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遺されたもの
爆弾発言3
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今度は、王も動揺を隠す事ができなかった。
20年。そんな事はあり得ない…と理性が否定し続けても、思い出の中の少女を諦める事ができなかった。
その願いは天に通じた。奇跡のように彼女は戻って来た。それはかつての少女と全く同じでは無かったが、紛れも無い彼女だった。
だが、その喜びも束の間、その少女自身の口から告げられたのは別れの言葉…。
しばらく言葉を失った後、ようやく絞り出した王の声は震えていた。
「そ…それは…いったい…」
「わたしの中のわたしの魂は、そう遠くないうちに消える事になるかと存じます」
「あ、貴女の身体は不死身ではないのか?〈勇者〉がそう願ったと……」
「はい。…今のわたしの身体はほぼ不死身です。剣も魔法も毒も通じず、窒息も気絶もせず、暑さも寒さも感じません。飲食も眠りも必要無く、痛みも感じません。死臭も腐臭も感じず、返り血の生暖かさも感じません。この身体で死を感じる事はありません…」
ウルスラが淡々とした声で機械の身体の不死身ぶりを列挙すると、王の表情は次第に痛ましいものを見るものに変わっていった。
「同じように、この身体では朝風で胸を満たす事も、清水で喉を潤す事も、心地よい寝台で眠る事も無縁です。香りも、柔らかさも、息吹の暖かさも感じる事はできません…命を感じることもできないのです…」
「……もう…良い…」
王は沈鬱な表情で首を振る。
不死身の身体に一種の憧憬を抱いていた王も、その代償がなんであるかをようやく理解していた。
「判った…もう良い」
「……幸い、身体が改良されたおかげで、力の加減はできるようになりました。そうで無ければ、人と触れ合うことすら不可能でした」
最後のウルスラのちょっとした意地悪に、ぎょっとしたイクスが自分の首に手をやった。
「わたしはこの身体に耐えられません。この身体に留まっていれば、正気を失うでしょう。今どうにか耐えられているのは、わたしの中のもう一人のおかげです。わたしが役目を果たすための間、どうにか正気を保つ必要がありました。わたしがこの身体に直接触れずに済むように、もう一人のわたしが守ってくれています」
「貴女の中のもう一人は、その身体が平気なのか」
「同じく苦痛を感じてはいますが、必死に耐えています。立つ事すらままならなかったこの身体で、ここまで動けるようになったのも、もう一人のわたしのおかげです」
「もし…貴女の魂が消えたら、貴女はどうなる?」
「わたしの中のもう一人は、もうわたしと一体化していますし記憶は共有化されています。ですから、わたしが消えたとしても、傍目には少し人柄が変わったわたしに見えるのではないかと思います。……ですが、それはわたしではありません。わたしが今のわたしが間違いなくわたしであると主張するのと同じ理由で、わたしの魂が消えたわたしをわたしだと主張する事はできないのです。……わたしは陛下に嘘をつきたくありません」
(大丈夫?代わろうか?)
