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3 101号室 住人 小早川秀章
26.
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翌週の土曜日、一番上の姉の咲子から電話があった。嫌な予感しかしないが出なければ更に面倒なことになることを今までの経験上、熟知しているためでるしかない。ブルドーザーのような姉、本当に手に負えない。
「はい」
『あ。秀章~?久しぶり!元気?』
まったく脳天気な姉だ。三十路を越えて、ふたりの子供の母親になった今でも騒がしい。ここから2時間ほど離れた実家の近くに家を構え、気のよさそうな旦那と幸せな家庭を築いている。あんな姉に捕まってしまった彼が気の毒で仕方がない。
『今日と明日、いつものデパートの催事でルビーチョコのケーキがくるのよ。杏奈の誕生日に今年はそのケーキを秀章がプレゼントしてくれるわよって言ったら奈菜が直接お礼を言いたいっていうから。さぁ、杏奈。『……秀ちゃん!ありがとう!大好き!』よし、いい子ねぇ。じゃあね!』
相変わらずこちらの都合を一切無視した嵐のような電話である。奈菜の誕生日はもうすぐだけどケーキの事なんて存在すら知らん。姉が食べたいだけなんだろうが奈菜を使ってくるところが腹立たしい。
通話の切れたスマホを呆気にとられて眺めていると、咲子からケーキの詳細が送られてきた。ルビーチョコでコーティングされたパウンドケーキ。通常店頭販売のみで通販しておらず、期間限定で数量限定の商品である。(しかもお一人様1本限り!)ちなみに人行列必至の人気商品らしい。くれぐれも買い損ねのないようにと念押ししてある。え?あの女共の巣窟に突っ込んでいって並ぶのか?並ぶのか??
無邪気な姪の杏奈(5歳)から嬉しそうにお礼を言われてしまっている。退路をすぱーんと絶たれており、前へ進むしかないのだ。
姉は鬼だが姪は天使だ。恐ろしく可愛いのだ。あれは女ではない、天使だ。きっと旦那似なんだと思う。姉の悪影響を受けないこと祈ることしかできないが、できればそのまま育ってほしい。世のため人のためである。
とりあえず、開店と同時に行けば混雑も少なかろうと、翌日朝から勢い込んで出かけてきたのだが。
目の前に広がる行列にぞっとした。既に長蛇の列だ。いったいどこから入店したんだ、この人達は・・・・・・。
重い重いため息をついて最後尾に並んだ。いったいどれくらいで順番が回ってくるんだろう。嫌だ、男で並んでるのはきっとオレだけだぞ。ホラ見ろ、チラチラ女達から視線を投げかけられる。ここ、逃げ場がないんだぞ?本当、恨む、姉。
見るな寄るな触るな話しかけるなオーラを振りまきながら無表情で前方を居据えていると嫌なモノが目に入った。先週の飲み会でうるさくつきまとっていたあの女だ。友達とふたりで数人前に並んでおり、こっちを見てニコニコしている。……オレ、何か悪いことしたか?疫病神が張り付いて居るような気がしてならない。
「小早川さぁん。偶然ですね」
そう言って列をするりと抜けてこちらへやってきた。友達ちゃんほっといていいのかよ、っていうか列に大人しく並べ。
「夢みたいです!こんなところで会えるなんてもう運命ですよねぇ、私たち」
本当に夢みたいだよ。何で休日までこんな目にあわなきゃいけないんだ。
「ほら、先日言ってたお店。この後一緒に行きましょうよ。あ、お店に予約しますね?」
そう言って店に電話しようとする。冗談じゃない。そんな話知らねぇし、行くって一言も言ってないよな?
「悪いけどこの後約束があるんで」
「ちょっとくらいいいじゃないですかぁ」
「(可愛い花子を)待たせてるんですよ。早く行かないといけないんで」
「ええぇ。じゃぁ今日は我慢しますから連絡先教えてくださいよぉ」
え?何言ってんの?我慢するって何?オレ何も約束してないよね?何、そのあきらかにこっちが悪いっていう態度おかしいだろう?
