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3 101号室 住人 小早川秀章
31.
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仕事帰り、食堂に明かりがついていたので立ち寄ると光井くんがいた。
「こんばんは。久しぶり」
「こんばんは。お久しぶりです」
彼はイタリアンレストランで働いているので土日休みのオレとはほとんど出会うことがない。去年、成人式を迎えたのだが周囲から「サバ読んでる?」っていわれるくらい……ちょっと厳つい老け顔の青年だが非常に気のいい奴だ。とてもマメで時々皆のためにデザートを作ってくれる。今晩は何やらスクエア型の焼ケーキを食べやすい大きさに切り分けていた。
「今日は休み?」
「はい」
「それは?」
「チーズケーキです。鈴ちゃんが好きらしいので」
「もう会った?」
「ええ。自分、ちょっと顔が怖いでしょう?女子供には大抵怖がられるんですよ。でも鈴ちゃんは顔よりも『みっちゃん』が男だったことにビックリしたらしくって。あの子天然ですね。笑っちゃいました」
光井くんは彼女と良好な関係を築けてるらしい羨ましい。
「鈴ちゃん、味覚がしっかりしてるから作りがいありますよ」
「味覚?」
「そうです。微妙な味の違いがわかるみたいなんですよね」
ちょっと嬉しそうに笑う光井くんは、珍しい。
「そういや……相良もそうらしい」
「相良くん?」
「一度いつきさんと美沙恵さんに紅茶の試飲させられたことあるんだけど。オレと礼子さんはさっぱりだったんだけど、相良だけは違いがわかってた」
「へぇ……。相良くん、ほとんど出てこないのに珍しいですね」
相良はそう、若干引きこもりの気がある。専門学校にも通ってるらしいので完全ではないのだが何故か人前に出るのを嫌がる。人見知りなんだろうか。
「一度ゆっくり話が聞けたら面白そうですね。出てきてくれませんかね」
そうなんだよなぁ。朝の通学の時くらい出会いそうなんだけど、全く出会わないんだから驚きだ。
「このケーキ、明日以降になったら食べられるんで」
「今はダメなのか?」
「味が馴染んでないのでダメです」
「光井くんの作るデザートは何食べてもウマイと思うけど?」
別に今でもいいんじゃないのか?という思いが伝わったのか光井くんが言葉を続ける。
「ありがとうございます。なら尚更ベストな状態で食べてもらいたいです」
そういいながら光井くんは冷蔵庫に張り紙を貼り付けた。
『チーズケーキ 金曜日まで』
本当にマメだ。
「小早川さん、お茶いかがですか?」
緑茶の茶筒を戸棚から取り出しながら光井くんが聞いてくる。
「あ、頼む。そうだ。かりんとうあるんだけど。光井くん、いける?」
佐谷から今日貰ったかりんとう。とあるメーカーのかりんとうに両親がドはまりしているらしく、布教活動のように大量に送られてきたらしい。
「いただきます。……好きなんですよ」
光井くんは口数が少ない。顔もちょっと怖いけれど、それでも橘さんとの関係は良好なんだよな。
「なぁ……さっき女子供に怖がられるって言ってたけど。どうやって対応してんの?」
「何ですか、突然」
光井くんがキョトンとこっちを見てくる。
「いや、聞いてるかもしれないけど、オレ橘さんにちょっとやらかしてて。めっちゃ怖がられてるんだよ。このままじゃマズいから改善命令がいつきさんからでてて」
ああ、と光井くんはうなずいた。聞いてるのか、そりゃ聞いてるんだろうな。
「自分は害を与えないと心の底から思い、伝えるようにしてます。鈴ちゃんのように微妙な味の違いがわかる人って、かなりの割合で繊細な人が多いんですよ。感受性の強い人。ああいう人はちょっとした気分の揺れをキャッチするから、こちらの表裏ない気持ちを差し出さないと逃げられてしまいます」
光井くんは入れたお茶をテーブルに置いて向かいに座った。
「だからできるだけ負の感情を人に抱かないようにしてきました」
「苦労してんだな」
「ええ、この顔ですから」
光井くんは苦笑する。
「ちなみにこじらせた場合はどうしたらいい?」
「……自分、妹がいるんですけどね。幼い頃は怖がられてたんですよ。でもおやつを自分の分をやったりしてたら段々改善されてきて。ちょっとしたきっかけで菓子を作ったことがあったんですけど、その時すごく喜んでくれて。それ以来、菓子に限らず食事とかも頻繁に作るようになって……いつの間にか改善されてましたね」
まさかの餌付けか!?