(もう少し、大丈夫…)
王との会談の途中から、ウルスラの身体の主導権はオリジナルのウルスラが取っていた。自分自身の言葉で王に別れを告げたい願ったからだ。そして、ウルスラが消えるというのも嘘ではない。二人の魂は一体化している。なのにオリジナルのウルスラの人格が残っているのは、為すべき役目があったからだ。それを終えた今、意識を保とうする事を止めれば、オリジナルのウルスラは今のウルスラに完全に溶け込んで消えるだろう。
「その上で……わたしでは無くなったわたしに、この世界で生きるための身分を賜りたい…というのがわたしの願いです」
オリジナルのウルスラは、これだけはどうしても自分の言葉で言いたかった。
遠い世界からやってきて、ボロボロになっていた自分を孫だと呼んで傷を癒し、なんの代償も求めず祖父との別れの瞬間まで自分を守り続けてくれた人に…もう一人の爺ちゃんに、何か自分ができる事をしたかった。その想いがどうにかこの身体を動かしている。
「私の側に居てもらう事はできないのか」
「わたしは、20年前に死んだ身です」
「だが、今貴女はこうして私の目の前に居る」
「元の死者に戻るだけです。元々、わたしの役目は祖父が心残りなく安らかに役目を終える手助けをする事でした。その役目は終えました。ですが、陛下の『お願い』を思い出しました。帰って来いという陛下のお願いに応えるため、こうして参いりました。…祖父を看取り、陛下にお別れを告げることができた今…もうこの身体から逃れる事を許していただきたいのです」
「……いやだ」
途中から俯き、何かを堪えていた王は、俯いたまま呟いた。
「いやだ!。私は…貴女との別れを二度経験しなければならないのか。そんなのはいやだ…。どうか、私が死ぬまででいい!どうか…どうか…」
俯いたままの王の悲痛な叫びがオリジナルのウルスラを揺さぶる。あの時と同じだ。王としての態度を取り繕う事もできず、ただ純粋な感情の発露。だが、ウルスラは知っている。王がいかに自分を律し、王たらんとしようとしているか。これは支配者の傲慢などではない。幼くして王となるしかなかった少年の、ほんの少しのワガママなのだと。
できる事なら王の想いに応えたい。だが…やはり無理だ。座って話すだけならかろうじて耐えられても、この身体を動かす事はできない。押し入れに籠り続けてもこの身体に触れずに済むだけだ、耐え切れず意識は消えてしまうだろう。
(爺ちゃんに替わろう。孫を泣かすようなヤツぁ、きっちり〆たるわ)
(…陛下は想いが強すぎるだけなの、ほどほどでお願い)
(現実を見せるだけだよ)
「先ほど『わかった』とおっしゃいましたが、どうも陛下はこの身体の苦しみを真に理解はされていないご様子。主たる者、臣下に無理強いをするものではございませんよ」
同じ声なのに別人に言われたように聞こえて、王は顔を上げた。正面に座るウルスラは何も変わらない。なのになぜか別人のように見える。
それは、ウルスラがあえて地を出したからだ、今は別人格である事を強調すべき時だ。今までは極力表情を抑えていた(というか、表情を動かすのも意識しないとできないからオリジナルウルスラはやらない)が、ウルスラは不敵に笑ってみせた。
「「誰だ?」って聞きたそうな表情してんで自己しょ…」
「あなたがウルスラ嬢の中のもう一人か!」
「……アッハイ」
盛大な空振りをして(くっそー、さすが交渉のプロ。間を外すのが上手いわ…)とか思うウルスラだが、もちろんただの偶然である。オリジナルウルスラまで笑いを堪えている気配が伝わってくるので居たたまれない。
出鼻をくじかれたウルスラだが、ここでの印象が大事という事は心得ているので、即座に立て直した。
「陛下には初めて御意を得ます。わたしが現在のウルスラでございます」
立ち上がると、片手で外套を押さえた淑女の礼をするが、それは取って付けたようでぎこちない。
