神様に世界を見てきて欲しいと言われたので、旅に出る準備をしようと思います。

ネコヅキ

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三十三 地下祭壇

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 捕らわれた地下牢から抜け出した私は、最寄りの町の警備隊にこの事を報告すべく出口目指して歩き出し、通路が二手に分かれている所で立ち止まっていた。

「えっと……あれ? 右から来たんだっけ?」
 外から結構な距離を歩いて来た事だけは覚えている。けれど、奴等にせっつかされる様に歩かされて十数人がごちゃっと連行されていたものだから、足を踏まれ背中を押されて最初はともかく途中からは覚えていない。

「……! 足音?! やばっ」
 コツコツと通路に響く足音。音が反響してどの通路から来るのが分からないが複数人で歩いている事は分かる。ここで見つかっては何の為に抜け出したのか分からない。能力で姿を消し、柱の陰で息を潜めて足音を待つ。そして現れた人物に目を見開き驚いた。

「(な、何? この人達は……?)」
 目の部分だけ穴が開いている先の尖った頭巾を被り、ぞろりとしたローブを羽織った者達が次から次へとやって来ては左の通路に消えていく。

「(あの服装……確かカピロテとかって名前だったっけ?)」
 秘密結社の服装だったり邪教かなんかの正装だったりするアレだ。こんな深夜にそんなのを着込んだ者達が徘徊していては驚かない方が難しい。

「(よし、もう来ないかな……?)」
 最後の一人が通り過ぎ、右向き左向き安全確認をする。柱の陰から通路へ戻ると、抜き足差し足。彼等がやって来た方向へと歩き出した。
 彼等は一言も発する事なく黙ったままで右から左への通路へ歩いて行った。恐らくは何らかの儀式をこれから始めるのだろう。もし済んだ後ならば多少は気が緩んでいても良いはずだ。しかしそんな様子は微塵も感じられなかった。
 そして、何かをこれから行うのならば彼等が向かった先こそがその場所であり、彼等がやって来た方向こそが出口であるに違いない。そう判断して足を出口に向け、ふと足を止める。

「(あの人達は一体何をするつもりなんだろう……?)」
 秘密結社のような様相をした者達が大勢でこんな夜中に一体何をするのか。気になる。気になってしまった。

「(うう……私、気になったら寝れないタイプなんだよなぁ……)」
 前世でも今世でも。気になって気になって一晩悶々としていた事が多々あるのだ。このまま後ろ髪引かれるよりは確認してスッキリとした方が良いに決まっている。けれど、何か良からぬ事に巻き込まれそうな気もしている。私には主人公属性が付与されているらしいので。

「ええいっ。ままよ!」
 散々悩んだ結果、スッキリしてから脱出しようと、彼等の後を追った。


 通路は緩やかな下り坂になっていた。滑らぬ様にとの配慮なのか、溝を細かく掘り込んだ床を降りてしばらく行くと今度は広い空間に出る。通路は直角に左へと曲がり、そのまま壁づたいに下っている。その先に先ほど通過した一団が歩いていた。

「(随分と広い部屋ね……)」
 落下防止だろう。石材で作られた欄干越しに身を乗り出し室内を見渡す。そこは正方形に掘り下げられた部屋で、広さは体育館を二つ並べたくらいはある。私がいる場所は三階ほどの高さの場所だった。そのお陰でさっきすれ違った一団とは別の一団が部屋の底に居るのが見えた。

「一体何をして……あれは、冒険者?!」
 商隊を護衛していた冒険者。その三人が壁に繋がれて磔にされている。その傍には、杭やら金槌やらハサミやらナイフやら、松明の光を反射するよく手入れがなされた銀色の道具が整然と並べられていた。

「仲良くみんなでガーデニングってカンジじゃなさそうね……」
 床には畑でなく何かの魔法陣が描かれている。何かを呼び出そうとしてるのはあきらかだが、生け贄を捧げる儀式なぞ悪魔を召喚する以外に思い当たらない。

「でも、この世界の歴史に悪魔なんて登場していないしな……」
 神様は居るけど悪魔は居ない。だとしたら、この魔法陣は何をする為に使うものだろうか?

