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金と銀の交錯
しおりを挟むアリアはぼうっと窓の外を眺めていた。
村で人攫いに遭い、どこかの貴族に買われた。いや、好事家の貴族に雇われた者に攫われたというのが実情のようだ。
それからは、薬の聖女などと銘打たれて、法外な値段で力を使わせられたり、アリア自身は怪我をしてもすぐに治ると知れてからは悪戯に虐げられたりと、崇めるとも貶めるともつかないちぐはぐな生活を続けた。
ある日、噂を聞きつけたユート達が助けに来て、貴族の屋敷を抜け出した。
村に帰ってからは皆、腫れ物に触るような扱いだった。母親のセレナは変わらなかったため、暫くユート達の家に身を寄せることにした。少しして、セレナが重い病を患っていることがわかった。アリアの力が及ばないほどに。
その力が発覚した当初から、重い病には力が効き辛いことがわかっていた。それが、アリアの願いに応じて、ある程度強弱を変えられることも。
だから、アリアは願った。何よりも強く。どこまでも深く。
しかし、それはアリアの望んだ結果を齎さなかった。
西の魔女、その誕生の瞬間だった。
「やっぱり、あんたはあたしが嫌いだったのねッ!」
死の間際に放ったセレナの叫びが、アリアの耳にこびりついて、それからのことは覚えていない。
気付けばこの教会で隔離されていた。そして、その中で多くの人間を殺した。それは、アリアがいくら願っても止めることはできなかった。
***
銀の長髪を靡かせて部屋に入って来たクラウスに気付いて、アリアは顔を上げる。白磁のような肌と澄んだ碧い瞳、感情を窺わせない表情はまさに精巧なビスクドールのようだ。
「やあ、初めまして。西の魔女──いや、薬の聖女さん」
人当たりの良い微笑を浮かべて、クラウスが声を掛ける。
「………………だれ」
暫しクラウスを見詰めていたアリアが言葉を紡ぐ。無機質に、抑揚なく。
その声は見た目のままに幼く。
淡々と少女の言葉は続く。
「なに、しにきたの」
クラウスは少し考えるような仕草をしてから答える。
「そうだな……人攫い、かな?」
などと臆面もなく言って、少女に手を差し伸べる。
「わたしに、さわらないで」
「どうして?」
「みんな、死んじゃうから」
「本当に、そう思う?」
男はそのまま少女に近付く。
「こないでっ」
アリアは怯えた様子で逃げる。それでも、クラウスは止まらなかった。そのまま、座り込んだアリアの頰に触れる。
「────ッ!」
アリアは大きく肩を震わせて引き攣った悲鳴を上げる。しかし──
「──ほら、私は君に触れられる」
クラウスは顔色一つ変えずに微笑んだ。
「…………どう、して」
「さあ、どうしてだろうな」
そう言って笑うクラウスはどこか哀しげだった。
「さて、君は私に攫われてくれるかな?」
「………………」
見定めるようにクラウスを暫し見詰めたアリアは、おずおずとその手に己の手を伸ばし、触れる直前でぴたりと止めた。
「大丈夫、偶然じゃないから」
「……っ…………」
残りわずかの距離はクラウスが埋めてしまった。
「さあ、しっかり掴まっていて」
クラウスはアリアをその胸に抱き込むと、遠く離れた地上へ向けて、元来た窓から外に飛び出した。
***
逸れないようにと、小さな手と手を繋いだまま、クラウスは願う。
──どうか、この子が力に怯えることなく天真爛漫に生きていけるように。
唯一触れられる温かな手に手を引かれながら、アリアは願う。
──哀しい眼をするこの人が、心から笑える日が来るように。
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