「本当に…別人なのか…」
「はい。御覧の通り、わたしでは元のウルスラのように優雅な礼はできません。今のが芝居だと言われたらそれまでですが」
ほんの一瞬だけ脳内で情報を精査した王は、その言葉を認めてウルスラに着席するよう促した。
先ほどまでのウルスラと似ているが、王が感じた記憶にあるウルスラとの違い、それを増幅するとこういうウルスラになるとイメージできる。確かに、別の世界から来てウルスラと一体化した『誰か』なのだと感じられた。
「……あなたに替わった理由は?」
「申し上げた通り。陛下がご無理をおっしゃるからです。ウルスラも陛下にお応えしたいのですが、それが許されないほどこの身体で生きる事は辛いのです。確かに、それを言葉で訴えても、この身体を経験していない方に理解できないのも無理はございませんでしょう。ですから、その理解のお手伝いをさせていただきます」
「あなたにはそれができる…と?」
「わたしの故郷には、『百聞は一見に如かず』という諺があります。それをご覧に入れます……が。うーん…まぁ、着替えを貰えるらしいからいいか…」
そう呟くと、ウルスラは自分のドレスの胸元を引き裂いた。
「な、何を…」
「どうか目を逸らさずに!」
慌てて目を逸らす王をウルスラは静止した。
「女性に対する態度としては大変紳士的で素晴らしいものですが、申し上げた通りこの身体は機械…彫像のようなもの、配慮は不要です。むしろ、陛下は現実からも目を逸らしておられます。どうかその目で現実をご覧ください」
「現実…だと?」
確かに、王は無意識のうちにウルスラの機械の身体を見ないようにしていた。それが一種の現実逃避である事に気づかないまま。
王は恐る恐るウルスラの身体を正面から見た。首までは確かに人の皮膚だが、そこから下は剥き出しの金属だった。それは否応なしに、ウルスラが人間では無い事を王に印象付けた。その胸の真ん中、金属の筋肉と胸骨の隙間から、銀色の枠に収まった水晶の中に琥珀のような結晶が封入され、それが揺らめくように輝いていた。
そこにあった、在ってはならないモノに、イクスは目を見開いていた。
「ま…まさか…それは……」
「おや、魔法使い様はこの『魔力結晶』をご承知でしたか。これがわたしの魂をこの世に留める器であり、この身体を動かす魔力の源でもあります」
「魂の器?」
「はい。胸の中のこの結晶…これがわたしの『本体』です。この腕も、足も、この『本体』を運ぶために付いてるものに過ぎません。顔も声も、わたしがウルスラである事を示す記号のようなものです。わたしが人型の身体をしているので、陛下も苦しみをご理解いただけなかったのでしょうが、これが現実です。陛下のお側で過ごす数十年、彼女はこの小さな結晶に閉じ込められ、感覚も何もない手足を動かして生き続ける事になります。この身体は眠る事もできないので、休息も許されません。それがどれだけ辛い事かご想像下さい。陛下はそれをしろとおっしゃっております」
「な…」
あまりに過酷な魂の在り様を指摘され、王の中で相反する想いが衝突した。ウルスラを想うが故に共に居て欲しいと願う心と、ウルスラを想うが故に一刻も早く安らぎの地に行って欲しいと願う心。二つの相反する想いがせめぎ合う。
「だが、あなたは…あなたはどうなのだ。もう一人であるあなたは、その身体に耐えられると…」
耐えられる方法があるのなら…という一縷の望みを、ウルスラは即座に否定した。
「諦めただけです」
「諦める?」
「はい。この魔力結晶が尽きるまで、わたしは死ぬこともできません。だから諦めました。万年かひょっとしたら億年かをこの身体で生きねばなりません。いつまで正気を保っていられるか判りませんが、そんな先の事は考えない事にしています」
