道行く人を危なげなく避け、ひらりひらりと踊るように走って行く。

「あら、お嬢ちゃん。今日も可愛いねえ」

 市場に通りかかると、いつも買い出しに立ち寄る肉屋の女性が声を掛けてきた。多くの店がひしめく通りで呼び込みをする鍛えられた声帯から出る声は今日も大出力だ。こうして声を掛けられるのはいつものことだが、その光景に慣れていない観光客やなんかがこちらを見るものだから、どうにも気恥ずかしい。そんな視線を今日も感じながら、女性に向かって頭を下げる。

「えへへ、ありがとうございますっ。奥様もお綺麗ですよ!」
「あらあら、やっぱりいい子だわあ。今日も買い出しに来るのかしら? おまけしちゃうわよお」
「わあ、本当ですかっ? 後で伺いますねっ」

 また、小さく頭を下げて走り出した。
 道中、顔見知りの商人達に声を掛けられながら市場の通りを抜ける。そうして、少女が足を止めたのは街の中心部に程近い場所にある瀟洒な建物を囲む門の前だ。目立たないように門の脇に立ち息を整える。ついでに髪と服も確認だ。

「ふう、間に合った……」

 ここは貴族や裕福な商家の子女達が通う学舎だ。少女はここに通う人物のお迎えに来たのだ。
 息を整え、お仕着せの乱れを直し終えると、学園から放課を告げる鐘が鳴った。静寂を保っていた学舎が俄に賑やかになる。敷地の外へはしゃぎながら駆け出していく少年達と、おしゃべりに花を咲かせて歩く少女達。華やかな舞台に立つ彼等を横目に少女はただ一人を待つ。

「お嬢様、まだかな……」

 校門を通り抜けて行く学生達が疎らになってきた頃、ぱたぱたと小走りに近付く足音がして顔を上げた。

「──リィン、お待たせしましたわね」

 鈴の音のような透き通った高音が耳朶を打つ。そこにいたのは豊かな金髪の少女だった。リィン、と呼ばれた少女は丁寧に膝を折ってお辞儀する。先程まで商人達と話していたのとは打って変わって堅苦しい言葉を紡ぐ。

「いえ、学生会のお仕事があるのは伺っておりましたから。お疲れ様でございます、アミリアお嬢様」
「もう、そんなによそよそしくしないで頂戴と言っているでしょう?」
「お嬢様のお願いであっても、あくまでわたくしはお嬢様付きの使用人でございます。お屋敷の外ではご容赦下さいませ」
「ううー。そんなことを言って、お屋敷でも人目のあるところじゃ同じじゃないの」

 金髪の少女は子供っぽく頬を膨らませて唸る。リィンと共にいるときだけ見せる年相応の愛らしさにリィンは頬を緩ませそうになるが、どうにか踏みとどまって澄ました表情を取り繕う。

「お嬢様、公爵令嬢ともあろうお方がその様な振る舞いをしてはなりません」

 頬を膨らませたまま、金髪の少女は恨めしそうにリィンを睨め付ける。
 ──その仕草もまた愛らし……いけない。

「代わりと言ってはなんですが、本日のティータイムにはお嬢様の好きなスコーンを用意してございます」
「あら、本当っ? ……こほん。仕方ありませんわね。リィン、早く帰りますわよ」

 一瞬、浮いた声を出して紅い瞳を輝かせたが、咳払いで仕切り直して歩き出した。その姿には思わず笑みが零れてしまった。

「リィン、何をしていますの! 置いていきますわよ!」
「お待ちください、お嬢様!」

 少女二人の軽やかな足音が石畳に響いた。
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