三島くんと篠崎さん

ルーシュ

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付き合い始めの頃は、篠崎の何の前触れもない行動によく驚いたものだった。 

普通、店を出るときは「もう出よう」という一言はあるだろう。 

が、彼女にはない。 

注文したものを食べ終え少しの食休みの後、突然彼女はレシートを持って席を立ち、一人で会計を済ませて店を出てしまうのだ。 

それを初めて俺が経験した時は、何か気に触ることをしてしまったのかとずいぶん不安になったものである。 

しかし、それは彼女の個性――――これを個性と呼ぶのは多少無理があるかもしれないが――――なのだ。 

実際、彼女はトイレに行くときも何も言わない。 

何も言わないで席を立ち、何をするのか不安になっている俺に何も言わずにトイレに歩いていくことはざらだ。 

それに他にも―――― 

「お茶」 

「…………」 

そんなことを思い出していると、いきなり目の前に湯飲み茶碗が出現していた。それを持つ手を辿ると、当たり前だが、成美の顔に辿りつく。 

「いらない?」 

「…………いる」 

湯飲みを受け取る時に少しだけ彼女の手に触れた。 

それだけでまるで中学生のように赤くなる俺。 

ラブコメか、ちきしょう。 

そう思いながらまだ暑い、じゃなくて熱いお茶をすすった。 

「…………」 

「…………」 

しばし、無言の時が過ぎる。こんな事はいつものことだが、今日はやけに、いつもよりも落ち着けた。 

だからだろうか、店内は昼時の為か混んできたが、この席の周りだけは、なんとなく別世界のようだった。 

「…………」 

そうして尚も無言で数分くらいそんな事を考えていると、俺の眼球は、何時の間にか成美の手を捕らえていた。 

女のくせに大きな手だが、指は細く長く、色も白い。 

ただ、右手首に包帯が巻いてある。 

「ん?」 

成美も俺の視線に気づいたのだろう。顔を上げて、もの問いたげな目を俺に向けた。 

「包帯」 

俺は言って、彼女の右手首を指す。そして、聞いた。 

「ケガでもした?」 

「……ん」 

否定の「ん」だ。 

その否定の前にいくらか間があったから、どうやらそのことには触れて欲しくないらしい。 

(ふむ…………) 

詮索されたくないことを詮索されるのは嫌なことである。そしてそれはいくらなんでも、成美の場合も同じだろう。 

そう思って、俺はもうそのことには触れないことにした。 

…………まぁ、それはいいとして。 

(まさかあの難解な『篠崎思考』を多少なりとも理解できるようになるとは…………) 

嬉しいやら悲しいやら。俺はなんとも複雑な表情で、一人小さく苦笑した。
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