「い、一万年以上の命だというのか…眠る事もできず…ウルスラ嬢のように消えてしまう事はできないのか?」
「陛下…いけません。あれは…あれはいけません…あれは…」
「どうした、イクス師?」
「やろうと思えばできますよ。やっていいですか?わたしは爆発して、この世界は壊滅いたしますけど」
それがトールの形見分け。ウルスラに残した遺産だった。
倒れる直前、ウルスラを拉致しシリオンを脅して付け加えさせたのである。
ウルスラの動力源であり、魂を結びつける器にもなっている核は、元々は魔人たちの神である魔神の作った魔力結晶である。
ウルスラ復活の手段を求めて魔人の領域に踏み込んだトール達は、そこで彼らと争いとなった。そりゃそうだ、100年近く前に自分達を地上から駆逐したヤツが、先触れも無しに乗り込んで来たのだから。
だが、問答無用で迎撃に出た魔人達はたった三人に圧倒され、やむなく持ち出した最後の切り札が魔神に下賜された魔力結晶である。死なば諸共とばかりにそれを起動させたのだが、起爆の刹那トールがトリスキスの腰から『氷室』を引き抜いて炸裂を停止させ、不発に終わった。
『氷室』は低温により対象を凍結させる氷の魔剣などではない、因果が逆なのだ。この剣は物体を静止させる…いわば時間を止める魔剣なのだ。物体を完全に静止させる事で、結果的にその物体は低温となり凍結するのである。
だが、結晶は既に起爆してしまっていた。これを元に戻すことはできない。そして静止状態であるにも関わらず、核は凍り付かなかった…核からは魔力が漏れ出していたのである。始末に困ったトールは時間停止の収納に放り込んでいたのだが、ウルスラの身体を機械で作る事を思いついた時に、勝手に魔力が湧き出して来る結晶をウルスラの身体の動力原にしたのだった。
核に込められていた魔力は膨大で、いつ尽きるか判らない。千年程度では尽きないだろう。下手をすると数万年~それ以上の可能性もある。それまでウルスラの魂は開放されない。
その一方で、ウルスラの身体は魔銀製とはいえ不滅ではない。しかも、特殊過ぎて現在はシリオンしか整備できない。整備が途切れればやがては壊れてしまうだろう。そうなれば、ウルスラは身動きもできず外部からの情報も遮断された核の中にずっと捕らわれたままになってしまう。
そんな未来を危惧したトールは、ウルスラに『自分を終わらせる手段』を残してくれたのだ。
『長命の苦しみを知ってるのに、お前をほとんど不老不死にしちまったのが心残りだった。だからな、お前を死ねるようにしておいた。お前が強く望めば、凍結した結晶を開放して自爆できる』
トールの遺言状にはそう書かれていた。
『俺が死んだあとに、国を黙らせる手段が必要だろうから、それも兼ねてだ。有効に使え。お前は何にも縛られず、自由に生きて自由に死んでいい』
とも書いてあった。
それはいい。
とてもありがたい。
事が済んだら、サムアップしつつ溶鉱炉に飛び込まなきゃダメかと思っていた所だったのだ。自爆で綺麗さっぱり終われるなら楽でいい。
だが、問題は…その威力だった。
シリオンが計算した限りでは、籠められた魔力を一気に開放した場合の効果は……自分を中心に直径4リク(12m)程度の大きさの反物質を召喚するもので、対消滅により発生するエネルギーにより地面に直径40リー(約160km)の大穴が開くほどの破壊力。シリオン曰く「まぁ星ごと亡びるわ、これ」というものだった。
もっと簡単に言えば、直径160kmのクレーターというのは、直径10kmの小惑星が地球に衝突するのと大差ない。
これを聞いた時、ウルスラはへなへなと座り込んだ。
………何のことはない。「勇者ボカン」が「勇者の孫ボカン」になっただけである。
ウルスラが自爆すると、この世界はお終いなのだ。これでは、なんのために苦労してトールを往生させたのか判らない。
「……こんなモン貰って喜ぶとでも思ったのか、クソジジイ!!」
