日雇い魔法使いは人形遣いに雇われる

暁丸

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日雇い魔法使いと人形遣いの新人講習 2

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「え、な……」

シノが目を見開いたまま絶句している。
言葉の意味は理解できるが、事実の認識を心が拒んでいた。

「か、宦官だったんですか?」

かろうじて言えたのはそれだけだった。人間を去勢するなどという話は刑罰くらいしか思い浮かばないが、自ら宦官になる例もあったと聞いた覚えがある。

「宦官…とはなんだ?」
「大昔に廃止されましたが、私の故郷の隣国では、罪人を去勢して後宮の雑事をさせたりしていたそうです」
「似た様なものだが、別に罪人という訳ではないんだ」

罪を得て宮刑にされたのなら、まだ納得できたかもしれない。

「…俺は没落貴族の生まれでな、そこそこ顔も良かったんで、俺を気に入った大物貴族の未亡人の大奥様が、まだ成人前の俺を両親から買い取ろうとした。俺を自分好みに育てて寝床に侍らせたかったらしい。ところが、その前に神殿が俺を買い取った。俺は貧乏な上に長男でも無かったから、神殿で世話になっていた。聖歌隊で歌っていたんだが、俺の顔と声を気に入った神殿のお偉いさんが、俺が貴族に買われそうだと知って先手を打ったらしい。神殿は両親から俺を買い取ると、声変わりする前に俺を去勢した」
「そ、そんな…でも、じゃあ、その声は…」

レントの声は、カストラートには程遠いしゃがれたガラガラ声だ。

「俺が神殿に買われて去勢されたと知った大奥様は怒り狂って、神殿への意趣返しに俺の声を潰した。普通の毒じゃ魔法か薬で治せるから、わざわざ呪詛毒まで使ってな。右往左往する神殿を『その程度の呪詛も解除できないのか』…と嘲笑までした。貴族としてのメンツが第一で、男じゃなくなった俺の事はもうどうでも良くなっていたんだな。……結局は俺は神殿にも捨てられ、家にも帰れず、それでこの稼業をしている訳だ」

それから20年近くを一人で生きてきた。物乞いをし、盗みをし、どうにか成人するまで食いつなぎ、冒険者小隊に取り入り、騙され、奴隷扱いされて。

「俺は生きるためになんでもやった、成人して冒険者になった後もな。だからシノの直感は正しいが、半分だけだ」
「違いますっ!」

シノが震えていた。怒りが沸き上がって来る。
なんだそれは、宮刑より酷いではないか!。何かの代償ではなく、身勝手な権力者が自分達の欲望のために一方的に奪い取っただけだ。
なんで…どうして声変わり前の子供にそんな酷い事ができるのだ!。

「違います。私がレントさんに安心できたのはそんなことじゃなくて…」

(違うけど…そうじゃない!。最低なのは、私自身だ)

そして、その怒りは自分自身に対しても向けられた。

「レントさんごめんなさい」

シノはその場で土下座した。もうシノにはそれしか償う術を思いつかなかった。

「ごめんなさい……ごめんな……」

涙が後から溢れてくる。
シノにはもうそれしか言う事ができなかった。

「どうしてお前が泣く?」

レントは困惑している。レントにはシノが泣く理由が判らなかった。
古着屋で一方的に叱りつけたときも、冒険者三人に暴行されても、涙一つ見せなかったシノが何故泣くのか判らない。

「だっで、わだじは、だんにぼじらだいで…れんとさんは…あんじんだなんで…」

シノはレントを褒めるつもりで言ってしまった。
『レントさんはそういう事には無縁かなって』そう言ってしまったのだ。
望まず『男』を失ったレントに。

「何も知らなかったのだから仕方ないだろう?」

レントもようやく、自分の告白がシノを追い詰めてしまったと気づいた。レントにはもちろんシノを責める気などはない。レントにあったのはシノの誤解を解く。それだけだ。
だが、シノの価値観がそれを許さない。平気で奪う価値観に狂いそうになり安堵を求めていた自分が。自分と同じ『奪われた』レントに取返しの付かない事を口にしてしまった。これで、この世界の価値観を狂っているなどと、どの面下げて言えるというのだ?。

「俺はただの事実を言っただけだ。昔の事だ、気にするな」
「だっで…」
「当の俺が泣いた事など無い…」

(あぁそうか…)
レントはシノの涙の理由に思い当たった。

「俺はもう諦めて、泣くことさえやめていた。この世界はそういうものだと思っていた」

そういうと、レントはシノの頭を上げさせると、ゆっくりと抱きしめる。
幼少期に親に売られ人を信用しなくなったレントには、他人にこうしたこともされた事もまったく経験がなかった。それでも、きっとこうすべきなのだろうと知っていた。
革鎧を着たままの、本当に不器用極まりない抱擁ではあったが。

「俺の代わりに泣いてくれているんだな。…この世界への怒りで泣いてくれているんだな。ありがとう、シノ」
「うあ…あああぁあああああああ」

遂にシノは声を上げて泣いた。ただただ理不尽への怒りを洗い流すごとく。




「本当に、もう済んだ話なんだ。それに、血筋と声と男を失って、ようやく俺はこの世界から自由になったとも言える。だからこそ、俺はもう俺を俺自身のため以外に使う気はないがな」

レントは焚火の炎を見つめてそう言った。
ひとしきり泣き続けたシノは、ようやく落ち着いてレントの隣に身を寄せていた。

「シノはそんな理不尽な国に無理矢理連れてこられた…おそらく、シノの故郷はここよりはずっとマシな国なのだろう?」
「そうですね…」
「よく生きていられたな」
「生きるためになんでもやったのは同じです。…でも私にはレントさんのような強さはありませんでしたよ。縋りつく相手をずっと探し続けていました」
「この大陸で生まれ育った俺とは真逆なのだから仕方ない……あぁそうか。あの恰好は『安心できる人間』を探すためでもあったんだな?」
「そうですね。…随分と誤チェストしまくりました」
「誤チ…なんだって?」
「こちらの話ですので気になさらず…」
「お前の言う事は本当に意味が判らんな…」


(シノの故郷か…)
この不思議な娘は、どんな国から来たのだろうか。生真面目で義理堅くて優しく、少しおかしい…。こんな娘が普通に暮らしている世界なのだろうか。……帰ることは出来ないのだろうか。

「…遠い故郷からさらわれて来たと言っていたな、詳しく聞いてもいいか?」

シノが意外そうな顔をする。

「面倒ごとに関わり合いになりたくなかったのでは?」
「相手を知らずに無視する危険を冒したく無いのと同じだ。シノの身の上の事情を何も知らないまま面倒に巻き込まれる方が怖い」
「…面倒に巻き込まれるの前提って、なんかそれも酷くありません?」
「話したくないなら無理にとは言わんが」
「うーん…」

シノはどこまで話すべきか考えた。正直、口にしたくない辛い記憶も多い。だが、レントも自分に過去の事を話してくれたのだ。それならレントに自分の過去を話すべきだろう…。

「長くなりますよ?」
「…できるだけ簡潔にたのむ」
「ですよねー」

シノは頭を捻ってどうにか簡潔にまとめてみた。

「えーーと…『異世界召喚されたけど、踊る事しかできなくて娼婦にされたので逃げ出しました。今更戻って来いと言われても、もう遅い』…ってな所ですかね」
「簡潔すぎて判らん」
「ですよねー」

即座に言われて、諦めたシノは最初から話す事にした。
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