セカイの祝福と毒の少女

雨宮未栞

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少女と雑踏

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 露店の並ぶ雑多な通りは多くの人で賑わい、潮騒の様な喧騒が辺りを満たしている。
 少し目を離した隙に居なくなっていた連れを遠くに見付けて、銀髪の男は溜め息を吐いた。連れの背が低いせいで捜すのに時間が掛かった。
 男は人混みの中を器用にすり抜け、露店に並ぶ数々の商品を無表情で凝視する少女の真後ろまで来た。目深に被せていた外套のフードが脱げ掛けて、絹糸のような金髪が覗いている。それを見た男は、四六時中外套を着せているわけにもいかないことだし、そろそろ何か考えるべきか、と頭の片隅に置いた。
 そうして男は、さて、これからどうしようかと考えて、このまま少し観察してみようと子供じみた悪戯のようなことを思い立った。少女の顔が見えるように、少し立ち位置をずらしてその斜め後ろに陣取る。正面の露店商がこちらの不審な動きに気付いて怪訝な表情を浮かべたが、手振りで黙らせた。
 後ろで大人げない企みをしている人物に気付く気配もなく、少女は店先を観察していた。手こそ伸ばさないが、視線があまり動かない。どうやら、花の飾りが可愛らしい華奢な銀細工の髪飾りが気に入ったようだ。今まで身なりを気にする素振りを見せるどころか、怯え以外の感情を面に出すこともなかったが、やはり年相応に少女らしい感性は持ち合わせていたらしい。それに、この髪飾りは少女に良く似合うだろう。
 肩を竦めて店主に目配せすれば、訝かしげにしていたのもどこへやら、相好を崩した。少女の欲しい物をそれとなく用意するためだったと思ったのか、単純に商品が売れるのが嬉しいのか。どこか微笑ましそうに眼を細めている気がするのは黙殺して、簡単に価格交渉をする。
 ──露店のくせに、値切っても銀貨一枚とはいい値段をしている。いや、露店のものとは思えないほど細工も凝った品だから寧ろ掘り出し物だろうか。
 値段の折り合いが付いたところで、店主が髪飾りを手入れを装って取り上げた。釣られて顔ごと動かしてそれを追う少女の姿はいじらしい。

「………………?」

 少女は暫く店主の手元を眺めていたが、ふと右側を振り仰ぎ、続いて反対側も見て、深く澄んだ蒼い瞳を瞬かせた。ようやく同行者の男とはぐれたことに気が付いたようだ。その拍子に外套のフードが完全に脱げたが、それには気付いた様子がない。
 表情こそ変わらないものの、然り気無さを装って視線を巡らして連れを探している辺り、少女の心細さと同時に気の強さが窺える。だが、すぐ傍の死角に当の探し人がいるとは思いもしないだろう。
 笑い出して気付かれてしまう前に男は声を掛けることにした。多分に、これ以上は可哀想かと思ったこともある。
 少女の視線が外れたタイミングを見計らって、露天商と商品のやり取りを済ませる。

「──まったく。私から離れるなと散々言っただろう」

 そう声を掛けると、少女はぴくりと肩を震わせて男へと振り返った。男を見上げる表情には相変わらず変化は見られなかったが、安堵したように感じられたのは気のせいではないだろう。
 男が少女の感情を読めるようになったのか、それとも、少女の方が感情を表に出すようになったのか。どちらかはわからないが、どちらにしても良い傾向だと、男は思った。
 そんな感慨をひとまず脇に置いて、少女の頭に手を伸ばす。

「──っ」

 少女は一瞬、怯えたように身を竦ませた。何をされると想像したのかは分からないが、少女の予想から外れた行動をする事は確実だ。
 そっと耳の上辺りの髪を掬いあげて、今しがた購入したばかりの髪飾りで留める。ぶら下がった蒼い雫型の石が揺れて、陽光を鮮やかに跳ね返した。

「…………?」

 突然髪に掛かった重みに眼を瞬かせて、少女は薄手の手袋に包まれた手をそこに伸ばした。流石にそれがつい先程まで自分が見詰めていた物かまでは分からないだろうが、髪飾りであることには気付いたようだ。

「お嬢さん」

 見計らったように好々爺然とした露天商が声を掛けた。その手には商品と共に店先に置いていた鏡がある。

「……!」

 鏡を覗き込んだ少女は、何の髪飾りかわかって驚きに眼を見開いた。右に左にと頭を振って、揺れる髪飾りを見る。

「よく似合っているぞ」

 ばっ、と男を振り仰いだ少女は、何度か躊躇うように口を開いた後、鈴が鳴るような声で一言、辿々しく告げた。

「…………ぁ、りが……とぅ……」
「どういたしまして。ただ、こういうところではこれは被っておくようにな」

 フードを被せ直してやると、はっとした様子で少女はフードを更に深く被った。

「さて、今度は逸れないようにな」

 そっと差し出した男の手を、少女はおずおずと己の手を伸ばして取った。
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