そう言いたい。
というか、実際に叫んだ。
ついでに、実行犯のシリオンも問い詰めた。
「お前のためになんかやるトールを止められる訳ねーだろ」
その一言でお終いだった。
「あと、トールのいう事にも一理あったしな。これでお前をどうにかしようなんてアホは居なくなるわ」
それはその通りなんだが、こんなんでこの先の長い余生をどうやって過ごせというのだ、『黒の核晶』どころじゃない特級呪物じゃないか。自爆しようにも人類絶滅後でもなきゃ無理だ、それほど責任感が強い訳ではないが「あとシラネ」でこの星の生命を道連れにボカンできるほど無責任でもない。
一応希望はある。馬頭星雲をバックに弥勒菩薩の真似をする心配はしなくても良い。人が滅んだら心置きなく自爆すればいいのだから、ワッ〇マンにはならずに済むという事だ。
……そんな遠い未来の希望、なんの慰めにもならんわコンチクショーーーーーー!!。
20年。そんな事はあり得ない…と理性が否定し続けても、思い出の中の少女を諦める事ができなかった。
その願いは天に通じた。奇跡のように彼女は戻って来た。それはかつての少女と全く同じでは無かったが、紛れも無い彼女だった。
だが、その喜びも束の間、その少女自身の口から告げられたのは別れの言葉…。
しばらく言葉を失った後、ようやく絞り出した王の声は震えていた。
「そ…それは…いったい…」
「わたしの中のわたしの魂は、そう遠くないうちに消える事になるかと存じます」
「あ、貴女の身体は不死身ではないのか?〈勇者〉がそう願ったと……」
「はい。…今のわたしの身体はほぼ不死身です。剣も魔法も毒も通じず、窒息も気絶もせず、暑さも寒さも感じません。飲食も眠りも必要無く、痛みも感じません。死臭も腐臭も感じず、返り血の生暖かさも感じません。この身体で死を感じる事はありません…」
ウルスラが淡々とした声で機械の身体の不死身ぶりを列挙すると、王の表情は次第に痛ましいものを見るものに変わっていった。
「同じように、この身体では朝風で胸を満たす事も、清水で喉を潤す事も、心地よい寝台で眠る事も無縁です。香りも、柔らかさも、息吹の暖かさも感じる事はできません…命を感じることもできないのです…」
「……もう…良い…」
王は沈鬱な表情で首を振る。
不死身の身体に一種の憧憬を抱いていた王も、その代償がなんであるかをようやく理解していた。
「判った…もう良い」
「……幸い、身体が改良されたおかげで、力の加減はできるようになりました。そうで無ければ、人と触れ合うことすら不可能でした」
最後のウルスラのちょっとした意地悪に、ぎょっとしたイクスが自分の首に手をやった。
「わたしはこの身体に耐えられません。この身体に留まっていれば、正気を失うでしょう。今どうにか耐えられているのは、わたしの中のもう一人のおかげです。わたしが役目を果たすための間、どうにか正気を保つ必要がありました。わたしがこの身体に直接触れずに済むように、もう一人のわたしが守ってくれています」
「貴女の中のもう一人は、その身体が平気なのか」
「同じく苦痛を感じてはいますが、必死に耐えています。立つ事すらままならなかったこの身体で、ここまで動けるようになったのも、もう一人のわたしのおかげです」
「もし…貴女の魂が消えたら、貴女はどうなる?」
「わたしの中のもう一人は、もうわたしと一体化していますし記憶は共有化されています。ですから、わたしが消えたとしても、傍目には少し人柄が変わったわたしに見えるのではないかと思います。……ですが、それはわたしではありません。わたしが今のわたしが間違いなくわたしであると主張するのと同じ理由で、わたしの魂が消えたわたしをわたしだと主張する事はできないのです。……わたしは陛下に嘘をつきたくありません」
(大丈夫?代わろうか?)