「ま、直接聞いてみますか」
 冒険者を助ける算段もしなければならない。階段途中の踊り場に居るカピロテを被った人物をターゲットに選び、意識を集中させる。使う術はロブアエラス。相手の周囲から吸うべき空気を奪う術。それを体全体を覆うようにかけると、暴れようがド派手に倒れようが一切音がしない。音は空気があるからこそ周囲に伝播するもの。その空気が無くなれば音は何処にも届かない。
 お亡くなりになったあの人の衣服を借りて奴等の中に潜入し、新人のフリをして色々と聞き出してやろうと思っていた。その矢先――

「……あ」
 自身の喉を押さえ、苦しみ悶えていた人物が踊り場から落下。下に置かれていた木箱を派手に破壊したのだ。それに気付いた者達が何事かと騒ぎ始め、私は慌ててしゃがみ込んで身を隠した。

「(どどど、どうしよう)」
 『侵入者だ捕まえろ。儀式を穢す者を血祭りに上げろ。生け贄に捧げろ。』そんな言葉がどんどん近付いてくる。

「(姿を消して壁にへばりついてやり過ごす? ……いや、ダメだわ)」
 階段は狭く二人が並んでギリギリ通れるかどうかだ。壁にへばりついていても突き飛ばされて踏まれるのがオチ。

「(ならば、三十六計逃げるに如かず、ね)」
 取り敢えず一旦ここは引いて、後で冒険者達を助けにこよう。そう決断して逃げる為に振り向くと、そこには商隊を襲った張本人が立っていた。

「あ……」
「ここで何をしている?」
「あー……」
 視線を右斜め上に向けてどう言い訳しようか考える。そして、カピロテを被った者達を見て閃いた。

「ほ、ホラ。変な格好をした人達がいっぱい歩いて行ったから何をしているのかなぁって思って……」
 男の後ろに居るカピロテ達に指を差して言う。

「どうやって牢屋を抜け出した?」
「ふ、普通に通り抜けられたわよ。ちょっと目が荒いんじゃないかしら?」
「では最後の質問だ。今死ぬか後で死ぬか選べ」
 どっちも同じじゃんよ。

「そ、それ以外の選択肢は……?」
「無い」
「そんなの横暴よ! 児童虐待だわ!」
「ジドウギャクタイ? なんだそれは?」
 あっ、そうでした。こっちの世界にはそういうの無いんでした。

「もう一度言う。今死ぬか、後で死ぬか。選べ」
「あ、後で」
 下から上がってきた者達にも囲まれて、仕方なしに後者を選択した。


 ☆ ☆ ☆


 カピロテ達に連行されて地下の最下層と思しき儀式場。その祭壇に座らされて後ろ手に縛られていた。両隣には商隊を護衛していた冒険者達が並び、カピロテ達は何やら異様に興奮をしていた。そんな中、冒険者のリーダと思しき男性が声をかけてきた。

「牢屋から抜け出せたならそのまま逃げればよかったのに。どうしてこんなところに来たんだ?」
「本当よ。こうなってしまってはもう、私達ではどうにもできないわ」
 と、こちらは左隣の女性冒険者。

「見なさい奴等の浮かれ様を。極上の処女が来たと大喜びよ」
 場内ではガッチリと握手を交わしあったり、小躍りをしていたり、腕を組み一人頷くカピロテもいた。浮かれすぎだろオマエラ。

「でも、それだと皆さんが犠牲に」
「私達はいいのよ。そういう覚悟で冒険者をやってるんだから。最後にもうひと暴れするつもりだったのに」
 視界の端で女性冒険者が手を動かしているのが見える。他の冒険者も同じだ。奴等に見えない様に。悟らせない様にゆっくりと、手を拘束している縄を小さなナイフで切ろうとしていた。
 なるほど。最後に大暴れをして往生しようとしていた所に私が連れてこられて足手纏いが増えちゃったと。