ちょっとどん引きだ。こんなに人の話を聞かない子を受付に置いてて大丈夫なのか?あの会社。
唖然としていたら後ろから声をかけられた。
「秀章くん」
声を聞いた瞬間「うげぇっ」って思ったけれど平静を保って振り向くと、アパートの住人の美沙恵さんがニコニコ笑いながら立っていた。
「はい」
『あ。秀章~?久しぶり!元気?』
まったく脳天気な姉だ。三十路を越えて、ふたりの子供の母親になった今でも騒がしい。ここから2時間ほど離れた実家の近くに家を構え、気のよさそうな旦那と幸せな家庭を築いている。あんな姉に捕まってしまった彼が気の毒で仕方がない。
『今日と明日、いつものデパートの催事でルビーチョコのケーキがくるのよ。杏奈の誕生日に今年はそのケーキを秀章がプレゼントしてくれるわよって言ったら奈菜が直接お礼を言いたいっていうから。さぁ、杏奈。『……秀ちゃん!ありがとう!大好き!』よし、いい子ねぇ。じゃあね!』
相変わらずこちらの都合を一切無視した嵐のような電話である。奈菜の誕生日はもうすぐだけどケーキの事なんて存在すら知らん。姉が食べたいだけなんだろうが奈菜を使ってくるところが腹立たしい。
通話の切れたスマホを呆気にとられて眺めていると、咲子からケーキの詳細が送られてきた。ルビーチョコでコーティングされたパウンドケーキ。通常店頭販売のみで通販しておらず、期間限定で数量限定の商品である。(しかもお一人様1本限り!)ちなみに人行列必至の人気商品らしい。くれぐれも買い損ねのないようにと念押ししてある。え?あの女共の巣窟に突っ込んでいって並ぶのか?並ぶのか??
無邪気な姪の杏奈(5歳)から嬉しそうにお礼を言われてしまっている。退路をすぱーんと絶たれており、前へ進むしかないのだ。
姉は鬼だが姪は天使だ。恐ろしく可愛いのだ。あれは女ではない、天使だ。きっと旦那似なんだと思う。姉の悪影響を受けないこと祈ることしかできないが、できればそのまま育ってほしい。世のため人のためである。
とりあえず、開店と同時に行けば混雑も少なかろうと、翌日朝から勢い込んで出かけてきたのだが。
目の前に広がる行列にぞっとした。既に長蛇の列だ。いったいどこから入店したんだ、この人達は・・・・・・。
重い重いため息をついて最後尾に並んだ。いったいどれくらいで順番が回ってくるんだろう。嫌だ、男で並んでるのはきっとオレだけだぞ。ホラ見ろ、チラチラ女達から視線を投げかけられる。ここ、逃げ場がないんだぞ?本当、恨む、姉。
見るな寄るな触るな話しかけるなオーラを振りまきながら無表情で前方を居据えていると嫌なモノが目に入った。先週の飲み会でうるさくつきまとっていたあの女だ。友達とふたりで数人前に並んでおり、こっちを見てニコニコしている。……オレ、何か悪いことしたか?疫病神が張り付いて居るような気がしてならない。
「小早川さぁん。偶然ですね」
そう言って列をするりと抜けてこちらへやってきた。友達ちゃんほっといていいのかよ、っていうか列に大人しく並べ。
「夢みたいです!こんなところで会えるなんてもう運命ですよねぇ、私たち」
本当に夢みたいだよ。何で休日までこんな目にあわなきゃいけないんだ。
「ほら、先日言ってたお店。この後一緒に行きましょうよ。あ、お店に予約しますね?」
そう言って店に電話しようとする。冗談じゃない。そんな話知らねぇし、行くって一言も言ってないよな?
「悪いけどこの後約束があるんで」
「ちょっとくらいいいじゃないですかぁ」
「(可愛い花子を)待たせてるんですよ。早く行かないといけないんで」
「ええぇ。じゃぁ今日は我慢しますから連絡先教えてくださいよぉ」
え?何言ってんの?我慢するって何?オレ何も約束してないよね?何、そのあきらかにこっちが悪いっていう態度おかしいだろう?
ちょっとどん引きだ。こんなに人の話を聞かない子を受付に置いてて大丈夫なのか?あの会社。
唖然としていたら後ろから声をかけられた。
「秀章くん」
声を聞いた瞬間「うげぇっ」って思ったけれど平静を保って振り向くと、アパートの住人の美沙恵さんがニコニコ笑いながら立っていた。
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