不死身のボッカ

暁丸

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遺されたもの

価値あるもの

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 「誠か?!」
 「間違いございませぬ」

 王と共に入室した護衛長が、王の前に出て剣を抜きながらイクスに確認した。二人とも武器を構え、王の盾として立ちはだかる。左右の壁に控えた護衛も剣を抜き、四方からウルスラに突き付けた。オーサイム卿は、(あちゃー)という顔をおくびにも出さず、いかにも『想定外』と言わんばかりにあたふたと慌てて見せていた。

 (さーて、どうすっかねぇこれ…)
 礼を取った姿勢のままウルスラは思考を巡らせた。
 正体を見抜かれたこと自体は問題無い。元々自分が人間の身体で無い事はバラすつもりだったのだから、それが少し前倒しになっただけだ。だが、それを理由に王に引っ込まれるのは不味い。この機会を逃せば、次の面会のハードルは格段に高くなるのは判り切っている。
 ウルスラは結局は動かない事にした。
 首を垂れたまま、微動だにしない。ここで慌ててもどうにもならない、だから王の興味を引く行動をとるべき…そう考えたのだ。王は側近のみでこの場を設けるくらい、ウルスラに興味を持っている。今はそれを側近が止めている状態だ。何か興味を引く行動を取れば、王は足を止めてくれる可能性が高い。『呼びつけておきながらこの所業はいかがなものか』…と声高に声を上げる事も考えたが、ここで非礼な言動を取って側近がキレたらアウトだ。次の面会は叶わないだろう。だから、逆に側近を無視した。『自分は王のお召しにより参上したのであって、お前らなんぞお呼びでない』そう態度で示して見せる事にしたのだ。これならもし失敗しても、礼儀を守った自分に非は無い。
 そして、その判断はどうにか報われた。王は護衛に促されて続きの間に下がろうとしたが、動かない少女の姿を見て考えを変えた。ただの少女が護衛に剣を突き付けられて動揺せぬはずがない。この者は信念を持ってこの場に臨んでいる。それが自分を害する意図だったとしても、その真意を質さねばならない。そう考えていた。

 「〈勇者〉共々、余をたばかったか?」

 王が静かな声で問うた。期待していただけに落胆も大きかった。だが、少女は動かない。

 「…直答を許す。答えよ」

 謁見にあたってのウルスラは、儀礼を守ることを方針としていた。少なくとも王に対しては。それに気づいた王は、発言を許す一言を付け加えた。

 「いと尊き御方にご挨拶申し上げます。わたしは、前メンセン男爵アンガル・ネハイムニの娘、ウルスラ・ネハイムニ……だったモノにございます。わたしの元の身体は失われており、やむなくこの身体で甦りました。人でないとおっしゃる魔法使い様の言は、一方において間違いではございません。ですが、ご下問につきましては『たばかる理由がない』と申し上げます」

 ウルスラは顔を上げず、控えた姿勢のままそう答えた。
 その声に王は身体が震えるのを感じていた。

 「面を上げよ」

 ウルスラは姿勢を正して正面から王の顔を見た。30そこそこの文官風の優男…という第一印象だった。記憶に残る少年王の面影が僅かに残っている。王は目を見開いてウルスラを見ていた。そこに、20年前となんら変わらない少女の姿があったからだ。
 記憶に残るままの彼女の姿と、そんな彼女が人間では無いという、信じられない思いが交錯する。 

 「そなたは誠に人間ではないと?」
 「『人間』が何を指すのかにより答えは異なるかと存じます。この身体に限れば、確かに人のものではございません」
 「だが〈勇者〉は、自分の孫を後継者に選んだ、そなたも自分が蘇った勇者の孫だと名乗った…そう聞いている。それも嘘ではないと?」
 「嘘をつく意味も理由もございません」
 「理由は…〈勇者〉は余を恨んでいたからではないか?。娘夫婦と孫娘を生贄に生き延びた余を…」

