一人ぼっちの辺境伯

暁丸

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オマケ 4

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「君が男爵の懐剣か…いや、今は戦杖だな」

面会するなり王子はそう言った。
その一言で鬼人は(つまりは、あたしが何をしていたか知っているという事か…)と理解した。
男爵の紹介状に何が書いてあったかは知らないが、それ以前から鬼人には『男爵の懐剣』という二つ名が付くほどには知られていたらしい。『懐剣』というのは、おそらくは少女の姿でアレやコレやをしていた事を指しているのだろう。そして今は尼僧の姿をしているから『杖』という訳だ。

「すまないが、諸君らは席を外してくれ」

そう言われて、文官らしき家臣や鬼人を案内して来た使いも部屋を出て行く。残ったのはガッチリした大男と、中肉中背年齢不詳の優男の二人だった。

「男爵の紹介だから君を信用したいが、私も立場上そういう訳にもいかなくてな。護衛と相談役を同席させるが、かまわないか」
「あぁ、そりゃあ当然だね…。あぁ、あたしはこの口だけど構わないか?」
「とりあえず君の処遇が決まるまではね。これが私の護衛、城の騎士の副長をしていたが、今は私の直轄になってもらっている。そちらが相談役、古今の事象や法令にも通じている」

護衛だという剣士は、平服に剣だけ下げた姿だった。髪を短く刈り込み、日に焼けたあごの左に刀傷がある。傷はおそらく全身にもあるはずだ。体格は王子より二回りは大きい。鬼人は、どこをどう鍛えると只人がこうなるのか信じられなかった。何でもありの戦場では別だが、少なくとも一対一で試合をしたら、この男は鬼人と互角に渡り合うだろう。(あたしに対抗できる護衛なんているのかね…)と高をくくっていた鬼人は、考えを改める事になった。
相談役と紹介された男は、更に得体が知れなかった。微笑を浮かべ、のほほんとした顔をしているが、視線が合うと首筋の毛が逆立った。

「あんたら二人…何者だよ……」

護衛の同席に同意しながら、鬼人は思わず声に出してしまっていた。

「こいつはともかく、私は正真正銘只人だが」

剣士が不満そうに言った。

「すまん、気を悪くしないでくれ。聞いていると思うがあたしは鬼人でね。強さにはそこそこ自信があったんだが、あんたら二人は今まで見た只人とは桁違いの強さに見えたんだ。そっちは只人じゃないのか?」
「あぁ僕は森人ですよ。よく判りましたね」
「魔法使いだろ?背筋を怖気が走ったよ」
「おや、魔法は苦手でしたか」
「鬼人は魔法の正反対に居るからね。それでもここまで冷や汗かいたのは初めてだよ。森人なら納得だ」
「私が王位を継いだら宮廷魔法使いにすると誘ったんだが、絶対嫌だというので相談役という事になっている」

しれっと、相談役が魔法使いと認めた王子に、(なるほどね…あたしが信用できないとなれば、消すつもりだったんだろうな…)と、鬼人は理解した。

「仕事の話だが、私は王国を脅かす魔族の出現元を突き止め、根絶したいと考えている。今の王国には、残念ながらその為に動かせる兵力が無いから、精兵を集め最小限の小隊で戦うつもりだ。この二人も参加するが、小隊は私自らが指揮する。戦う相手は人間ではなく魔族だ。敵がどれほど居るかも判らない、どれだけ時間がかかるかも判らない。割に合わぬと思うなら断っても良い。応じるというなら、私の直臣として遇しよう」

(へぇ)と鬼人は感心していた。魔族は普通の剣士には抗しがたい強敵だ。この王子は、その魔族相手に自ら兵を率いて出ようというのだ。人によっては「無謀」と切り捨てるかもしれない。だが鬼人に取っては、戦う意思を持つ事自体が大事な事なのだ。

「鬼人には『割りに合わない戦い』なんてのは無いよ。戦いである事が重要なだけだ。だけど、家臣になるってのは遠慮しておく。鬼人の家臣なんて、面倒の元にしかならないからね」
「大丈夫ですよ、僕は家臣ですけど、問題はおきてないですし」

森人の男がそう言ったが、鬼人は首を振る。

「そりゃ、あんたがきちんと世渡りできる礼儀と常識を身に付けてるからだよ」
「……何か…自分には常識が無い…と言ってるように聞こえるのですが……」
「無いよ。鬼人は戦馬鹿でしかない。ダテに只人から蛮族扱いはされてないからね」
「自分で言いますか」

そう言いながら、森人は少し鬼人を見直していた。自分が愚かと知っている者は、真の愚か者ではないのだ。
この鬼人は森人が知っている鬼人とはだいぶ毛色が違うようだった。

「ならば、傭兵という事になるが、まだ私には国として雇う権限は無い。私の私兵という事になるな」

鬼人はそれも首を振った。

「王都に来る道すがら、王都に近い集落でも結構な被害を受けているのを見たよ。こんな状況で鬼人の私兵を雇ったと知れれば、批判も出るだろ?男爵んとこと同じ、食客って事でいいよ。傭兵ったってあたし一人で手下は居ないからね。仕事と衣食住をくれるなら後は何も要らないよ。命令はちゃんと聞く。鬼人は戦いがあればいいんだ。雇われじゃないから、あたしが誰を殺そうが、何人殺そうが、あんたには責任は無い。何かあったら『鬼人が勝手にやった』って事にできる。それでどうだい?」