「そのへんなら大丈夫ですよ。私も冒険者ですから」
「え? マジ?」
 女性冒険者の向こうから頭を覗かせたもう一人の冒険者が驚く。

「ええ。こう見えてもDランク冒険者です」
「え。Dって、オレ等とタメ?! ありえないんだけど」
 女性冒険者の向こう側の男性冒険者が驚く。

「え。あなた歳いくつ?」
「十一ですけど?」
「ウソ……そんな事ってあるのね」
 冒険者達は驚いているが、私の実力というよりも神の祝福ギフトによる恩恵の方が大きい。それが無ければ未だ私はランクFの駆け出しだったろう。……いや、今までの出来事を思えばすでに死んでいてもおかしくはないな。

「なので、お手伝いしますからみんなで脱出しましょう」
「脱出って一体どうやって?」
「簡単ですよ」
 私はそう言って手を縛っている縄の隙間に空気を集めて膨らませる。内から外へと向かう圧力に耐えられなくなった縄はブチッと切れた。

「え……?」
「奴等を全員ぶっ倒せばいいんです」
 自由になった両手で足の縄を解き、立ち上がって手の平に拳をパシッと当てた。


 私が縄を抜け出した事でカピロテ達は騒ぎ始める。『処女が拘束を解いたぞ』とか『処女を逃すな』とか『処女を捕まえろ』とか喚き立って祭壇へと殺到してくる。処女処女って間違いじゃ無いけどなんか腹立つな。
 私はポケットから宝石を取り出してこれから使うのは魔術であるという体裁を整える。その宝石を左手の指でつまみ、右手で空を薙ぐ仕草をして神の祝福ギフトで空気の障壁を作り出し、あたかも強風が吹いたかの様にカピロテ達を吹き飛ばす。
 吹き飛ばされたカピロテ達は壁に叩き付けられて床に転がり呻き声をあげていた。

「ヒュウ」
「すごいな」
 小さなナイフでロープを切って拘束から抜け出した冒険者その一が口笛をヒュウと吹き、そのニが感嘆の声を上げる。そしてその三である女性冒険者が目をぱちくりさせながら聞いた。

「一体どうやったの……?」
「ただの風の魔術ですよ。作り出して収束した強風を相手にぶつけただけです」
「へぇ、そんな事も出来るんだな」
 冒険者その二が手首に付いた縄の痕を摩りながら言う。その他二人も感心している様子で誰からもツッコミが入らない所をみるとこの三人、風の宝石ジュエルは持っていないらしかった。

「よし、それじゃ。オレ達も加勢しますか」
「そうだな。こんな子供ばかりにやらせたとあっちゃ、狼の牙の名折れだからな」
「じゃあ、あたし。この針を使わせてもらうわ」
 儀式を行う予定で置かれていたと思われる、三十センチ以上の長さの太い針を女性冒険者が持ち出す。

「んじゃ、俺っちはナイフだ」
 冒険者その一が三本のナイフを手に取った。そしてそのニがそれに抗議をする。

「あーっ。一つ寄越せよ!」
「嫌だねー。他の使えばいいじゃんよ」
「他のって……」
 台の上に乗っているのは剪定ばさみみたいに大きなハサミと庭とかの境界線に使われるようなよく磨かれた鉄製の杭。内側に針が付いた首輪に腕輪。

「ロクなのねぇじゃん」
 冒険者その二は渋々剪定ばさみを手に取り、『これが一番マトモかなぁ』と、振り回して使用感を確かめていた。

「よっしゃ、行くぜぇっ!」
 冒険者その一が手に持つナイフの一本をカピロテに向かって投げ放つ。投げられたナイフはカピロテの胸に吸い込まれる様に突き刺さる。それが開戦の合図となった。
 冒険者達は不慣れな武器を用いて迫り来るカピロテ達を巧みに退け応戦するも、数の暴力の前に徐々に劣勢に立たされる。休む暇もなく連戦続きで疲れが蓄積し、少しづつ受ける傷も増えてまた動きが鈍る。
 私も彼等冒険者が足枷となり能力を十全に振るう事が出来なく、私を捕まえようと近付くカピロテ達を空気の塊。空気弾で撃退するのが精々だった。

「くっそ……光明が見えた気がしたんだが、どうやら地獄の光だった様だぜ」
「武器がもう使い物にならないわ。ここまでね」
 疲れがピークに達し、肩で荒い息を繰り返す冒険者達。諦めムードが高まる中、私は彼等冒険者にソッと声を掛けた。
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