(もう少し、大丈夫…)
王との会談の途中から、ウルスラの身体の主導権はオリジナルのウルスラが取っていた。自分自身の言葉で王に別れを告げたい願ったからだ。そして、ウルスラが消えるというのも嘘ではない。二人の魂は一体化している。なのにオリジナルのウルスラの人格が残っているのは、為すべき役目があったからだ。それを終えた今、意識を保とうする事を止めれば、オリジナルのウルスラは今のウルスラに完全に溶け込んで消えるだろう。
「その上で……わたしでは無くなったわたしに、この世界で生きるための身分を賜りたい…というのがわたしの願いです」
オリジナルのウルスラは、これだけはどうしても自分の言葉で言いたかった。
遠い世界からやってきて、ボロボロになっていた自分を孫だと呼んで傷を癒し、なんの代償も求めず祖父との別れの瞬間まで自分を守り続けてくれた人に…もう一人の爺ちゃんに、何か自分ができる事をしたかった。その想いがどうにかこの身体を動かしている。
「私の側に居てもらう事はできないのか」
「わたしは、20年前に死んだ身です」
「だが、今貴女はこうして私の目の前に居る」
「元の死者に戻るだけです。元々、わたしの役目は祖父が心残りなく安らかに役目を終える手助けをする事でした。その役目は終えました。ですが、陛下の『お願い』を思い出しました。帰って来いという陛下のお願いに応えるため、こうして参いりました。…祖父を看取り、陛下にお別れを告げることができた今…もうこの身体から逃れる事を許していただきたいのです」
「……いやだ」
途中から俯き、何かを堪えていた王は、俯いたまま呟いた。
「いやだ!。私は…貴女との別れを二度経験しなければならないのか。そんなのはいやだ…。どうか、私が死ぬまででいい!どうか…どうか…」
俯いたままの王の悲痛な叫びがオリジナルのウルスラを揺さぶる。あの時と同じだ。王としての態度を取り繕う事もできず、ただ純粋な感情の発露。だが、ウルスラは知っている。王がいかに自分を律し、王たらんとしようとしているか。これは支配者の傲慢などではない。幼くして王となるしかなかった少年の、ほんの少しのワガママなのだと。
できる事なら王の想いに応えたい。だが…やはり無理だ。座って話すだけならかろうじて耐えられても、この身体を動かす事はできない。押し入れに籠り続けてもこの身体に触れずに済むだけだ、耐え切れず意識は消えてしまうだろう。
(爺ちゃんに替わろう。孫を泣かすようなヤツぁ、きっちり〆たるわ)
(…陛下は想いが強すぎるだけなの、ほどほどでお願い)
(現実を見せるだけだよ)
「先ほど『わかった』とおっしゃいましたが、どうも陛下はこの身体の苦しみを真に理解はされていないご様子。主たる者、臣下に無理強いをするものではございませんよ」
同じ声なのに別人に言われたように聞こえて、王は顔を上げた。正面に座るウルスラは何も変わらない。なのになぜか別人のように見える。
それは、ウルスラがあえて地を出したからだ、今は別人格である事を強調すべき時だ。今までは極力表情を抑えていた(というか、表情を動かすのも意識しないとできないからオリジナルウルスラはやらない)が、ウルスラは不敵に笑ってみせた。
「「誰だ?」って聞きたそうな表情してんで自己しょ…」
「あなたがウルスラ嬢の中のもう一人か!」
「……アッハイ」
盛大な空振りをして(くっそー、さすが交渉のプロ。間を外すのが上手いわ…)とか思うウルスラだが、もちろんただの偶然である。オリジナルウルスラまで笑いを堪えている気配が伝わってくるので居たたまれない。
出鼻をくじかれたウルスラだが、ここでの印象が大事という事は心得ているので、即座に立て直した。
「陛下には初めて御意を得ます。わたしが現在のウルスラでございます」
立ち上がると、片手で外套を押さえた淑女の礼をするが、それは取って付けたようでぎこちない。
「本当に…別人なのか…」
「はい。御覧の通り、わたしでは元のウルスラのように優雅な礼はできません。今のが芝居だと言われたらそれまでですが」
ほんの一瞬だけ脳内で情報を精査した王は、その言葉を認めてウルスラに着席するよう促した。