 それは王の後ろめたさが言わせた言葉だったのかもしれない。だが、ウルスラはそれを即座に否定した。

 「恐れながら、〈勇者〉がその気であれば、この国は既に滅んでおりました」

 平然と答える娘に、王の口の端に僅かな自嘲の笑みが浮かぶ。

 「そうか…余には滅ぼす価値さえ無いか」
 「いいえ違います。〈勇者〉はこの世界の全てに価値を見出せなくなっておりました」

 ウルスラの言葉で今度こそ腑に落ちた。
 〈勇者〉にとって、家族こそがこの世界の全てだった。それを失った以上、この国…いや、この世界などどうでも良かったのだ。

 「陛下、惑わされてはなりませぬ。…その顔も声も作り物ではないか!なんの理由があってそんな真似をする必要があるか!」

 そう指摘するイクスに、ウルスラはこの宮廷魔法使いの力量を見直した。
 イクスは、戦闘魔法よりこういった鑑定に近い能力に特化した魔法使いだった。その能力を買われて近侍している。元よりラノベの主人公のようなチート鑑定には程遠いが、この能力に限れば戦闘に特化していた岩人のアイマスナーより上なくらいだった。

 「魔法使い様のご慧眼、恐れ入りましてございます。申し上げた通り、わたしの魂はウルスラですが、この身体はウルスラのものではない、祖父が肉体を失った我が魂の器として作らせたものにございます。従いまして、この身体…顔と声も祖父の希望によるものです。また先に申し上げた通り、皆さまをたばかる理由はございません。わたしがどのようなモノかは、問われれば包み隠さず申し上げるつもりでおりました」
 「世迷言を…それをどう証明する?」
 「わたしの言を信じていただくのは不可能かと存じます。わたしの生前の魂を見たものはおりませんし、今のわたしの魂を見せる事も適いませぬ。しかし、わたしの祖父はわたしが孫であることを認めていました。だからこそ、後継者として指名したのです。わたしを信じる必要はございません、わたしを認めた〈勇者〉トールを信じていただければと存じます」

 カッコよく言ってみたものの、現状なんの信用も得ようが無いウルスラは、信頼の〈勇者ブランド〉に丸投げである。苦肉の策だが、幸いにもその意図は十分王に伝わっていた。トールは…本当にクソが付く真面目ぶりで、20年前の悲劇の前も後も、私利私欲を願った事がまるで無かったのだ。だからこそ王は、今まで世捨て人のようだった〈勇者〉が死の間際になって王室に接触して来た理由が、全てこの少女のためなのだ…と気づいた。

 「…そなたこそが、〈勇者〉が唯一見出した、この世での価値あるものだという事か…」
 「仰せの通りです。そして、それを見届けたからこそ祖父は…〈勇者〉トールは天に帰しました」

 王は在りし日の勇者を思い返していた。
 そう。確かにあの日を境に〈勇者〉は人が変わってしまった。あまりに大きな喪失のため、幽鬼のようになっていた勇者は、しかし…その怒りを、周囲にぶつけようとは決してしなかった。それどころか…

 「あぁそうであった。…この世の全てを無価値に思いながら、〈勇者〉は余がどうにか政権を安定させるまで後ろ盾となってくれたのであったな…疑った事は許せ」
 「もったいないお言葉です」

 それは『ついで』や『気まぐれ』だったのかもしれない。だが、最も味方を必要とした時にトールが後ろ盾となってくれたのは疑いようのない事実だった。
 王は態度を軟化させたが、イクスは未だ敵意を向けたままだった。王はこの娘をウルスラと認めているが、宮廷魔法使いとして、このような得体のしれない娘を王に近づける訳にはいかない。

 「陛下、どうかもう少し慎重にこの者の素性を…」
 「イクス師の懸念はもっともだが、天上天下いかなる物にも縛られない〈勇者〉が、王国の制度に則ってこの者を後継者として指名したのだ。そこに余を害する意味を見出すのは無理と考えられぬか?。何しろ、余を害したければ、そんな回りくどい事をせずとも、片手間にできただろうからな。どうだ?」