「オレ、光井くんみたいに料理できないからなぁ……貢ぎ物でもするかぁ?」
自然と目の前に置かれた無骨なかりんとうに目が行く。
「もし貢がれるなら……。もう少しだけ夢のあるものがいいんじゃないですかね。高価なものじゃなくて、あの位の年代の子が目にして思わず笑顔になれそうなもの」
だよなぁ。不格好なかりんとう。うまいんだけどなぁ、華やかさはないけど。
「味で勝負でもいいですけど。見た瞬間にテンションあがって、食べてテンション上がったら効果倍増ですよ」
「こんばんは。久しぶり」
「こんばんは。お久しぶりです」
彼はイタリアンレストランで働いているので土日休みのオレとはほとんど出会うことがない。去年、成人式を迎えたのだが周囲から「サバ読んでる?」っていわれるくらい……ちょっと厳つい老け顔の青年だが非常に気のいい奴だ。とてもマメで時々皆のためにデザートを作ってくれる。今晩は何やらスクエア型の焼ケーキを食べやすい大きさに切り分けていた。
「今日は休み?」
「はい」
「それは?」
「チーズケーキです。鈴ちゃんが好きらしいので」
「もう会った?」
「ええ。自分、ちょっと顔が怖いでしょう?女子供には大抵怖がられるんですよ。でも鈴ちゃんは顔よりも『みっちゃん』が男だったことにビックリしたらしくって。あの子天然ですね。笑っちゃいました」
光井くんは彼女と良好な関係を築けてるらしい羨ましい。
「鈴ちゃん、味覚がしっかりしてるから作りがいありますよ」
「味覚?」
「そうです。微妙な味の違いがわかるみたいなんですよね」
ちょっと嬉しそうに笑う光井くんは、珍しい。
「そういや……相良もそうらしい」
「相良くん?」
「一度いつきさんと美沙恵さんに紅茶の試飲させられたことあるんだけど。オレと礼子さんはさっぱりだったんだけど、相良だけは違いがわかってた」
「へぇ……。相良くん、ほとんど出てこないのに珍しいですね」
相良はそう、若干引きこもりの気がある。専門学校にも通ってるらしいので完全ではないのだが何故か人前に出るのを嫌がる。人見知りなんだろうか。
「一度ゆっくり話が聞けたら面白そうですね。出てきてくれませんかね」
そうなんだよなぁ。朝の通学の時くらい出会いそうなんだけど、全く出会わないんだから驚きだ。
「このケーキ、明日以降になったら食べられるんで」
「今はダメなのか?」
「味が馴染んでないのでダメです」
「光井くんの作るデザートは何食べてもウマイと思うけど?」
別に今でもいいんじゃないのか?という思いが伝わったのか光井くんが言葉を続ける。
「ありがとうございます。なら尚更ベストな状態で食べてもらいたいです」
そういいながら光井くんは冷蔵庫に張り紙を貼り付けた。
『チーズケーキ 金曜日まで』
本当にマメだ。
「小早川さん、お茶いかがですか?」
緑茶の茶筒を戸棚から取り出しながら光井くんが聞いてくる。
「あ、頼む。そうだ。かりんとうあるんだけど。光井くん、いける?」
佐谷から今日貰ったかりんとう。とあるメーカーのかりんとうに両親がドはまりしているらしく、布教活動のように大量に送られてきたらしい。
「いただきます。……好きなんですよ」
光井くんは口数が少ない。顔もちょっと怖いけれど、それでも橘さんとの関係は良好なんだよな。
「なぁ……さっき女子供に怖がられるって言ってたけど。どうやって対応してんの?」
「何ですか、突然」
光井くんがキョトンとこっちを見てくる。
「いや、聞いてるかもしれないけど、オレ橘さんにちょっとやらかしてて。めっちゃ怖がられてるんだよ。このままじゃマズいから改善命令がいつきさんからでてて」
ああ、と光井くんはうなずいた。聞いてるのか、そりゃ聞いてるんだろうな。
「自分は害を与えないと心の底から思い、伝えるようにしてます。鈴ちゃんのように微妙な味の違いがわかる人って、かなりの割合で繊細な人が多いんですよ。感受性の強い人。ああいう人はちょっとした気分の揺れをキャッチするから、こちらの表裏ない気持ちを差し出さないと逃げられてしまいます」
光井くんは入れたお茶をテーブルに置いて向かいに座った。
「だからできるだけ負の感情を人に抱かないようにしてきました」
「苦労してんだな」
「ええ、この顔ですから」
光井くんは苦笑する。
「ちなみにこじらせた場合はどうしたらいい?」
「……自分、妹がいるんですけどね。幼い頃は怖がられてたんですよ。でもおやつを自分の分をやったりしてたら段々改善されてきて。ちょっとしたきっかけで菓子を作ったことがあったんですけど、その時すごく喜んでくれて。それ以来、菓子に限らず食事とかも頻繁に作るようになって……いつの間にか改善されてましたね」
まさかの餌付けか!?
「オレ、光井くんみたいに料理できないからなぁ……貢ぎ物でもするかぁ?」
自然と目の前に置かれた無骨なかりんとうに目が行く。
「もし貢がれるなら……。もう少しだけ夢のあるものがいいんじゃないですかね。高価なものじゃなくて、あの位の年代の子が目にして思わず笑顔になれそうなもの」
だよなぁ。不格好なかりんとう。うまいんだけどなぁ、華やかさはないけど。
「味で勝負でもいいですけど。見た瞬間にテンションあがって、食べてテンション上がったら効果倍増ですよ」
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