先ほどまでのウルスラと似ているが、王が感じた記憶にあるウルスラとの違い、それを増幅するとこういうウルスラになるとイメージできる。確かに、別の世界から来てウルスラと一体化した『誰か』なのだと感じられた。
「……あなたに替わった理由は?」
「申し上げた通り。陛下がご無理をおっしゃるからです。ウルスラも陛下にお応えしたいのですが、それが許されないほどこの身体で生きる事は辛いのです。確かに、それを言葉で訴えても、この身体を経験していない方に理解できないのも無理はございませんでしょう。ですから、その理解のお手伝いをさせていただきます」
「あなたにはそれができる…と?」
「わたしの故郷には、『百聞は一見に如かず』という諺があります。それをご覧に入れます……が。うーん…まぁ、着替えを貰えるらしいからいいか…」
そう呟くと、ウルスラは自分のドレスの胸元を引き裂いた。
「な、何を…」
「どうか目を逸らさずに!」
慌てて目を逸らす王をウルスラは静止した。
「女性に対する態度としては大変紳士的で素晴らしいものですが、申し上げた通りこの身体は機械…彫像のようなもの、配慮は不要です。むしろ、陛下は現実からも目を逸らしておられます。どうかその目で現実をご覧ください」
「現実…だと?」
確かに、王は無意識のうちにウルスラの機械の身体を見ないようにしていた。それが一種の現実逃避である事に気づかないまま。
王は恐る恐るウルスラの身体を正面から見た。首までは確かに人の皮膚だが、そこから下は剥き出しの金属だった。それは否応なしに、ウルスラが人間では無い事を王に印象付けた。その胸の真ん中、金属の筋肉と胸骨の隙間から、銀色の枠に収まった水晶の中に琥珀のような結晶が封入され、それが揺らめくように輝いていた。
そこにあった、在ってはならないモノに、イクスは目を見開いていた。
「ま…まさか…それは……」
「おや、魔法使い様はこの『魔力結晶』をご承知でしたか。これがわたしの魂をこの世に留める器であり、この身体を動かす魔力の源でもあります」
「魂の器?」
「はい。胸の中のこの結晶…これがわたしの『本体』です。この腕も、足も、この『本体』を運ぶために付いてるものに過ぎません。顔も声も、わたしがウルスラである事を示す記号のようなものです。わたしが人型の身体をしているので、陛下も苦しみをご理解いただけなかったのでしょうが、これが現実です。陛下のお側で過ごす数十年、彼女はこの小さな結晶に閉じ込められ、感覚も何もない手足を動かして生き続ける事になります。この身体は眠る事もできないので、休息も許されません。それがどれだけ辛い事かご想像下さい。陛下はそれをしろとおっしゃっております」
「な…」
あまりに過酷な魂の在り様を指摘され、王の中で相反する想いが衝突した。ウルスラを想うが故に共に居て欲しいと願う心と、ウルスラを想うが故に一刻も早く安らぎの地に行って欲しいと願う心。二つの相反する想いがせめぎ合う。
「だが、あなたは…あなたはどうなのだ。もう一人であるあなたは、その身体に耐えられると…」
耐えられる方法があるのなら…という一縷の望みを、ウルスラは即座に否定した。
「諦めただけです」
「諦める?」
「はい。この魔力結晶が尽きるまで、わたしは死ぬこともできません。だから諦めました。万年かひょっとしたら億年かをこの身体で生きねばなりません。いつまで正気を保っていられるか判りませんが、そんな先の事は考えない事にしています」
「い、一万年以上の命だというのか…眠る事もできず…ウルスラ嬢のように消えてしまう事はできないのか?」
「陛下…いけません。あれは…あれはいけません…あれは…」
「どうした、イクス師?」
「やろうと思えばできますよ。やっていいですか?わたしは爆発して、この世界は壊滅いたしますけど」
それがトールの形見分け。ウルスラに残した遺産だった。
倒れる直前、ウルスラを拉致しシリオンを脅して付け加えさせたのである。
ウルスラの動力源であり、魂を結びつける器にもなっている核は、元々は魔人たちの神である魔神の作った魔力結晶である。
ウルスラ復活の手段を求めて魔人の領域に踏み込んだトール達は、そこで彼らと争いとなった。そりゃそうだ、100年近く前に自分達を地上から駆逐したヤツが、先触れも無しに乗り込んで来たのだから。