 王がそう告げると、イクスも護衛長も言葉に詰まり「恥ずかしながら…」と悔し気に言うのが精いっぱいだった。一人で竜を撃退する〈勇者〉に抗するのは、近衛と宮廷魔法使い全員を集めても無理だ。

 「この者の言は筋が通っている…今の所はな。余が話を聞く間、護衛の剣士は下がって良い。あぁ、万が一の場合は、私の命に従ったのみであるとイクス師は証言して欲しい」

 王がそう告げると、イクスや護衛長も四人の護衛も、渋々武器を納めて元の位置に戻った。いかに王の命があったとはいえ、王の身に万が一の事があれば糾弾されるのは免れないだろう…だが、やむを得ない。

 「そして、証明しようのない事で言い争っても話は進むまい。彼の者たちをこれへ」

 王はそう告げて玉座に腰を下ろした。もはや退避する必要はない。目の前の娘が脅威ではないと態度で示したのだ。

 王が着座して頷くと、別の扉から人が入って来た。
 女性が五人。中年の貴族夫人らしき四人と、そのうちの二人に左右から支えられ、杖を突く一人の老婆。そして男性が二人。初老と壮年の男性が一人ずつだ。
 七人は部屋の中央のウルスラを見て、一様に驚きの声を上げた。

 「顔も声も作り物、魂を直接見る事も適わぬという。ならば、記憶と為人を確かめさせてもらおう。今日呼んだのは、ウルスラ嬢と関わりの深い者たちだ。この七人と話してもらえるか?」
 「承知いたしました」

 王も、自分の主観だけでウルスラを本人と認める気は無かった。予め、ウルスラをよく知る者を呼び寄せていたのだ。これらの証人が違和感を感じなければ、本人である確度はずっと高くなるだろう。
 そしてそれは、自分が本物だとどうにか証明したいウルスラとしても、渡りに船と言える。

 ウルスラは王に一礼し、入って来た七人と向かい合うと淑女の礼を取った。

 「ヤーリム夫人、ショーステナ嬢、ルシエン嬢、ノスタミカ嬢、ムンテイ嬢、お久しぶりです。皆さまも『夫人』とお呼びした方が良いでしょうか?」
 「あ、あぁ……そんな……」

 涙を流し両手で顔を覆った老婆…侍女頭だったヤーリム夫人は、肩を振るわせるとその場に座り込んでしまった。四人の元侍女たちは、ヤーリム夫人を気づかないながらも、自分達も驚愕のあまりに声も出せずにウルスラを見つめている。
 ウルスラは二人の男性に視線を移した。

 「コーラト…いえ、メンセン男爵閣下、それに叔父様もお元気そうで何よりです」
 「バカな…ウルスラは確かに死んだはず…」

 こちらも驚愕し、かろうじてそう口にしたコーラトに、ウルスラは僅かに首を傾げた。

 「どうしてそうお思いに?お二人とも、わたしの死体は見ていませんよね?」

 ウルスラの平坦な声に、二人は我に返った。五人の女性達もそうだった。そう言われて見れば、確かに男爵夫妻もウルスラも遺体を目にしていなかった。後になって死んだと聞かされただけだ。

 (まさか…)という顔をする七人に、ウルスラは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 「な~んてね、わたしは確かに死にましたよ。死体が無かったのは爺ちゃんが収納に入れちゃったから。わたしは最近になって爺ちゃんが魂だけ復活させてくれたの。だから歳取ってないでしょ?。……ほら、そんなアホ面晒さないの。今更、あんたの爵位を横取りしたりしないから、もうちょっとシャンとしてなさいよ」 
 「うわーーーっ!こいつ、やっぱりウルスラだーーー!」

 もういい歳の貴族のコーラトが、子供のように叫びながら全力で壁際まで後ずさった。昔から、とことん反りの合わない相手なのだ。

 そして、『そういえば、一見上品な貴族の令嬢に見えるけど、こういう娘だったわ…』と当時を知る者は、一様に思い出していた。
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