少女は詠い、獣は眠る

雨宮未栞

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03.メイドとお嬢様

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「んー、ふふーん♪」

 お嬢様と屋敷に戻って来たリィンは、厨房で鼻歌混じりにお茶の準備を進める。
 彼女がこの屋敷に来て最初に覚えたのは屋敷の間取りなどよりお茶の淹れ方が先で間違いないだろう。メイド長に頼み込んで基礎からみっちり叩き込んでもらったのは今ではいい思い出だ。あの頃は良くも悪くも色々あった、と思い返すうちに気掛かりなことが頭を掠めた。

「──そういえば、久しぶりにリアが話し方に拘っていたっけ……」

 リアというのはリィンの仕える敬愛すべきお嬢様の愛称だ。本名はアミリア・エルマディアという。王家とも縁を持つ由緒ある公爵家のご令嬢だが、彼女は他人の目がなければ、友人、あるいは姉妹のような振る舞いをリィンに求める。しかし、それは戯れの上にあるのではなく、確かな信頼と親愛の下に築かれたものである。とはいえ、彼女は彼我の立場を理解しており、普段は公爵令嬢として非の打ち所のない振る舞いをする。その彼女が駄々をこねたのだから何かあったと見るべきだろう。今朝、お見送りした際は普段通りだった。何かあったとするなら学園でだろう。
 追憶に意識を投じていても身体に染み付いた動きが無意識下で身体を動かす。井戸から汲んだばかりの水を薬缶に注ぐ。

「あとで聞いてみればいいかな」

 火を使う時は余所事を考えるなと教育を受けている。幸い、今はお嬢様とのお茶会の用意をしているのだから、本人に聞けばいいこと、と思考を切って薬缶を火にかける。沸くのを待つ間に残りの支度を整えていく。お迎えの前に焼いたスコーンを春の意匠をあしらわれた白磁の皿に取り分け、クロテッドクリームと昼過ぎに森で摘んできた木苺のジャムを添える。それから、庭で栽培しているハーブで彩りを足せばお茶菓子の用意は完了だ。
 続いてティーカップにソーサーなどの食器類、シュガーポットとミルクジャグを取り出し、ワゴンの上に並べる。セットの用意を終える頃には、火に掛けていた薬缶から高温の蒸気が吹き上がった。
 沸かしたお湯をポットに注いで温め、お湯を捨てたら茶葉とお湯を勢いよく流し込む。ポットに蓋をしてティーコージーを被せたら、砂時計を逆さにする。薄紅色の砂が日の光で煌めきを伴って落ちていく。
 後はお嬢様の部屋までティーセットを載せたワゴンのを運び、テーブルのセッティングをすれば砂時計の砂が全て落ち、ティータイムの始まりを告げてくれるのだ。

「よしっ」

 用意に不足がないことを確認して、リィンはワゴンを押して厨房を後にした。

***

 平民のひと世帯が満足に生活できそうな程広い部屋は貴族の少女一人にあてがわれた物だ。大人が両手を広げても余りある程大きなベッドもこの部屋にあっては圧迫感などない。壁には簡素ではあるが質の良い木枠の額に縁取られた、繊細な筆致で描かれた絵画が掛けられ、精緻な装飾の施された華奢な花瓶には庭に咲く瑞々しい花が生けられている。天井は柔らかな灯りを落とす花を象ったシャンデリアがぶら下がり、落ち着いた色合いの毛足の長い絨毯が床板を覆い隠している。部屋には他にも様々な本が整然と収められた本棚や年相応の可愛らしい小物が並ぶチェストなどが置かれている。
 そんな落ち着いた調度で整えられた部屋の主は、ティーセットを運んでくる自分付きのメイドを待つついでに、洒落たティーテーブルでお茶をする準備をしている。
 庭へと続く大きなガラス戸は開かれ、レースのカーテンが春の麗らかな陽射しと花の薫りを乗せた風を招き入れるように揺れる。
 今のアミリアは機嫌が良いようで、弾むように鼻歌を口ずさんでいた。

「んー、ふふーん♪」

 その旋律は先程までリィンが厨房で口ずさんでいたものと同じだ。正確にはアミリアに教わった旋律をリィンが奏でていたのだ。
 拡げたテーブルクロスの上に花で彩った花瓶を置いたとき、部屋のドアが控えめにノックされた。続いて待ち人たる少女の愛らしい声がドア越しに響く。

「アミリアお嬢様、リィンです」
「入りなさい」

 そう声を掛けるアミリアがドアを開くのは二人の暗黙の了解だ。静かにドアを開き、廊下にいるリィンを招き入れる。

「失礼致します」

 ここまでが外向きの時間。ドアが閉まれば二人は笑みを交わしお茶会が始まる。

「さ、早くお茶にしましょ」

 二人は花開くような笑顔を咲かせて笑った。
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