だが、問答無用で迎撃に出た魔人達はたった三人に圧倒され、やむなく持ち出した最後の切り札が魔神に下賜された魔力結晶である。死なば諸共とばかりにそれを起動させたのだが、起爆の刹那トールがトリスキスの腰から『氷室』を引き抜いて炸裂を停止させ、不発に終わった。
『氷室』は低温により対象を凍結させる氷の魔剣などではない、因果が逆なのだ。この剣は物体を静止させる…いわば時間を止める魔剣なのだ。物体を完全に静止させる事で、結果的にその物体は低温となり凍結するのである。
だが、結晶は既に起爆してしまっていた。これを元に戻すことはできない。そして静止状態であるにも関わらず、核は凍り付かなかった…核からは魔力が漏れ出していたのである。始末に困ったトールは時間停止の収納に放り込んでいたのだが、ウルスラの身体を機械で作る事を思いついた時に、勝手に魔力が湧き出して来る結晶をウルスラの身体の動力原にしたのだった。
核に込められていた魔力は膨大で、いつ尽きるか判らない。千年程度では尽きないだろう。下手をすると数万年~それ以上の可能性もある。それまでウルスラの魂は開放されない。
その一方で、ウルスラの身体は魔銀製とはいえ不滅ではない。しかも、特殊過ぎて現在はシリオンしか整備できない。整備が途切れればやがては壊れてしまうだろう。そうなれば、ウルスラは身動きもできず外部からの情報も遮断された核の中にずっと捕らわれたままになってしまう。
そんな未来を危惧したトールは、ウルスラに『自分を終わらせる手段』を残してくれたのだ。
『長命の苦しみを知ってるのに、お前をほとんど不老不死にしちまったのが心残りだった。だからな、お前を死ねるようにしておいた。お前が強く望めば、凍結した結晶を開放して自爆できる』
トールの遺言状にはそう書かれていた。
『俺が死んだあとに、国を黙らせる手段が必要だろうから、それも兼ねてだ。有効に使え。お前は何にも縛られず、自由に生きて自由に死んでいい』
とも書いてあった。
それはいい。
とてもありがたい。
事が済んだら、サムアップしつつ溶鉱炉に飛び込まなきゃダメかと思っていた所だったのだ。自爆で綺麗さっぱり終われるなら楽でいい。
だが、問題は…その威力だった。
シリオンが計算した限りでは、籠められた魔力を一気に開放した場合の効果は……自分を中心に直径4リク(12m)程度の大きさの反物質を召喚するもので、対消滅により発生するエネルギーにより地面に直径40リー(約160km)の大穴が開くほどの破壊力。シリオン曰く「まぁ星ごと亡びるわ、これ」というものだった。
もっと簡単に言えば、直径160kmのクレーターというのは、直径10kmの小惑星が地球に衝突するのと大差ない。
これを聞いた時、ウルスラはへなへなと座り込んだ。
………何のことはない。「勇者ボカン」が「勇者の孫ボカン」になっただけである。
ウルスラが自爆すると、この世界はお終いなのだ。これでは、なんのために苦労してトールを往生させたのか判らない。
「……こんなモン貰って喜ぶとでも思ったのか、クソジジイ!!」
そう言いたい。
というか、実際に叫んだ。
ついでに、実行犯のシリオンも問い詰めた。
「お前のためになんかやるトールを止められる訳ねーだろ」
その一言でお終いだった。
「あと、トールのいう事にも一理あったしな。これでお前をどうにかしようなんてアホは居なくなるわ」
それはその通りなんだが、こんなんでこの先の長い余生をどうやって過ごせというのだ、『黒の核晶』どころじゃない特級呪物じゃないか。自爆しようにも人類絶滅後でもなきゃ無理だ、それほど責任感が強い訳ではないが「あとシラネ」でこの星の生命を道連れにボカンできるほど無責任でもない。
一応希望はある。馬頭星雲をバックに弥勒菩薩の真似をする心配はしなくても良い。人が滅んだら心置きなく自爆すればいいのだから、ワッ〇マンにはならずに済むという事だ。
……そんな遠い未来の希望、なんの慰めにもならんわコンチクショーーーーーー!!。
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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