十数年働き、男爵の屋敷で雇われていた「食客」が、自分には一番合っていると思っている。いざとなったら、使い捨てにできる王子の手駒である。地位の高い貴族程、いざというとき切り捨てられる手駒が必要だろう…と鬼人は考えていた。雇い主を全面的に信用しなければ成り立たないが、別に給金を踏み倒されても文句を言う気は無い。鬼人の生を…戦って生き戦って死ぬ…を全うできるならそれで良いと思っている。

だが、それには王子が難色を示した。

「気遣いはありがたいが、それは無理だ。鬼人を囲っておいて、勝手にやった事だから責任は無いなどと言える訳も無い。男爵も、そういう布石を置いていただけで、実際に責任を追及されたら、そうそう逃れる事は出来なかったはずだ」
「あれま。じゃぁ、男爵は契約金をケチりたかっただけだったのかね」
「いや、君の指摘自体は間違っていない。鬼人の私兵を雇ったと知れれば、痛くない腹を探られかねない。家臣にするのか傭兵として雇うのかはさておき、君の力を最大限有効にする意味でも、君を雇用する事は内密とした方が良いだろう。君の言う通り、衣食住は不自由させない。必要なものがあれば経費で払おう。報酬は相談させてくれ」

「ま、あたしはどっちでも良いよ。その口ぶりだと、あたしは信用された…と思っていいのかな?」
「私は問題ない、そちらはどうだ?」
「私は異論ありません」
「僕も同意します」

頷く王子に、鬼人は意地悪げな笑みを浮かべた。

「その判断をさせるって事は、やっぱりただの護衛じゃ無かったんだ?」

だが、鬼人の指摘にも王子は表情を動かさない。

「言った通り、この二人も小隊の一員だ。面通しは必要だろう?」

即座に平然と切り返す。
鬼人は、今までのやり取りから、男爵同様にこの男も仕えるに足る雇い主と判断した。それならば…『少し踏み込んだ話』をしても良いだろう。

「判った。魔族対策の仕事については了解だ。ところで……あたしが自由に動く必要があるって事は、誰か消したいヤツが居るって事でいいかい?」

その一言で王子の顔から笑顔が消えた。
騎士と森人も表情にも緊張が走る。

「あたしを『男爵の懐剣』なんて呼ぶって事は、男爵の下で何をしていたかは知ってるって事だよね?」

鬼人がダメを押したが、誰も口を利かない。無言のまま時間が過ぎる。

「あぁ…その通りだ……」
「殿下」
「よい。もう少し時間をおいてから持ち掛けるつもりだったが、察しているなら話が早い。男爵の元で十数年に渡って忠実に働いた分も併せれば、十分信頼に足る。それに……時間が惜しい」

王子は顔を上げると、すぅっと息を吸った。

「……言った通り、私は魔族の出現元を突き止め根絶したい。その為に、魔族の痕跡を探し、辿る必要がある。王都を長く離れねばならない。そこで問題なのが、私の弟……異母弟なのだよ」

(あぁ、男爵の言っていた、王都での後継者争いとはこの事か…)と鬼人は検討を付けた。

「弟を消そうっていうのかい」
「私の方が先に命を狙われている…というのは言い訳になるだろうか?」
「どっちが正しいかなんかに興味は無い。あたしは道具だ、道具は善悪を判断しない。あんたの覚悟が本物ならそれでいいよ」
「……覚悟を固めるために……私の言い訳を聞いてくれるかい」

鬼人は黙ってうなずく。

「弟は、私と対照的な男でね。年下だが私より身体は大きく、武に優れる。試合などしたら、10も数えぬうちに叩きのめされるだろうね。王国ではそこの騎士に次ぐ腕前と、自他共に認めている。ただ、オツムの方は少々残念と言わざるを得ない。武で勝る自分が次代の王であると思い込んでいる。未だに後嗣を決めかねている陛下にも問題があるのだがね。本来なら長子である私で問題無いのだが、この緊急事態においては、彼の武が必要…と思っているらしい。
いやもちろん、私もその程度で弟を排除しようとは思っていなかったのだが。……彼は今では、魔族を呼び込んだのが私だと思い込んでいる。剣で歯が立たない自分を消すために魔族を呼び込んだと…。説得を試みたが、駄目だった。弟の中では、私は魔族を使って王太子を消そうとする邪悪な兄…ということになっているらしい。ともかく、弟はそうあちこちに吹聴し、自分の領地に手勢を集め、魔族に王国を売った兄を討伐する…と意気込んでいる」

鬼人は何も言わない。
王子の言った通り、聞いているだけだ。そして、王子の話を聞いたとて、鬼人の気持ちが動く事は無い。王子は真実を話しているのかもしれない、真逆の事を言っているのかもしれない。そんな事は鬼人には判らない。だから、雇い主に命じられたら殺す。それだけの話なのだ。

「正直言えば、異母弟とはいえ弟だ。殺したくは無い。それに、今そんな事をすれば、後継者争いをしている私に疑いの目が向くのは明らかだ。立場上あまり愉快な事にはならないと思う。だが……今は兄弟で争っている場合では無いし、魔族の出現元を捜索する行動を邪魔されたくない。兵力を集めながら、魔族に襲われる領地を救おうともしない。何より彼は、足りない物があれば、隣の国に乗り込んで分捕って来れば良いと思っている愚か者だ。そんな男に王国の復興を任せる訳にもいかない。だから……」

王子は目を閉じ、しばらくの間無言だった。
他に道は無いと判っていても、決断するためには時間が必要だった。
何より、母親同士のいがみ合いで引き離されてしまったが、その前のほんの一時、彼は「あにうえ」と呼んで慕ってくれた事もあるのだ。
だが…今の彼は王国の害悪でしかない。王子は短く決断を告げる。

「弟を排除してくれ」
「承知した」
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